精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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4 騎士と破壊のお姫さま編

5-8 新人は笑う

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 今日は職場のお茶会、正確には新人交流会と言う名のお茶会です。

 わたし、セリナローザ・ノルンガルスは、職場の先輩で破壊の赤種でもある偉大な特級補佐官のすぐ隣で、静かにお茶を飲みながら、先輩の周囲に目を配っていました。

 さっきから、代わる代わる挨拶の人が先輩に声をかけています。

 先輩、顔がひきつっていますよ。スマイル、スマイル。ふだんの先輩のほわっとした笑顔とはほど遠い、作り笑顔ですねぇ。
 それでも、初めましての人は気づかない程度なのは、さすがです、先輩。

 その作り笑顔も、疲れてきたのか徐々に硬くなってきました。

 まぁ、仕方ないですよね。この人数では。

 ふだんは先輩のご主人であるドラグニール師団長が、べったりと先輩にくっついていまして。声をかけるどころか、視線さえ合わすことができませんもの。

 そのご主人が先輩にくっついていない、またとない機会。皆さん、逃すはずがありません。

 わたしはお茶を飲みながら、朝のマギナ姉さまとの会話を思い出していました。




「いいこと、セリナ。クロエル様のサポート役、しっかりこなすのよ。クロエル様は赤種として素晴らしい方だけど、なんというか、ぽわーんとされているところがあるから。後輩であるあなたがしっかりしないと。分かったわね。えーっと、それで…………」

 今日も朝からマギナ姉さまの小言、じゃくて、助言が長々と続いて大変でした。

 マギナ姉さまは優しくて面倒見がいいんですけど、ちょっと、いや、かなり話が長いんですよねぇ。

 おまけにくどくどくどとと話が続いていくので、途中で意識が途切れるんです。このことは内緒で。

「セリナ、聞いてるの? あなたも栄えある第一塔塔長室所属なのよ。あそこは希望しても滅多に配属されない上、配属されるのは特級の方だったり、上級でもさらに凄い方ばかりなんだから。他の皆さんの足を引っ張らないよう頑張りなさい」

「分かってるってば。それより、急がないと遅くなっちゃう!」

 気がつけば家を出る目標時間、ギリギリ。
 姉さまももっと時間配分というものを気にしてくれればいいのに。

「あら、まだ、時間に余裕があるじゃないの。あなたねぇ。そうやって人の話を遮って。話が長いから聞きたくないとはいえ、失礼ではなくて?」

 姉さま、話が長いことは自覚していたんですね。なら、もっと簡潔にすればいいのに。
 フィールズ先輩なんて簡潔の塊ですのよ? 少しは見習っていただきたいです。

 そんなことより、今は姉さまを振り切って出勤することの方が大事でした。

「姉さま、わたしは新人だし、補佐なの。特級補佐官の皆さんよりも先に出勤して、仕事しやすいよう準備を整えるの」

 わたしは怯むことなく、姉さまに話しかけました。
 少し前の、カレナ姉さまに対してビクビクしていたわたしよりも、少し、強くなったような気がします。

 だって、ここで怯んでいては、先輩方のお役に立てませんもの。

 わたしに反論されるとは思っていなかったようで、姉さまは戸惑ったような顔をしています。

 わたしは迷うことなく話を続けました。

「誰かに、そうしろ、とは言われてないから、早く行く必要はないかもしれないけど。でも補佐ってそういうものでしょ?」

「まぁ、セリナが一人前なことを言うようになるなんて!」

「だから、そこで泣かないでって」

 感動して泣かれても困るんだけど。時間もないし!

「今日は新人交流会があって、クロエル先輩と出席するんだし。早く行かないといろいろ時間が足りなくなるの!」

 泣き止まない姉さまから、ふっと視線を反らした先には、柱の陰からこちらを窺っている父さまと母さま。

 二人とも泣いているんですけど!

