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5 出張旅行編
5-0 予期せぬ事態は常に起きる
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身体から力が抜ける感覚の後、私を襲ったのは、胸が、というより身体全体が締め付けられるような感覚だった。
とにかく苦しい。深く息が吸えない。
はぁ、はぁ、はぁ、と浅い呼吸を繰り返す。
ふと、背中が温かくなった。
背中だけではない。肩にも温かいものが触れている。
「クロスフィアさん。ゆっくりと息を吐いてください。できますか?」
耳元でユクレーナさんの声がした。
私は首を動かして頷きながら、静かに長く息を吐いた。
締め付けられるような苦しさはそのままだけど、息が楽になったような気がする。
どうやら、一瞬、気が遠くなっていたようで、私はユクレーナさんに抱えられるように支えられていた。
この温かいのはユクレーナさんの手だ。
ラウの手よりも小さいし、手首も腕も細い。それでも、とても安心する。ドキドキしていた心臓が落ち着いてきた。
そう。苦しくて、息が思うように吸えなかったときは気が付かなかったけど、心臓もバクバクドキドキ、かなりヤバい感じになってたのだ。
ふぅ。私の心臓、落ち着いてきて良かった。
ユクレーナさんは私の肩に手をかけ、背中をさすってくれて、その温かさがまた、なんともいえない。
そして、ユクレーナさんは私を支えるだけではなかった。
「あなた、クロスフィアさんに何を!」
塔長の前はおろか、家族との言い合いの時にも出さなかった強く激しい口調で、開発者を詰問したのだ。
「言ったとおりですわ? 《破壊》を《封印》したんです」
「そんなことができるはずありません!」
うん。そんなバカな話があるわけない。普通なら。
ただし、神様相手だと話は違ってくる。
「神級の力を持つとはいえ、赤種は人間ですのよ。神の力には及びませんわ」
だろうね。
誇らしげな顔をして、自慢げに語る開発者。
でも、分かっているんだろうか。
開発者の力は、けっきょくのところ、神様の力を借りているだけ。神様の力そのものではない。
開発者自身はあくまでも、特級の魔導具師に過ぎないのに。
神様の力を借りているだけの普通種と、神級の力を持つ赤種。どちらが強いのか。考えるまでもないはず。
なのに、開発者は、神様から借りた力をまるで自分の力であるかのように振る舞う。
私を締め付けているのだって、開発者の力というよりは、別のものの力だよね。
まさに今、その手にしている魔導具の。
「小さいメダル」
「あら、よく分かりましたわね。さすが、シュオール様の伴侶様」
さすがも何もない。
この反応には、怒気を露わにしていたユクレーナさんも呆気に取られていた。
散々、小さいメダルを使っておいて、しかもこれ見よがしに手に持っておいて、分からない方がおかしい。
そんなのシュオールの伴侶という存在でなくたって、普通に分かるでしょ。
しかも、この態度は、小さいメダルに絶対的な自信があるからこそ出てきたものだった。
この自信が、開発者自身への過信にも繋がっている。
「分かったところで、あなた方に何ができるのかしら?」
この言葉からも、それが見て取れた。
身動きできない私はともかく、そんな挑発に冷静なユクレーナさんが乗るはずないのに。
『大地の精霊王よ』
「え?」
て! 私は耳を疑った。
『我が声に応えよ』
ユクレーナさん、精霊王を召喚しようとしてるし!
「ユクレーナさん、ダメ」
「ホホホ。無駄よ。ここはシュオール様の力が満ちる場所。精霊はすべて狂って消滅するわ」
「ユクレーナさん! うぅぅ!」
ダメだ。
苦しくて、うまく身体が動かせない。
だいたい、《破壊》の《封印》なのに、なんで締め付けられるような息苦しさを感じなきゃ、ならないのかなぁ。
胸に手を当てて、ユクレーナさんをちらっと見る。
ユクレーナさんは完全に戦闘態勢だ。
ほぼほぼ精霊力がない場所に、無理やり精霊王を召喚する様は、鬼気迫るものがあった。
それでも、分が悪いことに変わりはない。
「なにせ精霊は、伴侶様を奪った汚いトカゲが持つ力。シュオール様が忌み嫌う力はここでは存在できないのよ!」
聞かれてもいないのに、やたらと解説をつけてくれる開発者。
ナルフェブル補佐官が聞きつけたら、踊り出して喜びそうな話ばかりだ。本当かどうかは分からないけど。
分が悪いなかで、ユクレーナさんはさらに呼びかける。
うん?
