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5 出張旅行編
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追い詰めるユクレーナさん。それに対して、開発者は落ち着いていた。静かに笑う余裕まであった。
「わたくしはあなたが知ってるエルシュミットで間違いないわ」
笑みを浮かべたまま、そして酔いしれたかのように、開発者は話し続ける。
「違いがあるとしたら、神様に愛されて特別な人間になったということかしら」
なんか、この人。変なこと言ってるんだけど。
思わず、隣のユクレーナさんの顔を見ると、予想通りというか『もの凄い無の表情』になってるし。
開発者は、目の前で唖然とする私たちのことはどうでもいい様子だ。
「あの日、わたくしは偉大なる神様の言葉を聞いたの」
目を輝かせながら、開発者は聞かれてもいないことを勝手に話し続けた。
「それで、シュオール様がわたくしに新しい世界を見せてくださったのよ。
それからというもの、わたくしはシュオール様に愛される特別な人間として、新しい世界を作るお手伝いをしていますの」
長い。どうでもいい話がとても長い。
かいつまんで説明すれば、ものの五分ほどでできる説明を延々と聞かされて、私はかなり飽き飽きしてきた。
「ねぇ、ユクレーナさん」
「なんでしょう、クロスフィアさん」
私はこっそりと、ユクレーナさんに話しかける。けして飽きたからではない。
「シュオールって神様、知ってる?」
「聞いたこともございません」
ユクレーナさんも知らないのか。
私たちがこそこそ話している間も、勝手に話は続く。
続くからには仕方がない。飽き飽きしながらも、私は私で、気づかれないよう魔力を練り、魔法陣を紡ぎ上げた。いざというときに備えて。
変人でも頭が空っぽそうでも自己中心的な感じでも、王族関係者で元第三塔の魔導具師であの小さいメダルの開発者。油断はできない。
「つまり、ある日突然、神様の声が聞こえるようになって、今までとはさらに一段階も二段階も上のことができるようになった。
そしてその力を使って、小さいメダルを作り上げ、神様に捧げていると」
あ。ユクレーナさんが、一分足らずで説明しなおしちゃったよ。
「ただの神様ではないわ。シュオール様よ。あの方の素晴らしさ、あなたたち程度では理解できそうにないわね」
そんな神様、聞いたことも見たこともないしね。
話を聞く分では、そっちだって見たことはないよね。声が聞こえるだけだよね。
百聞は一見にしかず、ではないけど、見たことないのに素晴らしいかどうかなんて、分からないよね。
そういえば、神様の話ばかりで、三番目の話が何も出てこない。塔長の話では、この人が黒猫を飼っているということだったのに。
「ねぇ、ユクレーナさん」
「なんでしょう、クロスフィアさん」
私はまたこっそりと、ユクレーナさんに話しかける。
「開発者と黒猫の三番目って、手を組んで何か企んでるんだよね?」
「正確には、開発者が黒猫を飼っていたとの目撃情報と、黒猫が小さいメダルを使った事実がある、といったところです」
「もしかして、開発者と三番目って、手を組んでるわけではないとか?」
「その可能性もありますね」
ユクレーナさんは小さく頷くと、開発者に向かって問いただした。
「ところで、黒猫を世話していると伺っておりますが?」
「黒猫?」
首をこてんと傾げて、考え込む開発者。
しばらくして思い出したように答える。
「赤目の黒猫のことかしら。あれはシュオール様のお使いよ」
またまた変なことを言い出した。
おかしい。
赤種がデュク様以外の神様のお使いになるだなんて。あり得ない。
何から何までおかしいことだらけだ。
でもこれで、開発者と三番目が直接つながっているわけではないことが、はっきりした。
シュオールという神様を挟んでつながっているようだ。
とはいえ、
「シュオールなんて名前の神様なんて、聞いたことないよね 」
思ったことが、ついつい、ポロリと口からこぼれ落ちた。
「まぁ! シュオール様を知らないだなんて!」
私の言葉を聞き咎めて、悲鳴のような叫び声をあげる開発者。
「それなら、わたくしがシュオール様のことを話して差し上げますわ!」
こうしてまた長くてつまらない話が始まった。はぁ。
「シュオール様とイルテバーク様は双子神で、人間に寄り添って慈悲を与えておりましたの。
それで人間は、二柱の神様のため、素晴らしい神殿まで作って崇めましたわ」
うん、待って。双子神?
