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5 出張旅行編
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ユクレーナさんの青ざめた表情もガタガタ震える様も、気にとめることなく、母親は話を続けた。
「技能なしが悪いと言っているわけじゃないの。でも、あなたがそんな人たちと肩を並べて働く必要はないでしょう?」
「そんな人たち?」
ジンクレストが震えるユクレーナさんの肩に手をかけ、話に割り込んだ。
眉間にシワを寄せ青ざめた表情で、ユクレーナさんの母親を睨みつけている。
「あ、申し訳ない。レストスでは技能なしだとちゃんとした仕事につけないんだ。
昔からの住民は、技能なしに良い印象を持っていないんだよ」
「それはお父さま方の子どもの頃の話でしょう。違いますか?」
ジンクレストに対して、父親が取りなすように、でも明るく軽い口調で説明をした。なんだか他人事のように聞こえる。
それでも、ユクレーナさんの震えは止まらない。むしろ怒りを抑えるのに必死のようだ。
私には分かる。ユクレーナさんの両親の考えが、昔の話などではなく今も変わらない話だということが。
第一塔をはじめとする塔の風潮が珍しいだけで、世間一般はこんなものだ。
「確かに今は、技能なしでもきちんとした仕事につけるようにはなっているが」
「わたくしたちが我慢して差し上げているから、働けるだけですわ」
「なんですって!」
両親の言葉に激昂するユクレーナさん。
私はもはや怒りさえ感じないのに。
嫌だなと思わないわけではない。怒りを感じたところで、相手が変わるわけでもないから。怒りさえ沸き起こらないのだ。
当事者の私がこんな気持ちなのに、ユクレーナさんはしっかり怒りを現していた。
「でも安心して。うちの従業員に技能なしはいないから。全員、ちゃんとした人よ」
止めのような言葉にユクレーナさんがガタンと立ち上がった。
その瞬間。
「ユクレーナ、落ち着いて。旦那さんも店長も」
昔馴染みも立ち上がり、ユクレーナさんを押しとどめる。
「ラウが我慢しなくていいって言ったのは、このことか」
「観光客相手には、表向き、良い顔するところもあるからな」
私が関わることなのに、珍しくラウは落ち着いていた。
まぁ、ここでラウが暴れ出したら、とんでもないことに発展するけど。
「そうなんだ」
「でも、他の店は表も裏もなく、良くしてくれただろ?」
「うん」
私の返答にも力が入らない。残念というかガックリしたというか。
私を励ますように、ラウが話を続ける。
「エルヴェスが言うには、こういうことがあるから覆面調査は重要なんだそうだ」
あー、エルヴェスさん。やってそうだな。
「それにフィアは、ただの技能なしじゃないぞ」
「赤種だから、最強の技能なしだよね」
「まぁ、それもあるが。最強にかわいい俺の奥さんだ」
ラウは真顔だった。慣れてはいても、聞いてるこっちが恥ずかしくなる。
でも、嬉しいのには間違いない。
私の代わりに怒ってくれるユクレーナさんやジンクレストの気持ちも、とても嬉しいものだった。
「うん、そうだね。それじゃあ」
私は恥ずかしさを誤魔化して、明るくユクレーナさんに声をかけた。
「帰るね、ユクレーナさん」
「クロスフィアさん?!」
会話というか言い合いに集中していたユクレーナさんが、驚いて、私の方を向いた。
いやいや、どうぞどうぞ、言い合いに集中してもらいたい。部外者は退散するってだけだから。
「あの、夕食も準備しているので」
昔馴染みも慌てて私たちを引き止める。
「私、技能なしだから。ここにいると迷惑みたいだし、ラウと他のお店に行くね」
「そういうことだ」
私の『技能なし』という言葉を聞き、動きを止めるフィールズ夫妻と顔色を悪くする昔馴染み。
「ユクレーナさんとジンクレスト卿、また後でね」
「ここの支払いは第六師団か、王室管理局宛てに送ってくれ」
ラウがジンクレストに声をかけると、ジンクレストは落ち着いた声で返事をした。
「承知しました。そのようにさせていただきます」
そして、私たちは店から外に出て、大きく息を吸って吐いた。
あー、疲れた。
と、これでユクレーナさんの関係者とは顔を合わせないで済むはずだったのに。
「待ってくれ。気を悪くしたのなら、本当に申し訳ない」
ユクレーナさんの昔馴染みが大急ぎで、私たちを追いかけてきたようだ。
この人、バカなの?
私は昔馴染みをマジマジと見つめてしまった。
走って追いかけてきたようで、額が汗ばんでいて、顔も真っ赤だ。そういえば、息も切れていて、はぁはぁ言ってる。
「さっきの話を聞いて、気を悪くしないやつがいるのか?」
そう言ってラウが私と昔馴染みの間に入る。姿が見えなくなった。
「ねぇ、ラウ。見えないんだけど」
「フィアはこれを見てればいいから」
チラッと私を振り替え渡してきたのは、私とラウが飛竜に乗っている記録画だった。思わず、受け取る。
て、いつ記録したの、これ?
