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6 討伐大会編

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 全体会の翌日は、どこもかしこも討伐大会メンバーの話で持ちきりだった。

 塔長が最後の最後で乱入して、ナルフェブル補佐官を推薦したり、ナルフェブル補佐官が魔種だということを公表したり。

 そういった想定外の事態が起きたことももちろん、皆の注目を集める一因ではあったけど。

 もっとも話題となったのは、全体会の翌朝には大会メンバーが発表されたことだった。

 私は週一回の第一塔勤務の日なので、朝イチの発表を聞いてから、塔長室に出勤。

「ねぇねぇねぇねぇ、クロエルさん!」

 扉を開けたとたんに、マル姉さんの質問攻撃を食らう。

 マル姉さんは第一塔塔長室の古参メンバーで、上級補佐官だ。本名はマルエリーナ・アスター。
 弟のニルヴィード・アスター上級補佐官とともに、塔長室で事務仕事や外回りを担当している。

 弟のアスター補佐官は外回りばかりで、塔長室にいないことが多く、反対にマル姉さんは塔長室にいることが多い。

 そして、マル姉さんは情報通。

 今回もどこからか、全体会での話まで耳にしたようで、根ほり葉ほり聞いてきたのだ。

 もちろん、事細かくらい質問されても、私だって、答えられる範囲のことだけしか教えられないけど。

「ラウは消去法で決めたって、言ってたんだよね」

 全体会が終わってから発表があるまでの話について、私はそう答えた。

 そう答える以外なかったのだ。

 なぜなら、

「どうやら、推薦されているそばから、ラウがマルバツをつけてたみたいでね」

「選抜会議みたいなのはなかったってことなのぉ?」

「あったら、私も出てる」

 全体会が終わってすぐに、ラウが副師団長のミラマーさんに話しかけ、それだけで選抜が終わったのだ。

 選抜方法、ずいぶんと曖昧に言ってたもんな。

 だいたい、主メンバーだって選抜会議みたいなものはなかった。おそらく、ラウが決めて、ミラマーさんに見せて、それだけで終わったに違いない。

「まぁ、ラウゼルトの決め方なんて、そんなものだろ」

 塔長が離れた自席から話に加わってくる。

 相変わらず、イスにふんぞり返ったスタイル。
 ひっくり返りそうでひっくり返らない。バランス感覚が頭抜けているのか、そういう作りのイスなのかは不明だ。

 「ドラグニール師団長のことだから、クロエルさんのためにもーっと考えるかと、思ったんだけどぉ」

 かわいらしく、小首を傾げるマル姉さん。
 私より年上のお姉さまキャラなのに、こういったかわいらしい仕草もよく似合う。

 今度のマル姉さんの疑問には、ユクレーナさんが答えた。

「基本、師団長がひとりいれば、クロスフィアさんに関わるすべてのことは事足りるんですよ。恐ろしいことに」

 ユクレーナ・フィールズ補佐官は、私と同じく特級補佐官。ナルフェブル補佐官と合わせても三人しかいない希少な人材だ。

 先月、とある事情でいっしょに遺跡都市レストスを旅行して、お互い名前呼びをしてからというもの、職場でも名前で呼び合うのが続いていた。

 今まで名前で呼び合うお友達みたいなの存在がいなかったので、ちょっと、いやいや、かなり嬉しい。

 そんな楽しいレストス旅行だったはずだよね。

「わたくしはレストスで、身をもって体験しました」

 何が恐ろしいのか分からないけど、皆の反応は分かったように「あー」という感じ。

 ユクレーナさんはブルッと身を震わせる。視線はどこか遠いところを見ていた。

「え? レストス、楽しかったよね?」

「はい、楽しい恐怖体験でした」

「えー?」

 恐怖体験て、楽しいの?