でも、ユクレーナさんは挑発に乗って怒りに任せるまま、行動する人じゃないよね?
『大地の精霊王よ!』
「精霊王を呼び出したって無駄よ。狂気にかられて暴走するだけ」
さっきの精霊王も、狂って暴走してるって、ラウが言ってたよね。
開発者が嘲笑っても、ユクレーナさんは止めなかった。きっと何か、思い当たることがあるんだ。
『大地の精霊王よ、怒り狂え! 思うままに!』
グラッ
ユクレーナさんの呼び掛けに応じるかのように、床がグラッと動いた。
そして。
「まさか!」
開発者の驚愕の声が響く。
私たちの目の前には、精霊王が姿を現していた。あの荒れ狂っていた大地の精霊王だ。
ユクレーナさんが行ったのは、『どこからか精霊王を呼び出す』ではなく、『ここで荒れ狂っていた精霊王を呼び寄せる』だったのだ。
しかも、精霊王に命じた内容が『怒り狂え』。
荒れ狂っている精霊王に、荒れ狂ったままの行動を命じたわけで。
「ユクレーナさん、凄い」
うまく精霊を使いこなすなぁと感心してしまった。
「くっ。シュオール様の神殿で、狂った精霊王を正常に動かすだなんて!」
まぁ、元々、正常じゃないけどね。
大地の精霊王がやたらめったら力を解放するので、足元がグラグラする。
「この辺りは、最初に精霊王の反応があった場所です。何か気になるものがあったからこそ、精霊王は狂ってでもこの場所に留まっていたのでしょう」
「もしかして、留まった理由って」
「えぇ、ここに隠れていたあの方を付け狙っていたんですね」
ユクレーナさんが開発者を指差した。
次の瞬間。
足元が波をうち、石造りの床に亀裂が走る。亀裂はみるみるうちに周りへと広がっていった。
このままでは、さっきの通路みたいに天井まで崩れ落ちる!
「ユクレーナさん!」
『大地の精霊王よ!』
ユクレーナさんは、大地の精霊王の力を制御するため、魔力を一気に注ぎ込んだ。
両手を広げ、ユクレーナさんに何か語りかける精霊王。
ユクレーナさんは精霊王の言葉に頷くと、精霊王はボフンと大きな音を立てる。
「ええ?! ちょっと待って!」
精霊王は私の目の前で予想外の行動を起こした。
とにかく苦しい。深く息が吸えない。
はぁ、はぁ、はぁ、と浅い呼吸を繰り返す。
ふと、背中が温かくなった。
背中だけではない。肩にも温かいものが触れている。
「クロスフィアさん。ゆっくりと息を吐いてください。できますか?」
耳元でユクレーナさんの声がした。
私は首を動かして頷きながら、静かに長く息を吐いた。
締め付けられるような苦しさはそのままだけど、息が楽になったような気がする。
どうやら、一瞬、気が遠くなっていたようで、私はユクレーナさんに抱えられるように支えられていた。
この温かいのはユクレーナさんの手だ。
ラウの手よりも小さいし、手首も腕も細い。それでも、とても安心する。ドキドキしていた心臓が落ち着いてきた。
そう。苦しくて、息が思うように吸えなかったときは気が付かなかったけど、心臓もバクバクドキドキ、かなりヤバい感じになってたのだ。
ふぅ。私の心臓、落ち着いてきて良かった。
ユクレーナさんは私の肩に手をかけ、背中をさすってくれて、その温かさがまた、なんともいえない。
そして、ユクレーナさんは私を支えるだけではなかった。
「あなた、クロスフィアさんに何を!」
塔長の前はおろか、家族との言い合いの時にも出さなかった強く激しい口調で、開発者を詰問したのだ。
「言ったとおりですわ? 《破壊》を《封印》したんです」
「そんなことができるはずありません!」
うん。そんなバカな話があるわけない。普通なら。
ただし、神様相手だと話は違ってくる。
「神級の力を持つとはいえ、赤種は人間ですのよ。神の力には及びませんわ」
だろうね。
誇らしげな顔をして、自慢げに語る開発者。
でも、分かっているんだろうか。
開発者の力は、けっきょくのところ、神様の力を借りているだけ。神様の力そのものではない。
開発者自身はあくまでも、特級の魔導具師に過ぎないのに。
神様の力を借りているだけの普通種と、神級の力を持つ赤種。どちらが強いのか。考えるまでもないはず。
なのに、開発者は、神様から借りた力をまるで自分の力であるかのように振る舞う。
私を締め付けているのだって、開発者の力というよりは、別のものの力だよね。
まさに今、その手にしている魔導具の。
「小さいメダル」
「あら、よく分かりましたわね。さすが、シュオール様の伴侶様」
さすがも何もない。
この反応には、怒気を露わにしていたユクレーナさんも呆気に取られていた。
散々、小さいメダルを使っておいて、しかもこれ見よがしに手に持っておいて、分からない方がおかしい。
そんなのシュオールの伴侶という存在でなくたって、普通に分かるでしょ。
しかも、この態度は、小さいメダルに絶対的な自信があるからこそ出てきたものだった。
この自信が、開発者自身への過信にも繋がっている。
「分かったところで、あなた方に何ができるのかしら?」
この言葉からも、それが見て取れた。
身動きできない私はともかく、そんな挑発に冷静なユクレーナさんが乗るはずないのに。
『大地の精霊王よ』
「え?」
て! 私は耳を疑った。
『我が声に応えよ』
ユクレーナさん、精霊王を召喚しようとしてるし!
