精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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5 出張旅行編

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「お久しぶりですね、黒竜」

 黒猫の後ろに控えていたのは、よく見知った相手だった。

 よく見知るも何も、俺が金竜のもとを離れ訓練所に入ってからの付き合い。忘れるはずがない。

 師団長となってからは副官として、第六師団と俺をずっとそばで支えてくれていた存在だ。

 結婚に興味がないと言っておきながら、隣国のスヴェート皇女を伴侶とし、武道大会の騒動に紛れて、去るようにエルメンティアを離れた男。

 同僚のエルヴェスからは散々『辛気くさい』と揶揄されて、後任のカーネリウスの仕事ぶりを最後まで心配していたやつ。

 総師団長付の副官を任されるほど、騎士としても優秀で知略にとんだ、最高の普通竜種。

 そんなやつが、何人もの男たちを従えて、黒猫の背後を固めている。

 俺は、そいつのありきたりな挨拶に、軽く応じた。

「芸がないな、カーシェイ」

 辛気くさい顔がトレードマークだったカーシェイは、目尻を下げてデレデレした顔になっていた。

「伴侶のお願いなので」

 ふん。言うに事欠いてそれか。

「なら仕方ないな」

 竜種にとって伴侶のお願いは最重要事項。伴侶のお願いとあらば、仕方ない。

 実際のところ、本当に伴侶からのお願いかどうかは分からない。伴侶が誰かから命じられている可能性も否定はできない。

 伴侶が誰かの手先になっていたとしても、竜種なら拒否することはしないだろう。
 伴侶の身の安全を、まずは考えるだろうから。

 それに、カーシェイの伴侶はあの胡散臭いスヴェート皇女。皇帝の操り人形として動いているに違いないし。

 仮に誰かの思惑で動かされているのだとしても、伴侶からお願いされるのは羨ましく思う。

 フィアはあまり、お願いやおねだりをしないんだよな。
 フィアにおねだりを強要することもできない以上、俺としては物足りなさを感じるときがたまにある。

「仕方ないんですか?!」

 俺の当たり障りのない反応に、飛びつくように食いついてきたのがベルンドゥアンだった。

 エルヴェスよりも、けたたましい。

「「当然だろう」」

 ぐりんと同時に首を回して、ベルンドゥアンを見る俺とカーシェイ。

「竜種というやつらは、本当に理解しがたいな」

「まったくですね」

 俺たちを見て、なぜか、ベルンドゥアンと黒猫が同じ表情をする。

 猫に表情があるというのもおかしな話だが、呆れたような変なものを見るような、そんなものを視線から感じた。

「なんで、そことそこの意見が合うんだよ」

「俺は正直な感想を口にしたまでです」

「お前、本当にムカつくよな」

 ベルンドゥアンに吐き捨てると、再び、カーシェイに対峙する。

「それで、カーシェイ。俺とフィアのラブラブ旅行の邪魔をするとは、どういう了見だ」

「言ったでしょう。伴侶のお願いだと」

 デレデレとした表情がすっと消え、半眼になるカーシェイ。

「ならば、覚悟はできているんだな」

「想像にお任せしますよ」

 こいつらの狙いはフィアだ。フィアを狙う以上は仕方がない。俺も覚悟を決めた。

「そうか。それなら始めるか」

 拳を握りしめると、双剣が顕現する。
 俺の気持ちを鼓舞するように、刀身がキラリと輝いた。




 相手が俺たちの足止めをして時間稼ぎをするつもりなら、ここからは時間との勝負のはずなのに。

 どうでもいいその他大勢は、威圧だけであっさりと失神したのに対して、黒猫がしぶとい。加えて、予想以上にカーシェイもしぶとい。

「ちょこまかと鬱陶しいな、あの猫」

「この状況で、よくあの猫を狙えますね」

「お前、俺をなんだと思ってる」

「クロスフィア様と結婚できた、運のいい男」

「運が俺に味方したんだよ。それに俺とフィアは相思相愛だ」

 ベルンドゥアンの減らず口を叩き潰して、黒猫を狙う。黒猫がひらりと避ける。さっきからこの繰り返しだった。

 カーシェイもしぶといが、ベルンドゥアンも意外と優秀で、しっかりカーシェイの動きを封じ込めている。

 徐々に防戦一方になるカーシェイ。

「同じ伴侶捕獲者でも、ここまで実力差が出るとは思ってもみませんでしたよ」

「お前も、俺をなんだと思ってるんだよ」

「破壊の赤種を捕獲できた、運のいい上位竜種というところですかねぇ」

「運が良かったのは何度でも認めてやるが、フィアだって俺のことを愛してくれてるんだからな」

「そういえば、まだ、熊扱いされてるんですよねぇ?」

「あぁ、それがどうした。俺はフィアに愛されるかわいい熊だ」

 カーシェイの精神攻撃もねじ伏せて、黒猫との対決となる。

 本気でマズい。制圧に時間がかかりすぎている。
 なんだか、胸が締め付けられるような、息苦しいような、そんな嫌な感じがさっきから止まらない。

 こうなったら。

 フィアには止められているが、仕方がないか。

 心の中で焦る俺の気持ちを逆なでして煽るように、黒猫が不快な声をあげた。

「何が愛されてるだ。何がかわいい熊だ。黒く醜いトカゲのくせに」

「ァア? 聞き捨てならんな!」

 トカゲだと? 竜とトカゲは違う生き物だろ。赤種のくせに、頭おかしいのか、こいつ。

「かわいいというのは、僕みたいな存在を指すんだよ」

 血迷って、またもやおかしいことを言い出す黒猫。
 これで、頭がおかしいのは確定だな。

「お前こそ、毛並みも心も真っ黒で汚らしい猫のくせに」

「なんだと! 毛色はそっちも同じ色だろう!」

「俺のは艶やかな黒だ。お前の黒といっしょにするな!」

 カッとなって声に力が入る。

 その力は腕に伝わり、両手に握りしめる双剣に伝わり、そしてそのまま刀身に力が満ちた。

 大きく振りかぶって振り下ろす勢いに力が加わる。

 力は刀身を離れて、黒猫めがけてほとばしった。

「ハハハハハハ」

 人間じみた笑い声をあごる黒猫。

 すんでのところで、黒猫が力をひらりとかわすと、力はそのまま壁に突き刺さった。

 ドガガガガガガッ

 通路が大きく揺れる。
 力はそこで止まることなく、壁の奥をどこまでもえぐり続けた。

「お前の力もそこまでだな」

 あまりの衝撃に動きを止めるベルンドゥアンとカーシェイ。黒猫は勝ち誇ったように、俺をあざ笑う。

 黒猫の声がさっきよりも大きく響き渡るのを、俺は他人事のように聞いているだけだった。
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