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5 出張旅行編
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今日はレストス旅行へ出発する日。
旅行が決まってから五日ほど、という計画も準備も性急なものだった。
大急ぎだった割にはしっかりした物になったと、私は思っている。
まぁ、個人的な旅行に仕事要素が加わっているので、手抜かりがあっては困るといった事情もあるにはあるんだけど。
そして問題は、同行するフィールズさんとの待ち合わせ場所にやってきたときに生じた。
「おい」
いきなり、夫が険しい。
「おはようございます、クロスフィア様」
「おはよう、ジンクレスト卿」
原因は分かり切っている。
私の目の前で、私に対して穏やかな笑顔を向けているジンクレストだ。
「おい、お前」
ほら。さらに夫が険しくなった。
「今日も素敵ですね、クロスフィア様」
「え? あ、ありがとう」
私の専属護衛のジンクレストが、なぜか、フィールズさんとの待ち合わせ場所で待っていたのだ。旅装で。
嫌な予感しかしない。
「ところでクロスフィア様、風霊鳥に乗ってみませんか?」
ジンクレストの傍らには、群青色の翼を持つ風霊鳥が静かに控えていた。
ラウは飛竜を使うので、近くで見るのは初めて。
ラウがずいっと、私を背に隠すように立ちはだかった。
私は完全にラウの後ろになる。前が見えない。
よく見ようとラウの背から顔を出そうとして、はっとする。
昨日、フィールズさんの風霊鳥に反応したとき、ラウが暴れ出したよね。
ここは我慢だ。旅行に出発する前から、夫が暴れるのはダメ過ぎる。
「おい、護衛騎士! 無視すんなよ!」
「なんです? まだ私の名前も覚えられないんですか?」
前が見えないので、二人が言い争う声が聞こえるだけ。
ラウもラウなら、ジンクレストもジンクレストだ。
どんな表情なのかは見えないので分からないけど、口調から想像するににこやかなものではなさそう。
仲良くとはいかないまでも、穏やかにできないものかなぁ。
「おい、ベルンドゥアン。お前、いい加減にしろ」
「何がですか? 私は職務に忠実に従っているだけですが?」
うん、ここまでくると、嫌な予感は確定だ。
「何が職務だ。これから俺とフィアは新婚旅行に行くんだぞ。お前の鳥になど乗らせるか」
「新婚旅行だろうが、なんだろうが、私はクロスフィア様専属の護衛騎士です」
うん、ジンクレストも新婚旅行なのは分かってるんだね。
「まさか、新婚旅行についてくるわけじゃないだろうな」
「何を言ってるんです? 新婚旅行であろうと護衛騎士だから当然でしょう」
分かってて、ついてくるんだね。
私はラウの後ろでこっそりため息をつく。
「個人的な旅行、しかも新婚旅行にまで、ついてくる第三師団の護衛がいるかよ!」
「前の主は護衛としておそばにいないときに大変な事態に見まわれ、最後までお守りできませんでした」
ラウの背中が小さくピクッとした。
「そんなもの、知るか」
ラウの勢いが少し弱まる。
「今度こそは同じ過ちはしないと、心に誓ったんです」
うん、これはラウに分が悪いな。
私はラウの背中にぺったり張り付き、ため息をついたのだった。
「クロエルさん、これは一体どういうことでしょう?」
「クロエル補佐官、マズいだろ、これ」
ラウとジンクレストが言い争っている間に、塔長とフィールズさんがやってきた。
第六師団の他の面々もいる。
私はラウとジンクレストに背を向けて、皆に挨拶をした。
ついでにラウとジンクレストのことも簡単に説明する。
第六師団の人たちは見慣れた光景でも、初めて見る塔長やフィールズさんには、ケンカでもしてるように見えるだろうし。
「ラウとジンクレスト卿って、ちょっと仲が悪いんだよね」
「もはや、仲が悪いという段階ではなさそうですけれど」
「どうしてこうなった? ラウゼルトは分かるが、あの護衛騎士、こんなにヤバいやつだったか?」
あれ? ヤバいって?
言い争う声しか聞こえてないから、何も見てないんだけど。そんなにヤバい感じ?
くるっと振り向く。ラウの背中しか見えない。
ラウの後ろからちょこちょこっと横にずれ、ラウとジンクレストを見る。
そこに見えるのは、言い争っていたとは思えないくらい、穏やかな二人の笑顔。
はて?
