精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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4 騎士と破壊のお姫さま編

6-1 第六師団長は憤る

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 ムカつく。イラッとする。それもほんの少し。針で刺されたくらいのチクチクさで。

 俺、ラウゼルト・ドラグニールはそんな苛付きを覚えていた。
 師団長室の隅に居座る、フィアの専属護衛のせいで。

 ジンクレスト・ベルンドゥアン。二十一歳。金茶の短髪に同色の瞳。

 悔しいことに顔立ちはものすごく整っていて、エルヴェスが美少年と呼んでいるほど。
 俺より二歳もオッサンのくせに、俺より若く見えるとはどういうことだ?

 こいつはベルン家門のひとつ、ベルンドゥアン家の当主の息子で、ベルンドゥアン第二師団長の甥。

 ベルンドゥアンは騎士の家系だが、当主のベルンドゥアン卿は体格に恵まれなかった。

 剣や精霊魔法の腕はあるものの、小柄な体格で頑強さに欠ける。そのため、騎士としての役割は弟に託し、当主として家門経営に携わっていた。

 そして、ベルンドゥアン卿の息子もやはり小柄な体格。
 父親と同じく頑強さに欠けていれば、フィアの専属護衛になぞ、ならずに済んだものを。

 俺は歯噛みして、護衛を睨み付けた。

 こいつはどういう訳か、小柄な体格のくせに頑強さは随一。俺の威圧や殺気にも耐え、魔剣の剣圧にも怯まない。

「さっさと消しておけば良かったな」

 思わず本音が漏れた。




「ラウ、書類の書き間違い? どれを消せばいいの?」

 俺のつぶやきを隣のフィアが聞き止めて、気遣ってくれる。首を傾げながら書類を捲る姿がとてもかわいい。

「クロスフィア様、おそらく私が邪魔なので、消そうとする算段ですよ」

「ラウはそんな酷いことしないよ?」

 勘も鋭いんだよな、こいつ。
 フィアのおっとりさを少し見習えばいいのに。

「そうでしょうか? 私を見る目が尋常じゃありませんけど」

「気のせいじゃない?」

 フィアはフィアで危機意識に欠けるところがある。心配だ。こんなにぽわんとしていて大丈夫なんだろうか。

「ラウと直接対決して、専属護衛の能力を認めてもらったんだし」

 そう。

 フィアの専属護衛として、初めて第六師団にこいつがやってきたあの日。

 訓練場で、俺はこいつと対決した。

 フィアの隣をかけての戦いは、勝負がつかず、俺はこいつを追い出せなかったのだ。
 俺に制限がかかるハンデ戦でなければ、一撃で葬ってやったのに。

 やっぱりムカつく。

「やっぱり私を殺しそうな目で睨んでいますけど」

「でも、殺されてないでしょ?」

 殺されてないんだから、それで良いだろう。と言わんばかりの表情で、護衛を見るフィア。黙り込む護衛。

 あぁ、この辺は…………赤種だよな。




 その後。

「二人で仲良くしててね」

 フィアがメランド卿を連れて、師団長室を出ていってから、師団長室の空気が一変した。

 エレバウトのところへ資料を取りに行き、他の用事を終わらせてくるとも言っていたので、しばらく帰ってこない。

 フィアのいない師団長室は息が詰まりそうで、ただただ苦痛でしかない。

「俺がなぜ、こいつと留守番せねばならんのだ?」

「それはこっちのセリフだ。俺だって、師団長と二人きりになど、なりたくない」

 フィアがいるときとはまるで別人のような表情の護衛。態度もでかい。言葉遣いも崩れてやがる。
 こいつ、フィアの前でだけ格好つけやがって。

「お前、その二重人格ぶり、なんとかしろよ」

「は? クロスフィア様の前でだけ、きちんとして格好つけているのはそっちもだろう」

「ふん、それでお前の目的はなんだ? 俺とフィアの仲を引き裂くつもりか?」

 そっちがそのつもりなら、俺も容赦はしない。気兼ねなくこの世から消してやる。

 そんな俺の決意を嘲笑うように、護衛は答えた。

「俺はただ、クロスフィア様のおそばでお守りしたいだけ。一番近くは譲ってやる」

 なんだその、上から目線は!

