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4 騎士と破壊のお姫さま編

0-0 精霊の国の物語

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 ここは精霊の国。
 精霊の加護厚いエルメンティア王国。

 この国の人は皆、自分たちの国のことをそう呼んで称えている。
 摂理の神エルムの加護たっぷりの国なわけで、エルムが司る自然の力、竜や精霊の力に満ち溢れているのは当たり前。
 精霊魔法を扱える人も全王国民の約七割と、うじゃうじゃいるからなんだけど。

 精霊の加護が厚いんじゃなくて、あくまでも摂理の神エルムの加護が厚いだけ。
 それでもって精霊魔法を扱える人がうじゃうじゃいるだけ。
 それなのに、うちの王国は精霊に愛されているのよ、と自慢げに「精霊の加護厚い……」なんて言うようだ。




 そんな精霊の国で人気なのは、竜と精霊のお話、精霊と精霊術士のお話だ。

 他にも王子さまやお姫さまが出てくるお話、騎士と魔獣が対決するお話も人気がある。

 お話は、絵本や本になり、劇になり、最近では映像記録の魔導具を使った記録映像にもなっているそうだ。

 精霊の国の子どもたちは、幼い頃から絵本で竜や精霊に親しみを持ち、精霊術士や騎士に憧れを抱く。

 私も、何も心配することのないほど幼いときに、そんな想いを抱いていたのかもしれない。

 ところが。

 この中に赤種のお話はまったくない。

 精霊の国で赤種のお話といえば、ただひとつ。大神殿の最後の鑑定の儀でも語られる、あれだけ。

 世界の監視者とも言われる赤種。

 畏怖される力のせいか、存在の稀少性のせいかは分からないけど、あえてお話にしようと思った人はいなかったらしい。

 それに、赤種というのは、畏怖され敬われている存在。気軽にお話にしてはいけないそうだ。

 私、クロスフィア・クロエル・ドラグニールは、とある事件で赤種として覚醒し、赤種の四番目、破壊の赤種として暮らしている。

 赤種としての人生も悪くない。

 でも、お話になるほどの人気がないのは、ちょっと残念だったりする。

 そのことを赤種の一番目、創造の赤種であるテラに話したら、

「人気なんて出てみろ。お前の夫が、さらにおかしくなるぞ」

 と、怖いことを言ってきた。

 私の夫、第六師団長を勤めるラウゼルト・ドラグニールは、上位竜種で、現役の竜種の中では最強と言われている黒竜だ。

 短髪の黒髪でガッシリとした体格。
 ちょっと強面な容姿でお菓子を作る様はとてもかわいいのに、飛竜に乗って大空を飛び交う姿はとてもかっこいい。
 機嫌が悪くなると冷気を吐き出すところは、竜種ならでは。

 そんな夫は、かなりおかしい。

 愛情が重くて過保護で執着強めで変質者気味で距離感がおかしい以外は、いい夫だとは思うんだけど。

 気がついたら夫になっていた、というところからして、すごくヤバい。

 赤種に人気なんて出たら、この夫がさらにおかしくなる。テラはそう言う。

 具体的にどうおかしくなるのかまでは、教えてくれなかったので、後は想像するしかない。
 どう頑張っても、ヤバい想像しか出てこないので、途中で止めた。

 ならば、『技能なし』のお話なんてどうだろう?

 この国では、精霊魔法技能を持たない人を『技能なし』と呼んで、蔑む人たちがいる。
 どういう理屈か、『技能なし』が相手なら、何をしても許されると思っている人たちもいる。

 そんな人たちを見返すような『技能なし』が大活躍するようなお話が、いつか、流行ることを私は願っている。
 たぶん、私だけでなく、すべての『技能なし』が望んでいると思う。

 そもそも、赤種は最強の『技能なし』。

 赤種は技能なしでも敬われるのに、普通の技能なしは粗雑に扱われる。
 この矛盾だらけのこの国に、私は私の人生を『技能なし』のお話として伝えてみたい。

 普通の技能なしが見捨てられ、最強の技能なしとして生まれ変わるお話を。

 最強の技能なしでも、こつこつと努力して頑張っていくお話を。

 技能なしだとか、赤種だとか、そんなことは関係なく、誰かに愛され、誰かに必要とされて生きていくお話を。




 ここは精霊の国。
 精霊の加護厚いエルメンティア王国。

 精霊以外のお話も語って聞かせたい、そんな国。
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