精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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3 武道大会編

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 第一会議室で、全体会議が始まった。

 総師団長、すべての正副師団長、全塔長の他、各副官も勢揃いしている。

 第六師団は、師団長のラウ、副師団長、師団長付き補佐官の私、そして副官はカーネリウスさん。
 姿はないが、エルヴェスさんはどこかで会議の内容を窺っているはずだ。

 半壊した第四師団は、師団長が意識不明、副師団長が命を落としたため、正副不在。代理で師団長付きの副官二名が参加していた。

 人数が少ないといえば、本体を混沌の樹林とスヴェート国境沿いに置く第七師団も、師団長と副官のみの参加だった。

「さぁ、始めようか」

 太い声が響く。

 議長席につくのは総師団長、その人だ。
 隣に控えるはずの副官も補佐もいない。

 その代わりに、神官服を纏った朱眼の少年がちょこんと腰掛けて、参加者ひとりひとりを舐めるように見つめていた。

 そして、内容が内容だからか。軍部の会議なのに、行政部のトップであるこの国の宰相も席についている。

 それを見て、カーネリウスさんが、私たちだけに聞こえるくらいの小さな声で呟いた。

「行政部が顔を出すなんて珍しいですね」

 エレバウトさんのおかげで、場所を弁えるようになったカーネリウスさん。
 元は総師団長付き副官だけあって、こういう場は詳しい。

「研究部が軍部の全体会議に参加するのは、慣例ですけどね」

 第一塔から第四塔までの塔は本来、研究部であって、軍部とは別の組織。
 軍部や行政部と違って、研究部を一つに纏めるトップはいない。
 今日も各塔長と塔長付き副官での参加だ。

 私も参加者ひとりひとりをじっと視回す。

「まずは、昨日の被害状況を経過と交えて説明する」

 総師団長は太い声を響かせた。




 二時間後。

 私は師団長室でランチを食べていた。

 今日のランチは片手でも手軽に食べられるサンドイッチだ。

 トマト、レタス、キュウリといった野菜と、ハム、蒸し鶏、卵、それにソテーした白身魚を思い思いに組み合わせていて、彩りも鮮やか。
 ソースも三種類くらい使っているのかな。具材に合わせたものになっている。

 今度、家でも作ってみよう。

 サンドイッチは、料理長にお願いして、小さいサイズにしてもらった。ラウなら一口で食べられそうな大きさだ。

 ソファーに座って、両手にサンドイッチを取り、片方を一口かじる。トマトの酸味とソースが合わさって美味しい。

「エレバウトさんたちも、ひとつどう?」

 目の前のソファーには、分厚い資料を捲っているエレバウトさんと、ホケーッと私の頭の辺りを眺めるカーネリウスさんが座っていた。

「あたくしたちは先ほど食堂でいただいてきましたので! お気遣いは結構ですわ!」

 エレバウトさんの甲高い声が、そーっと伸びたカーネリウスさんの手に刺さった。

 カーネリウスさんの手が止まる。

「ですよね? カーネリウスさん!」

「はい、そうでした」

 カーネリウスさんの手が引っ込んだ。

「それより、クロエルさんこそ、しっかり召し上がってくださいませ」

 分厚い資料を凄い早さで読み込みながら、エレバウトさんが話を続ける。

「朝食がジュースだけでは、身体が保ちませんわ!」

 うん、誰から聞いたの、それ?