また、あれか。
私が自分以外の男性を見つめているのが気に入らないってやつか。他の男性を見ないで、ラウの画でも見てろってことか。
相変わらず、うちの夫は心が狭い。
そもそも、誰かを見たって減るものじゃないんだし。
「フィアが他の男を見ると、俺の心がすり減る」
「…………分かった」
考えてることが筒抜けだった。なんか、ヤバい。
「旦那さんも店長も悪気があって言ってるわけじゃないんだ」
私とラウのやり取りはともかく、昔馴染みの言い訳はもはや言い訳にもなってない。
まったく。
申し訳ないとか言っておいて、悪気はないんだから我慢しろとでも言いたいんだろうか。
「余計にたちが悪いだろ」
だよね。
「技能なし云々と言っているのは、レストスでもごく一部。
辛牛亭はどうしても精霊技能を持つ人が必要だったんだ。だから、採用してないだけなんだよ」
「どうだかな」
声しか聞こえないので、どんな表情なのかまでは分からないけど。ラウの声は淡々としている。
本気で怒る価値もない相手だと思っているようだ。
淡々としたラウに対して、昔馴染みは切羽詰まったような声。
「本当だ。辛牛亭の料理は火傷を負うほど熱いものが多い。
火傷対策で従業員は全員、火属性か水属性のものを雇うことにしてるんだ」
いちおう理由はあったんだ。
でも、火傷対策に精霊魔法を使うって。しかも火と水限定。
つまり、技能なしじゃなくても従業員になれないってことだよね?
それならそうと言えばいいのに。なんで、技能なしだけダメ、という言い方をするの?
「だから、店の役に立たない技能なしを下に見ているわけか」
「そういう訳じゃないんだ」
私の胸の中はムシャクシャでいっぱいで。ラウの背中にぺったりともたれ掛かる。
疲れた。ほんと疲れた。話、聞いてただけなのにすごく疲れた。
「もういい。行こうか、フィア」
「うん」
ラウの背中に隠れたまま、私はラウの後を歩き出した。おかげで昔馴染みの顔を見ないで済んだ。
こういうとき、ラウの背中は頼りになる。ありがとう、ラウ。
私はラウの背中に感謝するのに気を取られていて、ラウがどんな顔をしているのか、そして周りが私たちをどんな顔で見ているのかまで、気が回らなかった。
「技能なしが悪いと言っているわけじゃないの。でも、あなたがそんな人たちと肩を並べて働く必要はないでしょう?」
「そんな人たち?」
ジンクレストが震えるユクレーナさんの肩に手をかけ、話に割り込んだ。
眉間にシワを寄せ青ざめた表情で、ユクレーナさんの母親を睨みつけている。
「あ、申し訳ない。レストスでは技能なしだとちゃんとした仕事につけないんだ。
昔からの住民は、技能なしに良い印象を持っていないんだよ」
「それはお父さま方の子どもの頃の話でしょう。違いますか?」
ジンクレストに対して、父親が取りなすように、でも明るく軽い口調で説明をした。なんだか他人事のように聞こえる。
それでも、ユクレーナさんの震えは止まらない。むしろ怒りを抑えるのに必死のようだ。
私には分かる。ユクレーナさんの両親の考えが、昔の話などではなく今も変わらない話だということが。
第一塔をはじめとする塔の風潮が珍しいだけで、世間一般はこんなものだ。
「確かに今は、技能なしでもきちんとした仕事につけるようにはなっているが」
「わたくしたちが我慢して差し上げているから、働けるだけですわ」
「なんですって!」
両親の言葉に激昂するユクレーナさん。
私はもはや怒りさえ感じないのに。
嫌だなと思わないわけではない。怒りを感じたところで、相手が変わるわけでもないから。怒りさえ沸き起こらないのだ。
当事者の私がこんな気持ちなのに、ユクレーナさんはしっかり怒りを現していた。
「でも安心して。うちの従業員に技能なしはいないから。全員、ちゃんとした人よ」
止めのような言葉にユクレーナさんがガタンと立ち上がった。
その瞬間。
「ユクレーナ、落ち着いて。旦那さんも店長も」
昔馴染みも立ち上がり、ユクレーナさんを押しとどめる。
「ラウが我慢しなくていいって言ったのは、このことか」
「観光客相手には、表向き、良い顔するところもあるからな」
私が関わることなのに、珍しくラウは落ち着いていた。
まぁ、ここでラウが暴れ出したら、とんでもないことに発展するけど。
「そうなんだ」
「でも、他の店は表も裏もなく、良くしてくれただろ?」
「うん」
私の返答にも力が入らない。残念というかガックリしたというか。
私を励ますように、ラウが話を続ける。
「エルヴェスが言うには、こういうことがあるから覆面調査は重要なんだそうだ」
あー、エルヴェスさん。やってそうだな。
