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4 騎士と破壊のお姫さま編
5-9 占い師は笑う
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僕は最後の占いの結果を告げた。
「残念ながら、想い人と結ばれるのは難しいですね。ライバルが強大です」
目の前の青年はイスに座って、じっと、こちらの話に聞き入っている。
肩にかかる金茶の髪は後ろで一つにまとめられ、すっきりとした爽やかな印象のこの青年。
残念な結果だというのに、眉一つ動かさない。髪と同色の瞳もどこか遠いところを見つめたまま、動かなかった。
そんな青年に対して、僕は話し続けた。
「潔く引き下がれば、恋人にはなれずとも、親しい別の関係が築けます。
無理に相手にしがみつけば、その先に待つのは破滅かもしれません」
最後の助言を聞いて、青年は小さく頷き、去っていった。
「あなたに、より良き未来が訪れますように」
「さて、そろそろ他の場所に移動しようかな」
「もう行くのか?」
最後の客を見送って、誰ともなく呟く。すると、子どもの声が僕に話しかけてきた。
さっきまでは客と僕の二人だけだった。客が帰れば僕一人となるこの部屋。子どもの声など聞こえるはずがない。
しかし、こんなことができる人物に心当たりがあった。馴染みの同種だ。
僕は声の主の方に顔を向ける。そこにいたのは予想通りの人物だった。
「珍しいね、一番目。君が僕のことを引き留めるなんて」
「確認しただけだ。引き留めてはない」
腕をわざとらしく組んでしかめっ面をする子ども。大人ぶった仕草が、その外見とまったく合っていない。
もっといえば、声だって子どもの高い声。話す内容と口調が声音とまったく合っていない。
「ふーん」
「なんだよ」
「いや、なんでも」
そんなアンバランスさを持つ一番目は、僕の兄貴分に当たる。
見た目は子どもだが、中身は立派に赤種。
事実を知らない人から見たら、大の大人が子ども相手にペコペコしているように見えるかもしれない。
まぁ、いくら兄貴分とはいえ、一番目に対してペコペコするつもりはないけどね。
「で、次はどこに行くんだ?」
「興味あるのかい?」
一番目が僕の動向を尋ねるのは初めてだ。怪訝に思って質問をする。
「当然だろう。僕は自由に出歩けないからな」
よく言うよ。転移であちこちの大神殿に出没しているくせに。僕は意地悪く笑ってさらに質問をする。
「そういう割に、あちこち出歩いているよなぁ?」
「視察だよ、視察。僕はこう見えて忙しいんだ」
「まぁ、そういうことに、しておいてあげるよ」
口の減らない、生意気盛りな子どもにしか見えなくて。今度はぷっと吹き出してしまった。
そんな僕の態度も、一番目は気にしてなさそうだ。
「それで、あの二人はどうだった? それが目的だろ?」
「仲は良さそうだったよね。無理やり契約に縛られている感じもなかったし」
僕はこの前、ここにやってきた若い夫婦を思い起こす。
目の前の人物が生意気盛りの子どもなら、あの二人は最強バカ夫婦ってところだな。
一番目の言う通り。ここへ来たのはあの二人の様子を直に視るため。
「そうだろな。その気さえあれば、あんな契約、簡単に壊せるだろうしな」
「だよねぇ。だから、なんで竜種なんかといっしょにいるのか余計に不思議だったんだけど、実際に会ってみて納得したよ」
「あぁ、そうだろ」
「あぁ、ヤバいが山盛りだった」
「否定はしない」
一番目も分かってたんだな。あの黒竜のヤバさ。分かってていっしょにいさせるなんて、一番目もどうかしてる。
竜種とは摂理の体現者だ。
なのに、上位竜種が持つ権能は、執着、暴怒といった物騒なものが並ぶ。
四番目の夫は上位竜種の中でも最強の黒竜だった。純粋な執着は赤種の力さえ抑えつける。まったくもって厄介この上ない。
「執着の黒竜っていうだけのことはあるよねぇ。四番目にべったりくっついて、べたべた触って、いやはや、僕だけでなく、占いの水盤までにも嫉妬してたよ」
「権能に従ってるだけだろ。僕たちも、あれと大して変わらないぞ」
「あれといっしょにされたくないね。それに、四番目も四番目だ。素直すぎる。黒竜に都合のいいように吹き込まれて、言いくるめられてるよね」
「否定はしないが、四番目は黒竜より強いし、黒竜の言いなりにはなってないぞ」
