精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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5 出張旅行編

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 師団長室に戻った後、私は専属護衛になったばかりのジンクレストに、旅行の事情を説明することになった。

 ジンクレストは今月に入って、第六師団にやってきたばかり。
 私と同じく、個人付きなので第六師団には縛られず、悠々と働いている。

 今回の旅行は、グランミスト、ベルンドゥアンの二家門と会って会話したご褒美として国王からもらった物。
 ジンクレストにも、いちおう、耳に入れておいた方がいいだろうしな。

 ということで、簡単に説明した。

 ジンクレストからは冷たく、『物に釣られたんですか?』なんて言われるかと思ったのに。

「それで、クロスフィア様。ご旅行されるんですね」

 まるで自分のことのように、嬉しそうな笑顔を見せるジンクレスト。

「そうなの。そういう約束だったから」

「それは楽しみですね」

 楽しみは楽しみなんだけど、旅行に行くに当たって、時間がぜんぜんないことに今気づく。

「そうなんだけどね。第六師団て来月から忙しくなるから、今月中にささっと行ってきた方が良さそうなんだよね」

 私はラウの補佐官として、ラウや第六師団の予定を頭の中で組み立てた。

「うん、やっぱり。さっと行ってさっと帰ってこないとね」

 何から何まで大急ぎなのはちょっと残念だけど、ゆっくり旅行はまた次の機会にすればいい。
 そう思って頭の中を切り替える。

「ならば、どちらに行かれるか、早めに決めた方がよろしいですね。どこにいたしましょう」

 そう言って、懐から紙を取り出すジンクレスト。大きく広げられたそれは、用意のいいことに、エルメンティアの地図だった。

 なんでそんなものを懐に入れているのか、については横に置いておくとして。

 旅行なんて行ったことがないので、地図を見ても分からない。さらに言うと、どんな観光地があるのかも分からない。

 うん、困った。ちょっと首を傾げる。

「おい!」

 首を傾げたタイミングに合わせるかのように、ラウが声を上げた。

 なんか、機嫌が悪い。

 最近は声を聞かなくても、顔を見なくても、ラウの機嫌の良し悪しが分かるという、不思議な技能が身についた。

 見なくても分かるんだから、見ればもっと分かる。

「どうしたの、ラウ?」

 私はソファーに座ったまま、ラウの方に顔を向けた。

 国王のところから戻った後、ラウは執務の机に向かって、ひたすら書類の決裁を続けている。
 なにしろ、これが終わらないことには、行きたくても旅行にいけない。
 無事に旅行にいけるかは、すべて、ラウの頑張りにかかっていた。

「なんですか、ドラグニール師団長? クロスフィア様の邪魔、しないでいただけますか?」

「なんでお前がフィアの隣で、俺とフィアの旅行の計画をたてるんだよ!」

 だって、ラウがそんな状態だからね。
 だから、ジンクレストがラウの代わりに考えてくれているっていうのにさ。

 思わず、じーっとラウを眺めたところで、ハッとする。

 そうか。ラウはそれが気に入らないのか!

 そうだよね。今まで、私とのデートの計画はラウがあれこれ考えていた。
 ラウは今回もいろいろ考えたかったのだろう。

「ラウ、勝手に考えてごめんなさい。でも、ラウが忙しそうだったから」

 ラウの機嫌が悪くなってシュンとなる。

 ラウと初めての旅行だもの。楽しく旅行に行きたかったのに。最初からこれじゃ、ダメだよ、私。

「いや、フィア。フィアに怒ったわけじゃないんだ」

「酷い夫ですね。クロスフィア様がこんなに真剣に考えていらっしゃるというのに、怒鳴るなんて」

「おーまーえー」

 何やら、ラウとジンクレストが言い争いをしているような気がする。

 でも、私はそれどころじゃなかった。
 ラウにも楽しんでもらいたかったんだ。

「私、ラウといっしょに楽しめそうな計画にしようと思ったの」

「クロスフィア様はまったく悪くありませんよ。悪いのは怒鳴り散らす夫です」

「俺を悪者にするな! ベルンドゥアン、お前のせいだろうが!」

「はぁ? 今度は八つ当たりですか?」

「おーまーえーなぁぁぁぁ」

 何やら、ラウとジンクレストがさらに言い争いをしているような気がする。

 でも、私はそれどころじゃなかった。
 ラウに楽しんでもらうには、どうしたらいいんだろう。

「そうだ。明日、マル姉さんたちにも相談してみよう」

 明日は塔長室勤務の日。

 流行に敏感なマル姉さんや、外部に詳しいグリモさんがいる。運が良ければ外回り担当のアスターさんも帰ってきてるかも。

 ラウが計画をたてるにしても、私だって、行く場所の候補くらいは考えておいた方がいいはずだ。

 いい相談先が見つかって良かった。

 ホッとした私は、ふと、誰かの視線を感じて師団長室の入り口の扉に目を向ける。

 そこには隙間から覗く三人の顔。

 そして、ひそひそ声も聞こえてきた。

「修羅場だ。修羅場が見える。俺、巻き込まれて終わる。きっと終わる」

「美少年くん、キレイな顔に似合わず、ブアイソウに負けず劣らず黒いわねー」

「楽しそうでよろしゅうございますわね、クロスフィアさん」

「ソーかしらねー 嫉妬と殺気でバチバチしてるわよねー」

 うん、聞こえなかったことにしよう。
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