双子神に反応して、私だけでなく隣のユクレーナさんもピクッとなった。
ナルフェブル補佐官の故郷に伝わる昔話では、名もなき混乱と感情の神は双子神だったという。
ユクレーナさんも反応したということは、ナルフェブル補佐官に聞かされて知ってるってことだろうな。
ユクレーナさんもナルフェブル補佐官のスイッチ押して、あの長い話を聞かされちゃったのかな。
そんな私たちの反応に構わず、話を進める開発者。
「人間の尊敬を集める二柱を疎ましく思った他の悪い神々が、二柱を騙してすべてを奪い、その身を地の底に封じ込めましたのよ。
そのせいで、二柱は今も苦しみながら地の底に封じられ、その時が来るのを待っていらっしゃるわ」
うん、かなり、名もなき混乱と感情の神寄りの、都合のいい話に変わってるよね。
ユクレーナさんは冷静に指摘をする。
「封じ込めたということは、動けなくなっただけで、まだ影響を及ぼしてるということでしょうか?」
「当然でしょう。人間が人間の営みを続けている限り、二柱が完全に消滅することはないわ。
人間の感情が二柱の力となり、二柱がいるからこそ、人間は人間らしい感情を持てるのだから」
私は注意を引こうと、ユクレーナさんの腕をちょんちょんとつついた。
「ユクレーナさん、その神様、名前がなかったはずだよね?」
「はい、聞いたことがございません」
またもや聞き咎めて、悲鳴のような叫び声をあげる開発者。
「さきほど説明したでしょう!」
表情もさっきより険しいものになった。
手を握りしめて、私たちを悔しそうに睨みつけている。
「疎んじられて、騙されて、すべてを奪われたって!」
「そんな話は聞いたことがありません」
「それが何よりの証拠よ! 名前、力、身体だけでなく、伴侶も名誉も奪われ、悪神にされたんだから!」
あー、そこに着地するのか、面倒くさいなぁ。
「クロスフィアさん、思いっきり興味なさそうですね」
「だって、つまらないから」
「おもしろくなるのはこれからですわ。シュオール様の伴侶が、ようやく見つかったのですから」
ねっとりする視線が私に向けられた。
あー、やっぱりそうくるのか、面倒くさいなぁ。
「シュオール様の伴侶は銀髪に紅の瞳。あなたに間違いありませんわね」
開発者の言葉が終わるやいなや、床の魔法陣が輝き始め、その輝きがこの空間全体に広がっていく。
私もと力を込めようとした瞬間。
「うっ」
「クロスフィアさん、大丈夫ですか?!」
私の身体から力が抜けるような感触を覚え、ふらっとよろめいた。
「抵抗するだけ無駄ですわ。《破壊》の力は封じましたので!」
勝ち誇ったように高らかに叫ぶ開発者の手には、あの小さいメダルがキラキラとした輝きを放っていた。
「わたくしはあなたが知ってるエルシュミットで間違いないわ」
笑みを浮かべたまま、そして酔いしれたかのように、開発者は話し続ける。
「違いがあるとしたら、神様に愛されて特別な人間になったということかしら」
なんか、この人。変なこと言ってるんだけど。
思わず、隣のユクレーナさんの顔を見ると、予想通りというか『もの凄い無の表情』になってるし。
開発者は、目の前で唖然とする私たちのことはどうでもいい様子だ。
「あの日、わたくしは偉大なる神様の言葉を聞いたの」
目を輝かせながら、開発者は聞かれてもいないことを勝手に話し続けた。
「それで、シュオール様がわたくしに新しい世界を見せてくださったのよ。
それからというもの、わたくしはシュオール様に愛される特別な人間として、新しい世界を作るお手伝いをしていますの」
長い。どうでもいい話がとても長い。
かいつまんで説明すれば、ものの五分ほどでできる説明を延々と聞かされて、私はかなり飽き飽きしてきた。
「ねぇ、ユクレーナさん」
「なんでしょう、クロスフィアさん」
私はこっそりと、ユクレーナさんに話しかける。けして飽きたからではない。
「シュオールって神様、知ってる?」
「聞いたこともございません」
ユクレーナさんも知らないのか。
私たちがこそこそ話している間も、勝手に話は続く。
続くからには仕方がない。飽き飽きしながらも、私は私で、気づかれないよう魔力を練り、魔法陣を紡ぎ上げた。いざというときに備えて。
変人でも頭が空っぽそうでも自己中心的な感じでも、王族関係者で元第三塔の魔導具師であの小さいメダルの開発者。油断はできない。
「つまり、ある日突然、神様の声が聞こえるようになって、今までとはさらに一段階も二段階も上のことができるようになった。
そしてその力を使って、小さいメダルを作り上げ、神様に捧げていると」
あ。ユクレーナさんが、一分足らずで説明しなおしちゃったよ。
「ただの神様ではないわ。シュオール様よ。あの方の素晴らしさ、あなたたち程度では理解できそうにないわね」
そんな神様、聞いたことも見たこともないしね。
話を聞く分では、そっちだって見たことはないよね。声が聞こえるだけだよね。
