精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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3 武道大会編

6-1 第六師団長は狼狽える

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 俺の目の前には、死体の山…………ではなく、テーブルに突っ伏す山のような体格の竜種たち。

 なんだ、これは?

「こくりゅうさん、やばいっす」

「だろうな」

 真っ赤な顔をして目が泳いでいる。
 呂律も回っていない。

「こくりゅうさん、のみすぎました」

「見れば分かるぞ」

 それに酒臭い。

 主役抜きで行ったカーシェイの伴侶捕獲祝の宴会。いつもの竜殺し亭で普通竜種たちが、祝を理由に飲み明かしていた。

 金竜は辺境に戻り、銀竜は仲直りしたばかりの奥さんにベッタリ、紫竜はまだ体調がいまひとつ。
 上位竜種で参加していたのは俺だけだった。フィアの希望でフィアも連れてきたわけだったのだが。

 俺は師団関係の話で総師団長にちょっと呼ばれてしまった。
 同じく、打ち合わせに参加していたチビを捕まえ、急いで戻ってみたものの。不在にしていた間に、普通竜種たちが完全に酔っ払って、できあがっていたのだ。

「し、しぬ」

 ハァ

「誰だよ、竜殺しをこんなにたっぷりと飲ませたのは」

 竜種は、ちょっとやそっとの酒で酔いは回らない。

 唯一の例外が『竜殺し』と呼ばれる酒だ。度数が高く、竜種でも喉が焼けるような感覚が味わえる。
 ここ竜殺し亭は、その名の通り、この竜殺しが味わえる店だ。

 通常、竜殺しは時間をかけて、一口一口、舐めるようにして飲む。

 この飲み方で竜殺しが飲めて一人前、みたいなものが竜種の中にはあって、俺も成人してすぐ、頑張って飲んだものだ。

 オレンジやレモンなどの柑橘類の果汁と炭酸水で薄めて飲むのも、なかなかイケる。若い竜種の最近の流行りはこっちの飲み方だな。

 しかし、今日の飲み方はどちらでもないようだった。

 なにせ、竜殺しの空瓶がゴロンゴロンとあちこちに転がっている。

 おかしい。

 三十分くらいしか不在にはしなかったはず。なのに、この量の空瓶が転がっているだなんて、いったい誰が…………

 と思って辺りを見回す。

「フィアは?」

 俺は後悔した。

 いくらフィアの望みとはいえ、こんな酒臭いところにフィアを連れてきて、あまつさえ、急用だからと置いていってしまうなんて。
 カーネリウスとドラグゼルンに、フィアの護衛を頼んだはずが、フィアも二人も姿が見えない。

 焦って辺りを見回すと、カウンターテーブルで、俺のフィアが酒瓶片手にラッパ飲み。

 かわいい。
 ラッパ飲みする姿もかわいすぎる。

「俺も酒になってフィアに飲まれたい」

 て。

 あの酒瓶は、まさか!

 フィアの隣では、ドラグゼルンがカウンターに突っ伏し、カーネリウスが反対に背もたれに背をつけて仰け反っていた。

「やべぇ、おあいてさま、まじやべぇ」

「俺、死ぬ。マジで死ぬ」

 フィアがラッパ飲みしていた酒は、まさかの竜殺しだったのだ。

「て、フィアか?!」

 俺は惨状を作り出した原因を、意図せず見つけることになった。




「うぅ、誰が一番酒が強いか、飲み比べを始めたんです……」

「ま、いつものことだな」

 比較的、カーネリウスは正常だった。

 あくまでも『他のやつらに比べたら』の話ではある。
 ナッツと間違えて、氷をガリガリ食ってる時点で、完全な酔っ払いだ。

 楽しそうに俺の横で竜殺しを飲み続けるフィア。それを眺めて楽しみながら、俺はカーネリウスに説明を求めた。

「そうしたら、お相手様が竜殺しを……。それで俺も俺もと、皆、飲み始めて……」

 やはり原因はフィアだったのか。

 にしても、誰だよ。俺のいないときにフィアに酒を勧めたのは。
 俺の視線を受けて、もごもごと話し出すカーネリウス。

「師団長、すぐに帰ってくるって言ってたし。俺もドラグゼルンさんもいるんで、少量ならお相手様、大丈夫かと思いまして」

 こいつか。こいつがフィアに勧めたのか。

「で、こうなったと」

 普通に考えて、竜殺しなら少量でもヤバい部類の酒なんだがな。

 俺は頭を抱えた。

 そうだ。カーネリウスはエレバウトがいないと使えないやつだった。
 フィアに言われてたな。こいつは上位竜種の普通を世間一般の平均値だと思ってるって。

「普通に考えて、竜殺しをラッパ飲みって、おかしいだろ。そう思わなかったのか?」

 上位竜種の普通でも、さすがに、竜殺しのラッパ飲みはない。

「お相手様が飲めるなら、俺たちも飲めるんじゃないかと思って……」

 俺はさらに頭を抱えた。

 もう一度、見回す。

 楽しそうに飲むフィア、むせかえるような酒の臭い、あちこちから漏れてくる竜種たちの呻き声。

「やべぇ、まじやべぇ」

「おあいてさま…………」

「まだ、りゅうごろし、ビンでのんでる」

「さけ、つよすぎないか」

 呻き声を出せるやつはまだいい。
 つぶれて完全に寝入ってしまってるやつもいた。

 まぁ、俺のいないところで、フィアに酒を飲ませたやつが悪いよな。自業自得だ。

 ふと、俺の二の腕がつんつんとつつかれた。つつかれた方にいるのはフィアだ。

「ラウ、皆、疲れて寝ちゃったね」

「そうだな」

 疲れて寝ているわけではないんだがな。
 内心で苦笑いを浮かべながら、俺は相づちを打つ。

 いつもより、目が潤んでいて、ニコニコが全開のフィア。

 俺のフィアは今日もかわいい。

 つぶれた自業自得なやつらに構っている場合ではない。かわいいフィアを堪能しないと。

「ラウ」

「なんだ、フィア?」

「私たちも帰って寝ようよ」

「そうだな、帰るか」

「それにしても」

 フィアが空になった竜殺しの瓶を置いて、ふと考えこむ仕草をした。

「私って、お酒、強かったんだね」

 もはや強いとかいうレベルじゃないからな。
 竜殺しを瓶で空けてるんだから。

 赤種は、竜種のように酒に強い体質なのか?と考えた始めたところで、重要なことを思い出した。

「フィアに毒は効かないんだった」




「ん? 何か言った?」

「いや。いっしょに風呂入って、寝るか」

「うん」

 大きく頷いて手を差し出すフィア。

 ん、これは?

 いつもは『いっしょに風呂』なんて言うと、恥ずかしがるフィアが楽しそうにしていた。

 もしかしたら、フィアも少しは酔ってるのか?

 それなら、俺がしっかり守って帰らないとな。
 俺は差し出された手をしっかり握って、竜殺し亭を後にした。

 その後。フィアとの飲み比べは竜種の中で禁忌となった、というのは言うまでもない。
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