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6 討伐大会編

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 うん、ダメだこれは。気持ちが悪い。
 これ以上はダメだ。会話したくない。

「クロエル補佐官、目が死んでるぞ」

 気持ち悪くて今にも吐きそうな状態の私に、突然、真横から声がかかった。ナルフェブル補佐官だ。

 ナルフェブル補佐官には重大データをお願いしていた。

 データ収集が滞りなくできるよう、私がピンクの気を引いてはいたけど。もう限界だ。
 あまりにも自分勝手なとんでもない話ばかりで、吐きそうだ。

「こっちはもう大丈夫だ。データは取り終わった」

 やや曇った表情のナルフェブル補佐官。

 表情は曇っていても、データはがっちり収集できたようでホッとした。

 だって、

「私の気分が大丈夫じゃない」

 限界だ。

 吐きそうな気分の私をルミアーナさんが気遣ってくれる。

「まぁまぁ、クロスフィアさん。中央部に戻りましたら、美味しいお茶をいれてさしあげますわ!」

 今、すぐにどうにかしたいんだよ。今。
 叫び声が出そう。

 で、本音が漏れた。

「あの人、自分が長生きしたいからって、自分の国を神様にあげちゃったんだって。最低だよねぇ」

「いや、おおよそはその通りだが。『長生き』の中身が少し違うよな」

 いちいち、ナルフェブル補佐官が訂正してくる。

「それに、自分が長生きするために、子どもを産んで、子どもの身体を乗っ取ろうとしてるんだって。最悪だよねぇ」

「それに関しては同意しかないな。ザイオンの後継者争いより、たちが悪い」

 そうだ。ザイオンもかなりヤバいんだった。

 そんな私たちの会話にピンクが割り込んでくる。

 ピンクたちは、強引に攻撃してきたり近寄ったりしてこない。
 武道大会で一度、相対しているものだから、こっちの出方を警戒している。

 それにピンクとナルフェブル補佐官は初顔合わせ。どの程度の強さなのか考えあぐねているのだろう。

「まぁ、細かいことはどうでもいいわ。後はあなたをシュオール様のところに連れて行けばいいだけだから」

「それも取り引きに入ってるんだ」

「そうよ。わたくしがスヴェートをあげると言ったら、あなたも欲しいとおっしゃったのよ。探すのが大変だったわ」

「私にはラウがいるから」

 それに私は物じゃないし。簡単に欲しいとかあげるとか言わないでほしい。

「黒トカゲはなんの権力もない、ただのトカゲじゃないの」

「ラウはトカゲじゃないから」

 トカゲトカゲって、竜はトカゲじゃないよね。

 ムムッとした私の心を読んだのか、ナルフェブル補佐官が語り出した。

「トカゲは摂理の神エルムと竜種に対する蔑称だ。エルムは竜の姿をしているとされている。だから、ただのトカゲではなく、羽の生えたトカゲと言う方がより正しいけどな」

 ナルフェブル補佐官の欠点は語り出すと止まらないってことだ。

「破壊の赤種と名もなき混乱と感情の神が対決したとき、エルムが手助けしたという逸話もある。
 そのせいで、名もなき混乱と感情の神はエルムを嫌って、トカゲと言う蔑称を使うのだろうな」

「解説いらないから」

 勉強にはなるけど。

「シュオール様は今は皇配の中にいるけれど。新しい身体に移れば次期皇帝。あなたは次期皇后。国の頂点よ」

「もう、私、ラウと結婚してるから」

 権力なんて興味ないし。

「おい、今の情報。重要なのはそこじゃないぞ、クロエル補佐官」

 うん? そう言えば。

 ピンクが今、さらっと凄いこと言ってたような。興味ないけど。

「どうしても理解してくれないなら、仕方ないわね」

 ピンクが大きく息を吸った。


 ヰィ゛ィ゛ィ゛ィ゛!


