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5 出張旅行編
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しばらく沈黙が続き、ユクレーナさんがノロノロが話し始めた。
「よくある話です。特別なものは何もありませんよ」
「詳細が分からなければ、あなたに合わせようがないのですが」
ユクレーナさんの素っ気ない言葉に、ジンクレストが応じる。
「ならば余計に、ご存知なくて構わないのではないでしょうか?」
「は?」
「設定と筋書きさえ維持すればいいだけです。個人事情も詳細に知らない方が真実味が出ます」
うん、ユクレーナさんらしいと言えば、ユクレーナさんらしい考え方だけど。どうなんだろう。
「ほぉ。結婚を考えている相手にも関わらず、実家の事情すら教えないと? それで本当に関係がうまくいくと、思っているんですね?」
「そうだよね。私ならラウに相談してもらいたいな」
ジンクレストの言うことの方が私の心には合っていて、ラウの前にもかかわらず、同意してしまった。
はぁ。また、ラウがムッとするかな。
私は隣で大人しくしているラウを見る。
予想通り、ラウは私の言葉にピクリと反応した。でも、口にしたことは予想外のことだった。
「フィア。俺はなんでも、フィアに相談するぞ」
「そうかなぁ」
予想とは違う反応でも慌てず騒がず、疑問を呈する。ラウは私にナイショでいろいろやってるからね。
ラウは私の言葉にムムムと唸った後、観念したように付け加えた。
「でも、フィアに嫌われたくなくて、話す勇気がないときもあるんだ」
「それなら仕方ないね」
私とラウが見つめ合っていると、ゴホンと咳払いをする声が聞こえた。
「まぁ、クロスフィア様とドラグニール師団長のことは脇に置いて、詳細を教えてください」
「まぁ、クロスフィアさんとドラグニール師団長をずっと眺めているのも、きついものがありますので、お話します」
ええ? ちょっとどういう流れ?
ともあれ、ユクレーナさんは無事、自分から詳細を語り始めた。
ユクレーナさんの話が、よくある話になるのかどうかは分からなかった。
なにせ私、人生経験も友達も少ない。
恋愛も交際も婚約も何もしないまま、いきなり夫ができたので、男女の機微みたいなものも、まったく分からない。
なので、結局のところ、ユクレーナさんの話を聞いても、私はなんの戦力にもならなかったのだ。
対して、見た目は厳つくて熊なのに私より乙女なラウと、口うるさくてまるでお母さんなジンクレストが、うんうんと頷きながら、ユクレーナさんの話を聞いていた。
「それ、料理長の息子と結婚して、店を継いでくれってやつだな、絶対」
「間違いありませんね。料理長の息子、フィールズ補佐官に気がありそうですしね」
私には読みとれなかったことを、ラウとジンクレストは易々と読みとっている。
うん、この二人だって恋愛経験豊富には見えないのに。この差は何なんだ。
「他に後継者はいないのか? いないなら詰むぞ、この話」
「歳の離れた弟と妹がおります。二人とも二回目の儀の前ですので」
二回目の技能鑑定の儀は、十歳前後で行われる。まだだということは、まだまだ子どもの年齢だということ。
ユクレーナさんの弟妹に、後継者だなんだと言っても、まだ分からないだろうな。
だとしても、ユクレーナさんの弟妹だというのなら、お店を継ぐ権利はちゃんとある。
「他に後継者がいるなら、特級補佐官を辞めてまで継がなくても問題ないな」
「わたくしも、そう思います」
よし、これで問題はなくなった。
と思いきや、
「残る問題は料理長の息子ですね」
ジンクレストがきっぱり言い放つ。
「ギルメールは単なる昔馴染みです。年齢も同じなので、同年齢グループのひとりというだけですよ」
ユクレーナさんが否定しても、
「向こうはそう思ってないと思うぞ」
「単なる昔馴染みなだけなら、ここまで執着はしませんよね、普通」