「それで、全体会議の話はこれだけですのね」

 エレバウトさんが捲っていたのは全体会議の内容をまとめた資料。この短時間ですべてに目を通し終わったようだ。

 私は片方のサンドイッチをかじりながら、もう片方を頭の上に差し出した。

「そうなんだよね。取り急ぎ、被害状況と離反者の情報共有かな」

 頭の上でもくもくとサンドイッチを食べる音がする。

「被害状況は目新しいものはないですわね。スヴェートへの対応と離反者の処分についてはどうなりますの?」

「スヴェートには、国王名義で抗議の書簡を送ったって」

「スヴェートの捕虜については、現在、拘留中。こちらはスヴェートの返答待ちですね」

 エレバウトさんの質問に、私とカーネリウスさんで答えた。

「離反者については、処分保留だね」

「その理由が、これですわね?」

 エレバウトさんが今見たばかりの資料を捲って、該当の箇所を指し示す。

 スヴェートの魔導騎士と皇女が、禁忌魔法《混乱》と《狂乱》を使用。
 名もなき混乱と感情の神と、なんらかの繋がりがあると推測される。

 とんでもないことをやってくれたと思う。

 ため息をついて、新しいサンドイッチをかじった。頭の上にもサンドイッチを差し出すのを忘れない。

 カーネリウスさんが不思議そうな顔をしたのを、エレバウトさんは見逃さず、すかさず突っ込みを入れた。

「カーネリウスさん! もしかして、理由が分からないんですの? 名もなき混乱と感情の神の話はご存知ないのかしら?」

「いや、習った記憶があやふやで」

「仕方ありませんわね。あたくしが教えて差し上げますわ!」

「はい、お願いします」

 情けないことを言い出したカーネリウスさんに対して、高らかに笑いながら説明し始めるエレバウトさん。

「名もなき混乱と感情の神は、精神魔法の根源ですの。意識や感情を操る魔法と言った方が分かりやすいかしら」

 エレバウトさんは見た目の派手さに目が引かれるけど、能力は地味に凄い。
 知識部分の地味なところも、しっかりきっちりフォローできる。

「スヴェートは混乱や狂乱以外にも、そういった類の魔法が使えた訳ですのよ。
 魔法で意識や感情を操られて離反した、そのような方がいても、おかしくありませんわ」

 カーネリウスさんも地頭は悪くないので、すっと話が繋がる。

「あー、自分の意識ではなく離反したってことですね。だから、処分は保留と」

「そういうことですわね!」

「なるほど」

「それで、処分については、スヴェートからの返答待ちなんだよね」

 スヴェートがどういう回答をしてくるかで、いろいろ変わってくる。

 公式には、騒乱を起こしたのはスヴェート皇女。
 全体会議でも、スヴェート皇女とスヴェート皇帝の関係や三番目の話はまったく出なかった。

「欠員の穴埋めについてはどうなんですの? 書いてありませんけど」

「第四師団は師団長の回復を待ってから、団員選定だって」

 第四師団長は意識不明状態が続いている。上位竜種なので命に別状はないそうだ。

「それまでは第二師団、第六師団、第八師団で業務を担当することになります。
 ほぼ、第二師団で賄えそうなんですが、後日、師団長同士で話し合いですね」

「でしたら、こちらで担当可能な業務をリストアップしておきますわね」

「はい、よろしくお願いします」

「総師団長付きについては、至急、選定するみたい」

「あら、カーネリウスさん、本部に戻られますの?」

 サラサラとメモを取っていたエレバウトさんの手が止まる。

 カーネリウスさんは、元々、総師団長付きの副官だったから、エレバウトさんはそれを思い出したようだ。

「あ、それはないです」

 カーネリウスさんはあっさり否定する。

「全体会議で総師団長から言われました。第六師団で引き続き頑張れと」

「ホホホホホホ。それではあたくし、引き続き、カーネリウスさんを全力でサポートしますわ!」

「はい、今後ともよろしくお願いします、エレバウトさん」

「それで、師団長はどうされましたの?」

 うん、いまさら、それを突っ込む?!

 私は頭の上にサンドイッチを差し出した状態で固まった。
 事情を知っているカーネリウスさんも無言だ。

「「…………………………………………。」」

 全体会議が終わって、師団長室に戻ってきてからというもの、ラウはずっと私にくっついて離れない。

 今も隣に座って、ベッタリと私を抱きしめた状態のまま。
 私が差し出すサンドイッチをもくもくと無言で食べている。

 はぁー

「全体会議で席を離されたんですよね、クロエル補佐官」

「正副師団長以外は、後ろの席に座らないといけなかったからね」

 原因はなんのことはない、全体会議の席次だった。

 私の隣に座れなかった分を取り戻そうとでもするように、ラウはいつもよりベッタリくっついていた。

「それで、俺の隣にクロエル補佐官が座ることになって。生きた心地がしませんでしたよ」

「ラウが拗ねちゃって、ちょっと大変だったね」

「ちょっと大変なんてものじゃないですよ! 俺、師団長の殺気と冷気をモロに食らってたんですよ!」

 あれ? そうだった?

「でも、ほら、消されなかったし」

「当然ですよ! そんなんで消されたくありませんから、俺!」

 絶叫が師団長室に響き渡り、『そんなんで』扱いを不満に思ったラウから、再度、冷気を浴びせられることになるカーネリウスさんだった。
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