精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

SA

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5 出張旅行編

5-2

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「うん、ちょっと狭苦しいかな」

「クロスフィアさん、冷静に指摘している場合ではありませんよ」

「慌ててもしょうがないよね」

 今、私たちを取り囲むように、魔物が出現している。

 最初は開発者を囲むようにして、小さいメダルから湧き出してきていたものが、いつの間にか私たちを囲むようにしてなっていたのだ。

 その数、多数。

 数えるのが面倒なほど、うじゃうじゃいるし、数えたくもない姿をしているし。

 それに、

「向こうは脅しで魔物を出しているだけだろうし」

 ビクつくユクレーナさんを宥めながら、魔物をグルッと見回すと、魔物もビクッと反応するだけで、それ以上、動きがない。

 今までに遭遇した魔物はところ構わず襲いかかってきたのに。害を与えるのが目的ではない、とか?

「脅しではありませんわよ。伴侶様は問題なくても、そちらの普通種は耐えられるかしら」

「あ」

 チラッと背中越しに振り向く。
 ユクレーナさんの顔が青い。

「ユクレーナさん、普通じゃないけど、普通の人だった」

「クロスフィアさん、わたくしは最初から普通の人です」

 今度はちょっと赤くなる。

「どっちにしても、ここ、狭いんだよね」

 もともと、そんなに広くない空間にこれだけ魔物を呼び出せば、狭苦しいこと、この上ない。

 魔剣で対処するにしても、私の魔剣は大鎌なので、ユクレーナさんを守りながらの攻撃には向いていなかった。

「そちらの普通種は、もう精霊王も呼び出せないでしょう。そんな足手纏いを守りながら戦えますの?」

 後ろから、ユクレーナさんの歯噛みする声が聞こえる。

 前からは、勝ち誇った開発者の声。

「おとなしく、いっしょに来ていただけるのなら、害は与えませんわよ」

 そう言われても。

「その姿が十分、害だけど」

「クロスフィアさん、姿はともかく存在が害なんですよ」

「えー。だって、趣味、悪くない?」

「か、形は呼び出す場所に左右されるので、これは致し方ないんですわ!」

 そう。周りを囲み尽くす魔物の姿はどれもこれも、八本足。大蜘蛛の姿をしていたのだった。

 十分、害だよね?




