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6 討伐大会編

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 ピンクが全力で発した力のある言葉は、今度は見事に発動したようだった。
 私たちの周りを囲む樹林のさらに奥の暗がりが、混沌の気で歪む。

 もぞっ、もぞっ、と現れる魔物。

「魔物かぁ。魔物はカウントされないんだよな」

「そういう問題?」

 のんびりとした口調のイリニに、私は突っ込みを入れた。

「だって。討伐大会だろ、これ」

 ま、そうだけどね。

「優勝して、優勝賞品でクロスフィアをもらわないといけないからなぁ」

「私、賞品じゃないから」

 勝手に私を賞品にしないでもらいたい。

 私は姿を現した魔物から目を離すことなく、イリニに反論する。

 イリニは魔物を見ても動じない。それどころか、点数にならないと分かって興味も全く示さない。

「知らないのか? なんでも好きな物をもらえるんだぞ?」

「それは知ってたけど。ザイオンの賞品をひとりで勝手に決めていいの?」

 魔物がさらにもぞもぞと現れた。その数、三匹。大きさはラウより少し大きいくらいか。

 イリニはそんな魔物の様子を見ても、慌てることはなかった。

「ダメってルールはないからな」

「魔種、面倒くさい」

「竜種だって、自分がルールみたいなものだろう?」

「くっ、言い返せない」

 イリニにはルールの話の方が重要らしい。しかも、そんなイリニに言い返せないのが、なんか、悔しい。

 私の後ろに張り付いたナルフェブル補佐官が、余計な口を挟んでくるので、さらにさらに、悔しい。

「それを言ったら、赤種はルールの監視者だよ、クロエル補佐官。
 ルールを逸脱し過ぎた存在を断罪する。だから、破壊の赤種は神をも壊すんだ」

 そう言われても。

 私はテラから『好きに生きていい』としか言われてないし!

「とにかく、カウントされなくても、魔物はどうにかしないとね」

 私の言葉に、イリニは興味なさげに頷くだけ。ここはやっぱり私が潰すようかなぁ。気乗りしないんだけど。

 私はイリニの横に進み出た。さっきより、魔物の姿がさらによく目に入る。

 魔物は召喚される場所で姿が変わるようで。今、目の前にいる魔物は、どう見ても芋虫だったのだ。

 もぞもぞ、うねうねしてる。

 うん、気持ち悪。




「ところで、あの皇女。なんだか、様子がおかしいな。武道大会の時より体調も悪そうだし」

 魔物が目に入っているはずなのに、何の反応もないナルフェブル補佐官が、また声をかけてきた。

 お願いだから、私の後ろに張り付かないでもらえるかな。
 ルミアーナさんは女の子だから仕方ないとして。ナルフェブル補佐官は立派なおじさんだよね。

 イラッとする私の気持ちを無視して、ナルフェブル補佐官は話を続ける。

「クロエル補佐官、何か視えないか?」

 うん、でかい芋虫が見えるよ。

 て、そのことじゃないよね。ピンクの方だよね。

 私はピンクに目を向けた。

 ピンクは魔物のコントロールに必至なようだ。
 こうして比べてみると、三番目は魔物の召喚を容易くやってのけてたな。そういえば、メダルの開発者も。
 ピンクと三番目は普通種か赤種かというところも違うし、魔力量も遥かに違う。

 ならば、ピンクと開発者は?

