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6 討伐大会編
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「はぁぁぁ、生きて帰れる気がしない」
肩をがっくり落として息を吐いたのは、他でもないナルフェブル補佐官だった。
「まぁ、そう言うな」
深刻な表情を浮かべ、おまけに胃の辺りを押さえている。
見ているこっちでさえ、気の毒になってくるようなナルフェブル補佐官に対して、のほほんとした表情で軽く声をかける塔長。
「むしろ感謝してもらいたいよな、僕の英断を。混沌の樹林に行ける機会なんて滅多にないだろう?」
そして、なぜか偉そうにしている。
言ってることは間違ってないけど。
「それはそうだが」
混沌の樹林のデータ収集ができると、ナルフェブル補佐官が喜ぶんじゃないかと、私も思ってた。こんなにも嫌がるなんて意外だ。
「ドラグニール師団長の圧が尋常じゃない。あと、あの専属護衛も。クロエル補佐官の周りは、なんで、あんな人ばかりなんだ?!」
「まさかの、あんな人扱い」
ラウとジンクレスト。私に過保護すぎるという意味では似たもの同士で、息ピッタリなところがある。
だから、ナルフェブル補佐官の気持ちも分からなくはない。
「ほらほら、クロエル補佐官も憮然とした顔するな」
分からなくはないけど、酷い。
「ラウはかわいい熊なのに」
「どこが?!」
「クロスフィアさんの前でだけ、ですね」
「だろうな。そう思ってるのは、クロエル補佐官だけだしな」
皆して、酷い。
「ラウゼルトも、ナルフェブル補佐官の利用価値は分かっているから。クロエル補佐官に色目を使わない限りは消されない」
「クロエル補佐官だって十分、圧が凄いのに、色目なんて使うものか」
私に対しても、酷い。
思わず、眉間に力が入る。マル姉さんがまぁまぁとお茶を入れてくれたから、少し落ち着いてはきたけどね。
そんな私に構わず、塔長とナルフェブル補佐官は話を続けていた。
「その意気だ。混沌の樹林のデータをしっかり取って、生きて帰ってこいよ」
「無事を前提にしてくれよ、塔長」
「しかしな、混沌の樹林だからな。あそこは何が起きるか分からないぞ」
「やっぱり生きて帰れる気がしない」
結局、ナルフェブル補佐官のつぶやきは最初に戻る。
ノルンガルスさんが隣で「死ぬ前にこのデータをなんとかしてください」と冷たく言ってるのに、ナルフェブル補佐官の耳には届いていなさそうだ。
がっくりしているナルフェブル補佐官をかわいそうに思ったのか、塔長が優しい声を出した。
「そうだな。なら、せめて、死ぬ前に家族に会ってこい、ナルフェブル補佐官」
「塔長でも、優しい声が出せたんですね」
ユクレーナさんの辛辣な感想は横に置いとくとして。
「ナルフェブル補佐官て、家族いたの?」
「そりゃ、いるだろ」
「へー、いいね。家族がいるなんて」
と口にしてから、はたと気づく。
ラウが竜種の中でも特殊なだけで、上位竜種にも普通に親や兄弟がいるんだった。
赤種は赤種として覚醒した瞬間、血のつながった家族から切り離されるので、家族と認識できなくなる。
だから、赤種は独り。
私の口調が暗くなったのを、塔長は聞き逃してはくれなかった。
「クロエル補佐官にだっているだろ。ラウゼルトとか師匠とか」
「血はつながってないけどね」
「そうだな。でもな、血がつながってる家族がいいものとは限らない」
優しい口調が一転して暗くなる。
「わたくしやノルンガルスさんのところは、一部がクズってるだけですが、塔長のところは大変でしょう」
「僕のところはクズってはないな。一部がギスギスしているだけさ」
辛辣な口調のユクレーナさんを見て、塔長が苦い笑いを浮かべた。
「まぁ、僕は鑑定技能のおかげで、ギスギスに巻き込まれないで済んだけどな」
「え? 鑑定技能?」
「鑑定技能持ちの王族は、大神殿の神官長になるんだよ。王位の継承権はないから、ギスギスとは無関係さ」
