精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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5 出張旅行編

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「ほらほら、お喋りしてないで。仕事、仕事」

 私が新婚旅行の定番という言葉を噛み締めて味わっているところに、遠くから、グリモさんの注意が飛んできた。

 塔長の机の脇に立って、こっちを見ている。

「お喋りじゃないわよぉ。クロエルさんの旅行先の相談に乗ってただけよぉ」

「そういうのを、普通、お喋りって言わないかい?」

「でも、ちゃんと行かないと、旅行をくれた国王にも悪いし。皆にいろいろ聞きたくて」

 新婚旅行の定番を意識から追い出して、私はグリモさんにそう答えた。
 国王の名前を出しておけば、一発だろう。

「あー、あれか。あれは国王お墨付きのやつだからなぁ」

 国王という言葉に反応したのは、グリモさんではなく塔長だった。手をポンと打ち鳴らす。

 塔長はこの国の第三王子、つまり国王は塔長の父親。自分の父親なのに、外では国王と呼んでいるあたり、王族は大変だな。

「仕事の都合もあるので、今月中にささっと行ってきたいんですよね」

「だよなぁ。で、行くところは決まったのか?」

 尋ねてくる塔長。

 だから、それが決まってないから、こうして話をしていたんだって。

「それが、あまり詳しくないんで。旅行なんて初めてだし」

「あぁ、それで、アスター補佐官とノルンガルス補佐官に話を聞いてたのかい。なるほどね」

 お喋りの理由が納得いったのか、グリモさんの口調が柔らかくなった。

 最初から、この二人に事情まで説明しておけば良かったな。
 同じ部屋なんだから、聞き耳でも立てているのかと思ってた。

 私がそんなことをこっそり考えている間にも、塔長は何かを思いついたようだ。またもや、ポンと手を打ち鳴らした。

「だったら、あそこ、レストスなんか良いんじゃないか?」

「レストス?」

 どこだ、それ?

 私はネージュの記憶を探る。

 赤種として覚醒する前のネージュだったとき、エルメンティアの地理は一通り覚えたはずだ。

 なのに、レストスの名前は出てこない。

「遺跡都市レストスか、塔長。ずいぶんと端の方を思いついたもんだね」

「遠いところは無理ですね」

「いや、国境付近だけど、遠くはないんだ。精霊獣を使えないと行きにくいってだけで」

 私がボソッと漏らした声が残念そうに聞こえたのか、グリモさんが慌てて付け加えた。

 うん、国境辺りの街か。それならネージュの記憶になくても仕方ない。
 そもそも楽しむのがメインな観光地を、勉強している訳がない。旅行なんて行ったことがないんだから。

「レストスは精霊力の偏りがあって、一年中、暑いと寒いを同時に体験できるんだ」

「へー」

 暑いと寒い? なんだ、それ。

「遺跡都市の名の通り、遺跡観光もできますよ、先輩」

「へー」

 遺跡って? 昔の建物とかだよね?

「温泉もあるし、名物料理やスイーツ、あと独特な風習もあるのよねぇ」

「へー、おもしろそう」

 レストスがどこにあるのかは分からないけど、観光名所っぽいいろいろな物が一ヶ所に集まっているような感じ。

 しかも、暑いと寒いが同時だなんて、おもしろすぎる。

 一ヶ所でいろいろ体験できるのも、時間のない私にぴったり。

 でも、なんか引っかかる。

「だろう? ラウゼルトは飛竜を使えるし。飛竜なら半日もかからない。良いんじゃないか?」

 塔長が嫌にレストス推しなんだよね。
 これはなんかあるな。

「そうですね。まずは、レストスのことを調べて、それから決めようと思います」

 ここはいったん持ち帰るに限るな。

「慎重だな。直接、聞けば早いぞ」

 粘る塔長。んん?

「直接?」

 誰に?

「そうよぉ、クロエルさん。フィールズさんに聞けばいいわぁ」

「フィールズさんに?」

「フィールズ補佐官の実家はレストスだ。生まれ育った場所だからいろいろ知ってる。だよな?」

 そう言って、塔長は視線を向けた先には、さらにさらに無の表情になったフィールズさんがいた。

 ブツブツなんか言ってるようだけど、私には聞こえない。

 私と塔長と他の皆で、フィールズさんをじーっと眺めていると、ハァっと諦めたようにため息をついた。

「はい。レスタスはわたくしが生まれ育ったところです」

 フィールズさん。また、塔長からの厄介事に巻き込まれたーって顔しなくてもいいのに。




「フィールズさん、レストス生まれだったんだ」

 とりあえず、明るく尋ねてみる。

「そうですね。わたくしからはレストスの大まかな要点をお話ししましょうか」

「はい。お願いします」

 フィールズさんが元の表情になってくれたので、安心してお願いする。
 ペコリと頭を下げると、目を細めてにっとりと微笑んだ。

「遺跡都市レストスは山と山の合間にあり、精霊力の偏りが見られる土地として有名なんです」

「精霊力の偏りって、黒の樹林みたいな感じの物なの?」

 不思議に思って聞いてみる。
 だって、精霊力の偏りといえば黒の樹林だ。あまり良い印象はない。

「あそこまで偏ってはおりません。山の上と下で季節がずれる程度です」

「季節がずれる?」

「はい。夏季は山の上が秋で下が真夏。冬季は上が真冬で下が春。複数の季節が一度に楽しめます」

「あー、暑いと寒いが同時って、そういうことか!」

 なるほど。これで疑問が一つ解決。

「そして遺跡都市の名の通り、遺跡で有名です。二つの山にそれぞれ遺跡があり、東の遺跡、西の遺跡と呼ばれています」

「遺跡って何の?」

「古代の神殿のようです。神々の力が色濃く残っているようで、鑑定が行えません。ですが、安全確認が取れているので観光地となっています」

「へー、古代神殿の中に入れるんだ!」

 なるほどなるほど。これで疑問がもう一つ解決。

「あと、スヴェートとエルメンティアの国境という立地から、スヴェート文化の流入があります」

「あ、国境って。中立エリアなんだ」

 中立エリアってあれでしょ、三番目が潜伏していそうな場所。
 第一塔の情報室の人や、第七師団が必死に捜索していて、未だに尻尾を掴めないらしい。

 塔長をちらっと見る。

 塔長は私の視線を受けて、ニタリと小さく笑った。

 うん、やっぱり裏があったな。

 塔長はおそらく、私とラウを中立エリアに行かせて、三番目を誘い出すつもりだ。

 私の興味を引くために、あれこれとおもしろそうな話をして、旅行先に選ばせようと企んでいたんだ。

 せっかくの旅行なのに、仕事を被せようとするなんて!

 塔長をジロッと見る。見るだけじゃなく睨む。睨みつける。

「そうです。食材や料理もこちらにはないものが多く、食事を目当てに訪れる方も少なくありません」

 私と塔長が無言の会話をしている間にも、フィールズさんの話は続いていた。

「フルーツを使ったカキ氷や氷菓」

 フルーツを使った氷菓?!

 ってダメだ。塔長の策略に乗っては。

「こちらでは見かけない食べ物が人気です」

 こっちでは食べられないってこと?!

 ってダメダメ。

「王都の市場のように食べ歩きができる、小さいサイズで売っているんですよ」

「へー、すごくすごく、おもしろそう!」

「先ほど話題に出ていた、温泉もありますよ」

「うん。レストス、決定!」

 けっきょく、私は誘惑に負けてしまったのだった。
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