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3 武道大会編
3-1
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マル姉さんとナルフェブル補佐官が、塔長室の片付けをしている間、私はノルンガルスさんの傷口から漂っていた魔力について、二人に説明する。
「カーシェイさんの魔力ですね」
「待ってくれ。カーシェイがノルンガルス補佐官にケガを負わせたってことか」
愕然とする塔長。
「そう思いたくはありません。でも、なんらかの関わりがあるはずです」
「カーシェイは総師団長付きの副官だ。やたらなことをするはずがない」
塔長がカーシェイさんの関与を否定する。
うん、そうだよね。そう思うよね。
私だってそう思いたいし、鑑定が絶対だとは思ってないけど。真っ向から否定されるのも気持ちが良いものではない。
そこに、グリモさんが割って入った。
「塔長、クロエルさんは鑑定結果を提示して、なんらかの関わりがあると言っているんだ」
「それはそうだが。カーシェイのことは、昔からよく知っている」
ふだん、ムカつく言動が多いグリモさんだけど、私の話をしっかり聞いてくれている。
「だから、鑑定眼を持つ特級補佐官の意見は無視しても良いと?」
鵜呑みにはしないが、根拠がなければ否定もしない。
そして、感情に振り回されることもない。
グリモさんが私に教えたい『特級補佐官像』はきっと、こういうものなんだろう。
「だけどな」
「塔長。僕らの仲間が大ケガしたんだ。クロエル補佐官の鑑定がなくても、ケガの前後で接した人物は注視すべきだろう」
「それはそうだが」
「予定にない行動を取っているなら、なおさらだ」
「まぁ、ひとまずは、ノルンガルス補佐官の回復を待つか」
未だ納得していない様子の塔長に対して、グリモさんは疲れたようにため息をつく。
「それにケガの程度も把握しないと。
どう見ても、転んだ、突き飛ばされた程度のケガではないよ、あれ」
グリモさんの言葉で、ひとまず、この話は終わりとなった。様々な疑念を残したまま。
その後、第四塔より、ノルンガルスさんの意識が戻ったと連絡があった。
治療のため第四塔に運ばれてから、六時間。第四塔長が奮起して頑張ったらしい。
「クロエルさんには、観察体になってもらいたいんだもの。
なんとしてでも、良いところを見せて、クロエルさんに気に入られなくては」
なんか、別の欲望にまみれてる。
「あー、ミアンシルザのことは気にしなくていいぞ」
と、うちの塔長。
第四塔長のミアンシルザ様は、第一塔長の双子の姉。つまり、王女様だ。
うちの塔長の話では、ミアンシルザ様は欲望まみれな人なんだそうで。
ちょっとヤバそう。
「セリナ!」
「マギナ、ねえ、さま」
「セリナ、良かった、セリナ」
同じ姉でも、ノルンガルスさんの方は優しいお姉さんのようで、ホッとした。
とはいえ、仕事を切り上げて急いでやってきたのは、第八師団のお姉さんだけ。
ご両親はこっちに向かっている最中で、第四師団のお姉さんは仕事中だと返事があっただけだそうだ。
第八師団のお姉さんは、涙で顔をぐしゃぐしゃにして、ノルンガルスさんに話しかけている。
キツい性格じゃ、なかったんだな。
いつも、ツンケン絡んでくるから、嫌われていると思ってた。
「だから、君はその辺の人間関係も経験積んだ方がいいな」
グリモさんに言われなくても、今はそう思ってる。
「で。さっそくで悪いけど、何があったんだい?」
「それが、その、あの、よく覚えていなくって」
グリモさんの質問にノルンガルスさんは困ったように返事をする。
未だ治療中のノルンガルスさんには申し訳ないけど。
