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6 討伐大会編

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 中央部を出発してから、三十分ほどが経ち、私たちのチームのは樹林深く入り込んでいた。

 混沌の樹林の様相は、基本的に赤の樹林と変わりがない。
 大きく違うのは、樹木の太さや高さ、そして道らしき道がないこと。

 他の樹林は定期的に人の手が入るため、手を入れやすいよう、通路が必ず作られていた。

 ところが、混沌の樹林に人の手が入るのは年に一回のみ。

 通路を作っても使うのが一年に一回だけでは、整備が追いつかない。それならあえて作らなくてもいいのではないか。そんな感じで放置されたようだ。

 とはいえ、獣道のようなものはあちこちにあった。
 混沌の気が渦巻く場所であっても、様々な動物が棲んでいる。
 人の手が入らないから、なおのこと、動物の数は多い。多いからこそ、魔獣化する動物も多くなるという悪循環が成り立ってしまっていた。

 データ収集目的なら、ここで、混沌の木の幹の皮や葉、土といったものを採集して、持ち帰ったり、混乱の気の量を測ったりするところなんだろうけど。

 データ収集好きのナルフェブル補佐官でさえも、さすがにキョロキョロする程度。

「いろいろな気配に囲まれていて、落ち着かない」

 とは、ナルフェブル補佐官の言。

 意外と神経質だ。

 ナルフェブル補佐官は、全員での行動ということもあって、隊列の中央あたりにいる。
 今日は、ルミアーナさんと二人して《鑑定》をフル活動させてもらった。魔獣の気配を追っているのだ。

 そう。魔獣はこの二日間でさらに集団の統率が取れ、侮れない動きとなってきている。
 今はまだ、力でねじ伏せることができるとはいえ、魔獣の動きがこのまま進歩し続けるのはマズい。

 そして、問題なのは魔獣の動きだけではなかった。




「ねぇねぇ、ラウ」

「なんだ、フィア」

 私の方はラウと並んで歩いていた。

 ナルフェブル補佐官やルミアーナさんは隊列の中央辺りなのに対して、私たちは先頭。

 このチームで一番強いのはラウと私。

 本来ならラウが先頭、私が最後尾なのがベストなんだけどね。

 昨日、一昨日と私と離れてしまったのが嫌だったようで、今日はずっと私の隣にいる宣言をしている。

 機嫌が悪そうで、嬉しそうで、気を引き締めていそうで、どことなく緩やか。
 最近、さらにいろいろな感情をラウから見て取れるようになっていた。

 赤種の能力、鑑定眼は感情までは読み取れない。だから、ラウの細やかな感情が感じ取れるのが不思議で。
 不思議だけれど、それだけラウに近づいているんだと思うと、なんだか嬉しくて。

「どうした? 良いことでもあったか?」

 ラウが柔らかな笑顔を向けた。

「フィアの笑顔がかわいい。ふわっとして柔らかで、とてもかわいい」

「あ、これはその。ラウといっしょだから、かな」

 マズい。私も気が緩んでた。

「そうだな。今日はいっしょに行動だからな」

「えーっとそれでね」

 緩んだ気持ちをごまかすように、話題をさっさと切り替えて、聞きたかったことを伝える。

「昨日、いや、一昨日から、カーシェイさんの気配がするような気がするんだけど」

「いてもおかしくはないな」

 あっさり答えるラウ。

 とくに驚いた感じもないところを見ると、ある程度、予想はしていたようだ。

「あいつも竜種で討伐大会の経験者だ。スヴェート皇女に頼まれれば、当然、スヴェートチームとして参加するだろうな」

 あぁ、そうか。スヴェート皇女に頼まれてカーシェイさんがレストスにもやってきていた。そう言ってたよな。

「ところで、他の気配は感じるか?」

「他の気配?」

 ラウが表情を引き締める。

 カーシェイさん以外の気配ってことだよね、いったい誰の?

 訝しく思ったのが顔に出たのか、すぐさま、ラウが話を続ける。

「スヴェート皇女、小さいメダルの開発者、あとは………………あの黒猫か」

 うーん、三番目は転移ができるから、神出鬼没。いてもおかしくない。でも今のところ、三番目の気配はない。

 開発者はどうだろう。魔導具師として以外、戦闘に関する能力は高くなかった。
 メダルは事前に作っておくだろうし、あの開発者がここに来るメリットはなさそう。

 それに加えて、開発者はごく普通の魔導具師だ。とくに特徴があるわけでもなく、魔力量が多いわけでもなく。

 混沌の気に蝕まれているという特徴も、ここでは特徴にならない。なぜなら、ここの魔獣が同じような気配を漂わせているから。

 つまり。

 開発者は魔獣といっしょ。開発者の気配だけを感じ取ることはできなかった。よほどそばにいれば、話は違うのだろうけど。

 だから、ラウにこう答えるしかなかった。

「三番目と開発者はよく分からない。三番目の気配は感じないし、開発者の気配は特徴がないから感じ取れない」

「フィアでも難しいか。フィアが無理なら他のやつでは感じ取れないな」

 ラウの期待に添えなくて残念だけど、私は私でできることをするだけ。気持ちを切り替えよう。
 それにラウも、私が無理をしてまで何かするのは望んでないだろうしな。

「カーシェイさんとスヴェート皇女の気配はなんとなく感じる。なんとなく過ぎて、実際にいるのか、他の人についた魔力残渣なのかは分からないの」

「あー、なるほど。俺からフィアの魔力を感じるのと同じ、ってやつか」

「うん、まぁ、そういうこと」

「とにかく、気を引き締めていくぞ」

「うん」

 私は大きく頷いた。ラウの言葉の意味をよく考えもしないで。




 それから、私がこのときの言葉、ラウから私の魔力を感じる、をよくよく考え出したのは、さらに一時間ほど経ってからのこと。

「ラウから私の魔力を感じるって、どういうこと?」

 魔力残渣なら分かる。いつもくっついているので、魔力の痕跡はベタベタくっついているだろうから。

 でも、あの言い方は、魔力そのもののことを指している。

「それに逆に言えば、私からラウの魔力を感じるってことじゃないの?」

 ラウから私の魔力を感じるなら、逆もまた然り。私からラウの魔力を感じるってことだ。

「おい、今はそんなこと、気にしてる場合じゃないだろう! 緊急事態だ!」

 こっちだって、いろいろ考えることがあるというのに。ナルフェブル補佐官の普段より大きめで早めの口調が、私を追い立てる。

「ナルフェブル補佐官、ちょっと、今、考え事してるんだから。もう少し、静かにしてほしいんだけど」

「考え事は後にしてくれ!」

「えー」

 ナルフェブル補佐官が慌てていた。珍しいな。

「えー、じゃない! 出ないと、エレバウト補佐官が危ない!」

 え?

 ナルフェブル補佐官がビシッと指差す先には、魔狼と対峙するルミアーナさんの姿があった。

「ドラグニール師団長たちとは離れてしまったし、補佐官三人で行動しないといけないなんて、なんでこんな事に!」

 頭をかきむしるナルフェブル補佐官の叫び声が辺りに響く。

 魔狼の襲撃を受け、討伐し損なって逃げた魔狼を追いかけているうちに、他の皆とは離れてしまったようだ。

 ルミアーナさんはともかく。

 なんでまた、ナルフェブル補佐官がこっちについてきたのかが、さっぱり分からない。

 そして。

「師団長の魔力を追ってきたのに。どうして、あなたがここにいるんですか?」

 ここで聞きたくない声がした。
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