「ともかく」

 開発者はなんとか気を取り直したようだ。

「お二人ともシュオール様のところへお連れしますので、ご安心くださいまし」

「魔物に取り囲まれて、脅すように安心などと口にされても、信用できません」

 ユクレーナさんの言うとおりだけど、相手はおそらくそんなもの求めていない。

「あなた方の信用は必要ありませんもの。ただ、連れて行けばいいだけですわ」

 ほら。

「なんですって」

 ユクレーナさんが声を荒げる。

 開発者は気にとめず。魔物はじりじりと包囲の輪を狭めていく。

 普通なら大ピンチの状況を目にして、私はため息をついた。

「あのねぇ」

 パチンと手を叩く。

 魔剣が使えなくても、私には権能があって詠唱魔法がある。

「魔物が怖くて特級補佐官が勤まるわけないでしょ」

「それはクロスフィアさんだけだと思いますが」

 ユクレーナさんの身も蓋もない突っ込みを無視して、私は力のある言葉をつぶやいた。

 《圧壊》

 ズシン

 ミシッ ミシミシミシッ

 パラパラパラパラパラパラパラパラ

「ほら。魔物くらいなら秒で潰せるから」

「それもクロスフィアさんだけだと思いますが」

 自然公園で猫形の魔物に襲われたときだって、私は二十体近くの魔物をつぶしている。

 あの時より、魔法陣も洗練され、魔力操作も細やかになっているのに、この程度で脅しになると思われているなんて。

 ずいぶんと甘く見られたものだわ。

「ま、魔物だけだとは、一言も言っておりませんわ」

「そうだったね」

 チラッと右を見ると、魔物の死骸を踏み越えて、十人ほどの男たちが現れた。
 魔物召喚に紛れて、正規の出入り口から入ってきたのだろう。

 幸いなことに、私たちの背後には人はおらず、ちょっと離れたところに、私が開けた穴がある。

 ところで。

「私たちの目的て何だったっけ?」

 あれもこれもといろいろありすぎたせいで、三番目や開発者はどうすれば良かったのか、すっかり忘れていた。

「塔長からの依頼は、変化の赤種様と開発者の捜索です。クロスフィアさんを囮にして、誘い出すというものだったと思いますが」

「じゃあ、開発者を誘い出せて、正体が確定したから、お仕事終わりってことでいいのかな?」

「そうですね。最初の目的は達成できたのではないかと」

 ユクレーナさんの返事を受けて、私は何もない宙を見上げて語りかける。

「て、わけで。これでいいよね」

「先ほどから、なにをブツブツと!」

 今度は開発者が声を荒げていた。

 魔物を秒で潰してから、少し余裕がなくなっている。口調も速くて荒い。

 男たちは、私たちから距離をとって遠巻きに囲んでいた。さすがに魔物の二の舞にはなりたくないようだ。開発者の指示を待っているようにも見える。

 当の開発者は、集中力が低下してきたようで、じっとり汗をかきだした。

「こんなはずではなかったのに。早く連れ帰って、シュオール様に誉めていただく予定が……」

「勝手に私の予定を決めてるし」

「当然でしょう。あなたがシュオール様の伴侶になるのは神のご意志。たかだか人間の分際で、神に背くなど、なんて罰当たりな」

「神様の意志だからって、そんな自分勝手なこと言われても」

 ジロッと開発者を睨みつける。
 開発者は額の汗を甲でぬぐった。

「だいたい、人間に混沌の気を纏わせる神様って、普通におかしいでしょ」

「クロスフィアさん、それって」

 増幅の魔法陣はまだ継続中。

 おかげで赤種の鑑定眼が機能しにくいこの空間でも、視ることができる。開発者の身体から立ち上る混沌の気配を。

「間違いない。あれは混沌の気。記憶がおかしくなってるのも、きっとあれのせい」

 武道大会で騒動を起こしたスヴェート皇女も似たような感じだった。
 あっちはスヴェート皇帝の魔力が霞のように覆っていたけど、こっちは…………

「混沌に身体が蝕まれていて、無事でいられると本気で思ってるの?」

 意識まで蝕まれ、自我がなくなるのも時間の問題かも知れない。

 動物なら、混沌を溜め込み魔獣となる。

 ならば、人間は?

「身体を蝕むだなんて、この気はシュオール様の清浄な神力ですわよ!」

「エルシュミット様、正気にお戻りください。クロスフィアさんの鑑定技能は神級です」

「正気でないのはそちらでしょう? 何を根拠にそんなデタラメを」

 開発者の笑みが歪む。

「完全に心酔していますね。話になりません。塔長かバーミリオン様に相談した方がよさそうです」

 ユクレーナさんがため息をついた。

 となると、

「どうやってこの場を納めましょうか」

「うーん、そうだねぇ」

 目の前には開発者、周りには開発者側の男たち。
 こっちは戦力外状態のユクレーナさんがいるので、派手には動けない。

 さっきの魔物のように、まとめて始末するんだったら、簡単なのになぁ。

「クロスフィアさん、なるべく穏便な方向でお願いします」

「だよね。そうくるよね」

 開発者が一歩一歩踏み出して、私たちに近寄った。
 まだ少し距離があるところで立ち止まり、私たちに向かって、すっと、手を差し伸べる。

「さぁ、わたくしたちと…………」

 ドガガガガガガッ

 開発者は途中でかき消され、余裕そうな顔が凍りついた。

 轟音とともに壁の一部が吹き飛ぶ。

 岩と土が雪崩れ込み、男たちが慌てふためいた。

 まさか、狂った精霊王がまだいたの? それとも別な精霊王?

 双方ともに緊張が走る中、ある人物が瓦礫を押しのけて入ってきた。
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