さっぱりした表情で淡々と語る塔長。
「今の神官長は?」
「王弟だから、叔父にあたる」
へー、あのお金にがめつそうな人が王弟かぁ。
「塔長以外のご兄弟は相変わらずですね」
塔長以外の兄弟は三人。行政部で執務に携わる第一王子、第八師団長の第二王子、今度、最後の儀を行う第四王子。
国王の跡目争いが苛烈だという話は聞いたことがないけど。
確かに、国王は未だ後継者を指名していない。誰が次期国王になるかは今後の功績次第ということなんだろうか。
だとしても、兄弟同士でギスギスするなんて、いたたまれない。
「ナルフェブル補佐官のところも、僕と似たようなものだろうがな」
苦笑いのまま、塔長はナルフェブル補佐官に話を戻した。
「ナルフェブル補佐官はザイオン出身だよね。討伐大会で家族と再会したりは…………」
「それなりの立場にいるやつだから、参加するはずがない」
ナルフェブル補佐官からは、さっきまでのガックリした表情が消えた。今、浮かべているのは、何かを決意したような固く引き締まった表情。
塔長の方も苦笑いが消え、からかうような笑いに変わっている。
「そうか? それはどうだか分からないじゃないか」
「それにこっちは争いを避けて国を捨てた身だ。もう二度と会うこともない」
国を捨てた魔種。
ナルフェブル補佐官にも国を捨てざるを得ない事情があったんだ。
「だいたい、頑固で何かに執着しやすいタイプだからな、あいつは。変に目を付けられて、命を狙われる前に国を捨てて正解だった」
「家族への評価が厳しい」
「クズではないぞ。一応、人格者だ」
「執着しやすい人格者って想像つかない」
「執着心や粘着力は、ドラグニール師団長に劣るしな」
「ラウと比べないで」
「まぁ、君の専属護衛くらいなものかな」
「ジンクレストとも比べないで」
なんか、いろいろとダメージを受けて、この話は終わりとなった。
その後、ナルフェブル補佐官はノルンガルスさんに怒られながら、データ整理をして、私もただひたすら手伝う。
膨大な量のデータを前にして、私はいろいろなことを置き去りにしてしまったのだった。
肩をがっくり落として息を吐いたのは、他でもないナルフェブル補佐官だった。
「まぁ、そう言うな」
深刻な表情を浮かべ、おまけに胃の辺りを押さえている。
見ているこっちでさえ、気の毒になってくるようなナルフェブル補佐官に対して、のほほんとした表情で軽く声をかける塔長。
「むしろ感謝してもらいたいよな、僕の英断を。混沌の樹林に行ける機会なんて滅多にないだろう?」
そして、なぜか偉そうにしている。
言ってることは間違ってないけど。
「それはそうだが」
混沌の樹林のデータ収集ができると、ナルフェブル補佐官が喜ぶんじゃないかと、私も思ってた。こんなにも嫌がるなんて意外だ。
「ドラグニール師団長の圧が尋常じゃない。あと、あの専属護衛も。クロエル補佐官の周りは、なんで、あんな人ばかりなんだ?!」
「まさかの、あんな人扱い」
ラウとジンクレスト。私に過保護すぎるという意味では似たもの同士で、息ピッタリなところがある。
だから、ナルフェブル補佐官の気持ちも分からなくはない。
「ほらほら、クロエル補佐官も憮然とした顔するな」
分からなくはないけど、酷い。
「ラウはかわいい熊なのに」
「どこが?!」
「クロスフィアさんの前でだけ、ですね」
「だろうな。そう思ってるのは、クロエル補佐官だけだしな」
皆して、酷い。
「ラウゼルトも、ナルフェブル補佐官の利用価値は分かっているから。クロエル補佐官に色目を使わない限りは消されない」
「クロエル補佐官だって十分、圧が凄いのに、色目なんて使うものか」
私に対しても、酷い。
思わず、眉間に力が入る。マル姉さんがまぁまぁとお茶を入れてくれたから、少し落ち着いてはきたけどね。
そんな私に構わず、塔長とナルフェブル補佐官は話を続けていた。
「その意気だ。混沌の樹林のデータをしっかり取って、生きて帰ってこいよ」