 そして、吐き出したのは人間とは思えない叫び声。

 武道大会でやられたやつだ。

 これ自体は攻撃手段ではないようだけど、まともに聞いたら、耳が痛くなり目眩と吐き気を起こす。

 私もルミアーナさんもこれを食らうのは二度目。平然とまではいかないにしても、動けなくなることはない。

 ナルフェブル補佐官だけが一瞬、顔を歪めたくらい。

 私たちの反応を見て、手応えのなさにピンクが顔色を変えた。


 ヰィ゛ィ゛ィ゛ィ゛


 さらにピンクが叫ぶ。

 今度はピンクの身体から混沌の気が溢れ出した。
 ピンクの周りにいる騎士もカーシェイさんも、混沌の気を身体にまとい始める。


 ガサガサッ


 下草を掻き分けて、魔狼もどんどん集まり始めていた。

「さぁ、皆、破壊の赤種を連れていきましょう」

 ピンクは鈍く輝る銀色の何かを手に持ち、宙を仰ぐ。あれはメダルだ。小さいメダル。やっぱり持ってきていたか。

 私は右手に大鎌を構える。ルミアーナさんとナルフェブル補佐官は私の背後に下がって防戦体勢をとった。

 実を言えば、二人がそばにいる状態で、大鎌を使うのはあまりよろしくない。
 大鎌の力を存分に引き出してしまうと、二人にも圧がかかってしまうから。

 まぁ、力が弱まる程度だと思ってもらっていい。魔狼程度なら力が弱まっても問題ないし。

 このときは軽くそう思った。
 でも、敵は魔狼だけではなかったのだ。


 ヰィ゛ィ゛ィ゛ィ゛


 だめ押しとばかりにピンクは空に向かって叫び声をあげる。混沌の気がさらにさらに広がり、空にも放たれた。

 辺りは気が充満し、騎士も魔狼も私たちの隙を窺っている。一触即発という状況で、私も息をするのも忘れ、大鎌を構えたまま。

 誰も動かず、機を窺うこと、数分。

 誰かが足を踏みしめて、足元の小枝がパキッと軽く小さな音を立てた。

 その瞬間。


 ヰィ゛ィ゛ィ゛ィ゛


 ピンクと同じ叫び声をあげながら、騎士と魔狼が一斉に襲いかかってきた。


 シューッ


 間髪入れず、私は大鎌をくるりと振り払う。

 一所にかたまっている私たち三人。
 大鎌で生じた魔力圧が、私たちを中心とした同心円状になり、波となって、騎士と魔狼を押し返す。

 これを何度か繰り返し、膠着状態が続いた。

 正直なところ、この場がなくなってもいいなら、どうとでもできるのに。うん、どうしよう。面倒になってきた。

 ただ、気がかりなのは出発前に言われたテラの言葉だ。

『いいか、四番目。名もなき混乱と感情の神の封印にどう影響が出るか分からないからな。混沌の樹林を消したりはするなよ』

 まるで、こうなることを分かってたかのような。




 突然、ピンクが違った動きをし始めた。

 空いた手の指を胸元のフリルの隙間に入れ、すっと抜く。二本の指で挟んでいるのは小さいメダル。

 一枚目のメダルを維持したまま、二枚目の何かを発動するつもりだ。

 まぁ、私一人ならどうとでも耐えられるんだけど。

「その二人を庇いながら、いつまで保つかしら」

 問題はそこだよね。

 私は何度目かのため息をついて、大鎌を構えなおし。ピンクは魔力代わりの混沌の気をメダルに注ぎ込んだ。

「《混沌獣の召喚》」

 力のある言葉を吐き出すピンク。

 すると、ピンクと私たちの間の距離のところの空間が、ゆらっと揺れた。

「何か出てくる!」

 真後ろで震えた声をあげるナルフェブル補佐官。

 力が弱った状態での魔物か。
 私は対峙する覚悟を決めた。

 その時。

 目の前で、さらに、とんでもないことが起きた。
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