不可解なことが多いので、塔長、グリモさん、私の三人で治療室に押し掛けてしまった。
治療担当のミアンシルザ様、付き添いのフィールズさん、ノルンガルスさんのお姉さんと、合計六人がベッドを囲んでひしめく。
うちの塔長とミアンシルザ様は、ノルンガルスさんのケガの具合について話し合っているため、他の四人で話を聞いた。
「それなら、自宅を出てから順を追って話してくれないかい?」
グリモさんが落ち着いた声で、質問を変える。
ノルンガルスさんは静かに頷いてから、話し始めた。
「いつもは姉のマギナと出勤しているんです。今日はマギナが早出だと言うので、二番目の姉のカレナと出勤しました」
話ながら、近くに寄り添っている、第八師団のお姉さんをチラッと見る。
「第一塔の近くまで来て、カレナと別れようとしたとき、前から、誰かやってきたんです」
ノルンガルスさんはそこで言葉を止め、思い起こすように目を閉じた。
「それが、お姫様みたいなフワフワのドレスを着た人だったので。ピンク色でフリルたっぷりのかわいらしい感じの。
わたし、急いで道を譲ろうとして、慌てちゃって」
静かに目を開けると、再び、話を始める。
ノルンガルスさんたちは目の色が違う以外は、三人ともよく似ていた。
第八師団のお姉さんが青、第四師団のお姉さんが金茶、そしてノルンガルスさんは赤紫色だ。
「足がもつれたのか、フラッとよろけて、倒れ込んじゃって」
ノルンガルスさんの眉が下がる。
申し訳なさいっぱいの表情だ。
「お姫様の隣にいた護衛の人だと思うんだけど、声が聞こえて。危ない!って。気がついたら、わたし、道の端に横になっていて」
よろけて倒れ込んだ後、道の端に横になるまでの間の記憶が抜けている。
「お姫様や護衛の人からは怒られるし、カレナからも」
実際にお姫様にぶつかったのか、ぶつかっていないのか。
カーシェイさんの魔力はどこで、ノルンガルスさんに接触したのか。
さっき、鑑定眼で視たときは、カーシェイさんの魔力しか視えなかった。
ただこれだけでは、お姫様の痕跡がなかったかの証明にはならない。
偽物の護符のときもそうだったけど、ただの紙切れの証明や、痕跡がないことの証明は、殊の外、難しい。
「それで、その三人は君を置いていったのかい?」
「そこに、わたくしが通りかかりまして」
フィールズさんがノルンガルスさんから話を引き継いだ。
ノルンガルスさんがフィールズさんの言葉に同意するように、コクリと頷く。
「カーシェイさんは、自分はアルタル様のお世話があるから、後はお願いすると言って、立ち去りました」
フィールズさんが話を続ける。
お世話って。なにそれ。
カーシェイさんは世話係でも護衛役でもない。あくまでも監視役のはず。
「あのときは、こんなに酷い状態だとは分からなくて。わたくしの失態です」
「違いますよ。わたしが慌ててフラついたせいで、こんなことになっちゃって」
フィールズさんとノルンガルスさん、二人で下を向き、シュンとなってしまった。
「でも、マズいな。今の話からすると、ノルンガルスさんが加害者になってしまう」
「え?」
「状況から考えて、ノルンガルスさんがスヴェート皇女にぶつかりそうになったのを、カーシェイ副官が防いだってことになる」
「えー、防ぐにしても、この大ケガはやり過ぎですよ?」
だって、私が時間を止めて、ミアンシルザ様が全力で頑張らないといけないほどの、大ケガなんだよ?
下手したら死んでたんだよ?
「それでもなんだよ」
宥めるように言うグリモさん。
「今、総師団長が体調を崩して休暇中って話だからね。総師団長が職務に復帰してからいろいろ判断が下ると思うけど」
グリモさんの言葉は正論なんだろうけど、納得がいかない。
ああ、塔長もこんな気分なんだろうか。
「あのピンクのドレスの人、スヴェート皇女様だったんですか?!