 俺はぐっと堪えた。

「フィアの一番は俺が自分で獲得したものだ。お前に譲られたわけじゃないぞ」

「そんなもの、どっちでもいいだろ。クロスフィア様がご無事なら」

 うぐぐぐぐ。ムカつくムカつくムカつく。この余裕ぶっているところも、さらにムカつく。

「まったく。クロスフィア様もどうしてこんな独占欲ばかり強くて心の狭い男となんて、結婚したんだか」

 ブチッ

「お前なァァ! 言わせておけば!」

 あぁ、もうムリだ。ムカつくムカつくムカつく。もう我慢ならん。

「外に出ろ! 今日こそ第六師団から追い出してやる!」

「あぁ、こっちこそ望むところだ!」

 ガタッと立ち上がって、護衛を睨み付ける。向こうも負けてはいない。

 二人して肩を並べ、部屋から出ようと扉をバンと開けたところで、かわいい声が聞こえた。

「どこか行くの?」

 扉のすぐ外にいたのは、フィアだった。
 首を傾げて、不思議そうに俺たちを見ている。かわいい。

「フィア」「クロスフィア様」

 気まずい。仲良くするように言われていたので、余計に気まずい。

 俺もベルンドゥアンも押し黙ったまま。

 なんとかこの場を誤魔化そうとした矢先、背後から声がした。

「決闘しにいこうとしてたぞ」

 子どもの声に大人びた口調。聞き覚えしかない。

「なんで、お前がここに。それより、いつからここにいた?」

 振り向いた先、ソファーに偉そうに座っていたのは、言わずと知れた赤種のチビ。

「四番目に呼び出されたんだよ。今日の菓子会はここでやるからってな」

「ァァ?」

 そんな話は聞いてないぞ、と言おうとして、先にフィアが口を開いた。

「テラが来る話、言ってあったよね?」

「あ」

「朝一で報告されてましたね」

 そういえば、そんな話を聞いたような気がする。フィアがかわいくて、ぼーっとしてたような気もする。

「で、決闘って? 私、仲良くしててねって言ったよね?」

「待ってくれ、フィア。これはだな」

「申し訳ありません、クロスフィア様」

 事情を説明しようとした俺を遮って、ベルンドゥアンのやつがバッと頭を下げた。

 こいつ! 俺だけ悪者にするつもりかよ!

「な! お前! 自分だけさっさと謝りやがって! お前のそういうところが気に入らないんだよ!」

「ラウ。ほら、お互い謝って。仲直りの握手」

 フィアが俺とベルンドゥアンに握手を求めた。

 俺に謝れではなく、お互い謝れと言っているフィア。俺だけ悪いとは思っていないようで、ホッとした。

 が。

「フィアの小さくて滑らかで温かくていい匂いのする手ならともかく! こんな野郎の手なんぞ、握れるか!」

「ラウ!」

 俺の中の鬱憤が爆発した瞬間、フィアの紅の魔力が俺を包んだ。




「よぉ、ラウゼルト。って、どうしたんだ、この雰囲気」

 第一塔長を勤めるレクスが、フラッと師団長室にやってきて、呑気な声を上げる。

 俺はフィアに投げ飛ばされ、罰として、ベルンドゥアンと並んでソファーに座らされていた。気分が悪い。とても悪い。

 フィアはひとりで、執務用の机にちょこんと腰掛けて、俺とベルンドゥアンの動向を見守っている。

「舎弟か。エルメンティアの平和を四番目が守っているところだ」

「まぁ、なんだかよく分からないが。ご苦労様、クロエル補佐官」

 くそ、覚えてろよ、ベルンドゥアン。
 次は絶対に追い出してやるからな。
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