精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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6 討伐大会編

3-11 開発者の心情

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 わたくしは騎士たちの後をなんとか追いかけて、混沌の樹林の『中央部』と呼ばれる場所にやってきていた。

 ここに来るまでの道中は、本当に嫌気がさすことばかり。
 これが皇配殿下からの話でなければ、即座に断ってスヴェートに帰ったのに。

 皇配殿下直々にお話があり、御守りまでいただいているのだから、帰るわけにもいかず。わたくしはとても不快な気分を抱えたまま、中央部で立ちすくむ。

 ここではスヴェート皇女が第一で、スヴェート皇女以外は皆、同列。
 つまり、わたくしと同行している騎士たちとは同じ扱いだということ。

 まったく何なのかしら。イライラする。

 寝所や食事はスヴェート皇女だけ特別にあつらえられていて、わたくしは騎士と同じ物だった。

 さすがに寝所は男女別々。当然よね。

 しかし。誰かがわたくしの分を用意してくれるはずもなく。
 昼間ともに行動していたノルンガルス卿に教わりながら、自分で自分の場所を作るという、なんとも嘆かわしいことまでしなくてはならなかったのだ。

 王族としての扱いまでは求めるつもりはない。とはいえ、使用人のような扱いをされるとは思ってもおらず。

 ただひたすら、シュオール様と皇配殿下への気持ちを強く持って耐えるしかなかった。




 その日の夜。

 わたくしは今までに経験したことのないほど、固く冷たい寝床に横たわっていた。

 それほどの場所でも、昼間の疲れからかすぐに眠りに落ちる。
 御守りの力があっても、混沌の樹林は一筋縄ではいかない場所だった。

 わたくしの身体が眠りを欲しているというのに、不躾にも、寝ているわたくしを起こして呼び出す者がいた。

「ねぇ、ヴィッツ。新しいメダルはないのかしら?」

 ふと思いついたとしても、こんな夜中に、叩き起こしてまで呼び出すほどの用事ではないでしょうに。

 明日の朝、改めて呼び出せばいいものを。この皇女、どれだけ好き勝手に生きているのかしら。

 王族とはいえ、傍若無人を繰り返せば、民心は離れる。

 あぁ、スヴェートのクーデターはそれで起きたのではなくて?

