精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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5 出張旅行編

2-8

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 しばらく沈黙が続き、ユクレーナさんがノロノロが話し始めた。

「よくある話です。特別なものは何もありませんよ」

「詳細が分からなければ、あなたに合わせようがないのですが」

 ユクレーナさんの素っ気ない言葉に、ジンクレストが応じる。

「ならば余計に、ご存知なくて構わないのではないでしょうか?」

「は?」

「設定と筋書きさえ維持すればいいだけです。個人事情も詳細に知らない方が真実味が出ます」

 うん、ユクレーナさんらしいと言えば、ユクレーナさんらしい考え方だけど。どうなんだろう。

「ほぉ。結婚を考えている相手にも関わらず、実家の事情すら教えないと? それで本当に関係がうまくいくと、思っているんですね?」

「そうだよね。私ならラウに相談してもらいたいな」

 ジンクレストの言うことの方が私の心には合っていて、ラウの前にもかかわらず、同意してしまった。

 はぁ。また、ラウがムッとするかな。

 私は隣で大人しくしているラウを見る。

 予想通り、ラウは私の言葉にピクリと反応した。でも、口にしたことは予想外のことだった。

「フィア。俺はなんでも、フィアに相談するぞ」

「そうかなぁ」

 予想とは違う反応でも慌てず騒がず、疑問を呈する。ラウは私にナイショでいろいろやってるからね。

 ラウは私の言葉にムムムと唸った後、観念したように付け加えた。

「でも、フィアに嫌われたくなくて、話す勇気がないときもあるんだ」

「それなら仕方ないね」

 私とラウが見つめ合っていると、ゴホンと咳払いをする声が聞こえた。

「まぁ、クロスフィア様とドラグニール師団長のことは脇に置いて、詳細を教えてください」

「まぁ、クロスフィアさんとドラグニール師団長をずっと眺めているのも、きついものがありますので、お話します」

 ええ? ちょっとどういう流れ?

 ともあれ、ユクレーナさんは無事、自分から詳細を語り始めた。




 ユクレーナさんの話が、よくある話になるのかどうかは分からなかった。

 なにせ私、人生経験も友達も少ない。

 恋愛も交際も婚約も何もしないまま、いきなり夫ができたので、男女の機微みたいなものも、まったく分からない。

 なので、結局のところ、ユクレーナさんの話を聞いても、私はなんの戦力にもならなかったのだ。

 対して、見た目は厳つくて熊なのに私より乙女なラウと、口うるさくてまるでお母さんなジンクレストが、うんうんと頷きながら、ユクレーナさんの話を聞いていた。

「それ、料理長の息子と結婚して、店を継いでくれってやつだな、絶対」

「間違いありませんね。料理長の息子、フィールズ補佐官に気がありそうですしね」

 私には読みとれなかったことを、ラウとジンクレストは易々と読みとっている。

 うん、この二人だって恋愛経験豊富には見えないのに。この差は何なんだ。

「他に後継者はいないのか? いないなら詰むぞ、この話」

「歳の離れた弟と妹がおります。二人とも二回目の儀の前ですので」

 二回目の技能鑑定の儀は、十歳前後で行われる。まだだということは、まだまだ子どもの年齢だということ。

 ユクレーナさんの弟妹に、後継者だなんだと言っても、まだ分からないだろうな。

 だとしても、ユクレーナさんの弟妹だというのなら、お店を継ぐ権利はちゃんとある。

「他に後継者がいるなら、特級補佐官を辞めてまで継がなくても問題ないな」

「わたくしも、そう思います」

 よし、これで問題はなくなった。

 と思いきや、

「残る問題は料理長の息子ですね」

 ジンクレストがきっぱり言い放つ。

「ギルメールは単なる昔馴染みです。年齢も同じなので、同年齢グループのひとりというだけですよ」

 ユクレーナさんが否定しても、

「向こうはそう思ってないと思うぞ」

「単なる昔馴染みなだけなら、ここまで執着はしませんよね、普通」

 と、ラウもジンクレストも反論した。

「そうでしょうか。わたくしは何の感情もありませんのに」

「なら、余計に必死になるな」

「なりますね、絶対。それで副料理長にまでなったのではないですか?」

 なぜか、意見ピッタリ、息ピッタリのラウとジンクレスト。

「わたくしだって、ギルメールが副料理長になったことは、初めて知りました」

「フィールズ補佐官と結婚したくて料理人の道に進んだんだろ」

「料理人として優秀なら、フィールズ補佐官の親も結婚させたがるでしょうしね」

「どちらにしても、わたくしの意向を無視した迷惑な話です。手紙のやり取りで、何度も仕事を辞める気はない旨、説明しましたのに」

 だから、塔長は話し合ってくるようにと言ってたんだね。どう考えても、手紙でのやり取りだけじゃ平行線だもの。

「手紙では、親を納得させられるだけの物証がなかったんだろ」

「それで、私が恋人役ということですね。よく分かりました」

 なんだか私にはよく分からないけど、男性陣はよく分かったらしい。




 コンコン

 話がよく分かったところでお開きにしようとしたら、部屋の扉が叩かれた。

「失礼いたします。フィールズ様にお客様がお見えです」

「こんな時間にか?」

 訝しがるラウ。もしや、と小さくつぶやくジンクレスト。

「お客様とはどちら様でしょう?」

 ユクレーナさんが応じると、

「ギルメール・スタナート様と名乗っておりますが」

 とのホテルの従業員の声。

「件の昔馴染みですね?」

「はい」

「それなら、私とフィールズ補佐官でお会いしましょう」

 くつろいだ格好とはいえ、個人的な来客に会うのにとくに問題はない。

 ジンクレストが立ち上がって、ユクレーナさんを促す。なんだか好戦的な笑顔が怖い。

「さっそく修羅場か」

「修羅場?」

 ラウもおもしろそうな表情を浮かべている。

「それでは行きましょうか、フィールズ補佐官。いえ、ユクレーナ」

「はい、ジンクレスト卿。いえ、ジン」

 ジンクレストに促されて、ユクレーナさんも立ち上がった。

 手を取り合って、扉に向かう。恋人同士の割には、なんとなくぎこちない

「大丈夫かな、あの二人」

「よし、こっそり見に行くぞ、フィア」

 ラウの言葉に無言で頷き、私たちは二人の後をこっそり追いかけた。
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