精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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5 出張旅行編

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 私たちが少し遅れてロビーに着くと、ユクレーナさんとジンクレストが、ちょうど席に案内されたところだった。

 二人が近づくと、席についていた男性が立ち上がって迎える。

 金髪碧眼で優しそうな笑顔、背はやや高め。細身ですらっとしていて、見た目は、銀竜さんや紫竜さんタイプ。

 年齢はもうすぐ二十。精霊魔法技能は普通程度か。属性は火。
 料理技能は、もうすぐ特級というところ。副料理長というのは伊達じゃないらしい。
 それに、料理技能は後天技能。努力で等級が上げられる。『もうすぐ特級』というのが努力している、なによりの証拠。

 ユクレーナさんと結婚したくて料理の腕をあげたとなると、かなりの難敵だなぁ。

「会いたかったよ、ユクレーナ。久しぶり、本当に久しぶりだ」

 ユクレーナさんとの親密ぶりをアピールするかのように、気安く名前呼びをしたその男性。

 ユクレーナさんがジンクレストと手をつないで現れても、まるで動揺がない。

 もっとも、ユクレーナさんもそれは同じで、いつもの仕事中の顔だった。

 相手に隙を与えない顔。

 塔長の副官であるグリモさんは、よくユクレーナさんのことをそう言って評価する。
 その顔で、ユクレーナさんは昔馴染みと対面していた。

 これだけでも、ユクレーナさんが相手をどう思っているのか、どう扱っているのかがよく分かる。

「ご無沙汰しておりましたね、ギルメール。でも、こんな時間になんて」

「ごめんよ。仕事が抜けられなくて。でも、どうしても会いたかったんだ」

 私でも分かるというのに、この男性は分かってないようだ。

「ユクレーナ、紹介していただいても?」

「あ、ごめんなさい。ジン。紹介します」

 ジンクレストがやんわりと割って入って、相手の注意を引く。

「ギルメール、こちら、ジンクレスト・ベルンドゥアン卿です。第三騎士団に所属しております」

「ベルンドゥアンです。どうぞよろしく」

「ジン、先ほど話していた昔馴染み、ギルメール・スタナートです。わたくしと同年齢なんですよ」

「スタナートです。あなたのことはオーナーから話を聞いてきました」




「修羅場なの?」

「修羅場だな」

「どのへんが?」

「昔馴染みと恋人の対決だ」

「へー」

 私とラウは三人の様子を近くのソファーに座って、お茶を飲みながら、観察していた。

 三人が相対してすぐ、ロビーの係の人が近くで目立たない席に案内してくれたのだ。

 うん、そうだった。ここはシュタムホテル。つまり、エルヴェスさんのホテル。

 そして私が視る限り、どの従業員も隠密技能持ち。ホテルの従業員にそんな技能、要らないよね?

 エルヴェスさんだか、エルヴェスさんのご主人だかは分からないけど、従業員にどういう教育してるのかなぁ。

 ともあれ、隠密従業員さんたちに助けられ、良い席でお茶しながら、ラウの言うところの修羅場を観察している。

 将来、何かの役に立つかもしれない。

「言っておくが、フィア。俺たちはラブラブ夫婦なんだから、俺たちに修羅場はないぞ」

 先に、釘をさされてしまった。

 まぁ、いいや。私たちに無関係でも修羅場というものを堪能しよう。




「ユクレーナ、こっちに戻ってきたくないからって、何も、恋人同士のフリをしなくても」

「ギルメール、その言い方は、わたくしにもジンにも、失礼ではありませんか?」

「ユクレーナ、君のことはよく知っている。勉強熱心で責任感の強い君が、仕事以外に気を取られるなんて、あり得ない」

「あら。なぜ、そう言い切れますの? そもそも、ギルメールは、わたくしの仕事に理解がありませんよね?」




「恋人同士じゃないの、バレてる」

「あの距離じゃな」

 ラウは私をギュッと抱き締めた。恋人の距離はこのくらいだと言わんばかりに。

 うーん、距離の問題かな?

 本物の恋人同士ってやつを、自然公園や街中で見たことがある。どのペアを見ても、私とラウみたいにベッタリしている人はいなかった。
 たぶん、私とラウの距離の方がおかしいんだと思う。

「それに、ユクレーナさんの性格や性質、よく分かってるよ、あの人」

「三年や四年じゃ、根元は大きく変わらんだろうからな」

 ラウは手持ち無沙汰なのか、私を抱き締めた状態で私の頭を撫で回している。

 ラウに好きなようにさせたまま、私は三人に注目した。




「ユクレーナ、君の昔馴染みはきっと、君の心配をしているんだ。悪気はないんだろう」

「ジンはどなたにも優しいんですね」

「誤解させてしまったな。私の一番はユクレーナだから」

「ジン」「ユクレーナ」

 昔馴染みそっちのけで見つめ合う二人。

 そんなまさかと、あからさまに顔色を悪くして、呆然と二人を見つめる昔馴染みの人。

 私の隣でベッタリくっつきながら、うんうん頷くラウ。

 よく見ると、ホテルの隠密従業員さんたちも熱演する二人に注目していた。

「スタナートさん、どうかご心配なく。ユクレーナは私がしっかり守っておりますので」

「ええ。ジンに出会えて本当に良かったです。ですので、ギルメールも安心してください」

 二人だけの世界で二人だけの理屈を振りかざす。

 こういうのに勝つには、迎え撃つ側も同じように自分の世界の理屈を振りかざすか、はたまた、冷静に現実を指摘して相手が落ち着くのを待つか。

 感情に任せて発言しても、慌てたり狼狽えたりしても、勝てる訳がない。

 昔馴染みの人は、当然、冷静な対処はできなかった。

 あの冷静沈着なユクレーナさんが、ジンクレストを前にして、デレッとした表情を見せているんだ。演技だけど。

 自分の推測が違っていたと思って、いまさらながら焦ったようだ。

「待ってくれ、ユクレーナ。安心できるわけがないだろう! いきなり誰とも知らない相手を、恋人だなんて連れてきて」

「ギルメール、ジンは由緒正しいベルン家門ですし。精霊騎士としても立派な方です」

 正直なところ、ベルン家門の精霊騎士で師団所属となると、結婚相手としてはかなりランクが高い。
 条件だけなら好物件だと、マル姉さんも言っていたし。

 余計に焦るだろうな、昔馴染み。

 そんな昔馴染みに、ジンクレストが追い討ちをかける。

「明日の夜、ユクレーナのご両親に改めてご挨拶に伺う約束です。今日のところはお引き取り、願えますか?」

 丁重な物腰と口調でお願いするかのような言い方をしてるけど、さっさと帰れとの脅しだ。
 その証拠にジンクレストの目が笑っていない。

「今日はもう遅いので」

 そして、昔馴染みは追い返された。




「予想通りだったな」

「予想通りでしたね」

 部屋に戻り意気投合するラウとジンクレスト。
 この二人の中では『昔馴染みがユクレーナさんのことを好きで結婚したがっている』という構図ができあがっている。

 肝心のユクレーナさんはというと、

「ギルメールも、昔馴染みの心配までしなくてもいいのに。お人好しですよね」

 昔馴染みの気持ちに、ぜんぜん気付いていそうもない。

 まぁ、人の心までは鑑定できないからね。

 ユクレーナさんを中心に、私たちは明日の『修羅場』に向けて、作戦を練り上げていったのだった。
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