「それにフィアは、ただの技能なしじゃないぞ」
「赤種だから、最強の技能なしだよね」
「まぁ、それもあるが。最強にかわいい俺の奥さんだ」
ラウは真顔だった。慣れてはいても、聞いてるこっちが恥ずかしくなる。
でも、嬉しいのには間違いない。
私の代わりに怒ってくれるユクレーナさんやジンクレストの気持ちも、とても嬉しいものだった。
「うん、そうだね。それじゃあ」
私は恥ずかしさを誤魔化して、明るくユクレーナさんに声をかけた。
「帰るね、ユクレーナさん」
「クロスフィアさん?!」
会話というか言い合いに集中していたユクレーナさんが、驚いて、私の方を向いた。
いやいや、どうぞどうぞ、言い合いに集中してもらいたい。部外者は退散するってだけだから。
「あの、夕食も準備しているので」
昔馴染みも慌てて私たちを引き止める。
「私、技能なしだから。ここにいると迷惑みたいだし、ラウと他のお店に行くね」
「そういうことだ」
私の『技能なし』という言葉を聞き、動きを止めるフィールズ夫妻と顔色を悪くする昔馴染み。
「ユクレーナさんとジンクレスト卿、また後でね」
「ここの支払いは第六師団か、王室管理局宛てに送ってくれ」
ラウがジンクレストに声をかけると、ジンクレストは落ち着いた声で返事をした。
「承知しました。そのようにさせていただきます」
そして、私たちは店から外に出て、大きく息を吸って吐いた。
あー、疲れた。
と、これでユクレーナさんの関係者とは顔を合わせないで済むはずだったのに。
「待ってくれ。気を悪くしたのなら、本当に申し訳ない」
ユクレーナさんの昔馴染みが大急ぎで、私たちを追いかけてきたようだ。
この人、バカなの?
私は昔馴染みをマジマジと見つめてしまった。
走って追いかけてきたようで、額が汗ばんでいて、顔も真っ赤だ。そういえば、息も切れていて、はぁはぁ言ってる。
「さっきの話を聞いて、気を悪くしないやつがいるのか?」
そう言ってラウが私と昔馴染みの間に入る。姿が見えなくなった。
「ねぇ、ラウ。見えないんだけど」
「フィアはこれを見てればいいから」
チラッと私を振り替え渡してきたのは、私とラウが飛竜に乗っている記録画だった。思わず、受け取る。
て、いつ記録したの、これ?
また、あれか。
私が自分以外の男性を見つめているのが気に入らないってやつか。他の男性を見ないで、ラウの画でも見てろってことか。
相変わらず、うちの夫は心が狭い。
そもそも、誰かを見たって減るものじゃないんだし。
「フィアが他の男を見ると、俺の心がすり減る」
「…………分かった」
考えてることが筒抜けだった。なんか、ヤバい。
「旦那さんも店長も悪気があって言ってるわけじゃないんだ」
私とラウのやり取りはともかく、昔馴染みの言い訳はもはや言い訳にもなってない。
まったく。
申し訳ないとか言っておいて、悪気はないんだから我慢しろとでも言いたいんだろうか。
「余計にたちが悪いだろ」
だよね。
「技能なし云々と言っているのは、レストスでもごく一部。
辛牛亭はどうしても精霊技能を持つ人が必要だったんだ。だから、採用してないだけなんだよ」
「どうだかな」
声しか聞こえないので、どんな表情なのかまでは分からないけど。ラウの声は淡々としている。
本気で怒る価値もない相手だと思っているようだ。
淡々としたラウに対して、昔馴染みは切羽詰まったような声。
「本当だ。辛牛亭の料理は火傷を負うほど熱いものが多い。
火傷対策で従業員は全員、火属性か水属性のものを雇うことにしてるんだ」
いちおう理由はあったんだ。
でも、火傷対策に精霊魔法を使うって。しかも火と水限定。
つまり、技能なしじゃなくても従業員になれないってことだよね?
それならそうと言えばいいのに。なんで、技能なしだけダメ、という言い方をするの?
「だから、店の役に立たない技能なしを下に見ているわけか」
「そういう訳じゃないんだ」
私の胸の中はムシャクシャでいっぱいで。ラウの背中にぺったりともたれ掛かる。
疲れた。ほんと疲れた。話、聞いてただけなのにすごく疲れた。
「もういい。行こうか、フィア」
「うん」
ラウの背中に隠れたまま、私はラウの後を歩き出した。おかげで昔馴染みの顔を見ないで済んだ。
こういうとき、ラウの背中は頼りになる。ありがとう、ラウ。
私はラウの背中に感謝するのに気を取られていて、ラウがどんな顔をしているのか、そして周りが私たちをどんな顔で見ているのかまで、気が回らなかった。
応援ありがとうございます!
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