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5 出張旅行編
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「これがレストス名物のヒンヤリスイーツです」
「見たことない果物が乗った、氷?」
ユクレーナさんが私に差し出したのは、黄色い削り氷で作られた小山のような代物だった。氷の小山は無色透明なガラスの器に入っている。
小山の麓には、四角く切られた赤みがかった黄色の果物がゴロゴロしていて、その上には乳白色のソースがかかっていた。
「果物が乗っただけの、ただの氷ではありませんよ。果物の果汁を凍らせて削ったものです。ただの氷では味わえない、舌触りと風味が特徴なんです」
「へー」
「さらにさらに。この果物はレストス特産。メイ群島でも採れますが、レストスの物は赤みがかっていて甘いのが特徴なんです」
「ほほー」
ユクレーナさんの解説はルミ印に負けないくらい的確で、それでいてとても興味をそそられる物だった。
さすがはエルメンティアが誇る、特級補佐官。
いつもの冷静沈着で淡々としている姿とは違って、一生懸命、解説してくれるユクレーナさんの心遣いも嬉しくて。
最後まで聞いてからと思いつつ、話が途切れたところで、ひとくち、口に運んでしまった。
冷たくて、甘くて、ちょっとだけ酸っぱくて、とっても美味しい!
「クロスフィアさん、いかがでしょう」
「うーん、美味しい!」
至福の味とは、まさにこのことだ。
ラウのお菓子も美味しいし、塔長がテラへ買ってくるお菓子も美味しいけど。この削り氷の美味しさは、また違った味わい。
私以外の皆は、私が食べるのをジーッと見つめていて。私が感想を告げると、それぞれ手にした削り氷を口に運び出した。
「クロスフィアさんにお気に召していただけて、安心しました。わたくしも初めて口にしますので」
「え?! ユクレーナさん、補佐官になる前はここで暮らしてたんでしょ?」
ユクレーナさんの言葉にびっくりして、食べる手を止める。
私の視線の先には、恥ずかしそうにしているユクレーナさん。
「そうです。わたくしの家は食堂を経営しておりましたので、外食はあまり経験がなくて」
「そうなんだ。なら、二人でいっしょに初めてを体験できるね」
「はい、そうですね」
ユクレーナさんの顔が恥ずかしそうな物から、嬉しそうな物に変わった。
「なんだと! フィアの初めてはすべて俺の物だろう!」
そこへ割り込んできたのはラウだ。まぁ、想定内だけどね。想定していたので対策ももちろん万全だ。
「はい、ラウ。あーん」
割り込んできたラウの目の前に、私の削り氷をスプーンですくって差し出す。
そう、これはラブラブな夫婦や恋人だけが公共の場で許されるという、あの『食べさせっこ』だ。
金竜さんの奥さんであるリリーレーネさんから教わった、上位竜種の夫を大人しくさせる方法のひとつ。
リリーレーネさんの話では『シルシルもこれで一発よ!』だそうだ。
だからこれを見て、ラウが応じないはずがない。
予想通り、大人しく口を開けて食べるラウ。
「フィア」
ムッとしていたラウの顔がみるみる穏やかになる。
「美味しい?」
「あぁ、フィアの味がしてとても美味い」
「感想が予想と違う」
削り氷なんだから、私の味はしないはずだ。
そもそも、私の味っていったい? 味がするものなの?
「クロスフィア様の味がするんですか?」
ジンクレストが余計な突っ込みを入れてくる。
「お前にはやらん。俺のフィアは俺のものだ。フィアを味わえるのは夫の俺だけだ」
「いや、ラウ。他の人にあげるつもりはないけどね。私の味はしないよね?」
「そうか? フィアの味がするぞ? ほら」
チュッ
「ラウッ」
涼しい顔をして、ユクレーナさんやジンクレストの目の前でキスをするラウ。
キスをしても私の味なんてしないと思うけど。
じゃなくて、人がいっぱいいるところで恥ずかしいんだけど!