「ユクレーナさん、ダメ」
「ホホホ。無駄よ。ここはシュオール様の力が満ちる場所。精霊はすべて狂って消滅するわ」
「ユクレーナさん! うぅぅ!」
ダメだ。
苦しくて、うまく身体が動かせない。
だいたい、《破壊》の《封印》なのに、なんで締め付けられるような息苦しさを感じなきゃ、ならないのかなぁ。
胸に手を当てて、ユクレーナさんをちらっと見る。
ユクレーナさんは完全に戦闘態勢だ。
ほぼほぼ精霊力がない場所に、無理やり精霊王を召喚する様は、鬼気迫るものがあった。
それでも、分が悪いことに変わりはない。
「なにせ精霊は、伴侶様を奪った汚いトカゲが持つ力。シュオール様が忌み嫌う力はここでは存在できないのよ!」
聞かれてもいないのに、やたらと解説をつけてくれる開発者。
ナルフェブル補佐官が聞きつけたら、踊り出して喜びそうな話ばかりだ。本当かどうかは分からないけど。
分が悪いなかで、ユクレーナさんはさらに呼びかける。
うん?
でも、ユクレーナさんは挑発に乗って怒りに任せるまま、行動する人じゃないよね?
『大地の精霊王よ!』
「精霊王を呼び出したって無駄よ。狂気にかられて暴走するだけ」
さっきの精霊王も、狂って暴走してるって、ラウが言ってたよね。
開発者が嘲笑っても、ユクレーナさんは止めなかった。きっと何か、思い当たることがあるんだ。
『大地の精霊王よ、怒り狂え! 思うままに!』
グラッ
ユクレーナさんの呼び掛けに応じるかのように、床がグラッと動いた。
そして。
「まさか!」
開発者の驚愕の声が響く。
私たちの目の前には、精霊王が姿を現していた。あの荒れ狂っていた大地の精霊王だ。
ユクレーナさんが行ったのは、『どこからか精霊王を呼び出す』ではなく、『ここで荒れ狂っていた精霊王を呼び寄せる』だったのだ。
しかも、精霊王に命じた内容が『怒り狂え』。
荒れ狂っている精霊王に、荒れ狂ったままの行動を命じたわけで。
「ユクレーナさん、凄い」
うまく精霊を使いこなすなぁと感心してしまった。
「くっ。シュオール様の神殿で、狂った精霊王を正常に動かすだなんて!」
まぁ、元々、正常じゃないけどね。
大地の精霊王がやたらめったら力を解放するので、足元がグラグラする。
「この辺りは、最初に精霊王の反応があった場所です。何か気になるものがあったからこそ、精霊王は狂ってでもこの場所に留まっていたのでしょう」
「もしかして、留まった理由って」
「えぇ、ここに隠れていたあの方を付け狙っていたんですね」
ユクレーナさんが開発者を指差した。
次の瞬間。
足元が波をうち、石造りの床に亀裂が走る。亀裂はみるみるうちに周りへと広がっていった。
このままでは、さっきの通路みたいに天井まで崩れ落ちる!
「ユクレーナさん!」
『大地の精霊王よ!』
ユクレーナさんは、大地の精霊王の力を制御するため、魔力を一気に注ぎ込んだ。
両手を広げ、ユクレーナさんに何か語りかける精霊王。
ユクレーナさんは精霊王の言葉に頷くと、精霊王はボフンと大きな音を立てる。
「ええ?! ちょっと待って!」
精霊王は私の目の前で予想外の行動を起こした。
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