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4 騎士と破壊のお姫さま編

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「ちょっと、お手洗い」

 フィアが席を立とうとして、俺に声をかけた。
 なぜなら、俺の膝にフィアを座らせて、俺が後ろからギュッと抱きしめているからだ。

 大人しくしているのを条件に、フィアのイスになるのを許可してもらっている。

 ふだんはフィアの隣にベッタリくっついて座っているが、膝の上に座らせてギュッとするのも、なかなか良い。
 フィアの柔らかさも、ほわりとした香りもどちらも堪能できる。

「ラウ。降ろしてもらいたいんだけど」

 おっと、フィアに軽く睨まれてしまった。これもなかなか良い。

 そうそう。お手洗いだったな。

「なら、俺も同行する。中まで」

「え、お手洗いの中までついてくるの?」

 当然だろ、外は危険がいっぱいだ。
 フィアを守れるのは俺しかいない。

 中までと聞いて、目の前に座る胡散臭い男の口元がピクッとしたようだが、伴侶以外の人間の反応をいちいち気にする必要はない。

 竜種たるもの、伴侶と同行時には最大限、仲の良さを周りに見せびらかす。

 金竜からも銀竜からも口うるさく、そう言われていたからな。
 それに周囲に認知させて、余計なライバルを蹴落とすのにも役に立つ。

「風呂だって中までいっしょだろ?」

「いや、お手洗いは自分のペースで、ゆっくりしたいんだけど」

「風呂だってゆっくりたっぷり入ってるだろ?」

「いやいや、お手洗いは分けようよ」

「そうか?」

 頑なに同伴を拒否するフィア。
 なんだか、俺自身を拒否されたように感じて悲しくなる。

「時間かかるし。ラウが私を待っててくれると嬉しいな」

「そうか!」

 違った。フィアは俺に『待て』を望んでいただけだった。
 俺はこれでも『待て』ができるフィアの熊だ。フィアの望みなら、全力で取りかかろう。

「ふぅ、説得成功」

「なんか、言ったか?」

「いやいや、案内、お願い」

 俺の膝から降りたフィアはそそくさと席を外した。




 フィアの足音が遠ざかり、何も聞こえなくなったとたん、占い師を名乗る胡散臭い男が口を開いた。

「奥様に隠し事をされてますよね」

「隠し事?」

 しかも内容がこれだ。

 フィアに話していないことが隠し事だと言うのなら、山のようにある。
 目の前の胡散臭い男が指摘する隠し事が、その中の何を指しているのか、見当もつかない。

 俺は首を傾げた。

「何の話だ?」

「心当たりがまったくないと?」

「心当たりが多すぎて、いったいどれのことやら、見当がつかない」

 俺は正直に答えた。

「仕方ないだろう。俺は竜種なんだ。伴侶に嫌われたら生きていけなくなる。嫌われそうな部分は知られたくない」

 それでも、フィアに質問されたものはキチンと答えている。
 フィアに訊かれてないことで、話したくないことは、あえて話していないだけ。

「それにフィアには、何の心配もなく生きてもらいたいんだ。汚れ仕事なら、俺が手を汚せばいいだけだ」

 フィアは俺の奥さんで、唯一の家族だ。
 俺は二度と、家族を失いたくない。

「隠し続けることで、嫌われるとは思わないんですか?」

「正直、隠せてるとは思っていない」

 俺はこれについても正直に答えた。

「フィアは冷静に観察して判断する。推察するにも、いろいろな角度で物事を見る。そして、意外と慎重だ」

 俺に確認してないだけで、気づいていること、知っていることはあると思う。
 黙認してくれているのか、それとも俺が話すのを待っているのか。それは分からない。

「見た目は、ぽわんとしたお嬢さまって感じですけどねぇ」

「見た目ほど、フィアの中身はぽわんとしてないぞ」

 エルヴェスがほわほわちゃんと呼ぶくらい、フィアの見た目は、ぽわんとしたお嬢さま、なんだよな。

 とてもじゃないが、上位竜種と対等以上にやりあえるとは思えない。見た目では。

 見た目で判断するやつらが、未だに、聞こえるように陰口を叩いているが、頭がおかしいんじゃないかと思ってしまう。

 あの武道大会の団体戦を見てなお、そんなことをするくらいのやつらだ。
 実力もないんだろうし、いずれ、レクスのやつが整理してくれるだろう。

「奥様のこと、よく見てるんですね」

「そりゃあそうだろ。俺の半身だし、最愛の女性だ。目を離せるはずがない」

「仲も良さそうですし、幸せそうですね」

「違うな。言い直せ」

「はい?」

 俺の否定の言葉を聞き返す占い師。
 フードで隠れて見えないが、きっと、目を丸くしているに違いない。

「俺たちは仲がすごく良くて幸せなんだ。言い間違えるな」

「ええっと、仲が良くて幸せなんですね」

「あぁ、それでいい」

「聞いてた以上に大変だな」

 口元の笑みはそのままで、ボソッと常人では聞こえない声で占い師はつぶやいた。

「それで、お前は何者だ?」

「当てたら、良い物をあげますよ」

「フィアの愛情以上に良いものなんて、この世にはないぞ」

「近い将来、役に立つ物ですよ」

 そう言って、占い師はニタリと笑う。
 それは、どこかで見たことがある笑い方だった。




 しばらくして、パタパタという足音が聞こえてきた。

「ラウ、お待たせ」

 フィアだ。

「フィア。ちゃんと大人しく待ってたぞ」

「うん、そうみたいだね」

 イスから立ち上がってフィアに手を伸ばすと、フィアは何の迷いもなく俺の手を取る。

「次は職人街の方に行こうか」

 あそこには、一品ものの装飾品を取り扱う店も多い。
 いつもは俺がフィアに似合いの物を選んで贈っているが、たまにはフィアが自分で選ぶのもいいだろう。
 きっと、気に入る物が見つかるはずだ。

 扉に向かおうとする俺にフィアが声をかけた。

「ラウは占い、やらなくていいの?」

 どうやら、俺のことも心配してくれていたらしい。

「今、やってもらったぞ」

 俺は占い師を見た。念を押すように。

「な?」
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