苛立つ僕とは違って、一番目は妙に落ち着いていた。
いつもはもっと、子どものようにギャーギャー騒ぐのに。
「言いなりにはなってないかもしれないが、竜種の知識が無さ過ぎないか? かわいい妹分が腹黒いトカゲの餌食になるのなんて、見ていられないよ」
「餌食ってなぁ」
僕の苛立ちを一番目の覚めた声が冷やしていく。イライラしてしまう僕の方がおかしいんだろうか。
「竜種の最終目標は伴侶との同化。一体化と言うと聞こえは良いが、竜種に食べられるのと同じ様なものさ。まぁ、自分で自分を破壊するのも、似たようなものかな」
はぁ。
一番目がため息をついた。
「デュク様が認めてるんだ。余計な邪魔はするなよ」
なんだ、諦めか。
僕はふんと鼻で笑った。
一番目が冷静なのは単に落ち着いているんじゃなくて、デュク様の意向に従って諦めているだけだったか。
デュク様もデュク様だ。かわいい四番目を、あんなトカゲにあっさり渡すなんて。
「妹分がバカップル化するのが嘆かわしくてなぁ。もっと良い相手がいれば良かったのに。四番目の男性運、悪すぎるよなぁ」
目を覚ますことなく、ただの人間と結ばれて、ただの人間として生を終えられれば良かったのに。
「竜種に食い尽くされて消滅するか、自分で自分を破壊して消滅するか。どちらにしろ、四番目は消滅する運命なんだよね」
「あぁ、そうだ。『普通の四番目』なら、そうなるな」
僕の言葉をあっさり肯定する一番目。
四番目の消滅を予言する僕の言葉を、僕は一番目に否定してもらいたかったのに。
不意に一番目の気配が消えた。
どうやら聞きたいことを聞いて、言いたいことを言って、そしてさっさと帰ったようだ。一番目らしい。
「ん? 待てよ。普通の四番目ってどういうことだ?」
僕は誰ともなく呟いた。
当然、答えを教えてくれる人は誰もいない。
「まぁ、ザイオンにでも行って、ゆっくり考えるとするか」
結果はどうであれ、ここでの目的は果たせた。次の目的地は魔道具の発展著しいザイオンだ。
生意気盛りな一番目、悪巧みに走る三番目、ぽわんとしている四番目。
それぞれがそれぞれの権能に従って生きているのを、僕が邪魔する訳にもいかない。
僕は僕で自分の道をひとり進むのみ。
一言、呪文を唱え、僕はエルメンティアを後にしたのだった。
「残念ながら、想い人と結ばれるのは難しいですね。ライバルが強大です」
目の前の青年はイスに座って、じっと、こちらの話に聞き入っている。
肩にかかる金茶の髪は後ろで一つにまとめられ、すっきりとした爽やかな印象のこの青年。
残念な結果だというのに、眉一つ動かさない。髪と同色の瞳もどこか遠いところを見つめたまま、動かなかった。
そんな青年に対して、僕は話し続けた。
「潔く引き下がれば、恋人にはなれずとも、親しい別の関係が築けます。
無理に相手にしがみつけば、その先に待つのは破滅かもしれません」
最後の助言を聞いて、青年は小さく頷き、去っていった。
「あなたに、より良き未来が訪れますように」
「さて、そろそろ他の場所に移動しようかな」
「もう行くのか?」
最後の客を見送って、誰ともなく呟く。すると、子どもの声が僕に話しかけてきた。
さっきまでは客と僕の二人だけだった。客が帰れば僕一人となるこの部屋。子どもの声など聞こえるはずがない。
しかし、こんなことができる人物に心当たりがあった。馴染みの同種だ。
僕は声の主の方に顔を向ける。そこにいたのは予想通りの人物だった。
「珍しいね、一番目。君が僕のことを引き留めるなんて」
「確認しただけだ。引き留めてはない」
腕をわざとらしく組んでしかめっ面をする子ども。大人ぶった仕草が、その外見とまったく合っていない。
もっといえば、声だって子どもの高い声。話す内容と口調が声音とまったく合っていない。
「ふーん」
「なんだよ」
「いや、なんでも」
そんなアンバランスさを持つ一番目は、僕の兄貴分に当たる。
見た目は子どもだが、中身は立派に赤種。
事実を知らない人から見たら、大の大人が子ども相手にペコペコしているように見えるかもしれない。
まぁ、いくら兄貴分とはいえ、一番目に対してペコペコするつもりはないけどね。
「で、次はどこに行くんだ?」
「興味あるのかい?」
一番目が僕の動向を尋ねるのは初めてだ。怪訝に思って質問をする。
「当然だろう。僕は自由に出歩けないからな」
