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5 出張旅行編
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通されたのは、昨日とは違う個室だった。
昨日は四階のテラス席だったのに、今日は個室。しかも接待に使うような、ちょっと豪奢な作りの。
それでも合計九人が集まれば、狭苦しいし、目的が目的なので息苦しい。
再度、軽く自己紹介をした後、話を切りだしたのはユクレーナさんだった。
「それで、お父さまやお母さまは、こう言いたいわけなんですよね」
ユクレーナさんに表情はない。
塔長室で見た、手紙を握りつぶしているときと同じ、『もの凄い無の表情』だった。
「仕事を辞めて、実家に戻って、ギルメールと結婚して、店を継いで欲しいと」
静かな声なのに、凄みが感じられる。
ユクレーナさんの弟と妹が、姉のただ事でない様相を見て、脅える始末。
とてもじゃないけど、家族団らんとはほど遠い。
「お付き合いしている方を紹介しようと思いまして、帰ってきましたのに。
その方の前でそんな話題を出すなんて、どうかしています」
弟妹の反応を気にすることもなく、ユクレーナさんはピシャリと言い放った。
対して受けたつのは母親かと思っていたら、意外にも父親だった。
「この四年間、手紙のやりとりだけだったからね。行き違いがあって、ベルンドゥアン卿には申し訳ない」
尖るユクレーナさんを宥めるように、穏やかに話す。ジンクレストにも平謝り。
「でも、ユク。自分のことだけではなく家のことも考えてほしい。それにギルメールのことも」
かといって譲るばかりではなく、言いたいことははっきりと主張してきた。
とはいえ、ユクレーナさんだって譲れない部分は譲らない。
「では、お父さまはわたくしのことを考えてくださってると?」
「当然だろう。ユクにとっても、ギルメールにとっても、そして我が家にとってもこんな良い結婚はないじゃないか」
ピクン
「わたくしにとっては、ぜんぜん良い話ではありません」
「そんなことはないよ、ユク。ギルメールは料理の腕も良いし、誠実で気のいい青年だ。この店のことも考えてくれている」
ピク、ピクン
「では、ジンが良くない相手だと? ジンは剣の腕も立ちますし、仕事熱心で評判のいい、誠実な精霊騎士です」
「ユク。ユクはまだ華やかな王都の生活が良いと思っているかもしれないが。地元で働き、地元を支える人間も必要なんだよ」
一応、私とラウは同行者なだけで部外者になるので、じーっと話を聞いていた。
でも、どうしても反応してしまう。
まるで、グランフレイム卿の話を聞いているようだった。
グランフレイム卿も娘のネージュために良かれと思って、いろいろ考えていた縁談。本人に何の相談も断りもなく。
どこの家庭でも似たようなものなのか。
ネージュはどうしただろう。父親に従っただろうか、それとも嫌がって独立計画を実行していただろうか。
「わたくしにしかできない仕事があって、それはここではできない、というだけです」
ネージュがどうしたかはともかく、さすがに、ユクレーナさんは父親の意見に怯まなかった。
「地元を支えてくださる人を否定してはおりません」
ピシャリと言い放って父親が黙ると、今度は母親が語り始める。
「ユクレーナ、年若い女の子がいつまでも一人で王都で暮らしていないで。戻っていらっしゃい」
どうやらユクレーナさんの両親は、ユクレーナさんの話を聞くつもりは最初からないようだ。
弟妹や昔馴染みは困った顔でやり取りを見守るだけ。
「王立の職場で、住まいはきちんとしております。それに補佐官は、鑑定技能がないとなれない稀少な仕事なんですよ?」
「別にあなたがしなくてもいい仕事でしょう? 女の子なんだから、人と張り合いながら仕事なんてしなくてもいいのよ」
「特級補佐官は稀少なんです。エルメンティアで、わたくし含めて三人しかいないんですよ? わたくししかできないんです」
「まだ、他にお二人いらっしゃるんでしょう? その方々があなたの分をすればいいだけじゃないの」
話を聞かないどころか、補佐官職に対する理解がまるでない。
エルメンティアの補佐官といえば、かなり有名な役職なのに。
「はぁ? そんなに暇で簡単な仕事だと思ってるんですか?」
「だって、補佐官でしょう? 上官を補佐する補助的な役職ではないの」
確かに昨日、ユクレーナさんが言ってたとおりだね。
補佐官に対する理解の前に、鑑定技能に対する理解がない。
鑑定技能といっても等級によって幅はあるから、一概に凄い技能だと言えないところもある。
とはいえ、中級程度でも鑑定技能を持たない人に比べて、分析や分類能力が各段に跳ね上がるのだ。ただの補助ではない。
「そんな仕事より、あなたは全属性の精霊術士なのだから。ここでできることは、たくさんあるわ」
特級補佐官をそんな仕事扱いする母親に対して、ユクレーナさんがさらに表情を消す。
ラウだったら、冷気がダダ漏れ。周りが凍りついていたよね。
チラッとラウを確認すると、目があって、ニコリと微笑まれた。
うん、これは私と目があって嬉しいってやつだね。ラウも、よくこの雰囲気の中、微笑めるよな。
「それに、塔の職員は技能なしが多いんですってね。わたくしはそれも心配なの」
ラウと目があったままの状態で、母親の言葉が私の耳に突き刺さった。
ラウの笑みが微笑ましいものから凄惨なものに変わる。
ああ。
ラウが言ってた嫌なこと。話題に上らないで欲しかったのに。
