上 下
154 / 384
3 武道大会編

5-2

しおりを挟む
 テラはしばらく無言だった。
 ただただ、デュク様の寝息だけが聞こえる。
 私はテラが口を開くのを静かに待った。

 私の感覚で五分程度の時間が経っても、テラに反応はない。

 これ以上待っても時間の無駄かな。

 そう思って、三番目の痕跡を探しにいこうと立ち上がろうとした、そのとき。

「なんで、分かった?」

 テラがようやく口を開いた。

 にゃー

 デュク様も起きて、赤い目で私を見ている。

「視れば分かるわ」

「それで、どうして、三番目が君の邪魔をすると決めつける?」

「決めつけてはないわ。でも、今まで邪魔ばかりされてるし」

 ラウと出会った最初の魔物遭遇、鑑定の儀の帰り道での魔物襲撃、自然公園での魔物召喚。

 おそらくすべて、三番目が関わっている。

 赤種が魔物を生み出すなんて話は聞いたことがないので、召喚魔法で呼び出しているのだろう。

 それで、あの魔法陣《混沌獣の召喚》か。

 いずれにしても、毎回毎回、魔物と戦っている。そんな大した強さじゃないから、深刻な事には至らなかった。
 とはいえ、気持ちのいいものじゃない。

「そうか? 結果として、君にとっては良い方向に進んだだろ」

「そうかな。すべてラウに捕獲されて終わってるような気がする」

 私にとって、グランフレイムでの人生より、ラウとともに歩む人生の方が、はるかに良いものなのには間違いない。

 間違いはないけど、魔獣をけしかけられて『結果として良い方向』なんて言われても、素直に喜べない。

 私はジロッとテラを眺めた。

「つまり、テラも共犯か」

「違う。最初のを見逃しただけだ。結果的に、君は自由に生きられるようになっただろ」

 最初の?

 ちょっと引っかかる言い方だな。

 まぁ、それは後からでも追求するとして、私はこれ見よがしに自分の首を見せた。

「捕獲されてこの状態で、自由だって言うの?」

 ラウと交わした伴侶の契約は、赤種の鑑定眼には首輪のように視える。
 テラの朱眼にも、この首輪がしっかりと視えていることだろう。

「………………黒竜の関与は想定外だ」

 テラは下を向いた。私の首輪から目を反らすように。

 テラの視線の先、膝の上にはデュク様がいて、相変わらず、にゃーとかわいい声をあげている。

「テラが何かやったんじゃないの?」

「違う。本当に違うんだ」

 責められているとでも思ったのか、テラはバッと顔をあげ、慌てて説明を始めた。

「黒竜に関しては何もやってない。鑑定の儀で初めて君に会って、そのときに気づいたんだ」

 テラは一瞬、言葉につまり、また話し始めた。

「君が黒竜と仮契約していることに」

 テラと初めて会ったとき。テラは私を見るなり、こう言っていた。『一足遅かったみたいで、残念だな』と。
 あの時点で、すでに、伴侶の契約のことを分かっていたんだ。

「分かっていたなら、なんで、教えてくれなかったの?」

「教えたところで、何ができるんだよ。仮契約は済んでいたんだし」

「心の準備とか」

「準備したところで、何も変わらないだろ。それに余計なことをして、黒竜に睨まれたくなかったしな」

 なんだか、おもしろくない。

 でもこれで、テラが余計な関与をしていないことは分かった。
 余計な関与をしたのは三番目だよね。

「後は君も知ってるとおり。覚醒して暴走した君の力が、僕らの手に負えないことが分かって、黒竜の助けを借りた」

「その対価が婚約許可書と婚姻許可書か」

「仕方ないだろう。あのままでは、君も、そして世界も危なかったんだ」

 テラが真面目な顔でそう言ったが、危ないという実感はまったくない。

 にゃー

 デュク様も、テラの話をつまらなさそうに聞いているようだ。

「黒竜は仮契約をした上で、執着の鎖で君を縛っていたから。暴走している君の力を抑えられると思ったんだよ」

 テラは息を吐いた。
 同時にデュク様がもぞもぞと動き出す。

「だから僕は、共犯でも何でもない。世界の平穏を守っただけだ」

「なら、三番目のことを隠してたのは?」

「隠してはない。説明する機会がなんて、なかっただろう」

「とにかく、あの猫を見つけて、どう処理するかはそれから決めるから」

「ダメだ! 三番目に関わるな!」

 思わず、テラが大きな声をあげた瞬間、テラの注意がデュク様から反れた。

 フワッ

 テラの腕から抜け出すデュク様。

 テラがあっと声をあげたときには、デュク様は私の肩にひらりと飛び乗っていた。

「それは私が決める」

「分かった。最初から説明するよ」

 デュク様が私の肩から頭の上に移動した。けっこう重いかも。
 意識だけ、この空間にいるはずなのに、不思議と重みを感じる。

 デュク様はそんな私に構わず、頭の上でにゃーと鳴いた。テラに話の先を促すかのように。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

処理中です...