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5 出張旅行編

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「つまり、私はラウと普通に観光してればいいわけだよね?」

「まぁ、そういうことだな」

 私の素朴な質問に、あっさりと答える塔長。

 現在、私はラウといっしょに塔長室にいた。今回の旅行計画についての打ち合わせのために。

「じゃあなんで、ラウは機嫌悪いの?」

 師団の仕事も済ませ、買い物も終え、直接持っていく荷物もまとめ、ホテルなどの予約も万全。

 後は、ここで打ち合わせをして、明日からレストス旅行!

 という段階までやってきているというのに。私の夫の機嫌は最悪だった。ムスッとして塔長を睨みつけている。




 塔長は、そんなラウを見て、はぁっとため息をついた。

 そして、指を一本たてる。

「一、クロエル補佐官が危ない目に合うのが心配」

「私より強い人って、いないよね」

 私はこてんと首を傾げる。

 指をもう一本たてる塔長。

「二、初旅行が仕事の出張っぽくなったのが気に入らない」

「私はラウといっしょなら、仕事の出張も楽しいけどな」

 目を閉じて、ラウとの旅行を思い浮かべる。

 塔長はさらに指をたてた。全部で三本。

「三、旅行計画をぜんぶ自分で考えて、クロエル補佐官を喜ばせたかった」

「じゃあ、二回目のラウとの旅行、楽しみにしておくね」

 私はパチンと手を叩く。

 そんな私を見ながら、塔長はまたもやため息をついた。

「クロエル補佐官」

「なんですか、塔長?」

 塔長は私の隣を指差した。指差す先にいるのは、機嫌が最悪のラウ。

「ラウゼルトの息が止まってるぞ」

「心臓が動いているので大丈夫ですよ」

 息は多少止まっても問題ないことは確認済みだ。心臓が動いていれば大丈夫。

「見ているこっちが大丈夫じゃないから」

「仕方ないなぁ。ラウ、息しないと旅行に行けなくなるよ」

「ぷはぁ」

「大丈夫か、ラウゼルト」

「大丈夫じゃない。俺のフィアがかわいくてかわいくてかわいくてかわいくて、ぜんっぜん、大丈夫じゃない」

 ラウは息を吹き返したとたんに、私をせっせと撫で回し始めた。

 息を吹き返したら、余計に問題になったじゃないか。どうしてくれる。
 とはいえ、これはヤバい夫の通常。

「クロエル補佐官、大丈夫じゃなさそうだぞ」

「いつも通りです」

 私ははっきり答えた。

 夫のヤバさを怖がるようでは、竜種の奥さんは務まらない。

「それならいいか。話を先に進めるぞ。第一塔からはフィールズ補佐官が同行する」

「よろしくお願いいたします、師団長、クロエルさん」

 ペコリと頭を下げるフィールズさん。

「フィールズ補佐官の目的は実家帰省だ。家族とよく話し合ってこい」

「結構です。話が通じませんので」

「はぁ。終始、この調子なんだ。悪いがこっちもよろしく頼む」

 何を話し合うのか、そもそもフィールズさんと家族の間にどんなトラブルが起きたのか。私は何も聞いてなかった。

 尋ねるにしても、ふだんと違うフィールズさんの表情を見て、ちょっと気が引ける。

 だから、私は塔長に別のことを訊いてみた。

「フィールズ補佐官のご実家に乗り込んでいいってことですか?」

「行っていいぞ。フィールズ補佐官の実家はレストス料理の専門店だ」

「へー」

 初耳だ。

 というか、フィールズさんの個人的な話なんて、いままでまったく聞いたことがない。

 まぁ、個人的な話をしてないのは私も同じか。

「そんな大層なものではありません」

「レストス料理は食べてみたかったんだよね」

「クロエルさん、他にもありますよ、美味しいお店」

 フィールズさんは気乗りしない様子。
 さっきから仕切りに自分の家の話を避けている。

 フィールズさんがこの調子では、いくら乗り込み許可をもらったからといっても、行き難い。

 困ってラウを見ると、ラウはにっこりと微笑んだ。

「大丈夫だ、フィア。フィールズ補佐官の実家の店に、予約を入れてあるから。まったく問題ないぞ」

「ラウ、凄い」

 いつの間に予約なんて。

 て、してたな予約、ホテルの予約といっしょに。
 まさか、そこがフィールズさんの実家だったなんて。

「師団長、そんなに凄いお店ではありませんので」

「ルミ印に載ってる店だろ?」

 ラウは、ルミ印のガイドブックをもの凄い勢いで目を通してた。そして、用意のいいことに、今日もその本を持ち歩いている。

 パラパラとページを捲るラウ。覗きこむ私たち。むーっと唸る塔長。

「ルミ印って、エレバウトくんか」

「ほら、ここだ」

 ページを捲る手が止まり、ラウが、とある個所を指差した。

「間違いなく、わたくしの実家です。ですが、前はもっと食堂という感じのお店でしたのに」

 ガイドブックのページを見て、フィールズさんが愕然とした表情を浮かべる。

「フィールズ補佐官は三年、いや、もう四年か、レストスに帰ってないだろう?」

「それなら変わっててもおかしくないな」

「そうですね」

 フィールズさんの表情が、ほんの少しだけ懐かしむような、感傷に浸るような物に変わった。
 生まれ育った場所だもの。懐かしくないわけがない、私と違って。

「しかし、凄いな。ルミ印。レストス出身のフィールズ補佐官より詳しいなんて」

「塔長」

「いや、まぁ、とにかくだ。スヴェート側の人間も紛れ込んでいるので、油断はしないように」

 けっきょく、フィールズさんの実家には乗り込むの?乗り込まないの?

 うやむやになったような気がしなくもないけど、予約済みなんだから、そのときに乗り込めばいいのかな。

「金竜のところに寄ってから、レストス入りする予定だ」

「移動は飛竜か?」

「あぁ、俺とフィアは飛竜で行く」

 話はこれで終わりとばかりに、ラウがまとめにかかった。
 フィールズさんも、ラウに合わせて片付けをし始めている。

 ところで、フィールズさんは何で移動するつもりだろう。

 思っていたことが、また顔に出ていたようだ。
 フィールズさんが私の顔を見て、聞きたかったことを答えてくれた。

「わたくしは風霊鳥に乗れますので」

「風の精霊獣!」

 風霊鳥は、風の精霊獣の一種で鳥型だ。飛竜と同じく、人を乗せて空を飛べる。

 グランフレイムでは、馬型の精霊獣を輓獣にしていたので、鳥型は見たことがなかった。

 私の声が嬉しそうに感じたのか、ラウが私をぐぃっと引き寄せる。

「フィア、風霊鳥の方が良かったか? なら、俺も風霊鳥を」

 そして、真顔でとんでもないことを言い出す。

「え? ダメだよ、ラウ。飛竜がイジケちゃうって」

「飛竜の機嫌より、フィアの興味の方が大事だ!」

「ええっ。ラウ、ラウとラウの飛竜が一番格好いいから。だから落ち着いて。お願いだから落ち着いて」

 ラウを宥める私の背中に、塔長ののんびりした声がかけられた。

「どうやら、一番の難問なのはラウゼルトだな。頑張れよ、クロエル補佐官、フィールズ補佐官」

「「塔長!」」

 私とフィールズさんは同時に声を上げて、塔長を非難したのだった。
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