視線をラウからユクレーナさんたちに戻すと、真っ白を通り越して青ざめた表情のユクレーナさんがガタガタと震えているのが目に入った。
昨日は四階のテラス席だったのに、今日は個室。しかも接待に使うような、ちょっと豪奢な作りの。
それでも合計九人が集まれば、狭苦しいし、目的が目的なので息苦しい。
再度、軽く自己紹介をした後、話を切りだしたのはユクレーナさんだった。
「それで、お父さまやお母さまは、こう言いたいわけなんですよね」
ユクレーナさんに表情はない。
塔長室で見た、手紙を握りつぶしているときと同じ、『もの凄い無の表情』だった。
「仕事を辞めて、実家に戻って、ギルメールと結婚して、店を継いで欲しいと」
静かな声なのに、凄みが感じられる。
ユクレーナさんの弟と妹が、姉のただ事でない様相を見て、脅える始末。
とてもじゃないけど、家族団らんとはほど遠い。
「お付き合いしている方を紹介しようと思いまして、帰ってきましたのに。
その方の前でそんな話題を出すなんて、どうかしています」
弟妹の反応を気にすることもなく、ユクレーナさんはピシャリと言い放った。
対して受けたつのは母親かと思っていたら、意外にも父親だった。
「この四年間、手紙のやりとりだけだったからね。行き違いがあって、ベルンドゥアン卿には申し訳ない」
尖るユクレーナさんを宥めるように、穏やかに話す。ジンクレストにも平謝り。
「でも、ユク。自分のことだけではなく家のことも考えてほしい。それにギルメールのことも」
かといって譲るばかりではなく、言いたいことははっきりと主張してきた。
とはいえ、ユクレーナさんだって譲れない部分は譲らない。
「では、お父さまはわたくしのことを考えてくださってると?」
「当然だろう。ユクにとっても、ギルメールにとっても、そして我が家にとってもこんな良い結婚はないじゃないか」
ピクン
「わたくしにとっては、ぜんぜん良い話ではありません」
「そんなことはないよ、ユク。ギルメールは料理の腕も良いし、誠実で気のいい青年だ。この店のことも考えてくれている」
ピク、ピクン
「では、ジンが良くない相手だと? ジンは剣の腕も立ちますし、仕事熱心で評判のいい、誠実な精霊騎士です」
「ユク。ユクはまだ華やかな王都の生活が良いと思っているかもしれないが。地元で働き、地元を支える人間も必要なんだよ」
一応、私とラウは同行者なだけで部外者になるので、じーっと話を聞いていた。
でも、どうしても反応してしまう。
まるで、グランフレイム卿の話を聞いているようだった。
グランフレイム卿も娘のネージュために良かれと思って、いろいろ考えていた縁談。本人に何の相談も断りもなく。
どこの家庭でも似たようなものなのか。
ネージュはどうしただろう。父親に従っただろうか、それとも嫌がって独立計画を実行していただろうか。
「わたくしにしかできない仕事があって、それはここではできない、というだけです」
ネージュがどうしたかはともかく、さすがに、ユクレーナさんは父親の意見に怯まなかった。
「地元を支えてくださる人を否定してはおりません」
ピシャリと言い放って父親が黙ると、今度は母親が語り始める。
「ユクレーナ、年若い女の子がいつまでも一人で王都で暮らしていないで。戻っていらっしゃい」
どうやらユクレーナさんの両親は、ユクレーナさんの話を聞くつもりは最初からないようだ。
弟妹や昔馴染みは困った顔でやり取りを見守るだけ。
「王立の職場で、住まいはきちんとしております。それに補佐官は、鑑定技能がないとなれない稀少な仕事なんですよ?」
「別にあなたがしなくてもいい仕事でしょう? 女の子なんだから、人と張り合いながら仕事なんてしなくてもいいのよ」
「特級補佐官は稀少なんです。エルメンティアで、わたくし含めて三人しかいないんですよ? わたくししかできないんです」
「まだ、他にお二人いらっしゃるんでしょう? その方々があなたの分をすればいいだけじゃないの」
話を聞かないどころか、補佐官職に対する理解がまるでない。
エルメンティアの補佐官といえば、かなり有名な役職なのに。
「はぁ? そんなに暇で簡単な仕事だと思ってるんですか?」
「だって、補佐官でしょう? 上官を補佐する補助的な役職ではないの」
確かに昨日、ユクレーナさんが言ってたとおりだね。
補佐官に対する理解の前に、鑑定技能に対する理解がない。
鑑定技能といっても等級によって幅はあるから、一概に凄い技能だと言えないところもある。
とはいえ、中級程度でも鑑定技能を持たない人に比べて、分析や分類能力が各段に跳ね上がるのだ。ただの補助ではない。
「そんな仕事より、あなたは全属性の精霊術士なのだから。ここでできることは、たくさんあるわ」
特級補佐官をそんな仕事扱いする母親に対して、ユクレーナさんがさらに表情を消す。
ラウだったら、冷気がダダ漏れ。周りが凍りついていたよね。
チラッとラウを確認すると、目があって、ニコリと微笑まれた。
うん、これは私と目があって嬉しいってやつだね。ラウも、よくこの雰囲気の中、微笑めるよな。
「それに、塔の職員は技能なしが多いんですってね。わたくしはそれも心配なの」
ラウと目があったままの状態で、母親の言葉が私の耳に突き刺さった。
ラウの笑みが微笑ましいものから凄惨なものに変わる。
ああ。
ラウが言ってた嫌なこと。話題に上らないで欲しかったのに。
視線をラウからユクレーナさんたちに戻すと、真っ白を通り越して青ざめた表情のユクレーナさんがガタガタと震えているのが目に入った。
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