精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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5 出張旅行編

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 翌日。

 週一回ある第一塔塔長室勤務の日。

 鑑定技能特級以上の補佐官は、その稀少性から第一塔の塔長室勤務を義務付けられている。

 現在、行政部、軍部、研究部含めて、鑑定技能特級以上を持つのは四人。

 一人は鑑定技能超級の塔長、二人は特級で特級補佐官、最後の一人は神級の私。
 便宜上、技能特級以上はまとめて特級補佐官であるため、私の役職も特級補佐官だ。
 規則にそって、第六師団長付きの補佐官と第一塔塔長室勤務を兼任している。

 本来なら、週半分は塔長室勤務となるはずなんだけどね。ラウがとても嫌がったらしい。

 そして、私の預かり知らぬところで、勤務日数は週一日だけと、勝手に決めたらしい。
 塔長もその他の上の人たちも、上位竜種が暴れ回る恐怖に勝てなかったようだ。




 今日も、いつものようにラウに送られて、私は第一塔にやってきた。
 いつもと違うのは、ジンクレストとメモリアもいっしょだということ。

 いつもなら、メモリアが私に同行して塔長室までやってくるのは、ラウがいないときだけ。

 ラウが送り迎えできるときは、メモリアはいない。
 もしかしたら、どこかに見えないところにいるのかもしれないけど。とりあえず、私のそばにいない。

 ところが。

 ジンクレストは第三師団から配属された護衛騎士なので、ラウがいてもいなくても、基本的に私のそばを離れない。絶対に離れない。離れようとしない。

 そういえば、ジンクレストがジンと名乗っていたとき、護衛対象のネージュと離れていたときにネージュが死んだんだった。
 ネージュが崖から落とされるところの、映像も見ちゃったんだったっけ。

 うん、トラウマになるよな。

 というのは私の憶測だけど、ジンクレストは私のそばから離れようとしないのだ。

 ラウはそれが気に入らない。

 ジンクレストがそばにいたって、私とラウの関係は変わらないし、心配することはないのに。

 そうして、私とジンクレストを二人きりにしないよう、メモリアを常に私につかせるようになった。

 護衛が増えてちょっと物々しい。

 そんな護衛たちは、塔長室につくと、今度は塔長室の入り口で守るように立っている。

 護衛とはいえ、部外者になってしまうので、機密を扱う塔長室には入れないのだ。

 あれ? ラウはよく入ってたような?




 私が塔長室入り口を気にしながら仕事をしていると、ノルンガルスさんの明るい声が耳に飛び込んできた。

「それじゃあ、今月中にささっと行って帰ってくるってことですよね、先輩」

 塔長室に来てすぐ、マル姉さんとノルンガルスさんに旅行の話をしたんだよね。
 同じ室内にいるので、塔長やグリモさんにも聞こえていたはず。

 アスターさんは残念ながら出張で不在。長期の出張で、帰ってくるのは今月末だという。

 書類を捌く手を止めずに、こくんと頷くと、マル姉さんも明るく話しかけてきた。

「だとしたらぁ、国内で近場になるわよねぇ」

「でも酷いですよね。もっとゆっくり旅行させてくれてもいいのに」

「仕事の関係もあるからね」

 このへんは、所属が二つある弊害というか、等級が高い弊害というか。ラウも私も代わりがいないので、長く休めない。

「まぁ、ゆっくり旅行は改めて行けばいいんじゃないのぉ? 新年の休暇に温泉旅行なんてのも良いわよぉ」

「温泉?」

「そうよぉ。疲れもとれるし、温まるし。美肌効果もあるって、若い人にも人気なのよぉ」

「へー」

 温泉か。

 行ったことないからどんな感じだかまったく分からないけど、寒がりのラウもこれなら喜びそうだ。

「フィールズ先輩もご存知でした? て、フィールズ先輩、どうしたんですか?」

 んん?

 ノルンガルスさんの慌てた声に釣られて、私もマル姉さんもフィールズさんの席を向く。

 そして、固まる。

 もの凄い無の表情……

 いやいや、無の表情なのに『もの凄い』って何よ?とつっこまれそう。
 でもそうとしか言いようのない、凄みのある『もの凄い無の表情』で、フィールズさんが何かを握り潰していた。

「め、珍しいわねぇ、フィールズさんがぼーっとするなんて。ご実家からのお手紙でしょ? 心配事でも?」

 マル姉さん、あれはぼーっとの範疇に入るの? いや、入らないよね?
 フィールズさんの『ぼーっとした表情』を見て、ノルンガルスさんがビクビクしてるくらいなんだし。

 マル姉さんもよくあれが手紙だって分かったよね。あぁ、そうだ、塔長室への配布物ってマル姉さんが管理してたっけ。

「あ、いえ、なんでもありません」

 いやいや、その顔、なんでもなくないでしょ。
 とんでもないことを言いだした塔長を見る、いつもの無の表情よりも、ヤバい感じだし。

 見るからに焦りまくるノルンガルスさんと、表面上はともかく内心は焦りまくる私の様子に気づいているのかいないのか。

 フィールズさんはサラッと温泉の話を切り出した。

「それより、温泉ですか。国内でも有名なところがいくつか有りますね」

「へー」

 話題が切り替わったとたん、フィールズさんの無の表情は消えていた。
 さっきのは見間違いだったんじゃないかと思うくらい、キレイサッパリと。

「国外でもいいなら、メイ群島国ですよ、先輩」

 何かから立ち直ったノルンガルスさんが話に加わってくる。

「温泉あったっけ?」

「温泉はありませんけど、海がキレイだそうで。新婚旅行の定番です!」

「新婚旅行の定番!」

 新婚旅行。ラウはこの言葉に弱いはずだ。しかも定番。

 今回は無理でも、いつか行きたいな。新婚旅行の定番てところに。
 このときの私は呑気にそんなことを思っていた。
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