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3 武道大会編
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ラウと第六師団に出勤すると、あちこちから情報が入ってきていた。
「これでようやく、全体の状況が把握できるな」とラウ。
軍部は、第四師団の半壊が目を引くが、他にも被害が出ている。
第四師団以外では、護衛師団の第三師団と警備隊に被害が集中していた。
ここは当日の警備を担当していた部署なので、致し方ないものがある。
あと問題なのが、本部の総師団長付き。
離反したカーシェイさん以外は全員、帰らぬ人となってしまった。
死者が出たのは、第四師団と総師団長付きだけで、他はケガで済んだとこと。
とはいえ、重傷の騎士もいるので、予断を許さない。
「立て直しが大変そうだね」
第四塔は夜を徹して、ケガ人の治療にあたったらしい。
第四塔長のミアンシルザ様が、徹夜での治療で完全におかしくなっているようで、エルヴェスさんまで絡まれたとか。
「ほわほわちゃんは、アイツにゼッタイ近付かないように」
エルヴェスさんが、滅多に見せない真面目な顔(補佐さん曰わく)をして、師団長室に警告しにきたほどだ。
そんなエルヴェスさんも、徹夜なのか、目の下に隈ができていた。
「エルヴェスさんも、休めるときに休んでね」
「キャーーー、師団長、聞いた聞いた聞いた?! アタシ、ほわほわちゃんに心配してもらったわー!」
「あぁ、聞いたぞ。俺のフィアに心配してもらえたんだ。これであと三徹くらいは大丈夫そうだな」
うん、言葉の選択がおかしくない?
それに三徹したら、いくらエルヴェスさんでも体調崩すって。
「モチのロンよ! 新作の試作品見ながらヤッツケルワー」
うん、同意してるし。三徹は否定しようよ。
それに聞き捨てならない単語が混ざってるし。
「新作の試作品」
ボソッ
と私がつぶやくと、ラウとエルヴェスさんが二人そろって、ビクッとした。
「さあ! エルヴェス! とっとと帰って仕事仕事!」
「オッケー、師団長! コノアタシにババンと任せなさい!」
バタバタ、バタン!
シーーーーン
二人の突然の大声とバタバタした音と扉の閉まる乱雑な音の後に、沈黙が流れる。
チラッと横を見れば、ラウが額に汗を浮かべて、手元の書類を熱心に見ている。
…………ような、振りをしていた。
「ねぇ、ラウ」
私はその顔を下から覗き込む。
つーっと、ラウの額から汗が落ちた。
おもむろにハンカチを取り出し、ラウの額をポンポンと押さえて汗を吸い取ってあげると、ラウは一瞬驚いたような表情を見せた後、頬を赤くした。
「フィア」
ハンカチを握る私の手に、そっと自分の手を重ねるラウ。
「で、試作品って何?」
「うぐっ。目が笑ってないフィアも、これはこれでとてもかわいい」
私のかわいさ(自称)はラウ専用だからね。
じゃなくて。
「それで、試作品って?」
私は追求の手を緩めない。
なんだかんだと誤魔化されてしまうことがあるので、ここで引き下がってはいけないのだ。
「今はそんなことを言ってる場合じゃ、」
「ないのは分かってるけど」
そう。第四師団が半壊して、あちこち被害が出ていて。第六師団も、その穴埋めに駆り出される。
そんな大変なときに、試作品の話をしている場合じゃないのは分かっている。
あれ?
そんな大変なときに、試作品を作ってるんだよね? それこそ、試作品なんて作ってる場合じゃないんじゃないの?