百聞は一見にしかず、ではないけど、見たことないのに素晴らしいかどうかなんて、分からないよね。
そういえば、神様の話ばかりで、三番目の話が何も出てこない。塔長の話では、この人が黒猫を飼っているということだったのに。
「ねぇ、ユクレーナさん」
「なんでしょう、クロスフィアさん」
私はまたこっそりと、ユクレーナさんに話しかける。
「開発者と黒猫の三番目って、手を組んで何か企んでるんだよね?」
「正確には、開発者が黒猫を飼っていたとの目撃情報と、黒猫が小さいメダルを使った事実がある、といったところです」
「もしかして、開発者と三番目って、手を組んでるわけではないとか?」
「その可能性もありますね」
ユクレーナさんは小さく頷くと、開発者に向かって問いただした。
「ところで、黒猫を世話していると伺っておりますが?」
「黒猫?」
首をこてんと傾げて、考え込む開発者。
しばらくして思い出したように答える。
「赤目の黒猫のことかしら。あれはシュオール様のお使いよ」
またまた変なことを言い出した。
おかしい。
赤種がデュク様以外の神様のお使いになるだなんて。あり得ない。
何から何までおかしいことだらけだ。
でもこれで、開発者と三番目が直接つながっているわけではないことが、はっきりした。
シュオールという神様を挟んでつながっているようだ。
とはいえ、
「シュオールなんて名前の神様なんて、聞いたことないよね 」
思ったことが、ついつい、ポロリと口からこぼれ落ちた。
「まぁ! シュオール様を知らないだなんて!」
私の言葉を聞き咎めて、悲鳴のような叫び声をあげる開発者。
「それなら、わたくしがシュオール様のことを話して差し上げますわ!」
こうしてまた長くてつまらない話が始まった。はぁ。
「シュオール様とイルテバーク様は双子神で、人間に寄り添って慈悲を与えておりましたの。
それで人間は、二柱の神様のため、素晴らしい神殿まで作って崇めましたわ」
うん、待って。双子神?
双子神に反応して、私だけでなく隣のユクレーナさんもピクッとなった。
ナルフェブル補佐官の故郷に伝わる昔話では、名もなき混乱と感情の神は双子神だったという。
ユクレーナさんも反応したということは、ナルフェブル補佐官に聞かされて知ってるってことだろうな。
ユクレーナさんもナルフェブル補佐官のスイッチ押して、あの長い話を聞かされちゃったのかな。
そんな私たちの反応に構わず、話を進める開発者。
「人間の尊敬を集める二柱を疎ましく思った他の悪い神々が、二柱を騙してすべてを奪い、その身を地の底に封じ込めましたのよ。
そのせいで、二柱は今も苦しみながら地の底に封じられ、その時が来るのを待っていらっしゃるわ」
うん、かなり、名もなき混乱と感情の神寄りの、都合のいい話に変わってるよね。
ユクレーナさんは冷静に指摘をする。
「封じ込めたということは、動けなくなっただけで、まだ影響を及ぼしてるということでしょうか?」
「当然でしょう。人間が人間の営みを続けている限り、二柱が完全に消滅することはないわ。
人間の感情が二柱の力となり、二柱がいるからこそ、人間は人間らしい感情を持てるのだから」
私は注意を引こうと、ユクレーナさんの腕をちょんちょんとつついた。
「ユクレーナさん、その神様、名前がなかったはずだよね?」
「はい、聞いたことがございません」
またもや聞き咎めて、悲鳴のような叫び声をあげる開発者。
「さきほど説明したでしょう!」
表情もさっきより険しいものになった。
手を握りしめて、私たちを悔しそうに睨みつけている。
「疎んじられて、騙されて、すべてを奪われたって!」
「そんな話は聞いたことがありません」
「それが何よりの証拠よ! 名前、力、身体だけでなく、伴侶も名誉も奪われ、悪神にされたんだから!」
あー、そこに着地するのか、面倒くさいなぁ。
「クロスフィアさん、思いっきり興味なさそうですね」
「だって、つまらないから」
「おもしろくなるのはこれからですわ。シュオール様の伴侶が、ようやく見つかったのですから」
ねっとりする視線が私に向けられた。
あー、やっぱりそうくるのか、面倒くさいなぁ。
「シュオール様の伴侶は銀髪に紅の瞳。あなたに間違いありませんわね」
開発者の言葉が終わるやいなや、床の魔法陣が輝き始め、その輝きがこの空間全体に広がっていく。
私もと力を込めようとした瞬間。
「うっ」
「クロスフィアさん、大丈夫ですか?!」
私の身体から力が抜けるような感触を覚え、ふらっとよろめいた。
「抵抗するだけ無駄ですわ。《破壊》の力は封じましたので!」
勝ち誇ったように高らかに叫ぶ開発者の手には、あの小さいメダルがキラキラとした輝きを放っていた。
応援ありがとうございます!
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