精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

SA

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6 討伐大会編

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 私は目の前の人物を見て、ため息をついた。さっきもあったな、このパターン。

「また会ったね、クロスフィア!」

 今まさに魔物が召喚されようとしたその場所に、立っているのはイリニだった。
 髪の毛一本たりとも乱れることなく、目の前にいる。

 え? あのゆらっと揺れた空間はどこ行ったって?

 そんなこと、私が訊きたい。

 ともかく、魔物が召喚されるはずの場所にイリニがいる。なんでイリニ? どこからイリニ?

 どこから?の問いかけに対しては、イリニの兄のナルフェブル補佐官が答えてくれた。

「どうして空から?」

 あぁ、空から降ってきたのか。
 魔物が召喚されるはずの場所に。

 私はイリニの足元を見た。

 うん、何か潰れている。

 もう一度視た。

 うん、魔物だ。ペタンコに潰れて地面のシミのようになっているので、何型の魔物かは分からない。

「やっぱり俺たち、運命の相手なんだよ」

「気のせいでしょ」

「そんなに照れなくてもいいのに」

「照れてないから」

 イリニは足元を気にすることもなく、どうでもいいことを話しかけてくる。

 あー

 ピンクの視線が痛い。

 さっきまで悪役ぶって魔物の召喚をしていたのが、イリニによって秒で潰されちゃうなんて。格好がつかないよね。

 ピンクの視線はイリニにがんがん突き刺さっている。ピンクに背中を向けているイリニはお構いなしだ。

「昨日はあんなに熱く語り合ったというのに、つれないなぁ」

「訊きたいことがあったし」

「今日もいろいろ訊いてもらって構わないよ、クロスフィア」

 イリニはパチンと片目をつぶってウィンクを決めた。顔が良いだけに、キザったらしい仕草も様になる。

 私はすっかり顔の良さに騙されて、ナルフェブル補佐官の問いかけに、イリニがわざと答えていないことを見逃してしまったのだった。




「どうでもいいから、二人とも、スヴェートの方に集中してくれないか?!」

 私とイリニの間にナルフェブル補佐官が声を挟んできて、ハッと現実に戻される。

 ダメだ。顔の良さに騙されては。

「ヒエロ兄さん、邪魔しないでくれよ。クロスフィアとの熱い会話を」

「熱くないから」

 そして、口のうまさにも騙されてはいけない。

「そういうことは、ドラグニール師団長の目の前で堂々とやってくれ!」

「いや、今も、堂々とできないことは、やってないと思うけど」

「そうだよ、ヒエロ兄さん。俺は堂々と人妻を口説いてるんだから」

 ゴホゴホゴホ。

 人妻という言葉を聞いてむせた。なんか、言い方がいやらしい。

「それ(人妻を口説く)、堂々もコソコソもどっちもやっちゃダメだから」

 私はそう言うのが精一杯だった。

 そこへ、ナルフェブル補佐官の後ろから、ルミアーナさんが助け船を出してくれた。

「ともあれ、今はスヴェートの皆様をどうにかした方がよろしいですわ!」

 ビシッとピンクを指差すルミアーナさん。

 その動きを目で追って、私だけでなくイリニまでも振り返ってピンクを見た。

 ピンクは、射殺せそうな視線でイリニを見ている。

 イリニはピンクの姿を見て、眉をしかめ、なんだあれは?と小さく漏らした。
 兄弟で初見の感想が同じだとは。まぁ、ピンクに関しては兄弟じゃなくても同じかな。

「まぁ、正論だね」

 イリニはそのまま腕を組んで、ふむっと頷く。

「僕も正論を言ってただろう!」

「ヒエロ兄さん、うるさいよ。俺にまとめて潰されたくなければ、静かにしておくんだな」

 ナルフェブル補佐官の抗議の声に、イリニは眉をつりあげた。続いて、静かに、でも凄みのある声で言い切る。

 動きを止めるナルフェブル補佐官。

 イリニはナルフェブル補佐官を振り返ることなく、ピンクに対峙したまま。

 そして、何かに気づいたように目を輝かせた。

「へぇぇぇぇ」

 一歩、ピンクの方に近づく。

「おもしろいな」

 また一歩、近づいた。

「人型の魔獣なんて、初めて見たよ」

 私からはイリニの背が見えるだけなので、どんな表情かまでは分からない。

 ただ言えるのは、イリニがおもしろがってはいないということ。なんだか、呆れてるようなバカにしているような、そんな口調だった。

「失礼な男性ね。ヴィッツ、あれを排除して、破壊の赤種を連れていきますわよ」

「仰せのままに」




「はーぁ? あのなぁ、参加チーム同士が危害を加えるのはルール違反だろ」

 ピンクの言葉を聞いて、イリニの口調が今度は怒ったようなものに変わった。

 辺りの空気が張りつめている。
 イリニの魔力圧だ。

「ルール厳守は魔種の信条なんでね」

「契約破棄とか偽造とか言ってた人の言葉とは思えない」

 緊迫した雰囲気なのにも関わらず、思わずつっこんでしまう。そこへ補足をいれるナルフェブル補佐官。

「クロエル補佐官、どっちもルールがあってのものだ。破棄も偽造もルールに則って行われる」

「あ、そうか。魔種の加護は」

 規則だとか法律だとかが大好きな、規律の神様のものだ!

「ルールは規律の神ザイン様から与えられたもの。魔種は、規律を乱すやつを許さない」

「破棄と偽造と違反の違いがよく分からない」

 魔種的にはまったく違う物に感じるようでも、私には違いが分からなかった。

 ルール、ルールってうるさくて、魔種って面倒臭そう。まだ、ラウたち竜種の方が分かりやすくていい。

 私は改めてラウの良さを実感した。




 私がひとりで納得している間にも、イリニとピンクの対峙は続いている。

 イリニの魔力圧、ピンクの混沌の気、押しつ押されつ。どちらも引く気配がなかった。

 先に動いたのはピンク。

 ピンクたちは手にした二枚のメダルを下に捨て、別のメダルを握りしめる。三枚目のメダルだ。

「《混乱》」

 そして、三枚目のメダルを掲げて魔法を発動させた。武道大会でも使ったあれ。

 その魔法を、ピンクは周りにいる全員に向けて放つ。スヴェート側についている騎士たちも含めて、だ。

 自分の側の騎士たちもピンクにとっては道具扱いなんだと、改めて思った。吐き気がする。

 波のように押し寄せるピンクの魔法から、少なくとも、私たち側の人は守らないと。

 そう思って、イリニの前に出ようとして、イリニの背中に近づいたとたん。

「《秩序の回復》」

 イリニが落ち着いた声で、聞いたことのない言葉を発した。

 同時にピタッと、ピンクの魔法の波が止まる。

「えっ?!」

 大きな声をあげるピンク。

「発動しないですって?! このメダル、粗悪品ではなくて?!」

「しないんじゃなくて、できないようにしたんだよ。粗悪品なのはお前の頭の中身だな」

 バカにしたようなイリニの声が辺りに響いた。

 ピンクはふんっと三枚目なメダルを投げ捨てると、フリルの隙間から四枚目のメダルを取り出した。

 余裕そうなフリをしているけど、目は血走っていて、肌は青白く、呼吸も荒い。
 武道大会でも、力を使いすぎて、血を吐いていなかったっけ?

「ならば、こちらはいかがかしら」

 ピンクは構うことなく、四枚目のメダルを発動させた。

「《混沌獣の召喚》」
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