ぶつかって、大事にならなくて良かった!」
ノルンガルスさんが大ケガして、すでに大事になってるって。
「でも、あのお姫様。アルタルって名前ではなかったような」
ノルンガルスさんが首を傾げた。
「本当かい?!」「本当ですか?!」
グリモさんとフィールズさん、二人の言葉が重なる。
「え? どういうことですか?」
二人は顔を見合わせ、そして、私の方を向いて告げた。
「ノルンガルス補佐官の鑑定は特殊なんです」
フィールズさんから説明された内容は、なんとも信じがたいものだった。
「カーシェイさんの魔力ですね」
「待ってくれ。カーシェイがノルンガルス補佐官にケガを負わせたってことか」
愕然とする塔長。
「そう思いたくはありません。でも、なんらかの関わりがあるはずです」
「カーシェイは総師団長付きの副官だ。やたらなことをするはずがない」
塔長がカーシェイさんの関与を否定する。
うん、そうだよね。そう思うよね。
私だってそう思いたいし、鑑定が絶対だとは思ってないけど。真っ向から否定されるのも気持ちが良いものではない。
そこに、グリモさんが割って入った。
「塔長、クロエルさんは鑑定結果を提示して、なんらかの関わりがあると言っているんだ」
「それはそうだが。カーシェイのことは、昔からよく知っている」
ふだん、ムカつく言動が多いグリモさんだけど、私の話をしっかり聞いてくれている。
「だから、鑑定眼を持つ特級補佐官の意見は無視しても良いと?」
鵜呑みにはしないが、根拠がなければ否定もしない。
そして、感情に振り回されることもない。
グリモさんが私に教えたい『特級補佐官像』はきっと、こういうものなんだろう。
「だけどな」
「塔長。僕らの仲間が大ケガしたんだ。クロエル補佐官の鑑定がなくても、ケガの前後で接した人物は注視すべきだろう」
「それはそうだが」
「予定にない行動を取っているなら、なおさらだ」
「まぁ、ひとまずは、ノルンガルス補佐官の回復を待つか」
未だ納得していない様子の塔長に対して、グリモさんは疲れたようにため息をつく。
「それにケガの程度も把握しないと。
どう見ても、転んだ、突き飛ばされた程度のケガではないよ、あれ」
グリモさんの言葉で、ひとまず、この話は終わりとなった。様々な疑念を残したまま。
その後、第四塔より、ノルンガルスさんの意識が戻ったと連絡があった。
治療のため第四塔に運ばれてから、六時間。第四塔長が奮起して頑張ったらしい。
「クロエルさんには、観察体になってもらいたいんだもの。
なんとしてでも、良いところを見せて、クロエルさんに気に入られなくては」
なんか、別の欲望にまみれてる。
「あー、ミアンシルザのことは気にしなくていいぞ」
と、うちの塔長。
第四塔長のミアンシルザ様は、第一塔長の双子の姉。つまり、王女様だ。
うちの塔長の話では、ミアンシルザ様は欲望まみれな人なんだそうで。
ちょっとヤバそう。
「セリナ!」
「マギナ、ねえ、さま」
「セリナ、良かった、セリナ」
同じ姉でも、ノルンガルスさんの方は優しいお姉さんのようで、ホッとした。
とはいえ、仕事を切り上げて急いでやってきたのは、第八師団のお姉さんだけ。
ご両親はこっちに向かっている最中で、第四師団のお姉さんは仕事中だと返事があっただけだそうだ。
第八師団のお姉さんは、涙で顔をぐしゃぐしゃにして、ノルンガルスさんに話しかけている。
キツい性格じゃ、なかったんだな。
いつも、ツンケン絡んでくるから、嫌われていると思ってた。
「だから、君はその辺の人間関係も経験積んだ方がいいな」
グリモさんに言われなくても、今はそう思ってる。
「で。さっそくで悪いけど、何があったんだい?」
「それが、その、あの、よく覚えていなくって」
グリモさんの質問にノルンガルスさんは困ったように返事をする。
未だ治療中のノルンガルスさんには申し訳ないけど。
不可解なことが多いので、塔長、グリモさん、私の三人で治療室に押し掛けてしまった。
治療担当のミアンシルザ様、付き添いのフィールズさん、ノルンガルスさんのお姉さんと、合計六人がベッドを囲んでひしめく。
うちの塔長とミアンシルザ様は、ノルンガルスさんのケガの具合について話し合っているため、他の四人で話を聞いた。