「どこがヤバいわけ?」
言い争う声はちょっとあれだったけど、二人とも穏やかだし笑顔だし、ホッとする。
再度、塔長とフィールズさんの方を振り返って確認してみると、二人は私とは違う感想を抱いていた。
「わたくし、この四日間、あのお二人の諍いに、ずっと付き合わないといけないのでしょうか」
「どうやら、そのようだな」
なんか深刻だ。
穏やかににこにこしながらの言い争いなんて、そんなに深刻な言い争いじゃないのに。
と、こうしている場合じゃない。
「ねぇ、二人とも。私、早く行きたいんだけど。まだ、終わらないの?」
「もう行けるぞ、フィア」
「行きましょう、クロスフィア様」
ラウがメモリアに何か目配せすると、メモリアは小さく頷いて、後ろに下がった。
「メモリアは?」
「メランド卿は他の護衛班とともに別行動だ。いっしょに行動する人数が多すぎても目立つからな」
いるよね、護衛班。
塔長とフィールズさんは、まだ何か話をしている。
「あのお二人、クロエルさんにはあの表情を見せておりませんよね」
「そういうところだけ、息ぴったりだよな」
はて?
「あの表情って?」
思い当たるものが出てこない。
フィールズさんに確認しようと思ったとたんに、
「フィア、飛竜の準備はできてるぞ」
「クロスフィア様、飛竜にお乗りください」
私にかけられる二人の声。
うん。また、二人が言い争いになる前に出発しよう。
私はフィールズさんに確認するのはやめて、差し出されたラウの手を取った。
「じゃあ行ってきます、塔長に、第六師団の皆。お土産、買ってくるからね」
飛竜からの眺めは格別だ。
ラウの前にちょこんと座らせられて、皆を見下ろすのは、とても気持ちいい。
声をかけて手を振ると、皆からも手を振り替えされる。
「気をつけてな」
声を返してくれたのは、皆を代表してか、塔長だけ。
「はい」
塔長はフィールズさんにも声をかける。
「それと。頑張れよ、フィールズ補佐官」
きっと実家関係のことを頑張れとでも言いたいんだろうな。
フィールズさんが顔を強ばらせる様を横目で見ながら、私はラウと空へ舞い上がったのだった。
旅行が決まってから五日ほど、という計画も準備も性急なものだった。
大急ぎだった割にはしっかりした物になったと、私は思っている。
まぁ、個人的な旅行に仕事要素が加わっているので、手抜かりがあっては困るといった事情もあるにはあるんだけど。
そして問題は、同行するフィールズさんとの待ち合わせ場所にやってきたときに生じた。
「おい」
いきなり、夫が険しい。
「おはようございます、クロスフィア様」
「おはよう、ジンクレスト卿」
原因は分かり切っている。
私の目の前で、私に対して穏やかな笑顔を向けているジンクレストだ。
「おい、お前」
ほら。さらに夫が険しくなった。
「今日も素敵ですね、クロスフィア様」
「え? あ、ありがとう」
私の専属護衛のジンクレストが、なぜか、フィールズさんとの待ち合わせ場所で待っていたのだ。旅装で。
嫌な予感しかしない。
「ところでクロスフィア様、風霊鳥に乗ってみませんか?」
ジンクレストの傍らには、群青色の翼を持つ風霊鳥が静かに控えていた。
ラウは飛竜を使うので、近くで見るのは初めて。
ラウがずいっと、私を背に隠すように立ちはだかった。
私は完全にラウの後ろになる。前が見えない。
よく見ようとラウの背から顔を出そうとして、はっとする。
昨日、フィールズさんの風霊鳥に反応したとき、ラウが暴れ出したよね。
ここは我慢だ。旅行に出発する前から、夫が暴れるのはダメ過ぎる。
「おい、護衛騎士! 無視すんなよ!」
「なんです? まだ私の名前も覚えられないんですか?」
前が見えないので、二人が言い争う声が聞こえるだけ。
ラウもラウなら、ジンクレストもジンクレストだ。
どんな表情なのかは見えないので分からないけど、口調から想像するににこやかなものではなさそう。
仲良くとはいかないまでも、穏やかにできないものかなぁ。
「おい、ベルンドゥアン。お前、いい加減にしろ」
「何がですか? 私は職務に忠実に従っているだけですが?」
うん、ここまでくると、嫌な予感は確定だ。
「何が職務だ。これから俺とフィアは新婚旅行に行くんだぞ。お前の鳥になど乗らせるか」