「無事を前提にしてくれよ、塔長」
「しかしな、混沌の樹林だからな。あそこは何が起きるか分からないぞ」
「やっぱり生きて帰れる気がしない」
結局、ナルフェブル補佐官のつぶやきは最初に戻る。
ノルンガルスさんが隣で「死ぬ前にこのデータをなんとかしてください」と冷たく言ってるのに、ナルフェブル補佐官の耳には届いていなさそうだ。
がっくりしているナルフェブル補佐官をかわいそうに思ったのか、塔長が優しい声を出した。
「そうだな。なら、せめて、死ぬ前に家族に会ってこい、ナルフェブル補佐官」
「塔長でも、優しい声が出せたんですね」
ユクレーナさんの辛辣な感想は横に置いとくとして。
「ナルフェブル補佐官て、家族いたの?」
「そりゃ、いるだろ」
「へー、いいね。家族がいるなんて」
と口にしてから、はたと気づく。
ラウが竜種の中でも特殊なだけで、上位竜種にも普通に親や兄弟がいるんだった。
赤種は赤種として覚醒した瞬間、血のつながった家族から切り離されるので、家族と認識できなくなる。
だから、赤種は独り。
私の口調が暗くなったのを、塔長は聞き逃してはくれなかった。
「クロエル補佐官にだっているだろ。ラウゼルトとか師匠とか」
「血はつながってないけどね」
「そうだな。でもな、血がつながってる家族がいいものとは限らない」
優しい口調が一転して暗くなる。
「わたくしやノルンガルスさんのところは、一部がクズってるだけですが、塔長のところは大変でしょう」
「僕のところはクズってはないな。一部がギスギスしているだけさ」
辛辣な口調のユクレーナさんを見て、塔長が苦い笑いを浮かべた。
「まぁ、僕は鑑定技能のおかげで、ギスギスに巻き込まれないで済んだけどな」
「え? 鑑定技能?」
「鑑定技能持ちの王族は、大神殿の神官長になるんだよ。王位の継承権はないから、ギスギスとは無関係さ」
さっぱりした表情で淡々と語る塔長。
「今の神官長は?」
「王弟だから、叔父にあたる」
へー、あのお金にがめつそうな人が王弟かぁ。
「塔長以外のご兄弟は相変わらずですね」
塔長以外の兄弟は三人。行政部で執務に携わる第一王子、第八師団長の第二王子、今度、最後の儀を行う第四王子。
国王の跡目争いが苛烈だという話は聞いたことがないけど。
確かに、国王は未だ後継者を指名していない。誰が次期国王になるかは今後の功績次第ということなんだろうか。
だとしても、兄弟同士でギスギスするなんて、いたたまれない。
「ナルフェブル補佐官のところも、僕と似たようなものだろうがな」
苦笑いのまま、塔長はナルフェブル補佐官に話を戻した。
「ナルフェブル補佐官はザイオン出身だよね。討伐大会で家族と再会したりは…………」
「それなりの立場にいるやつだから、参加するはずがない」
ナルフェブル補佐官からは、さっきまでのガックリした表情が消えた。今、浮かべているのは、何かを決意したような固く引き締まった表情。
塔長の方も苦笑いが消え、からかうような笑いに変わっている。
「そうか? それはどうだか分からないじゃないか」
「それにこっちは争いを避けて国を捨てた身だ。もう二度と会うこともない」
国を捨てた魔種。
ナルフェブル補佐官にも国を捨てざるを得ない事情があったんだ。
「だいたい、頑固で何かに執着しやすいタイプだからな、あいつは。変に目を付けられて、命を狙われる前に国を捨てて正解だった」
「家族への評価が厳しい」
「クズではないぞ。一応、人格者だ」
「執着しやすい人格者って想像つかない」
「執着心や粘着力は、ドラグニール師団長に劣るしな」
「ラウと比べないで」
「まぁ、君の専属護衛くらいなものかな」
「ジンクレストとも比べないで」
なんか、いろいろとダメージを受けて、この話は終わりとなった。
その後、ナルフェブル補佐官はノルンガルスさんに怒られながら、データ整理をして、私もただひたすら手伝う。
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