精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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5 出張旅行編

5-3

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 その人物は、壁の穴を抜けて入ってくるやいなや、私の身体をすっと持ち上げた。

「あれ?」

「ようやく会えた!」

 そんなことをするのは、もちろんひとりしかいない。

「ラウ」

 ユクレーナさんが、また無の表情になっている。

 うん、緊張感なくてごめんね。分かってる。分かってはいるんだけどね。
 分かってない夫に分からせるのは至難の業というもの。

 持ち上げられた状態で、私はラウに話しかけた。

「そんなに長い間、離れた訳じゃないよね。ラウは大袈裟だなぁ」

 頬がひくっとなるのは、まぁ、仕方ないと思ってもらいたい。

「何が大袈裟だ。俺は寂しくて寂しくて寂しくて、たまらなかったのに」

「そうなんだ」

 うん、ラウだからね。そう来るよね。分かってる。分かってはいるんだけどね。

 今はそんなことしている場合じゃないんだよね!

 開発者を捕まえて、王都に連行する必要があるんだよね。

 あ。王族だから、連行なんて罪人に使うような言葉を使っちゃいけないのかな。
 ともかく、せっかく見つけたんだから。ここで逃がしたら、またどこかに潜伏されてしまう。

 開発者の方に顔を向けようと身体を捻ると、捻った分だけ、ラウが身体の位置をずらすので、けっきょくラウしか見えないまま。くぅ。

「それに、ベルンドゥアンと仲良く行動していたんだぞ!」

「うん、ラウは偉いね」

「だよな!」

 ラウはラウで、私と離れていた時間を埋め合わせるように、積極的に話しかけてくるし。

 私もさらに頬がひくひくなるのを感じながら、ラウに返事をした。

「なら、ご褒美をもらわないとな!」

「え? ご褒美?」

 なんで、ご褒美?
 私はつい、開発者から意識が離れて、首を捻る。

「ご褒美はもちろん、フィアだよな!」

「ええ? 私がご褒美?」

 何が、ご褒美?
 どうせ、禄でもない話になるんだよな。こっちはそれどころじゃないのに。

 はぁ。

 とため息をついた瞬間、ラウがさっと何かを避けた。

 避けられて、グラッとからぶったのは、

「クロスフィア様に、何をやってるんですか!」

 私の専属護衛のジンクレストだ。

 ラウが視線だけ動かしてジンクレストの姿を確認すると、チッと舌打ちをする。

「なんだ、もう追いついたのか」

「今、舌打ちしたよね」

「気のせいだ、フィア。疲れているから、変な音でも聞こえたんだよ」

「え、今の絶対に舌打ちだよね」

「それより、早く帰っていっしょに温泉、入ろうな」

「あ、それがご褒美か」

 ラウは寒がりなので、よくくっつきたがるし、いっしょにお風呂に入りたがるんだよね。

「だから、クロスフィア様に馴れ馴れしくしないでいただけます?」

「まぁ、ラウは寒がりだから」

「クロスフィア様、その話、本気で本当だと思ってます?」

「え? 違うの?」

 ベルンドゥアンが怪訝そうな顔で私の様子を窺っている。
 ユクレーナさんを見ると、こっちはこっちで、もの凄い無の表情だ。

 違うのかな、と思って、最後にラウを見るとニッコリ笑顔のラウと視線がぶつかった。

「違わない。それに夫婦なんだから、このくらいは普通だろ。うるさい護衛だな」

 うるさい以下は、ゴミ虫を見ているかの表情になる。

「それより、どこから来たの?」

「あそこからだな」

 突然、壁に穴が開いたのは分かっているんだけど、何がどうなってるのかがさっぱり分からない。

 ラウたちは、反対側の通路からここに向かっていたはずなのに。

「穴、開けて来たの? ここまで?」

「反対の通路を進んでいましたら、例の黒猫に遭遇して、先ほどまで交戦中でした」

「え! 例の黒猫って三番目のことだよね?! 大丈夫だったの?!」

「問題ない。俺をフィアと合流させないよう、足止めが目的だったろうから、大したことなかったぞ」

 私の質問の意図を汲んで、的確に説明をするジンクレスト。
 ジンクレストだけに喋らせるのが気に入らないのか、ラウも説明を加える。

「その最中に、師団長の攻撃が外れて通路の壁を突き破り、偶然、ここまでやってきたんです」

「あのな、ベルンドゥアン。偶然でここまで来れるわけがないだろ。少しは頭を使って考えろよ」

「まさか、狙って壁を壊したということですか? クロスフィア様の居場所が分かっていたと?」

「夫婦なんだから、このくらいは普通だろ。フィアまでの、おおよその方向と距離は分かるぞ」

 うん、説明がおかしい。

 普通、夫婦だって奥さんのいる方向や距離なんて分からないでしょ。

 ジンクレストの普通も私の普通と同じ様で、すぐさま、ジンクレストからラウに質問が飛んだ。

「どうして、分かるんですか?」

「夫婦だからな」

「普通の夫婦は分かりませんよ」

「竜種の夫婦だからな」

 ハァァァァ。

 ジンクレストが大袈裟にため息をつく。

「これだから、竜種の夫は嫌なんですよ」

「うん。私も最近は『距離が近くて接触が多くて嫉妬深くて粘着質が過ぎる夫』程度にしか思ってなかったからなぁ」

 ジンクレストがポロリとこぼした言葉に釣られて、私もついつい思っていたことを口にしてしまった。

「クロスフィア様、やはり、夫の選択を早まったのではないでしょうか」

 眠くてウトウトしながら、結婚を承諾してしまったなんて、ジンクレストにいまさら、言えない。

 アハハと笑って誤魔化そうとしたところへ、ラウが余計な一言を追加した。

「なにせ、俺とフィアは愛の鎖で繋がっているから」

「それ、執着の鎖だよね!」

 うん、ジンクレストとユクレーナさんの視線が冷たい。

 ヤバい夫だって分かってていっしょにいるヤバい奥さんだと、認定されていそうだ。はぁ。




「それより、エルシュミット様を王都にお連れしないといけません」

 ユクレーナさんの言葉を聞いて、私は我に返った。

 ラウがご褒美云々言い出したあたりで、意識から開発者を閉め出したため、スッカリ忘れていた!

「「エルシュミット様?」」

「そうです、エルシュミット様です」

 経緯が分からないラウとジンクレストの言葉が揃う。私は一言で説明する。

「小さいメダルの開発者だって」

「なるほど」「そういうことか」

「エルシュミット様を王都に連れ戻さないと」

 混沌に蝕まれてかなりおかしかったけど、今なら、まだ治せるんじゃないか。

 淡い期待を抱く。

 でも、私の期待は、ラウの次の言葉で泡のように消え去った。

「今のどさくさに紛れて逃げたぞ」

「逃げたって…………」

 愕然とするユクレーナさんが、キョロキョロと辺りを見回す。

 私からはラウが視界を遮っているので、確認はユクレーナさんに任せていると、しばらくしてユクレーナさんが首を横に振った。

「赤種は転移魔法が使えるからな。移動は簡単だろ」

 てことは、三番目が逃げるのを手伝ったのか。

 まぁ、ここに至るまでも、三番目が手を貸しているだろうからね。

「とりあえず、この気絶している男たちを捕らえましょうか」

 ジンクレストの言葉に頷いて、私たちは倒れている男たちを拘束していったのだった。
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