「それなら、自宅を出てから順を追って話してくれないかい?」
グリモさんが落ち着いた声で、質問を変える。
ノルンガルスさんは静かに頷いてから、話し始めた。
「いつもは姉のマギナと出勤しているんです。今日はマギナが早出だと言うので、二番目の姉のカレナと出勤しました」
話ながら、近くに寄り添っている、第八師団のお姉さんをチラッと見る。
「第一塔の近くまで来て、カレナと別れようとしたとき、前から、誰かやってきたんです」
ノルンガルスさんはそこで言葉を止め、思い起こすように目を閉じた。
「それが、お姫様みたいなフワフワのドレスを着た人だったので。ピンク色でフリルたっぷりのかわいらしい感じの。
わたし、急いで道を譲ろうとして、慌てちゃって」
静かに目を開けると、再び、話を始める。
ノルンガルスさんたちは目の色が違う以外は、三人ともよく似ていた。
第八師団のお姉さんが青、第四師団のお姉さんが金茶、そしてノルンガルスさんは赤紫色だ。
「足がもつれたのか、フラッとよろけて、倒れ込んじゃって」
ノルンガルスさんの眉が下がる。
申し訳なさいっぱいの表情だ。
「お姫様の隣にいた護衛の人だと思うんだけど、声が聞こえて。危ない!って。気がついたら、わたし、道の端に横になっていて」
よろけて倒れ込んだ後、道の端に横になるまでの間の記憶が抜けている。
「お姫様や護衛の人からは怒られるし、カレナからも」
実際にお姫様にぶつかったのか、ぶつかっていないのか。
カーシェイさんの魔力はどこで、ノルンガルスさんに接触したのか。
さっき、鑑定眼で視たときは、カーシェイさんの魔力しか視えなかった。
ただこれだけでは、お姫様の痕跡がなかったかの証明にはならない。
偽物の護符のときもそうだったけど、ただの紙切れの証明や、痕跡がないことの証明は、殊の外、難しい。
「それで、その三人は君を置いていったのかい?」
「そこに、わたくしが通りかかりまして」
フィールズさんがノルンガルスさんから話を引き継いだ。
ノルンガルスさんがフィールズさんの言葉に同意するように、コクリと頷く。
「カーシェイさんは、自分はアルタル様のお世話があるから、後はお願いすると言って、立ち去りました」
フィールズさんが話を続ける。
お世話って。なにそれ。
カーシェイさんは世話係でも護衛役でもない。あくまでも監視役のはず。
「あのときは、こんなに酷い状態だとは分からなくて。わたくしの失態です」
「違いますよ。わたしが慌ててフラついたせいで、こんなことになっちゃって」
フィールズさんとノルンガルスさん、二人で下を向き、シュンとなってしまった。
「でも、マズいな。今の話からすると、ノルンガルスさんが加害者になってしまう」
「え?」
「状況から考えて、ノルンガルスさんがスヴェート皇女にぶつかりそうになったのを、カーシェイ副官が防いだってことになる」
「えー、防ぐにしても、この大ケガはやり過ぎですよ?」
だって、私が時間を止めて、ミアンシルザ様が全力で頑張らないといけないほどの、大ケガなんだよ?
下手したら死んでたんだよ?
「それでもなんだよ」
宥めるように言うグリモさん。
「今、総師団長が体調を崩して休暇中って話だからね。総師団長が職務に復帰してからいろいろ判断が下ると思うけど」
グリモさんの言葉は正論なんだろうけど、納得がいかない。
ああ、塔長もこんな気分なんだろうか。
「あのピンクのドレスの人、スヴェート皇女様だったんですか?!
ぶつかって、大事にならなくて良かった!」
ノルンガルスさんが大ケガして、すでに大事になってるって。
「でも、あのお姫様。アルタルって名前ではなかったような」
ノルンガルスさんが首を傾げた。
「本当かい?!」「本当ですか?!」
グリモさんとフィールズさん、二人の言葉が重なる。
「え? どういうことですか?」
二人は顔を見合わせ、そして、私の方を向いて告げた。
「ノルンガルス補佐官の鑑定は特殊なんです」
フィールズさんから説明された内容は、なんとも信じがたいものだった。
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