大変なことに気付いてしまった。
ま、それはそれとして。
「愛し合っている夫婦って、きちんと情報交換しているものなんだってよ?」
「愛し合っている夫婦」
これでラウは、すべてを正直に話してくれる、はずだ。
「あのな、フィア」
「なぁに、ラウ?」
「まだ、その、公にはされていないんだが」
よし。
ハンカチを握る私の手を、ラウは両手でギュッと握り直して、下に降ろした。
いつの間にか、ラウの汗は引いていて、真っ正面から真剣な顔で私を見る。
私の手はラウの胸の前で握ったままだ。
「黒竜録の次作、武道大会編が目下、編集作業中でな。新作の試作品とはそれのことなんだ」
「やっぱり、また撮ってたんだ」
つい、思ったことが口に出た。
ラウは言い訳をするかのように、話を続ける。
「俺が撮影依頼した訳じゃないんだ。でもな、エルヴェスが言うにはな」
「エルヴェスさんが何か言ったの?」
「フィアにはぽわんとした独特のかわいさがあって、ライバルが多いから、記録を作って周知させた方が良いって」
「ライバル?」
「あぁ。俺とフィアが仲の良い夫婦だってことを、しっかり思い知らせておいた方が良いって」
誰に? ライバルに? ラウにライバルいるの? ラウよりヤバイ人ってこと?
首を傾げて、ラウの言うライバルというものを想像してみた。
「それでも、俺の奥さんに手を出そうとするなら、遠慮なく叩き潰せばいい訳だし」
首を傾げる私の頭を、ラウは片方の手で優しく撫でる。
もう片方は握り締め継続中。どうやら、手を離すつもりはないらしい。
「こっちとしても、心置きなく始末できた方が、後腐れなくていいんだよな」
穏やかな顔で物騒なことを言っている。
「うーん、ラウの気持ちがスッキリするなら、それでいいけど。皆に記録を見られるのって恥ずかしくないの?」
「あぁ、それは大丈夫だ、フィア」
言外に『私は恥ずかしい』を含ませたつもりが、自信に満ちた言葉となって返ってきた。
「見られても恥ずかしくないものだけに厳選している」
え? それはどういう意味で?
「そもそも、他人に見せたくない映像は、俺の個人的なコレクションになってるからな」
え! ラウの個人的なコレクション!
絶対にヤバイやつだ!
私の使用済み品コレクションは、先月、処分したばかり。
「ラウ、その、」
バーーーーーン
「師団長! 全体会議の時間ですよ! さっさと会議室に行きましょう!
って、あれ、俺、お邪魔でした?」
焦って話しかけた私の声は、突然やってきたカーネリウスさんにかき消されてしまったのだった。
「これでようやく、全体の状況が把握できるな」とラウ。
軍部は、第四師団の半壊が目を引くが、他にも被害が出ている。
第四師団以外では、護衛師団の第三師団と警備隊に被害が集中していた。
ここは当日の警備を担当していた部署なので、致し方ないものがある。
あと問題なのが、本部の総師団長付き。
離反したカーシェイさん以外は全員、帰らぬ人となってしまった。
死者が出たのは、第四師団と総師団長付きだけで、他はケガで済んだとこと。
とはいえ、重傷の騎士もいるので、予断を許さない。
「立て直しが大変そうだね」
第四塔は夜を徹して、ケガ人の治療にあたったらしい。
第四塔長のミアンシルザ様が、徹夜での治療で完全におかしくなっているようで、エルヴェスさんまで絡まれたとか。
「ほわほわちゃんは、アイツにゼッタイ近付かないように」
エルヴェスさんが、滅多に見せない真面目な顔(補佐さん曰わく)をして、師団長室に警告しにきたほどだ。
そんなエルヴェスさんも、徹夜なのか、目の下に隈ができていた。
「エルヴェスさんも、休めるときに休んでね」
「キャーーー、師団長、聞いた聞いた聞いた?! アタシ、ほわほわちゃんに心配してもらったわー!」
「あぁ、聞いたぞ。俺のフィアに心配してもらえたんだ。これであと三徹くらいは大丈夫そうだな」
うん、言葉の選択がおかしくない?
それに三徹したら、いくらエルヴェスさんでも体調崩すって。
「モチのロンよ! 新作の試作品見ながらヤッツケルワー」
うん、同意してるし。三徹は否定しようよ。
それに聞き捨てならない単語が混ざってるし。
「新作の試作品」
ボソッ
と私がつぶやくと、ラウとエルヴェスさんが二人そろって、ビクッとした。
「さあ! エルヴェス! とっとと帰って仕事仕事!」
「オッケー、師団長! コノアタシにババンと任せなさい!」
バタバタ、バタン!