「新婚旅行だろうが、なんだろうが、私はクロスフィア様専属の護衛騎士です」
うん、ジンクレストも新婚旅行なのは分かってるんだね。
「まさか、新婚旅行についてくるわけじゃないだろうな」
「何を言ってるんです? 新婚旅行であろうと護衛騎士だから当然でしょう」
分かってて、ついてくるんだね。
私はラウの後ろでこっそりため息をつく。
「個人的な旅行、しかも新婚旅行にまで、ついてくる第三師団の護衛がいるかよ!」
「前の主は護衛としておそばにいないときに大変な事態に見まわれ、最後までお守りできませんでした」
ラウの背中が小さくピクッとした。
「そんなもの、知るか」
ラウの勢いが少し弱まる。
「今度こそは同じ過ちはしないと、心に誓ったんです」
うん、これはラウに分が悪いな。
私はラウの背中にぺったり張り付き、ため息をついたのだった。
「クロエルさん、これは一体どういうことでしょう?」
「クロエル補佐官、マズいだろ、これ」
ラウとジンクレストが言い争っている間に、塔長とフィールズさんがやってきた。
第六師団の他の面々もいる。
私はラウとジンクレストに背を向けて、皆に挨拶をした。
ついでにラウとジンクレストのことも簡単に説明する。
第六師団の人たちは見慣れた光景でも、初めて見る塔長やフィールズさんには、ケンカでもしてるように見えるだろうし。
「ラウとジンクレスト卿って、ちょっと仲が悪いんだよね」
「もはや、仲が悪いという段階ではなさそうですけれど」
「どうしてこうなった? ラウゼルトは分かるが、あの護衛騎士、こんなにヤバいやつだったか?」
あれ? ヤバいって?
言い争う声しか聞こえてないから、何も見てないんだけど。そんなにヤバい感じ?
くるっと振り向く。ラウの背中しか見えない。
ラウの後ろからちょこちょこっと横にずれ、ラウとジンクレストを見る。
そこに見えるのは、言い争っていたとは思えないくらい、穏やかな二人の笑顔。
はて?
「どこがヤバいわけ?」
言い争う声はちょっとあれだったけど、二人とも穏やかだし笑顔だし、ホッとする。
再度、塔長とフィールズさんの方を振り返って確認してみると、二人は私とは違う感想を抱いていた。
「わたくし、この四日間、あのお二人の諍いに、ずっと付き合わないといけないのでしょうか」
「どうやら、そのようだな」
なんか深刻だ。
穏やかににこにこしながらの言い争いなんて、そんなに深刻な言い争いじゃないのに。
と、こうしている場合じゃない。
「ねぇ、二人とも。私、早く行きたいんだけど。まだ、終わらないの?」
「もう行けるぞ、フィア」
「行きましょう、クロスフィア様」
ラウがメモリアに何か目配せすると、メモリアは小さく頷いて、後ろに下がった。
「メモリアは?」
「メランド卿は他の護衛班とともに別行動だ。いっしょに行動する人数が多すぎても目立つからな」
いるよね、護衛班。
塔長とフィールズさんは、まだ何か話をしている。
「あのお二人、クロエルさんにはあの表情を見せておりませんよね」
「そういうところだけ、息ぴったりだよな」
はて?
「あの表情って?」
思い当たるものが出てこない。
フィールズさんに確認しようと思ったとたんに、
「フィア、飛竜の準備はできてるぞ」
「クロスフィア様、飛竜にお乗りください」
私にかけられる二人の声。
うん。また、二人が言い争いになる前に出発しよう。
私はフィールズさんに確認するのはやめて、差し出されたラウの手を取った。
「じゃあ行ってきます、塔長に、第六師団の皆。お土産、買ってくるからね」
飛竜からの眺めは格別だ。
ラウの前にちょこんと座らせられて、皆を見下ろすのは、とても気持ちいい。
声をかけて手を振ると、皆からも手を振り替えされる。
「気をつけてな」
声を返してくれたのは、皆を代表してか、塔長だけ。
「はい」
塔長はフィールズさんにも声をかける。
「それと。頑張れよ、フィールズ補佐官」
きっと実家関係のことを頑張れとでも言いたいんだろうな。
フィールズさんが顔を強ばらせる様を横目で見ながら、私はラウと空へ舞い上がったのだった。
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