 けっきょくは同じ血筋なんですわね。

 わたくしは心の中で、こっそり鼻で笑った。もちろん、表情には一切出すことはない。

 わたくしが呼び出されたのは、スヴェート皇女のテントにある応接間のような場所。

 わたくしの場所が女性騎士と共用のテントで狭く固く冷たいところであるのに対し、皇女の居場所は広々としていた。
 応接間の奥には、きっと寝所があるのだろう。

 ソファーに埋もれるように座る皇女の前で、わたくしは立ったまま控えさせられていた。

 何から何まで雲泥の差。

 わがままし放題の皇女への軽蔑と、待遇の差を実感しての腹ただしさとが、わたくしの胸の中でないまぜになる。

 平静を装うわたくしに対して、直接、話しかけてくるのはカーシェイ卿だ。

「エルシュミット嬢」

「なんでしょう?」

「アルタル様がメダルをご所望です」

「作成したメダルは、すべて献上いたしました」

 わたくしは淡々と返した。

 それだけの用事で呼び出させる、身にもなってもらいたいものだわ。
 他の騎士ならともかく。わたくしは、スヴェート皇女の部下ではないのよ。

 皇女に対する不満ばかりがどんどん積もっていくのを、自分でも感じる。

 わたくしの返事をよそに、皇女はカーシェイ卿に話しかけた。

「ヴィッツ、他にメダルはないの?」

 ソファーにダラッと力無く座り込む皇女の肌は生気がなく、目だけギラギラと光っている。

「今あるメダルは、混沌獣の召喚、混乱、狂気。この三種類だけでしょう?」

 そして声は、まるで別なところから出ているようだった。
 表情と声がまったくそぐわない。なんだか、不気味で気持ち悪い。

 元々の顔立ちはけして悪くはないのに、死人のようにも見えてしまう。

「エルシュミット嬢、聞こえましたよね、アルタル様の透き通るようなお声が。アルタル様は新しいメダルをご所望です」

「いちいち繰り返さなくても、聞こえてますわ」

「それで、新しいメダルはできあがっていないんですか?」

「他に完成しているのは、光輝、増幅の二つですわ」

 死人のような皇女のそばに、カーシェイ卿はそっと跪き、差し出す手をとっていた。

「アルタル様、光輝と増幅のメダルがあるようです」

「光輝? 光輝なんて物、メダルにして何の役に立つのかしら。魔導具師ってほんと、何を考えているのか分からないわね」

 うぐっと、言葉をどうにか飲み込む。

 光輝のメダルはわたくしが最初に作ったメダル。このメダルがあったからこそ、他のメダルも作れたのよ。

 何の役に立つのかしら、ですって?

 これだから、魔導具を分かってない人間は嫌なのよね。理由がなければ作るわけ、ないじゃないの。

 わたくしがこの光輝のメダルを作った理由は、理由は、理由は…………なんだったかしら。

 怒りがこみ上げすぎて、頭の中が真っ白で、よく思い出せない。

 とにかく、大事な、大事な、大事な理由があったはずだわ。

 わたくしは怒りを隠し、話を続けた。

「後は研究中の物ですが、何種類かありますわ」

「アルタル様がお使いできる物は、あるんですか?」

「まだ、発動の確認はできていませんが、混沌獣の強化とか、魔獣操作のメダルとか」

 破壊の封印のメダルもあるけれども、これは隠しておくことにした。
 こんな皇女の手柄にされては、たまったものではないわ。

 今でさえ、皇女のメダルなどという言われ方をしている。わたくしのメダルだというのに。

「アルタル様がお使いになるんです。安全な物なんですよね?」

「わたくし、確認はできていないと言いましたよね、今」

 カーシェイ卿のしつこい言い方に、思わず、声がトゲトゲしくなる。

 本当、嫌な人たち。

「ヴィッツ。問題ないわ」

「ですが、アルタル様」

 皇女の言葉には従順なカーシェイ卿は、ため息をひとつつくと、立ち上がってわたくしが立っている場所へと近づく。

「分かりました。エルシュミット嬢、その二つを明日の朝、アルタル様へ」

「そこの魔導具師。このわたくしが、発動の確認をしてあげるわ。ありがたく思いなさい」

「良かったですね、エルシュミット嬢」

 カーシェイ卿は、ぱぁっと明るい、でもどこか胡散臭い笑顔をわたくしに向けた。

「アルタル様直々に声をかけていただけた上、メダル研究のお力添えまでしていただけて」

 勝手なことばかり言う二人。

 わたくしはなるべく目が合わないよう、目を伏せた。一礼して、そそくさとその場を立ち去り、自分の寝床へと戻る。

 とても腹ただしく、惨めだった。




 二日目の朝。

 有無をいわさず、カーシェイ卿はわたくしの手元からメダルを持ち去る。

 わたくしは、使用したメダルの調整をするからと、この日は中央部に留まるも、誰も気にする人はいなかった。

 中央部は安全だから騎士も不要だろうと、誰ひとり、わたくしのそばには残らなかった。

 おかげで自由にメダルの調整が行えて、わたくしの心のモヤモヤをたくさんメダルに詰め込めたわ。

「魔獣操作のメダル。なかなか良かったわよ、ヴィッツ」

 そして皇女はメダルの良さを、製作者のわたくしではなくカーシェイ卿に告げる。

「明日は増幅を使いながら、混沌獣の召喚、強化で破壊の赤種を追い込むわよ、ヴィッツ」

 そんな皇女にわたくしは、最新のメダルを提供した。

「今日、混沌の樹林用に調整したばかりの物ですわ」

 カーシェイ卿に手渡して、わたくしはにっこりと笑った。これは本心だ。
 明日、この特別なメダルを皇女が使うのが本当に楽しみだわ。

 さて。

 どんな事態を引き起こしてくれるのかしら。
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