よく言うよ。転移であちこちの大神殿に出没しているくせに。僕は意地悪く笑ってさらに質問をする。
「そういう割に、あちこち出歩いているよなぁ?」
「視察だよ、視察。僕はこう見えて忙しいんだ」
「まぁ、そういうことに、しておいてあげるよ」
口の減らない、生意気盛りな子どもにしか見えなくて。今度はぷっと吹き出してしまった。
そんな僕の態度も、一番目は気にしてなさそうだ。
「それで、あの二人はどうだった? それが目的だろ?」
「仲は良さそうだったよね。無理やり契約に縛られている感じもなかったし」
僕はこの前、ここにやってきた若い夫婦を思い起こす。
目の前の人物が生意気盛りの子どもなら、あの二人は最強バカ夫婦ってところだな。
一番目の言う通り。ここへ来たのはあの二人の様子を直に視るため。
「そうだろな。その気さえあれば、あんな契約、簡単に壊せるだろうしな」
「だよねぇ。だから、なんで竜種なんかといっしょにいるのか余計に不思議だったんだけど、実際に会ってみて納得したよ」
「あぁ、そうだろ」
「あぁ、ヤバいが山盛りだった」
「否定はしない」
一番目も分かってたんだな。あの黒竜のヤバさ。分かってていっしょにいさせるなんて、一番目もどうかしてる。
竜種とは摂理の体現者だ。
なのに、上位竜種が持つ権能は、執着、暴怒といった物騒なものが並ぶ。
四番目の夫は上位竜種の中でも最強の黒竜だった。純粋な執着は赤種の力さえ抑えつける。まったくもって厄介この上ない。
「執着の黒竜っていうだけのことはあるよねぇ。四番目にべったりくっついて、べたべた触って、いやはや、僕だけでなく、占いの水盤までにも嫉妬してたよ」
「権能に従ってるだけだろ。僕たちも、あれと大して変わらないぞ」
「あれといっしょにされたくないね。それに、四番目も四番目だ。素直すぎる。黒竜に都合のいいように吹き込まれて、言いくるめられてるよね」
「否定はしないが、四番目は黒竜より強いし、黒竜の言いなりにはなってないぞ」
苛立つ僕とは違って、一番目は妙に落ち着いていた。
いつもはもっと、子どものようにギャーギャー騒ぐのに。
「言いなりにはなってないかもしれないが、竜種の知識が無さ過ぎないか? かわいい妹分が腹黒いトカゲの餌食になるのなんて、見ていられないよ」
「餌食ってなぁ」
僕の苛立ちを一番目の覚めた声が冷やしていく。イライラしてしまう僕の方がおかしいんだろうか。
「竜種の最終目標は伴侶との同化。一体化と言うと聞こえは良いが、竜種に食べられるのと同じ様なものさ。まぁ、自分で自分を破壊するのも、似たようなものかな」
はぁ。
一番目がため息をついた。
「デュク様が認めてるんだ。余計な邪魔はするなよ」
なんだ、諦めか。
僕はふんと鼻で笑った。
一番目が冷静なのは単に落ち着いているんじゃなくて、デュク様の意向に従って諦めているだけだったか。
デュク様もデュク様だ。かわいい四番目を、あんなトカゲにあっさり渡すなんて。
「妹分がバカップル化するのが嘆かわしくてなぁ。もっと良い相手がいれば良かったのに。四番目の男性運、悪すぎるよなぁ」
目を覚ますことなく、ただの人間と結ばれて、ただの人間として生を終えられれば良かったのに。
「竜種に食い尽くされて消滅するか、自分で自分を破壊して消滅するか。どちらにしろ、四番目は消滅する運命なんだよね」
「あぁ、そうだ。『普通の四番目』なら、そうなるな」
僕の言葉をあっさり肯定する一番目。
四番目の消滅を予言する僕の言葉を、僕は一番目に否定してもらいたかったのに。
不意に一番目の気配が消えた。
どうやら聞きたいことを聞いて、言いたいことを言って、そしてさっさと帰ったようだ。一番目らしい。
「ん? 待てよ。普通の四番目ってどういうことだ?」
僕は誰ともなく呟いた。
当然、答えを教えてくれる人は誰もいない。
「まぁ、ザイオンにでも行って、ゆっくり考えるとするか」
結果はどうであれ、ここでの目的は果たせた。次の目的地は魔道具の発展著しいザイオンだ。
生意気盛りな一番目、悪巧みに走る三番目、ぽわんとしている四番目。
それぞれがそれぞれの権能に従って生きているのを、僕が邪魔する訳にもいかない。
僕は僕で自分の道をひとり進むのみ。
一言、呪文を唱え、僕はエルメンティアを後にしたのだった。
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