シーーーーン
二人の突然の大声とバタバタした音と扉の閉まる乱雑な音の後に、沈黙が流れる。
チラッと横を見れば、ラウが額に汗を浮かべて、手元の書類を熱心に見ている。
…………ような、振りをしていた。
「ねぇ、ラウ」
私はその顔を下から覗き込む。
つーっと、ラウの額から汗が落ちた。
おもむろにハンカチを取り出し、ラウの額をポンポンと押さえて汗を吸い取ってあげると、ラウは一瞬驚いたような表情を見せた後、頬を赤くした。
「フィア」
ハンカチを握る私の手に、そっと自分の手を重ねるラウ。
「で、試作品って何?」
「うぐっ。目が笑ってないフィアも、これはこれでとてもかわいい」
私のかわいさ(自称)はラウ専用だからね。
じゃなくて。
「それで、試作品って?」
私は追求の手を緩めない。
なんだかんだと誤魔化されてしまうことがあるので、ここで引き下がってはいけないのだ。
「今はそんなことを言ってる場合じゃ、」
「ないのは分かってるけど」
そう。第四師団が半壊して、あちこち被害が出ていて。第六師団も、その穴埋めに駆り出される。
そんな大変なときに、試作品の話をしている場合じゃないのは分かっている。
あれ?
そんな大変なときに、試作品を作ってるんだよね? それこそ、試作品なんて作ってる場合じゃないんじゃないの?
大変なことに気付いてしまった。
ま、それはそれとして。
「愛し合っている夫婦って、きちんと情報交換しているものなんだってよ?」
「愛し合っている夫婦」
これでラウは、すべてを正直に話してくれる、はずだ。
「あのな、フィア」
「なぁに、ラウ?」
「まだ、その、公にはされていないんだが」
よし。
ハンカチを握る私の手を、ラウは両手でギュッと握り直して、下に降ろした。
いつの間にか、ラウの汗は引いていて、真っ正面から真剣な顔で私を見る。
私の手はラウの胸の前で握ったままだ。
「黒竜録の次作、武道大会編が目下、編集作業中でな。新作の試作品とはそれのことなんだ」
「やっぱり、また撮ってたんだ」
つい、思ったことが口に出た。
ラウは言い訳をするかのように、話を続ける。
「俺が撮影依頼した訳じゃないんだ。でもな、エルヴェスが言うにはな」
「エルヴェスさんが何か言ったの?」
「フィアにはぽわんとした独特のかわいさがあって、ライバルが多いから、記録を作って周知させた方が良いって」
「ライバル?」
「あぁ。俺とフィアが仲の良い夫婦だってことを、しっかり思い知らせておいた方が良いって」
誰に? ライバルに? ラウにライバルいるの? ラウよりヤバイ人ってこと?
首を傾げて、ラウの言うライバルというものを想像してみた。
「それでも、俺の奥さんに手を出そうとするなら、遠慮なく叩き潰せばいい訳だし」
首を傾げる私の頭を、ラウは片方の手で優しく撫でる。
もう片方は握り締め継続中。どうやら、手を離すつもりはないらしい。
「こっちとしても、心置きなく始末できた方が、後腐れなくていいんだよな」
穏やかな顔で物騒なことを言っている。
「うーん、ラウの気持ちがスッキリするなら、それでいいけど。皆に記録を見られるのって恥ずかしくないの?」
「あぁ、それは大丈夫だ、フィア」
言外に『私は恥ずかしい』を含ませたつもりが、自信に満ちた言葉となって返ってきた。
「見られても恥ずかしくないものだけに厳選している」
え? それはどういう意味で?
「そもそも、他人に見せたくない映像は、俺の個人的なコレクションになってるからな」
え! ラウの個人的なコレクション!
絶対にヤバイやつだ!
私の使用済み品コレクションは、先月、処分したばかり。
「ラウ、その、」
バーーーーーン
「師団長! 全体会議の時間ですよ! さっさと会議室に行きましょう!
って、あれ、俺、お邪魔でした?」
焦って話しかけた私の声は、突然やってきたカーネリウスさんにかき消されてしまったのだった。
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