とっさのことで顔が熱くなった。
きっと真っ赤になっていると思う。
そんな私たちを見ても、ユクレーナさんは冷静だった。
「ええっと、ジン。これがバカップルというものでしょうか?」
「違うだろう。俺のお嬢さまがバカ夫にしつこく絡まれてるだけだ」
ユクレーナさんとジンクレストのヒソヒソ声が丸聞こえで、さらに顔が熱くなる。
「まだ、クロスフィアさんのことをネージュ嬢だと思ってるのですか?」
「まさか。クロスフィア様はクロスフィア様だ。そして俺の新しいお嬢さまだ」
そうそう。ネージュの死を受け入れた後のジンクレストは終始こんな感じだった。
既婚なんだから『お嬢さま』ではなく『奥さま』だと思うのに。頑として聞き入れない。
「さらに拗らせましたね」
「なんとでも言え」
何を拗らせているのかは分からないけど。ユクレーナさんとジンクレストは軽口を叩き合っていて、意外と仲がよくてホッとする。
その二人のコソコソとした会話に、大人しくしていたはずのラウが噛みついた。
「まだ言ってんのか、ベルンドゥアン」
「なんでしょうか、ドラグニール師団長。私は何も言ってませんが」
「ベルンドゥアン。お前なぁ、フィアの前でだけ『私』なんて言って、いい子ぶりやがって」
ホッとできないのはこの組み合わせだ。
ジンクレストは護衛騎士なので、口を開くこと自体、多くない。
メモリアとまではいかないにしろ、会話が少ないので、第六師団でラウと言い争いになることは少なかったのだ。
それが。
旅行にきて、会話が一気に増えて、言い争いも当然のように増えた。
おかげでホッとできない日が二日続いている。
言い争いも、ふつうの言い争い、怒鳴り合う言い争い、剣を抜き合う言い争いと多種多様。
言い争いばかりかと思ったら、波長が合うときもあって。そのときは黒くてヤバい会話となるので、やっぱりホッとできなかった。
そして今、目の前で始まったのは、ふつうの言い争い。
こんなところでさらに激化したら、とんでもないことになる。
「ちょっと二人とも」
そう思って止めに入ろうとしたところ、私より先にユクレーナさんが止めに入った。
「お二人とも、お待ちください」
あれ? そこは、お止めください、じゃないの?
「呼び名については、注意がありましたよね?」
あれ? 呼び名?
「今、重要なのってそっち?」
え?!っと思う私と、当然でしょうという顔をしているユクレーナさんと。
「あったな」「ありましたね」
呼び名について注意されて、大人しくなったラウとジンクレスト。
そう、お互いの呼び名について、重要な取り決めがなされたのは確かなんだけど。
なんだか、解せない気分の私だった。
「見たことない果物が乗った、氷?」
ユクレーナさんが私に差し出したのは、黄色い削り氷で作られた小山のような代物だった。氷の小山は無色透明なガラスの器に入っている。
小山の麓には、四角く切られた赤みがかった黄色の果物がゴロゴロしていて、その上には乳白色のソースがかかっていた。
「果物が乗っただけの、ただの氷ではありませんよ。果物の果汁を凍らせて削ったものです。ただの氷では味わえない、舌触りと風味が特徴なんです」
「へー」
「さらにさらに。この果物はレストス特産。メイ群島でも採れますが、レストスの物は赤みがかっていて甘いのが特徴なんです」
「ほほー」
ユクレーナさんの解説はルミ印に負けないくらい的確で、それでいてとても興味をそそられる物だった。
さすがはエルメンティアが誇る、特級補佐官。
いつもの冷静沈着で淡々としている姿とは違って、一生懸命、解説してくれるユクレーナさんの心遣いも嬉しくて。
最後まで聞いてからと思いつつ、話が途切れたところで、ひとくち、口に運んでしまった。
冷たくて、甘くて、ちょっとだけ酸っぱくて、とっても美味しい!
