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4 騎士と破壊のお姫さま編

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「オッサンもどうなんだ? 感想はないのか?」

 ネージュの死に至る記録映像を見たばかりの二人に、チビが追い詰めるような質問を投げつけた。

 俺の耳にも、まだ、最期の叫び声が残っている。こいつらだって同じだろう。

 そんな状態の相手をニタリと笑いながら、朱色の目を細め、おもしろそうに見つめるチビ。

 見た目は十歳の子どもだが、中身はやはり赤種。
 テーブルの上の菓子を食い尽くして、なお、菓子を欲しそうにしていても、普通の子どもだと侮ってはいけない。

「言いたいことがあるなら、四番目の代わりに何でも聞いてやるぞ。僕は四番目と違って、平穏を望むからな」

 チビは、えへんと胸を張る。

「聞いたところで、四番目がネージュではないことに変わりはないけどな!」

 大柄な体格の厳つい大人二人に向かって、子どもが、精一杯、虚勢を張っているような姿。
 なのに、そこに微笑ましさは欠片もなかった。

 そこにレクスが余計な説明を加える。

「師匠の権能は平穏無事。世界の平穏を守るために日夜、尽力されてますからね」

 チビの権能は創造だろ。なんだよ、その平穏無事ってのは。

 俺は心の中でレクスに毒づいた。

 エルメンティアの第三王子で、第一塔のトップのくせに、チビに完全に懐いているのがレクスだ。

 ポケットから何か取り出して、チビに渡している。追加の菓子じゃないだろうな。いくらなんでも、菓子の食べ過ぎだ。
 だから、チビはいつまで経ってもチビのままなんだ。

「おい、黒竜。今、なんか失礼なことを考えていただろ」

 ジロッと俺を見て文句を言うチビの手には、菓子がしっかり握られていた。

 やっぱりな。

 俺もジロッと、チビが手にした菓子を見返す。

 元護衛は俺たちのやりとりを見て、顔を引きつらせているだけだ。

 これは仕方ない。

 見かけと立場が逆転してるので、初対面のやつはたいてい、ギョッとするんだよな。

 総師団長はさすがに見慣れているのか、記録映像の方が衝撃的だったのか。微動だにせず、苦い顔をしていた。

 最初に口を開いたのは総師団長だ。苦しげに言葉を漏らす。

「セルージュ卿から報告は聞いたが、まさか、あんなことになっていたとは」

「あんなこと? ネージュを車中に置き去りにして、助けを求める声を聞きながら、崖下に落としたことか?」

 わざとだ。絶対にわざと、嫌な場面を思い出させる言い方をしていやがる。

「あぁ、そうだ」

 総師団長は頭を左右に振りながら続けた。

「報告では、どちらかしか助けられなかったように言っていたが。ネージュ嬢だけをわざと助けなかったんだな」

 元護衛がさらに顔を引きつらせている。

「兄妹なのに、なんで、あんなことができるんだ? 三番目のクロエル様の影響なのか?」

 元護衛は苦しげな様子で黙ったまま。
 兄妹の関係をよく知っているから、何も言えないんだろ。

「違うな。単にバカなだけだ」

 チビはあっさりと切り捨てた。
 それから、面倒くさそうに元護衛に声をかける。

「正直なところ、あそこにお前がいても、グランフレイムのバカたちに対して、何もできなかった」

「そんなことはありません。俺はネージュ様の専属護衛です」

 弾かれたように顔を上げ、チビに食ってかかる元護衛。

 こいつもこの辺りは肝が座っている。

 赤種のチビにも上位竜種の俺にも、あからさまに怯まない。確かに、圧には押されているが、押しつぶされるようなことはない。

 フィアを付け狙うようなことをしなければ、良い騎士なのに。

 こいつは俺の冷気や殺気、剣圧にも耐えきった。第二師団に推薦してやってもいいくらいだ。

 フィアの周りをウロチョロされるのは目障りだから、第六師団で引き取るつもりはないがな。

「お前はグランフレイムの忠実な騎士だ。次期当主となる、あのバカ息子に逆らうことなんてできない」

「それは…………」

 口ごもる元護衛。

 こいつだって本当は分かってるはずだ。チビの言う通りだということを。
 だから、何も言えなかったんだ。

 グランフレイム家門に忠誠を誓うこいつは、グランフレイムの命に忠実。
 ネージュの願いよりも、グランフレイムの命令の方が優先順位が高くなる。

「だいたいな。グランフレイムに忠実な騎士だから、ネージュのそばを離れた。違わないよな」

 まったく、チビの言う通り。
 それが、家門付き騎士というものだ。

 そして、元護衛はお手本のような家門付き騎士。

「良かったじゃないか。目の前でネージュが落とされるところを見ないで済んで」

 チビも残酷な慰め方をする。

 元護衛は両手で自分の顔を覆い、俺は元護衛から視線を外した。
 すすり泣く声が俺の耳に届くだけだった。




 ちょうどいいタイミングで、ベルンドゥアンの二人とグランフレイム嬢が戻ってきた。

 元護衛がすすり泣き、うなだれている。

 これだけで、いろいろと察したらしい。とくに尋ねてくるそぶりは見せなかった。

 が。

 諦めきれないやつがひとりいた。

「しかしだ。ネージュ嬢が赤種に覚醒したのだから、クロエル補佐官がネージュ嬢だろう?
 なぜ、クロエル補佐官はネージュ嬢ではないんだ?」

「オッサン、ボケたのか?」

「師匠、僕も理解しがたいんだが」

「舎弟もかよ」

 この辺のくだりに関しては、フィアに説明されるまで、俺も同じことを思っていた。

「分かりやすく説明してもらいたい」

「オッサン。なんだか、偉そうだな」

「僕も説明してもらえると、すっきりするんだが」

 よってたかって説明を求められ、チビは、はぁーとため息をつく。

「分かりやすく言うと、普通種がネージュ、赤種がクロスフィア」

「普通種か赤種かの違いだけか?」

「ずいぶん簡単だな、師匠」

 この辺の説明はフィアと同じだった。もっと複雑かと思っていたのに、簡単に説明されて拍子抜けした。
 そう感じたとたんに、

「簡単だけど、簡単じゃないぞ」

 とチビが釘を刺してきた。

「崖から落下し、赤種として覚醒したあの時。ネージュはこの世界から時空の狭間に転移して、クロスフィアとなった」

 つまらなさそうに、淡々とチビが説明する。

「そして、時空の狭間から、クロスフィアがこの世界に転移してきたんだ。暴走状態で」

 記録映像の最後に映っていたやつだな。

「この時点で、クロスフィアは普通種としての感覚を失っている。だから、元ネージュではあっても、ネージュではない」

 ここで、言葉を切り、チビは総師団長と元護衛を交互に見やった。

「ネージュは消滅したんだ。失われたものは、もう二度と戻ってこないんだよ」

 チビはそう言うと、もう一度、総師団長と元護衛に視線を送る。
 残念そうな、それでいて、ざまぁみろとでも言いたそうな生意気な表情で、空を見上げた。

 誰も口を開くものはいなかった。

 沈黙が辺りを支配し、突然、魔力圧が襲いかかってきて、俺は目をつぶる。

「お待たせ、ラウ」

 次の瞬間、俺の耳に慣れ親しんだ声が飛び込んできた。
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