「まぁ、その話はともかく」

 震えるユクレーナさんを、ぽかんと眺める私をそっちのけにして、塔長が話を切り替えた。

「ラウゼルトにとって大事なのは、自分がクロエル補佐官の一番そばにいる状況を、維持することだな」

 分かったように言う塔長。

「それで消去法ということですよ」

 分かったように頷くユクレーナさん。

「意味が分からないんだけど」

 私だけ分からない。

「クロスフィアさんは知らなくて大丈夫ですよ」

「私の知らないことがありすぎる。マル姉さんは、今ので分かったの?」

「十二分に、恐ろしさが分かったわぁ」

 やっぱり分からないのは私だけだった。




「ところで、ナルフェブル補佐官は本当に参加して大丈夫なの?」

 分からないことはどうしようもないので、別の話題を振ってみる。

 そう。

 ナルフェブル補佐官、どういうわけだか、討伐大会のメンバー入りしちゃったんだよね!

 鑑定と分析においてはナルフェブル補佐官に並ぶ人はいない。
 ラウもその辺を考えて、抜擢したのかも。と前向きに捉えてみた。

「大丈夫も何も、後から聞かされたし。上司からの命令だしな」

 やっぱり事後承諾だったか。

「あの、ものぐさ。要所要所はしっかり押さえて仕事しますからね」

 前向きに考えていたのは私だけだったようだ。

「二人とも、いつにもまして荒んでる」

 という状況。

「まぁまぁ、クロエルさんが心配することじゃないわよぉ」

 そんな私を気遣って、マル姉さんが優しく声をかけてくれた。

「ナルフェブル補佐官の仕事がブラック過ぎて、荒みきっているのはいつものこととして」

「私が見てないだけで、いつものことなんだ」

「最近、フィールズさん宛ての手紙の数が多くてねぇ」

 あぁぁぁぁぁぁぁぁ。あれか!

 ユクレーナさんのことが好きな昔馴染みの人。諦めきれず王都にまで押し掛けてきて、毎日毎日、ユクレーナさんに手紙書いてるって言ってた!

 私のヤバい夫だって、毎日、手紙書いたりなんてしないのに。

 ヤバい夫を超えるヤバさ。

 ということは知らない振りをして、平然とする私。

「あぁ、手紙ね。まさか、多すぎて面倒になって、見ないで捨ててるとか?」

「まさかぁ。あのきっちりしたフィールズさんが、そんなことするわけないでしょぉ」

「だよね」

 あれの手紙を毎日、見てるのか。それはさぞかしストレスが溜まることだろう。

「目を通した上で、その場でぼふっと燃やしてるわぁ」

「捨てるより激しい」

 うん、ストレスは溜まっていなさそう。しっかり発散している。

 と思ったそばから、

 ボフッ

 凄い音がして凄い炎が上がった。なんの前触れもなく、一瞬で事が起こり事が終わった。

「………………………………………。」

「ほらねぇ」

「捨てたらゴミになるから始末が面倒でしょぉ? 不要物は燃やすに限るわぁ」

「そうなんだ」

 あれは室内でやっちゃいけないレベルじゃないの?という目で、マル姉さんに訴えかけてみたけど。

 室内で破壊の大鎌を振り回した人もいたわよねぇ?という目で、うふふと微笑まれた。

 塔長も見ていたはずなのに無言。

 ナルフェブル補佐官はやれやれという顔をしたのみ。

 ナルフェブル補佐官のそばにもう一人、上級補佐官で技能の鑑定だけ神級だというピンポイント技能者のセリナローザ・ノルンガルスさんがいて。ずっとナルフェブル補佐官のデータの山と格闘していた。

 そのノルンガルスさんもさっきの炎はばっちり見ているのに、またですか?みたいな顔をしただけだった。

 うん、皆、慣れている。

「それで、クロエルさんこそ討伐大会、大丈夫なのぉ?」

「さあ? 何せ初めてだし」

「そうよねぇ。でも、メンバーは凄そうじゃない」

 マル姉さんの言うとおり。討伐大会に選抜されたメンバーは凄いメンバーだった。
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