「クロスフィアさん、いかがでしょう」
「うーん、美味しい!」
至福の味とは、まさにこのことだ。
ラウのお菓子も美味しいし、塔長がテラへ買ってくるお菓子も美味しいけど。この削り氷の美味しさは、また違った味わい。
私以外の皆は、私が食べるのをジーッと見つめていて。私が感想を告げると、それぞれ手にした削り氷を口に運び出した。
「クロスフィアさんにお気に召していただけて、安心しました。わたくしも初めて口にしますので」
「え?! ユクレーナさん、補佐官になる前はここで暮らしてたんでしょ?」
ユクレーナさんの言葉にびっくりして、食べる手を止める。
私の視線の先には、恥ずかしそうにしているユクレーナさん。
「そうです。わたくしの家は食堂を経営しておりましたので、外食はあまり経験がなくて」
「そうなんだ。なら、二人でいっしょに初めてを体験できるね」
「はい、そうですね」
ユクレーナさんの顔が恥ずかしそうな物から、嬉しそうな物に変わった。
「なんだと! フィアの初めてはすべて俺の物だろう!」
そこへ割り込んできたのはラウだ。まぁ、想定内だけどね。想定していたので対策ももちろん万全だ。
「はい、ラウ。あーん」
割り込んできたラウの目の前に、私の削り氷をスプーンですくって差し出す。
そう、これはラブラブな夫婦や恋人だけが公共の場で許されるという、あの『食べさせっこ』だ。
金竜さんの奥さんであるリリーレーネさんから教わった、上位竜種の夫を大人しくさせる方法のひとつ。
リリーレーネさんの話では『シルシルもこれで一発よ!』だそうだ。
だからこれを見て、ラウが応じないはずがない。
予想通り、大人しく口を開けて食べるラウ。
「フィア」
ムッとしていたラウの顔がみるみる穏やかになる。
「美味しい?」
「あぁ、フィアの味がしてとても美味い」
「感想が予想と違う」
削り氷なんだから、私の味はしないはずだ。
そもそも、私の味っていったい? 味がするものなの?
「クロスフィア様の味がするんですか?」
ジンクレストが余計な突っ込みを入れてくる。
「お前にはやらん。俺のフィアは俺のものだ。フィアを味わえるのは夫の俺だけだ」
「いや、ラウ。他の人にあげるつもりはないけどね。私の味はしないよね?」
「そうか? フィアの味がするぞ? ほら」
チュッ
「ラウッ」
涼しい顔をして、ユクレーナさんやジンクレストの目の前でキスをするラウ。
キスをしても私の味なんてしないと思うけど。
じゃなくて、人がいっぱいいるところで恥ずかしいんだけど!
とっさのことで顔が熱くなった。
きっと真っ赤になっていると思う。
そんな私たちを見ても、ユクレーナさんは冷静だった。
「ええっと、ジン。これがバカップルというものでしょうか?」
「違うだろう。俺のお嬢さまがバカ夫にしつこく絡まれてるだけだ」
ユクレーナさんとジンクレストのヒソヒソ声が丸聞こえで、さらに顔が熱くなる。
「まだ、クロスフィアさんのことをネージュ嬢だと思ってるのですか?」
「まさか。クロスフィア様はクロスフィア様だ。そして俺の新しいお嬢さまだ」
そうそう。ネージュの死を受け入れた後のジンクレストは終始こんな感じだった。
既婚なんだから『お嬢さま』ではなく『奥さま』だと思うのに。頑として聞き入れない。
「さらに拗らせましたね」
「なんとでも言え」
何を拗らせているのかは分からないけど。ユクレーナさんとジンクレストは軽口を叩き合っていて、意外と仲がよくてホッとする。
その二人のコソコソとした会話に、大人しくしていたはずのラウが噛みついた。
「まだ言ってんのか、ベルンドゥアン」
「なんでしょうか、ドラグニール師団長。私は何も言ってませんが」
「ベルンドゥアン。お前なぁ、フィアの前でだけ『私』なんて言って、いい子ぶりやがって」
ホッとできないのはこの組み合わせだ。
ジンクレストは護衛騎士なので、口を開くこと自体、多くない。
メモリアとまではいかないにしろ、会話が少ないので、第六師団でラウと言い争いになることは少なかったのだ。
それが。
旅行にきて、会話が一気に増えて、言い争いも当然のように増えた。
おかげでホッとできない日が二日続いている。
言い争いも、ふつうの言い争い、怒鳴り合う言い争い、剣を抜き合う言い争いと多種多様。
言い争いばかりかと思ったら、波長が合うときもあって。そのときは黒くてヤバい会話となるので、やっぱりホッとできなかった。
そして今、目の前で始まったのは、ふつうの言い争い。
こんなところでさらに激化したら、とんでもないことになる。
「ちょっと二人とも」
そう思って止めに入ろうとしたところ、私より先にユクレーナさんが止めに入った。
「お二人とも、お待ちください」
あれ? そこは、お止めください、じゃないの?
「呼び名については、注意がありましたよね?」
あれ? 呼び名?
「今、重要なのってそっち?」
え?!っと思う私と、当然でしょうという顔をしているユクレーナさんと。
「あったな」「ありましたね」
呼び名について注意されて、大人しくなったラウとジンクレスト。
そう、お互いの呼び名について、重要な取り決めがなされたのは確かなんだけど。
なんだか、解せない気分の私だった。
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