精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

SA

文字の大きさ
上 下
163 / 384
3 武道大会編

6-1 第六師団長は狼狽える

しおりを挟む
 俺の目の前には、死体の山…………ではなく、テーブルに突っ伏す山のような体格の竜種たち。

 なんだ、これは?

「こくりゅうさん、やばいっす」

「だろうな」

 真っ赤な顔をして目が泳いでいる。
 呂律も回っていない。

「こくりゅうさん、のみすぎました」

「見れば分かるぞ」

 それに酒臭い。

 主役抜きで行ったカーシェイの伴侶捕獲祝の宴会。いつもの竜殺し亭で普通竜種たちが、祝を理由に飲み明かしていた。

 金竜は辺境に戻り、銀竜は仲直りしたばかりの奥さんにベッタリ、紫竜はまだ体調がいまひとつ。
 上位竜種で参加していたのは俺だけだった。フィアの希望でフィアも連れてきたわけだったのだが。

 俺は師団関係の話で総師団長にちょっと呼ばれてしまった。
 同じく、打ち合わせに参加していたチビを捕まえ、急いで戻ってみたものの。不在にしていた間に、普通竜種たちが完全に酔っ払って、できあがっていたのだ。

「し、しぬ」

 ハァ

「誰だよ、竜殺しをこんなにたっぷりと飲ませたのは」

 竜種は、ちょっとやそっとの酒で酔いは回らない。

 唯一の例外が『竜殺し』と呼ばれる酒だ。度数が高く、竜種でも喉が焼けるような感覚が味わえる。
 ここ竜殺し亭は、その名の通り、この竜殺しが味わえる店だ。

 通常、竜殺しは時間をかけて、一口一口、舐めるようにして飲む。

 この飲み方で竜殺しが飲めて一人前、みたいなものが竜種の中にはあって、俺も成人してすぐ、頑張って飲んだものだ。

 オレンジやレモンなどの柑橘類の果汁と炭酸水で薄めて飲むのも、なかなかイケる。若い竜種の最近の流行りはこっちの飲み方だな。

 しかし、今日の飲み方はどちらでもないようだった。

 なにせ、竜殺しの空瓶がゴロンゴロンとあちこちに転がっている。

 おかしい。

 三十分くらいしか不在にはしなかったはず。なのに、この量の空瓶が転がっているだなんて、いったい誰が…………

 と思って辺りを見回す。

「フィアは?」

 俺は後悔した。

 いくらフィアの望みとはいえ、こんな酒臭いところにフィアを連れてきて、あまつさえ、急用だからと置いていってしまうなんて。
 カーネリウスとドラグゼルンに、フィアの護衛を頼んだはずが、フィアも二人も姿が見えない。

 焦って辺りを見回すと、カウンターテーブルで、俺のフィアが酒瓶片手にラッパ飲み。

 かわいい。
 ラッパ飲みする姿もかわいすぎる。

「俺も酒になってフィアに飲まれたい」

 て。

 あの酒瓶は、まさか!

 フィアの隣では、ドラグゼルンがカウンターに突っ伏し、カーネリウスが反対に背もたれに背をつけて仰け反っていた。

「やべぇ、おあいてさま、まじやべぇ」

「俺、死ぬ。マジで死ぬ」

 フィアがラッパ飲みしていた酒は、まさかの竜殺しだったのだ。

「て、フィアか?!」

 俺は惨状を作り出した原因を、意図せず見つけることになった。




「うぅ、誰が一番酒が強いか、飲み比べを始めたんです……」

「ま、いつものことだな」

 比較的、カーネリウスは正常だった。

 あくまでも『他のやつらに比べたら』の話ではある。
 ナッツと間違えて、氷をガリガリ食ってる時点で、完全な酔っ払いだ。

 楽しそうに俺の横で竜殺しを飲み続けるフィア。それを眺めて楽しみながら、俺はカーネリウスに説明を求めた。

「そうしたら、お相手様が竜殺しを……。それで俺も俺もと、皆、飲み始めて……」

 やはり原因はフィアだったのか。

 にしても、誰だよ。俺のいないときにフィアに酒を勧めたのは。
 俺の視線を受けて、もごもごと話し出すカーネリウス。

「師団長、すぐに帰ってくるって言ってたし。俺もドラグゼルンさんもいるんで、少量ならお相手様、大丈夫かと思いまして」

 こいつか。こいつがフィアに勧めたのか。

「で、こうなったと」

 普通に考えて、竜殺しなら少量でもヤバい部類の酒なんだがな。

 俺は頭を抱えた。

 そうだ。カーネリウスはエレバウトがいないと使えないやつだった。
 フィアに言われてたな。こいつは上位竜種の普通を世間一般の平均値だと思ってるって。

「普通に考えて、竜殺しをラッパ飲みって、おかしいだろ。そう思わなかったのか?」

 上位竜種の普通でも、さすがに、竜殺しのラッパ飲みはない。

「お相手様が飲めるなら、俺たちも飲めるんじゃないかと思って……」

 俺はさらに頭を抱えた。

 もう一度、見回す。

 楽しそうに飲むフィア、むせかえるような酒の臭い、あちこちから漏れてくる竜種たちの呻き声。

「やべぇ、まじやべぇ」

「おあいてさま…………」

「まだ、りゅうごろし、ビンでのんでる」

「さけ、つよすぎないか」

 呻き声を出せるやつはまだいい。
 つぶれて完全に寝入ってしまってるやつもいた。

 まぁ、俺のいないところで、フィアに酒を飲ませたやつが悪いよな。自業自得だ。

 ふと、俺の二の腕がつんつんとつつかれた。つつかれた方にいるのはフィアだ。

「ラウ、皆、疲れて寝ちゃったね」

「そうだな」

 疲れて寝ているわけではないんだがな。
 内心で苦笑いを浮かべながら、俺は相づちを打つ。

 いつもより、目が潤んでいて、ニコニコが全開のフィア。

 俺のフィアは今日もかわいい。

 つぶれた自業自得なやつらに構っている場合ではない。かわいいフィアを堪能しないと。

「ラウ」

「なんだ、フィア?」

「私たちも帰って寝ようよ」

「そうだな、帰るか」

「それにしても」

 フィアが空になった竜殺しの瓶を置いて、ふと考えこむ仕草をした。

「私って、お酒、強かったんだね」

 もはや強いとかいうレベルじゃないからな。
 竜殺しを瓶で空けてるんだから。

 赤種は、竜種のように酒に強い体質なのか?と考えた始めたところで、重要なことを思い出した。

「フィアに毒は効かないんだった」




「ん? 何か言った?」

「いや。いっしょに風呂入って、寝るか」

「うん」

 大きく頷いて手を差し出すフィア。

 ん、これは?

 いつもは『いっしょに風呂』なんて言うと、恥ずかしがるフィアが楽しそうにしていた。

 もしかしたら、フィアも少しは酔ってるのか?

 それなら、俺がしっかり守って帰らないとな。
 俺は差し出された手をしっかり握って、竜殺し亭を後にした。

 その後。フィアとの飲み比べは竜種の中で禁忌となった、というのは言うまでもない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

処理中です...