精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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5 出張旅行編

4-5 調査員は忙しい

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 私が辛牛亭の受付として採用されて早、三ヶ月。だいぶ仕事も板についてきた、そんなある日の朝。
 いつもと違った雰囲気がレストスの街中に漂っていた。

 ここレストスは遺跡都市だ。観光客も少なくない。そして観光客はレストスのあらゆる時間を観光に充てる。

 早朝の朝霧のレストス。昼間の光り輝くレストス。燃えるような夕焼け空のレストス。星降る夜のレストス。

 もちろん早朝や深夜は観光客の数も少ないが、混雑しない程度にあちこちで活動している。今日も朝の出勤時、数人のグループとすれ違った。

「あの話、聞いたか?」

「どうやら本当のことらしいぞ」

「本当かよ。あり得ないだろ。大丈夫なのか、その店」

「大騒ぎになったって」

「そりゃそうだろう。周りの店やら通行人やら、大勢が目撃しているみたいだし」

「ガイドブックに載ってる有名店らしいけど、ちょっとねぇ」

「今時ないよな」

「ここだけの話だけど、あの方々に対して、やったらしいしな」

 私は聞こえないフリをしながら、観光客の脇を早足で通り過ぎる。

 そして、ちょっと行ったところで立ち止まり、振り返る。
 あのグループだけでなく、ちょっと前にすれ違ったグループも似たような話をしていた。

 昨日のアレがもう噂になっている?

 嫌な予感を押さえ込みながら、私は急いで辛牛亭に向かった。




「店長、ご予約が全部キャンセルです」

「まぁまぁまぁ、一体全体どういうことかしら」

 その日、辛牛亭は前代未聞の事態に襲われていた。

 私が受付に採用されてから、こんな事態は初めてだった。
 もちろん、キャンセル自体は珍しいことではない。

「今日だけでなく、明日も明後日もです」

 けれども、今日の予約だけでなく、明日も明後日も、予約のすべてがキャンセルになったのは初めて。

 明明後日以降については、とくに連絡はない。しかし、こうもキャンセルが続くと、これから連絡が入るのではないかと不安になる。

 それに、事前予約がこれでは、当日予約が入るかどうかもまた心配だ。

 緊張する私の耳に、案内や配膳担当の従業員たちのざわめきが聞こえてきた。

「今までこんなこと、なかったのに」

「まさか、ご予約がなくて心配になる事態が起きるなんて」

「今日の当日予約、大丈夫でしょうか」

 皆、心配そうな面もちだ。
 店長が何も言わないので、ざわつきは収まらない。

「やはり、昨日のお客様のことが…………」

「お客様を追い出すような形になってしまいましたし…………」




 昨日、店長の娘さんたちと店長との間で問題があった。

 一昨日はテラス席への案内だったが、昨日は辛牛亭の席の方ではなく、応接室の方だったので、具体的にどんな話し合いがあったのかは分からない。 

 料理が振る舞われる前に、三人の同行者のうち、二人が帰られて。
 その二人を副料理長が血相を変えて追っていったのを、従業員全員が目撃していた。

 そして今日の噂と大量キャンセル。

 従業員が不安になるもの仕方がない。

 しかし、この大変な事態に、店長は困ったように首を傾げるだけだった。

「どうしましょうか、店長」

 声をかけても、うーんと呻くだけ。

「店長。皆さんが店長の方針を聞きたがっておりますが」

 ようやく、はっとして前を見る店長。

「まぁ、わたくしも初めてのことだけど。予約以外のお客様もいらっしゃるし。まぁまぁ、問題ありませんわ」

 店長はいつもの調子だった。
 この明るさがいつもなら心強く感じるのに。

 ただし、店長の言い分も間違ってはいない。

 夜はともかく、昼間は予約客だけで埋まっているわけではない。混雑しすぎて、長い列ができるほど。お断りするお客様も少なくない。

 それに、仕入れた食材は日持ちさせることもできるものばかりなので、ある程度、融通も利く。

「店長が問題ないと思うのはもっともだけど」

 誰かがポツリと漏らした。

 もっともだけど、それでいいのか、大丈夫なのか。
 ある日突然、パタッと予約がなくなったことが、気にはならないのだろうか。
 今日の予約だけでなく、明日も明後日もだというのに。

 おそらく、そう言いたいのだろう。

「キャンセルが増えた理由については、気にならないんですか?」

 皆の気持ちを汲んで、店長に尋ねてみると、

「気にしたところで、実際のところは分からないでしょう?」

 きょとんとした顔で平然と答えが返ってきた。

 え? それで良いの?

 切り替えが良いと言えばいいのか、諦めが良いと言えばいいのか、言葉に詰まる。

「そんなことより、ご予約以外で営業いたしませんと。些細なことなど気にしている場合ではありませんわ!」

 呆気にとられている従業員のことを気にすることもなく。パンパンと手を打ち鳴らし、店長はいつもの明るい声で指示を出した。

「今日はご予約なしになります。ご希望を伺った上で、見晴らしのいいテラス席優先でご案内してください」

 店長の言葉で皆が動き始めた。心の片隅に不安を抱えながら。

「厨房にもご予約なしの旨、連絡を。さぁ、皆さん、今日も張り切っていきましょう」

 静まり返る店内に、店長の声だけが妙に明るく響き渡った。
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