と、ラウもジンクレストも反論した。
「そうでしょうか。わたくしは何の感情もありませんのに」
「なら、余計に必死になるな」
「なりますね、絶対。それで副料理長にまでなったのではないですか?」
なぜか、意見ピッタリ、息ピッタリのラウとジンクレスト。
「わたくしだって、ギルメールが副料理長になったことは、初めて知りました」
「フィールズ補佐官と結婚したくて料理人の道に進んだんだろ」
「料理人として優秀なら、フィールズ補佐官の親も結婚させたがるでしょうしね」
「どちらにしても、わたくしの意向を無視した迷惑な話です。手紙のやり取りで、何度も仕事を辞める気はない旨、説明しましたのに」
だから、塔長は話し合ってくるようにと言ってたんだね。どう考えても、手紙でのやり取りだけじゃ平行線だもの。
「手紙では、親を納得させられるだけの物証がなかったんだろ」
「それで、私が恋人役ということですね。よく分かりました」
なんだか私にはよく分からないけど、男性陣はよく分かったらしい。
コンコン
話がよく分かったところでお開きにしようとしたら、部屋の扉が叩かれた。
「失礼いたします。フィールズ様にお客様がお見えです」
「こんな時間にか?」
訝しがるラウ。もしや、と小さくつぶやくジンクレスト。
「お客様とはどちら様でしょう?」
ユクレーナさんが応じると、
「ギルメール・スタナート様と名乗っておりますが」
とのホテルの従業員の声。
「件の昔馴染みですね?」
「はい」
「それなら、私とフィールズ補佐官でお会いしましょう」
くつろいだ格好とはいえ、個人的な来客に会うのにとくに問題はない。
ジンクレストが立ち上がって、ユクレーナさんを促す。なんだか好戦的な笑顔が怖い。
「さっそく修羅場か」
「修羅場?」
ラウもおもしろそうな表情を浮かべている。
「それでは行きましょうか、フィールズ補佐官。いえ、ユクレーナ」
「はい、ジンクレスト卿。いえ、ジン」
ジンクレストに促されて、ユクレーナさんも立ち上がった。
手を取り合って、扉に向かう。恋人同士の割には、なんとなくぎこちない
「大丈夫かな、あの二人」
「よし、こっそり見に行くぞ、フィア」
ラウの言葉に無言で頷き、私たちは二人の後をこっそり追いかけた。
「よくある話です。特別なものは何もありませんよ」
「詳細が分からなければ、あなたに合わせようがないのですが」
ユクレーナさんの素っ気ない言葉に、ジンクレストが応じる。
「ならば余計に、ご存知なくて構わないのではないでしょうか?」
「は?」
「設定と筋書きさえ維持すればいいだけです。個人事情も詳細に知らない方が真実味が出ます」
うん、ユクレーナさんらしいと言えば、ユクレーナさんらしい考え方だけど。どうなんだろう。
「ほぉ。結婚を考えている相手にも関わらず、実家の事情すら教えないと? それで本当に関係がうまくいくと、思っているんですね?」
「そうだよね。私ならラウに相談してもらいたいな」
ジンクレストの言うことの方が私の心には合っていて、ラウの前にもかかわらず、同意してしまった。
はぁ。また、ラウがムッとするかな。
私は隣で大人しくしているラウを見る。
予想通り、ラウは私の言葉にピクリと反応した。でも、口にしたことは予想外のことだった。
「フィア。俺はなんでも、フィアに相談するぞ」
「そうかなぁ」
予想とは違う反応でも慌てず騒がず、疑問を呈する。ラウは私にナイショでいろいろやってるからね。
ラウは私の言葉にムムムと唸った後、観念したように付け加えた。
「でも、フィアに嫌われたくなくて、話す勇気がないときもあるんだ」
「それなら仕方ないね」
私とラウが見つめ合っていると、ゴホンと咳払いをする声が聞こえた。
「まぁ、クロスフィア様とドラグニール師団長のことは脇に置いて、詳細を教えてください」
「まぁ、クロスフィアさんとドラグニール師団長をずっと眺めているのも、きついものがありますので、お話します」
ええ? ちょっとどういう流れ?