「わたし、先に行くからね」

 そう言って、わたしは泣いている三人に背を向けました。

「セリナ、クロエル様を死ぬ気でお守りするのよ! 隙をみて取り入ろうとする輩はたくさんいるんですからね!」

 わたしの背に姉さまの声がかかります。

 うーん。どう考えても、クロエル先輩の方がわたしより強いんだけどなぁ。いろいろな意味で。




「あの、えーっと、お久しぶりです」

 ようやく人の列が途切れたと思ったら、今度は別の二人組です。
 わたしはささっとケーキを半分食べ、クロエル先輩に合図を送ります。

「クロエル先輩、第八師団の方々です」

 先輩は、口にケーキを入れたばかりで、もぐもぐしてました。

 ぽわんとしている。

 ほとんどの方が、クロエル先輩をそう評しますけど、こういった仕草なんかも、ぽわんに繋がるんですかね。

 こうして見ている分にはとてもかわいらしいので、わたしも真似してみたくなります。

 そうそう、声をかけてきたお二人。

 一人は全属性の適性を持つ精霊術士さんですね。

 全属性といえばフィールズ先輩。
 そのフィールズ先輩と同じ様な髪と瞳の色を持った方ですが、こちらの方はずいぶんと幼そうです。

 見た目というか精神年齢が。いわゆる、いいとこのお嬢さま。
 クロエル先輩を崇拝するような目で見ていました。

 もう一人は、

 え? 方向感覚系の技能がマイナス?!

 技能のあるなしは知ってましたけど、まさかのマイナス技能!

 わたし、初めて見ましたわ。

 この方、これでは迷子になってばかりなんじゃないかしら?

「あ、グランミストさん」

「ごめんなさいいい。会場の場所が分からず、またまた、皆さんにご迷惑をかけまして」

 やっぱり。迷子になってらしたのね。

 この技能の感じだと、一人で歩かせるのは心配です。よく、ご両親が就職を許可しましたよね。

 て。

「クロエル先輩、顔、顔。またかー、みたいな顔してますよ」

 はい。クロエル先輩のお知り合いみたいですね。先輩、思いっきり呆れた顔をされてました。

 でも。

 さっきまでの作り笑顔の先輩よりも、表情豊かなこっちの先輩の方が生き生きしています。

 わたしが指摘しちゃったものだから、今度はしまったー、みたいな顔をして、ケーキをぱくぱく。

 それから、キリッとした外向きの顔になりました。




 こんなにいろいろな顔のクロエル先輩を見られるのも、補佐官として就職したおかげ。

 技能なしだからと家に籠もっていないで、もっと外を見るべき。
 第一塔の補佐官なら比較的、差別が少ないから、挑戦すべき。

 いつもの長々として、強い口調で主張したマギナ姉さま。

 あのとき、姉さまの意見につい押されて補佐官試験を受けたけど。
 第一塔の補佐官になっても、少なからず差別はあったけど。

 それでもわたしは後悔していません。
 むしろ姉さまには感謝しています。

 ねぇ。カレナ姉さま。

 わたしは技能なしだけど、今、堂々と胸を張って、補佐官として生きています。

 そして、世の中には技能のあるなしに関わらず、いろいろな人が一生懸命生きているんです。

 それだけは否定しないで欲しいです。




「ノルンガルスさん、メモリアがケーキのおかわり、持ってきたよ」

 いつの間にか、第八師団のお二人はいなくなっていました。

 クロエル先輩が差し出すケーキをぱくっと一口。蕩けるような美味しさです。

「クロエル先輩、これ、美味しいです」

「だよね。今度、ラウに作ってもらおう」

「わぁ、いいなぁ」

「塔長室でお茶会やるときに持ってくるから」

「はい!」

 わたしは元気よく返事をして、クロエル先輩やメランド卿に目を向けました。

 そうです。

 たとえ、カレナ姉さまに否定されたとして、それがなんだっていうんでしょう。

 わたしは強く生きていくことを諦めません。

 クロエル先輩やフィールズ先輩、塔長に塔長室の皆さんに、他にもたくさんの方がわたしの周りにはいるんですから。

 わたしはこの国からいなくなったカレナ姉さまを胸の片隅に追いやり、目の前のクロエル先輩に笑いかけたのでした。
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