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5 出張旅行編
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「で、お前が吹き込んだんだろう」
俺、ラウゼルト・ドラグニールはレクスの突撃訪問を受けた翌々日、第一塔の塔長室にいるレクスを突撃訪問していた。
この前とはまるで逆だったが、そんなことを気にしている場合ではない。
「は? 何の話だ?」
「惚けるな、レストスの話だ」
レクスの机を拳で叩きつけると、ドンという音に遅れてガサッと派手な音が聞こえてくる。
見ると、先程までレクスの机の上に所狭しと積み重なっていた紙の束が、一瞬で消えて、床にばら撒かれていた。
机を拳で殴ったのがマズかったか。
レクスの冷たい視線を感じながら、俺は微妙に視線をそらした。そして、言葉を続ける。
「フィアにレストス観光を薦めたのはお前だろうって、言ってるんだ」
心当たりが山ほどあるようで、今度はレクスが視線をそらした。
「…………違うな。クロエル補佐官が、他の補佐官たちに旅行先を相談してたんだ。
そこで温泉の話が出たから、僕は『レストスなんか良いんじゃないか?』と言っただけだ」
どうやら嘘はないらしいが、レクスが俺と視線を合わせないところを見ると、後ろめたいことが一つや二つではないようだ。
「それだけで、フィアがあんなに乗り気になるかよ」
「まさか、反対したのか?」
視線を合わせないように、明後日の方に顔を向けていたレクスが、ガバッと俺の方を見た。
心なしか、顔色が悪い。真っ青だ。
俺が反対したらそんなに困ることか?
「するかよ。フィアが行きたがってるんだ。全力でどうにかするのが、良い夫というものだ」
「焦らせるなよ」
レクスはハァッと一気に息を吐きだす。
「なら、何も問題ないだろう」
キレイに何もなくなった机に肘をつく。いつもの調子に戻ったようだ。
何事もないような気軽な口調。
さっきは死人のような顔色だったのに。それもキレイサッパリなくなって、血色のいい元の顔に戻っている。
俺はレクスの机に腰をかけると、レクスを見下ろした。
「どこがだよ。問題だらけだろう」
「そうか?」
レクスは肘をついていない方の手の指で、机をとんとんと叩く。
「中立エリアなんだぞ。護衛班を同行させるにしても限界がある」
そう。
ここならば、何かと理由をつけて護衛班以外の人員も動かせる。監視用の記録魔導具もあちこちに設置してあるので、死角も少ない。
しかし、個人旅行となるとそうはいかない。それは仕事でも変わりはない。
例え、視察のための出張であったとしても、基本的には護衛班のみ。
メランド卿クラスの護衛も暗殺もできる騎士となると数は限られるし、そもそも、第六師団の護衛班は、今まで需要がなかったせいで人数も多くない。
護衛班以外の所属で、特級隠密技能を持つ騎士も護衛に加えていた、というのが現実だった。
今回は話が話なので、諜報班も動かせるだろうが、諜報班は諜報が専門。護衛までできるやつは少なくなる。当然の話だ。
そのことをレクスも分かっているのだろう。こくりと頷いて同意すると同時にとんでもないことを言い出した。
「だろうな。だから、うちからはフィールズ補佐官を同行させる」
「ァア? フィールズ補佐官?」
「そうだ。レストスに実家がある。精霊魔法も全属性使えて特級だ」
「なるほど」
フィールズ補佐官は鑑定技能特級で、精霊魔法技能も特級。それなりに戦力になる。フィアの話し相手としても、ちょうどいい。
冷静沈着で魔獣との戦闘でも動じない、自分の役割をしっかり押さえている人物だ。
おまけに、地元なので地の利もあるときた。
「実家がごたごたしてるらしいから、帰省ということで同行させるから」
実家のごたごた、というのが少し引っかかるが、いざとなれば別行動も可能だろう。
「あと、シュタムホテルを使うだろ?」
「あぁ、泊まるなら、そこだな。エルヴェスがしつこく薦めてくるし」
シュタムホテルは王都や主要都市を中心に営業している、中規模形態の宿泊施設だ。
あえて大規模にせず、規模を抑える代わりに、高級感を出す路線で成功したと聞く。
名前の通りシュタムグループの一つなので、エルヴェスの融通が利くようだ。
このシュタムホテル。なぜか、主要都市とはほど遠い、遺跡都市のレストスにもあった。主要都市以外でシュタムホテルがあるのはここだけ。
観光や貿易などでにぎわってなくはないが、なんでこんな辺鄙なところに?