 そんなことを考えながら、ピンクに鑑定眼を向ける。
 ピンクも開発者も、混沌の気に蝕まれているのはいっしょ。違うのは…………。

「ナルフェブル補佐官も、人間の魔獣化については…………」

 ふと、そんな言葉が口から出てきた。

「研究はしている」

「見た目は人間だけど、中身は魔狼と同じ感じ。混沌の気が身体中を巡ってる。もはや、蝕んでいるっていう段階じゃない」

「そのデータはさっき取った」

 あっさり口にするナルフェブル補佐官。
 ならなんで、私に視えないか?なんて聞くのさ。

「ええー」

 むっとする私に、ナルフェブル補佐官は語りかける。

「スヴェート皇帝リトアルがスヴェート皇女アルタルの身体を乗っ取ろうとしてるんだよな? それにしてはおかしくないか?  あの体調の悪さはなんだ?」

 確かにそうだ。

 魔獣化は混沌の気が原因。混沌の気は感情の神によるもので、感情の神がコントロールできるようになる。

 リトアルは感情の神の力を分けてもらったと言っていた。つまり、アルタルを魔獣化させてリトアルがコントロールしている、ということだ。

 なのに、あの体調の悪さは…………

「…………メダルだ。使っているメダルとスヴェート皇女の気が、どういうわけか噛み合っていない」

 あ。

「開発者は感情の神を絶対視して崇拝していた。でも、スヴェート皇帝や皇女に対しては敬意を持っていないんだ」

 つまり、そういうことか。

「仲間割れということか」

「嫉妬ですわね」

 ルミアーナさんが、微妙に分かってなさげなナルフェブル補佐官をつついた。

「そこまで断言できるのか?!」

「できますわ、ナルフェブル補佐官」

 断定口調のルミアーナさん。

「エルシュミット様は王族。同じく王族のスヴェート皇帝や皇女が、自分の推しから贔屓されているのを見て、嫉妬して嫌がらせをしたに違いありませんわ」

 ルミアーナさんは推しと推し活については第一人者だ。ルミアーナさんが断定するなら間違いないだろう。たぶん。

 私はかなり離れたところにいる二人の女性に目を向けた。一人は精霊騎士でもう一人は件の開発者。
 おそらく、鑑定眼でないと把握できなかったと思う。
 彼女たちはピンクたちに合流することもなく、遠くから様子を窺っていた。

 感情の神をめぐる、女と女の戦いか。

 モテモテじゃないか、感情の神。
 どっちかを伴侶にすればいいのに。




 と、ここで動きがあった。

 ピンクとイリニが対峙して、芋虫型の魔物がうにうにと蠢く中。

 一匹の魔物が地面に倒れ伏した騎士二人のうちの一人に、覆い被さったのだ。

 頭がまるっと魔物の口の中に吸い込まれ、

 ブツン

 と、大きな音がしたかと思ったら、血臭が辺りに漂いはじめた。
 血臭を嗅いで他の魔物も倒れている騎士に群がる。

 悲鳴をあげるスヴェートのまともな騎士たち。
 魔獣化してまともでない騎士たちは、何事もなかったかのように突っ立っているだけ。

 倒れていたもう一人の騎士も、声ひとつあげることなく腕と足を貪られていた。自分が食べられているのに、何も感じていないようだった。

 私の後ろで、ナルフェブル補佐官とルミアーナさんが、うえっ、と声を漏らす。

 うん、女性や子どもが見ていい光景ではないよね。私も何かがこみ上げてきそう。

「で、どうしようか、あれ?」

 ここに来て、ようやくイリニも動きを見せた。魔物ではなくピンクを指差している。

 でも、私に意見を求めてくるわりには、どうでも良さそうな顔。

「倒したらルール違反なんでしょ?」

「参加チームのメンバー登録をしているやつはな」

 私の質問に対しては丁寧に答えてくれるけど。気乗りしてないのが見え見え。

「うーん、魔物に襲われて食べられてるけど」

 私は別の方を指差した。

 倒れていた騎士二人は跡形もなく、ただ黒く血に塗れた地面が残っている。

「あれは俺たちのせいじゃないだろ」

 騎士二人を食べて一回り大きくなった芋虫型の魔物は、今度は私たちに向けて、もぞもぞと蠢き始め。

 魔物を召喚したピンクはといえば、

「《混沌獣の召喚》」

 みたび、力のある言葉を口にした。
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