上 下
142 / 384
3 武道大会編

4-0 第六師団長の穏やかならざる日々

しおりを挟む
 俺、ラウゼルト・ドラグニールは、人生最大の難問にぶち当たっていた。

「就任したばかりの俺専用補佐官が、死ぬほどかわいすぎて困る」

 俺とお揃いの騎士服を着て、ちょこんと俺の隣に腰を下ろすフィア。
 かわいい。とてもかわいい。かわいさが爆発している。

 今すぐ連れて帰りたい。

 自然とくっついて座れるよう、第三塔で一ヶ月かけて開発してもらった二人掛けのイスにも、何の疑問も持たずに座ってくれる。

 しかし、このイスは会心の出来だった。

 イスそのものの造りも良いし、デザインも良い。

 お互いが邪魔にならず、自然とくっついて座れるし、何より、フィアの体温や魔力だけでなく、匂いまで漂ってくる。

 良いこと尽くしだ。

 かわいい補佐官のことを思い浮かべていると、研修の進捗状況を報告し終わったカーシェイから、とんでもない言葉が出た。

「なら、師団専属補佐官にすれば良かったでしょう」

「そんなこと絶対にできるか!」

 俺は目の前で呆れた表情をしているカーシェイに食ってかかる。

「俺専用補佐官以外、フィアに相応しい役職なんてあるわけないだろ」

 俺の言葉に対して、今度は、ああそうですか、なんて雰囲気を醸し出す。

「そもそもだな、フィアは俺に就職したかったんだから」

「だとしたら、困ることなんてないでしょう。バリバリ仕事をして、素敵な夫だというところを見せればいいんですよ」

 ま、それはそうだな。

 でも、ガツガツ仕事をするような感じで余裕がないと思われないか?

 俺は思わず微妙な表情を浮かべてしまったようだ。

 カーシェイは、ならばと、どこからか分厚い冊子を取り出して、執務机の上にばんと置いた。

「いいですか、師団長。これを見てください」

 全師団員勤務実態調査資料集?