そんな俺の疑問を、レクスが一言で軽く吹き飛ばす。
「あそこの従業員は全員、シュタムの諜報だからな」
「は?」
「知らない訳じゃないだろ、シュタムの成り立ちを」
「そんなもの、知るかよ!」
やっぱりな、という気分でいっぱいだった。
シュタムの成り立ちは詳しくは知らないが、ある程度、予想はしていた。
元々、エルヴェスはスヴェートの人間。
そして、レストスはエルメンティアとスヴェートの情報が混じり合う場所でもある。
おそらく、常にスヴェートの情報を探っているのだろう。
「まぁ、いい。クロエル補佐官にとって、エルメンティアで一番、安全なホテルだ。良かったな」
「良くはないだろ。エルヴェスに個人情報が筒抜けになるんだし」
「シュタム百貨店を使ってる時点で、いまさらだろ」
そうだった。
こうなったら、特権でも特典でも何でも使って、全力で準備するのみ。
すべては奥さんの喜びのため。思い出に残る初旅行にするために。
俺、ラウゼルト・ドラグニールはレクスの突撃訪問を受けた翌々日、第一塔の塔長室にいるレクスを突撃訪問していた。
この前とはまるで逆だったが、そんなことを気にしている場合ではない。
「は? 何の話だ?」
「惚けるな、レストスの話だ」
レクスの机を拳で叩きつけると、ドンという音に遅れてガサッと派手な音が聞こえてくる。
見ると、先程までレクスの机の上に所狭しと積み重なっていた紙の束が、一瞬で消えて、床にばら撒かれていた。
机を拳で殴ったのがマズかったか。
レクスの冷たい視線を感じながら、俺は微妙に視線をそらした。そして、言葉を続ける。
「フィアにレストス観光を薦めたのはお前だろうって、言ってるんだ」
心当たりが山ほどあるようで、今度はレクスが視線をそらした。
「…………違うな。クロエル補佐官が、他の補佐官たちに旅行先を相談してたんだ。
そこで温泉の話が出たから、僕は『レストスなんか良いんじゃないか?』と言っただけだ」
どうやら嘘はないらしいが、レクスが俺と視線を合わせないところを見ると、後ろめたいことが一つや二つではないようだ。
「それだけで、フィアがあんなに乗り気になるかよ」
「まさか、反対したのか?」
視線を合わせないように、明後日の方に顔を向けていたレクスが、ガバッと俺の方を見た。
心なしか、顔色が悪い。真っ青だ。
俺が反対したらそんなに困ることか?
「するかよ。フィアが行きたがってるんだ。全力でどうにかするのが、良い夫というものだ」
「焦らせるなよ」
レクスはハァッと一気に息を吐きだす。
「なら、何も問題ないだろう」
キレイに何もなくなった机に肘をつく。いつもの調子に戻ったようだ。
何事もないような気軽な口調。
さっきは死人のような顔色だったのに。それもキレイサッパリなくなって、血色のいい元の顔に戻っている。
俺はレクスの机に腰をかけると、レクスを見下ろした。
「どこがだよ。問題だらけだろう」
「そうか?」
レクスは肘をついていない方の手の指で、机をとんとんと叩く。
「中立エリアなんだぞ。護衛班を同行させるにしても限界がある」
そう。
ここならば、何かと理由をつけて護衛班以外の人員も動かせる。監視用の記録魔導具もあちこちに設置してあるので、死角も少ない。
しかし、個人旅行となるとそうはいかない。それは仕事でも変わりはない。
例え、視察のための出張であったとしても、基本的には護衛班のみ。
メランド卿クラスの護衛も暗殺もできる騎士となると数は限られるし、そもそも、第六師団の護衛班は、今まで需要がなかったせいで人数も多くない。
護衛班以外の所属で、特級隠密技能を持つ騎士も護衛に加えていた、というのが現実だった。
今回は話が話なので、諜報班も動かせるだろうが、諜報班は諜報が専門。護衛までできるやつは少なくなる。当然の話だ。
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「ァア? フィールズ補佐官?」
「そうだ。レストスに実家がある。精霊魔法も全属性使えて特級だ」
「なるほど」
フィールズ補佐官は鑑定技能特級で、精霊魔法技能も特級。それなりに戦力になる。フィアの話し相手としても、ちょうどいい。
冷静沈着で魔獣との戦闘でも動じない、自分の役割をしっかり押さえている人物だ。
おまけに、地元なので地の利もあるときた。
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実家のごたごた、というのが少し引っかかるが、いざとなれば別行動も可能だろう。
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このシュタムホテル。なぜか、主要都市とはほど遠い、遺跡都市のレストスにもあった。主要都市以外でシュタムホテルがあるのはここだけ。
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「そんなもの、知るかよ!」
やっぱりな、という気分でいっぱいだった。
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おそらく、常にスヴェートの情報を探っているのだろう。
「まぁ、いい。クロエル補佐官にとって、エルメンティアで一番、安全なホテルだ。良かったな」
「良くはないだろ。エルヴェスに個人情報が筒抜けになるんだし」
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