精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

SA

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6 討伐大会編

3-7

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 ピンクの言葉が小さいメダルの魔法陣に力を与える。

 うん? 私はあることに気がついた。

「また出てきたな」

 隣ではイリニが呆れたようにつぶやく。

 もぞもぞと、さらに三匹の芋虫型の魔物が這い出てきたのだ。

 うん、やっぱり気持ち悪い。




 そして。あろうことか、ピンクは五枚目のメダルに手をかけた。

 いやいや、どれだけ服にメダルを詰め込んでいるのよ。
 あぁ。開発者も連れてきているから、補充し放題なのかな。仲、悪そうなのに。

 ピンクは手にした五枚目のメダルを握りしめると、おもむろに、力のある言葉を発した。

「《狂気》」

 片手で魔物召喚、片手で狂気を操る。

 さらに顔色を悪くさせながら、ピンクはメダルに混沌の気を注ぎ込んだ。
 どうやら、私の見立ては間違っていなさそうだ。

「させるか、《秩序の回復》!」

 ピンクの動きから一瞬遅れて、イリニが力のある言葉を発する。

 さっきの《混乱》を一瞬で打ち消したこの魔法。魔種特有の権能のような魔法のようで、イリニはこれを自在に操っている。

 今回もうまく《狂気》をおさめられる。

 と、私も、おそらくイリニも思っていた。ところが。

「くっ」

 ドシーーーーン

 もぞもぞと動くだけだった芋虫型の魔物が、ドシンドシン、ビタンビタンと狂ったように身体を地面に叩きつけ暴れ始める。

 地面が揺れ、周りの樹林が傾き出した。

 地面だけではない。周辺の空気も歪みが出始めている。混沌の気が濃い。
 最初はこんな息苦しさ、感じていなかった。なのに今はどうだ。

 振り返ると、ルミアーナさんが冷や汗をかいている。マズい。ルミアーナさんだけでもここから離さないと。焦る。焦ってもどうにもならないのに。

「アハ、アハハハハハハ」

 焦る私の気分を逆撫でするように、ピンクは狂ったように笑い出した。

 振り返った身体をピンクの方に戻すと、ピンクはカーシェイさんの腕から離れ、自分の足で立っているのが見える。

 でも。ピンクの顔色はどす黒い。病人のように生気もない。

 イリニはピンクが放つ気を抑えようと、守護の神器を掲げた。大盾の形をしたそれはキラリと輝く。

「お前、魔物に《狂気》を使ったな」

 イリニは大盾の力を解放すると同時に、ピンクに言葉をぶつけた。

 イリニの言葉を聞いてもなお、笑い続けるピンク。イリニが苛ついているのが、私にも伝わってくる。

「さっきは私たちに《混乱》を使ったから防げたけど、今度は魔物に《狂気》を使ったから防げないのか」

「魔物に秩序なんて、あるわけないものねぇ」

 レストスでも、特級補佐官で精霊術師のユクレーナさんがやっていた。狂った精霊王に『怒り狂え』という命令を。

「くそっ」

 悔しそうに歯噛みするイリニ。

「さぁ、これでも余裕ぶっていられるかしら」

 ピンクは今にも死にそうな顔色で、口角をつりあげ笑みを浮かべている。
 どう見ても、無理をしているのはピンクの方だった。




 それでも、状況的には私たちの不利に違いない。

 秩序が通じない相手を前にして、守護の大盾を顕現させ防戦一方になっているイリニ。

 赤種の権能を思うように使えず、かといって、ユクレーナさんやナルフェブル補佐官が近くにいるので破壊の大鎌を振り回せない私。

 神級の推し活技能があるとはいえ、基本性能的には普通の人間であるユクレーナさん。

 魔種だけど、魔物と戦えるほどの魔力もないし、そのうえ実戦経験が少なすぎるナルフェブル補佐官。

 どうしたものかと、イリニを見る。

 すると、「クロスフィアと目があった」とか「クロスフィアがキラキラした目で俺を見てる」とか、イリニはひたすら独り言をつぶやきだした。

 ヤバいスイッチが入ってるんじゃないよね、この人。

「どうして、竜種も魔種もこんな人ばかりなのかなぁ」

「クロエル補佐官、心の声が口から出てるぞ」

 ナルフェブル補佐官の声が真後ろから聞こえた。私の心の声はナルフェブル補佐官に筒抜けだったようだ。

 真後ろから別の声も聞こえる。

「クロスフィアさん。あたくし、ナルフェブル補佐官とともに、中央部に戻りますわ!」

 この甲高い特徴のあるキンキン声は、ルミアーナさんだ。

「いくら推し活技能があるからといっても、所詮、あたくしは普通種。クロスフィアさんの足手まといになりますもの」

 ルミアーナさんの声は元気がない。

 私は肩越しにチラッと振り向き、ルミアーナさんに声をかけた。

「でも、ルミアーナさん、この状況で包囲を突破するのはちょっと」

「どうみても自殺行為だな。ま、俺はクロスフィア以外がどうなろうと別に興味ないけど」

 イリニも私と同様の反応を示す。

 私たちの周りを取り囲んで、《狂気》を受けた芋虫型の魔物がいる。
 ここを切り開いて中央部までたどり着くとなると、全員で移動して後退するほかない。

 問題はそう易々と動かせてくれない点。

 魔狼に囲まれていたときなら容易く抜け出せた包囲も、今となっては注意深くいく必要がある。

 ところが、私たちの心配を余所に、ルミアーナさんは高笑いを続けた。

「ホホホホホホ。配布された魔導具がありますわ!」

 目が点になった。
 あー、あったね。でも、あれは…………。

「魔獣転送用だぞ?! まさか、あれを自分に使うのか?!」

 ナルフェブル補佐官がルミアーナさんに食ってかかる。

 ナルフェブル補佐官の言うとおり、魔獣の死骸を運ぶための魔導具だ。それで生きた人間を運ぶだなんて。

 うん、ここで止めないと、人体実験の被験者になる。

 ナルフェブル補佐官はデータ収集や実験をよくやってはいる。それでも、自分が実験される側になるのは初めてのはず。

 慌てるナルフェブル補佐官に、ルミアーナさんはにこやかに応じた。

「理論上は大丈夫なはずですわ!」

「理論上」

 突拍子もない発言連発のルミアーナさんに、焦って頭をかきむしるナルフェブル補佐官。

「実際も大丈夫だと思いますわ。バーミリオン様がこの大会の監視役でしょうから」

「監視するだけで、手助けしたりはできないんでしょう?」

「ならば助けを求めるだけですわ!」

 ルミアーナさんはきっぱりと言い放った。

「行きますわよ、ナルフェブル補佐官!」

「お、おい、待て」

 そして、前触れもなく、自分の身体に魔導具を押し当てた。フィンと低い音を立て魔導具が動くと、ルミアーナさんは見事に消えた。

 後に残るは、呆然とするナルフェブル補佐官。

 周りを囲む芋虫型の魔物と、自分の手にある魔導具とを見比べる。

「まぁ、ここにいても役には立たないからな。くそ、仕方ない。行くか」

 何かを決心したように、ナルフェブル補佐官は顔を上げた。私を見ると諦めた顔で軽く頷く。

「クロエル補佐官、くれぐれも気をつけるんだぞ。それと」

 ナルフェブル補佐官は私の隣を見て、一言付け加えた。

「イリニもな」

 ナルフェブル補佐官はそう言い残すと、魔導具を腕に押し当てる。

 こうして、無言で頷く私とイリニの目の前から、唐突にナルフェブル補佐官の姿が消えた。
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