精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

SA

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5 出張旅行編

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 そして。

 俺は今、金竜の砦にやってきて、金竜の奥さんに捕まっていた。

 フィアとフィールズ補佐官は、連れ立って砦のあちこちを鑑定している最中で、ここにはいない。

 辺境の砦に、特級補佐官が二人もやってくるなんてことはそうそうない。
 修繕の優先度を鑑定してほしいと依頼が持ち込まれ、ついでだからと、優しいフィアが引き受けてしまったのだ。

 おまけのベルンドゥアンは専属護衛だからとフィアについて行きたがっていたが、引き止めた。
 俺のいないところで、こいつをフィアといっしょに行動させてなるものか。

 先に砦に来ていたメランド卿が、しっかり護衛を勤めてくれるし、ベルンドゥアンが護衛する必要はない。

 そういうわけで、ここ、応接室にいるのは俺、金竜、金竜の奥さん、ベルンドゥアンの四人。

 金竜が俺の父親代わりというのなら、金竜の奥さんは母親代わりでもあって。俺の伴侶捕獲を人一倍喜んでくれて。

「よくやったわ、黒竜!」

「だろ!」

「あーんなかわいい女の子を捕獲するなんて。さすが、黒竜だわ!」

「だよな!」

 あり得ないほど興奮していた。

「でもね、黒竜!」

「なんだ?」

「奥さんはか弱い女の子なんだから、大事に大事にしなくてはダメよ!」

「リリー、黒竜の奥さんは、黒竜より強いんだ。か弱さなんてあるはずないだろ」

 隣に座る金竜がオドオドするくらいの興奮ぶりだった。

「シルシル! か弱い女の子になんてこと言うのよ!」

 ゴスン

 今、拳が飛んだよな。

 金竜の奥さんは、ちょっと荒っぽいのが玉に瑕。かわいいフィアが変な影響されないといいんだが。

 奥さんの拳をものともせず、金竜は奥さんの興奮を落ち着かせようとしていた。

「いやだってな、精霊王を二体同時に破壊できるんだぞ」

「まぁ、シルシル! 嘘、言わないで!」

「だから、嘘じゃないんだ」

 まぁ、普通は嘘だと思うよな。

 金竜の奥さんの反応は正常だと思う。
 思うからこそ、俺もベルンドゥアンもとくに何も言い返すこともなく、静かにお茶を飲む。

「精霊王を破壊だなんて。神様か、破壊や終焉の赤種様くらいよ!」

「だから、その破壊の赤種なんだよ、黒竜の伴侶は!」

「ほえ? 嘘!」

「こんな嘘ついてどうする?!」

 まぁ、これも信じがたいのは仕方がないか。
 俺だって、赤種といえば、創造の赤種しか知らなかったしな。他の赤種は名前だけ知ってるくらい。とくに四番目、五番目は伝説上の人物だし。

「本当?」

 奥さんは疑うような眼差しで、俺に事実確認してくる。
 嘘つき呼ばわりされた金竜は、もはや涙目だった。

 そんな金竜の奥さんの認識を訂正するべく、俺は大きく頷いて説明をする。

「あぁ、フィアは破壊の赤種、赤種の四番目だ」

「ほええええええええ!」

 あの小さな身体のどこから出てくるのか不思議に思うくらいのデカ声で、奥さんは叫んだ。

 そういえば、カーネリウスの補佐をしているエレバウト補佐官も小柄なのに声がデカい。
 あの叫び声のデカさは、エレバウト一族の特徴か何かなんだろうか。

「じゃあ、本当に本当に本当に、宣言通り、黒竜は強くてかわいい奥さんを捕獲したのね!」

「そういうことになるな!」

 まぁ、そう言ってもらえると、俺も気分がいい。もの凄くいい。

 奥さんの興奮はそのまま、金竜に向けられた。

「シルシル! なんで、黙ってたのよぉぉぉぉぉ!」

「待て。リリー、苦しい。首は絞めないでくれ」

 首を小さな手でギューッと締め上げられ、顔を赤くして喜ぶ金竜。

「金竜のやつ。奥さんに、本気で首を絞められるなんて。相変わらず仲が良いよな」

「ドラグニール師団長、あれは愛情表現なんですか?」

 金竜と奥さんのイチャイチャぶりを、なぜか、変なものでも見るような目つきをするベルンドゥアン。

 はて? 竜種と普通種では違うのか?

 俺は首を傾げた。

「それ以外にあるか?」

「夫婦喧嘩とか」

「夫婦喧嘩は愛情表現だろ?」

「それ、どこで教わりましたか?」

「あの二人」

 俺は首絞めイチャイチャを続ける金竜夫婦を指差すと、ベルンドゥアンは沈黙する。

 しばらくして、気を取り直したのか、ベルンドゥアンが声を絞り出した。

「ドラグニール師団長は、クロスフィア様と夫婦喧嘩するんですか?」

「するわけないだろ。赤種のチビから、夫婦喧嘩は禁止だと言われてる」

「バーミリオン様が夫婦仲まで干渉するとは、珍しいですね」

「俺とフィアがケンカすると、世界が壊れるそうだからな」

 まぁ、赤種のチビの心配事といえば、世界の平穏しかないだろうしな。

「なんだ、そっちの心配か」

 俺はベルンドゥアンの失礼なつぶやきをキレイに無視した。




「さて、黒竜! 今夜はお祝いよ!」

「お祝い?」

 それより無視できないのはこっちだ。

「そうよ! あの小さな黒竜が、強くてかわいい奥さんを捕獲したお祝い! うふふふ、料理の腕が鳴るわー」

「リリー。料理は止めような、時間がないしな」

 金竜がガタッと大きな音を立てて立ち上がる。
 テーブルに足がぶつかりでもしたのだろう。茶器がガチャンと嫌な音を立てた。

「シルシル、何、言ってるのよ! 黒竜のお祝いなんだから、頑張らなくちゃ!」

 奥さんは金竜が止めるのを振り払って、俺たちの目の前で腕まくりを始めた。

 ハァ

 祝ってくれるのは心の底から嬉しいんだが、まったく大変なことになったな。

 俺は金竜たちに視線を向けたまま、隣にいるベルンドゥアンに話しかけた。聞こえるか聞こえないかくらいの小さい声で。

「おい、ベルンドゥアン」

「何ですか?」

 ベルンドゥアンも俺に合わせて小声だった。

「金竜の奥さんの手料理、口にするなよ」

 俺は慎重に言葉を選ぶ。

「あれは、毒物だ」

 言葉を選んだところで、金竜の奥さんの手料理のヤバさは変わりはないんだがな。

 その夜の晩餐。

 宣言通り、金竜の奥さんの手料理(一部)が振る舞われ。けっきょく、手料理を完食できたのはフィアだけだった。
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