 分厚い資料を手慣れた手つきでめくり、目当てのページを提示するカーシェイ。

「統計調査でも、職につく女性が好みに思う男性の条件トップは、『仕事ができる』です」

「なるほど」

 師団に勤務する女性騎士並びに師団の女性職員を対象とした意識調査もやっているようだ。

「なので、師団長が熱心に仕事をして、あっという間に書類を片付ければ、お隣でそれを見るお相手様はどう思われるでしょう?」

「仕事ができる男か」

「その通りです。感動して、お仕事頑張って!と応援してくださったり、疲れてない?と心配してくださったりもされるはずです」

「なるほどな。困っている場合ではないな」

 そうですそうですと言いながら、決裁が必要な書類を俺の目の前に積み上げ始めるカーシェイ。

 統計調査の続きが気になるな。

 手を伸ばして資料をめくる。

「二番目以下は、高収入と高ポジション、家事育児に積極的で家庭的、優しくて穏やかな性格か」

「師団長はどれも該当してますので、問題ありませんよ。さぁ、さっさとこちらの書類の決裁を」

 俺たちの会話を聞いて、ソファーに陣取って書類の書き直しをしていた部隊長二人が騒ぎ出した。

「師団長のどこが、優しくて穏やかだよ」

「だな! いてっ!」

「いっつー、ほら、そういうところ!」

「ァア? もっと重みがある方が良かったか?」

 優しく、氷の礫を弾いてやったが、こいつらには氷の塊の方が良かったか。

「まぁ、師団長が優しいのは、お相手様に対してだけですから」

 カーシェイがフォローにもならないフォローを入れる。

「しっかし、師団長。条件いい割には、女に不人気な独身師団長の上位だったよな」

「女に人気の独身師団長、上位三人は、第一、第四、第八だったよな」

 余計な情報をねじ込んでくる二人。

「俺はフィアから絶大な人気を得られれば、それでいいんだ」

「それはそうですよね、では、こちらの書類の決裁を」

 書類の書き直しが終わったなら、さっさと出ていけばいいのに。
 あまりうるさくするようなら、部屋から追い出すか。

 そんなことを考えている間にも、二人の話はエスカレートしていった。

「仕事ができる、高収入高ポジションはうちの師団長も負けてないのにな」

「あのなー、容姿と性格で負けてるだろ。デカくて厳ついしな」

「あー、そうだった。すぐ、殺気と冷気も撒き散らすしな」

 ブチッ

 こいつら言い過ぎだろう。

「ァア? お前ら暇そうだな!」

「だから、こちらの書類の決裁!」

 バーーーーン

 ちょうど良いタイミングで、師団長室の扉が音を立てて開いた。

 エルヴェスの補佐二人だ。
 ちょうど良い話題を、こいつらもぶち込んでくる。

「師団長、お相手様の好きな男性の条件、聞いて来たっすよ!」

「補佐一号!」

 フィアの好きな男性の条件!
 ものすごく気になるが、小柄な美少年とかじゃないよな?

 俺の視線を受けて、補佐二号が口を開いた。

「熊みたいにかわいい、だそうです」

 ……………………なんで、熊?

 固まる俺。

「補佐二号…………好きな条件、それか?」

 大きく頷く、エルヴェスの補佐二人。

「良かったですね、師団長」

「良かったっすね、師団長」

「良かった、のか?」

 補佐二人に祝福される俺。
 どうにか言葉を絞り出す。

「全師団で熊に該当する人間は師団長しかいませんよ」

「お相手様、師団長を懐いた熊みたいって言ってたっすよ」

 いや、おかしいだろ。

「俺は熊から夫になったはずだが?」

 呆然として固まったままの俺に、追い討ちをかける部隊長たち。

「師団長、相変わらず熊扱いか」

「師団長、相変わらずペット枠か」

「いや、俺は夫だ! 配偶者枠だ!」

 おかしい、おかしいぞ!

「かわいいって思われて、良かったじゃないですか。さぁ、そろそろ決裁にとりかかりましょうか」

「かわいいはおかしいだろ!」

 コンコン

 最悪のタイミングで扉が開き、大騒ぎで大混乱の師団長室にフィアが戻ってきた。

「ラウ、戻ったよ」

「フィア、俺はかわいいのか?」

 しまった、そうじゃない!

 俺がかわいいか訊いてどうする?
 かわいいのは俺じゃなくて、フィアの方だろ。

 焦って質問を間違えた。

 慌てすぎて次の言葉が出ない俺に、きょとんとしたかわいい顔で、フィアが返事をする。

 その答えが、

「ラウ? 熊みたいでかわいいけど?」

 ……………………熊から離れてない。

「良かったですね、師団長」

「良かったっすね、師団長」

「いったい何の話?」

 小首をかしげながら尋ねたフィアの目が、決裁待ちの書類を見つけた。

 山積みの書類に顔を曇らせるフィア。

「まだ書類の決裁、終わってないの?」

「あ、ちょっとな。カーシェイたちと話をしててな」

 最悪だ。

 これでは、仕事ができる男から遠ざかってしまう。困った、困ったぞ。

 ところが、フィアはさらに焦る俺の様子を気にとめることはなかった。

「そうなんだ。それなら、ラウがお仕事頑張れるよう、私も頑張るね」

「ん? フィアも頑張ってくれるのか?」

「うん、カーシェイさん以外の人をここから吹き飛ばせば、ラウのお仕事も捗るよね」

「「えっ?!」」

「だから、頑張るね」

 轟音とともに、師団長室から軽々と吹き飛ばされる四人。
 盛大に引きつるカーシェイ。
 何事もなかったように、ニコニコしているフィア。

「決裁、頑張ろうね、ラウ」

 やっぱり、フィアがかわいすぎて困る。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

処理中です...