ともあれ、ユクレーナさんは無事、自分から詳細を語り始めた。
ユクレーナさんの話が、よくある話になるのかどうかは分からなかった。
なにせ私、人生経験も友達も少ない。
恋愛も交際も婚約も何もしないまま、いきなり夫ができたので、男女の機微みたいなものも、まったく分からない。
なので、結局のところ、ユクレーナさんの話を聞いても、私はなんの戦力にもならなかったのだ。
対して、見た目は厳つくて熊なのに私より乙女なラウと、口うるさくてまるでお母さんなジンクレストが、うんうんと頷きながら、ユクレーナさんの話を聞いていた。
「それ、料理長の息子と結婚して、店を継いでくれってやつだな、絶対」
「間違いありませんね。料理長の息子、フィールズ補佐官に気がありそうですしね」
私には読みとれなかったことを、ラウとジンクレストは易々と読みとっている。
うん、この二人だって恋愛経験豊富には見えないのに。この差は何なんだ。
「他に後継者はいないのか? いないなら詰むぞ、この話」
「歳の離れた弟と妹がおります。二人とも二回目の儀の前ですので」
二回目の技能鑑定の儀は、十歳前後で行われる。まだだということは、まだまだ子どもの年齢だということ。
ユクレーナさんの弟妹に、後継者だなんだと言っても、まだ分からないだろうな。
だとしても、ユクレーナさんの弟妹だというのなら、お店を継ぐ権利はちゃんとある。
「他に後継者がいるなら、特級補佐官を辞めてまで継がなくても問題ないな」
「わたくしも、そう思います」
よし、これで問題はなくなった。
と思いきや、
「残る問題は料理長の息子ですね」
ジンクレストがきっぱり言い放つ。
「ギルメールは単なる昔馴染みです。年齢も同じなので、同年齢グループのひとりというだけですよ」
ユクレーナさんが否定しても、
「向こうはそう思ってないと思うぞ」
「単なる昔馴染みなだけなら、ここまで執着はしませんよね、普通」
と、ラウもジンクレストも反論した。
「そうでしょうか。わたくしは何の感情もありませんのに」
「なら、余計に必死になるな」
「なりますね、絶対。それで副料理長にまでなったのではないですか?」
なぜか、意見ピッタリ、息ピッタリのラウとジンクレスト。
「わたくしだって、ギルメールが副料理長になったことは、初めて知りました」
「フィールズ補佐官と結婚したくて料理人の道に進んだんだろ」
「料理人として優秀なら、フィールズ補佐官の親も結婚させたがるでしょうしね」
「どちらにしても、わたくしの意向を無視した迷惑な話です。手紙のやり取りで、何度も仕事を辞める気はない旨、説明しましたのに」
だから、塔長は話し合ってくるようにと言ってたんだね。どう考えても、手紙でのやり取りだけじゃ平行線だもの。
「手紙では、親を納得させられるだけの物証がなかったんだろ」
「それで、私が恋人役ということですね。よく分かりました」
なんだか私にはよく分からないけど、男性陣はよく分かったらしい。
コンコン
話がよく分かったところでお開きにしようとしたら、部屋の扉が叩かれた。
「失礼いたします。フィールズ様にお客様がお見えです」
「こんな時間にか?」
訝しがるラウ。もしや、と小さくつぶやくジンクレスト。
「お客様とはどちら様でしょう?」
ユクレーナさんが応じると、
「ギルメール・スタナート様と名乗っておりますが」
とのホテルの従業員の声。
「件の昔馴染みですね?」
「はい」
「それなら、私とフィールズ補佐官でお会いしましょう」
くつろいだ格好とはいえ、個人的な来客に会うのにとくに問題はない。
ジンクレストが立ち上がって、ユクレーナさんを促す。なんだか好戦的な笑顔が怖い。
「さっそく修羅場か」
「修羅場?」
ラウもおもしろそうな表情を浮かべている。
「それでは行きましょうか、フィールズ補佐官。いえ、ユクレーナ」
「はい、ジンクレスト卿。いえ、ジン」
ジンクレストに促されて、ユクレーナさんも立ち上がった。
手を取り合って、扉に向かう。恋人同士の割には、なんとなくぎこちない
「大丈夫かな、あの二人」
「よし、こっそり見に行くぞ、フィア」
ラウの言葉に無言で頷き、私たちは二人の後をこっそり追いかけた。
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