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5 出張旅行編

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 ボフンという大きな音のすぐ後、大地の精霊王そのものが破裂した。

 グラッという振動とゴフッという衝撃が同時に襲いかかってくる。

 そして、砂埃がこの空間すべてを覆い尽くした。
 鑑定眼がうまく機能しないこの空間は、最初から薄暗く感じていたが、これで何も見えなくなる。

 見えなくなるどころか、目が痛くて開けていられない。

「ユクレーナさん!」

「どうやら、無事に崩せたようですね」

 ユクレーナさんの冷静な声だけが、はっきりと耳に届いた。

 声の聞こえ方からすると、すぐ隣にユクレーナさんはいるようだ。目が開けられないから見えないけど。

 うん、鑑定も鑑定眼も目を開けないと使い物にならないんだな。目が見えることが、こんなに重要だとは思わなかった。

「あれ? 締め付けが弱くなった?」

 目が見えないことに気を取られて、締め付けられるような苦しさが和らいでいるのに、今、気付く私。
 そんなに動揺してたかな。

 私が漏らした言葉に対して、丁寧に返事をしてくれるユクレーナさん。

「床の魔法陣を崩してもらいました」

「あ」

 開発者の足元にあった魔法陣!

 あれはきっと、小さいメダルの効果を増幅する類ものだったんだ。メダルの力が弱まっているのを感じる。
 ただし、《増幅》の魔法陣そのものではない。増幅なら見たことがあるので、おそらく別のもの。

 ともあれ、ユクレーナさんの狙いは、魔法陣の破壊だったのか。

 徐々に砂埃が収まって、目も開けられるようになって、視界がハッキリしてきた。

 石造りの床はデコボコとしている。

 まだ、開発者がいた場所までは見通せないけど、あちこち飛び出たり陥没したり。キレイな陣形が保てているとは、とても思えない様だった。

 そういえば、

「大地の精霊王はどうなったの?」

「精霊界に戻ったようです」

「さっき、破裂したよね?」

 どう見ても自爆だったよ、あれ。

「精霊王が持つ精霊力を一気に解放してもらいましたので、破裂したように見えたのではないかと」

「狂って消滅したんじゃなかったんだ」

 精霊術士でもないので、精霊に関してはユクレーナさんの方が詳しい。ユクレーナさんがそう言うなら間違いはないだろう。

 私は改めて胸をなで下ろした。

 さすがに目の前で自殺みたいなことをされると、後味が悪い。

「下級精霊ならともかく、上級精霊である精霊王は、一時的に影響を受けるだけだと思います」

「なるほど」

「現に、上位竜種の師団長たちは、赤の樹林でもとくに問題なく力を使ってますでしょう?」

「竜種は精霊そのものの力を持った人間、だったっけ」

「そうです。存在としては精霊王より上。赤の樹林に影響されるかは、精霊としての力の強さが関係しそうですね」

 会話をしている間に、土埃は徐々に収まっていって、ようやく、開発者らしき人影が判別できるまでになった。

 ユクレーナさんはじっとその人影を見つめている。

「ナルフェブル補佐官が大喜びしそうなデータです。しっかり持って帰りますよ、クロスフィアさん」

 私は大きく頷いた。

 まずはこの《破壊》の《封印》をなんとかしよう。ユクレーナさんが魔法陣を崩してくれたんだし。

 人影に目を向けると、ゲホゲホとせき込んでいるのが見えた。破裂の衝撃なのか、少し前まで咳き込む声をも聞こえなかったのに。

 さらに、土埃が静まり、埃だらけで薄汚れた衣服を纏った開発者が見えてくる。
 どうやら、向こうも同じように、私たちが見えてきたようだ。咳き込みながら、何かを手にして、前にかざしている姿が目に映る。

 キラリと鈍く光る、あれは。

「小さいメダルですね。いっしょに吹き飛ばされれば良かったのに」

 ユクレーナさんがボソッとつぶやいた。

 間髪入れず、小さいメダルを中心に力が私に押し寄せてくる。
 メダルの力を強くしていた魔法陣が崩れたから、今度はメダルそのものに込める魔力を強くするつもりだ。

 でも、

「さっきより、確実に力が弱まってる」

 これなら、行けそうだ。

 ユクレーナさんの服の袖を軽くつついて、合図を送ると、ユクレーナさんは無言で頷く。

 そして私は、用意していたものを静かに発動し始めた。




 その間にも、開発者はゆっくりと私たちの方へ近づいてきた。

 破裂で部屋の隅まで吹き飛ばされ、だいぶ離れているので、近くからメダルの力を使いたいのだろう。
 それに、メダルはいろいろな種類のものがあったはず。あの手にしたもの以外も持っているのかも。

 私は気を引き締めなおした。

「出過ぎた真似をしない方がいいわよ、取るに足らない普通種の分際で」

「まぁ、その取るに足らない普通種にやりこめられているのは、そちらでしょう?」

 私の意図を汲んで、ユクレーナさんが開発者の相手をする。
 開発者は歩みを止めることなく近づいてきた。

「あら、わたくしにはまだ奥の手が残っているわ。取るに足らない普通種だから、知恵が回らないのね」

「その言葉。そっくりそのまま、お返しします」

「無駄な抵抗はお止めなさい」

 開発者が目の前までやってくる。あと二メートルほどの距離。その場で、手にした小さいメダルを突き出した。

「世の中、無駄なことなんて何一つありません」

「強がりを」

 嘲笑う開発者。

 開発者の手にした小さいメダルが光を強める。

 今だ。

「お待たせ、ユクレーナさん」

 と、同時に、開発者の悲鳴のような声があがった。

「これは、どういうこと?!」

 何もない手を見つめて、ただただ狼狽えている。

 理由は簡単。

「私に壊せないものなんて、あるわけないでしょ?」

「破壊封じのメダルなのに」

 私が用意していた魔法陣は私の力を強める《増幅》。

 通常は他の魔法の威力を強くするのに使うけど、今回は私自身の権能を強めるのに使ってみた。

 私が持つ最強の破壊。

 たかだか、普通種が作った破壊封じに負けるわけがない。

 うん? そうなるとまさか。

 私の頭の中で、何かが繋がった。

 そういうことか。
 そういうことなら、すべてが繋がるし、おかしいことがおかしくなくなる。

「あなたも取るに足らない普通種だった、というだけですね」

「ユクレーナさん、台詞がまるで悪役」

「クフ、フフフフフ」

 私たちの会話が耳に入ったのか、突然、開発者が笑い出した。

「メダルが一つだけだとでも思っていらっしゃるようですわね」

 服の内側に入れた手を出すと、出てきたのはまたもや見慣れた代物。

「また小さいメダル!」

「力付くでも、いっしょに来ていただきますわ!」

 開発者はメダルを頭上に掲げ、何かをつぶやく。

「向こうの方が、台詞が悪役」

「比較している場合ではありませんよ、クロスフィアさん」

 開発者を囲むようにして、何かが沸き出してきた。
 一体、二体、三体…………。ゾロゾロと湧き出してくる様子が少し気持ち悪い。

「うん、もうちょっと本気を出しちゃおうかな」

 私はユクレーナさんを背に庇い、静かに息を吐き出した。
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