精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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3 武道大会編

3-0 イライラ募る武道大会

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 フィールズさんが抱えていたのが、新人補佐官のノルンガルスさんだった。

「フィールズ補佐官?!」

「何があった?!」

 グリモさんがフィールズさんに駆け寄る。

 ノルンガルスさんは半身が真っ赤だった。血だ。鉄臭さが辺りに広がり、身体がスーッと冷える。目の前が白くなる。

「クロエルさん! お願い! ノルンガルスさんを助けて!」

「あ」

 切羽詰まったフィールズさんの声で、ハッとした。

 ノルンガルスさんの手はだらんとしたままだ。急がないとマズい。

「フィールズ補佐官、取り乱すな。クロエル補佐官は気をしっかり持て」

「クロエルさん、治せそうかな?」

 塔長が部屋の床に横になれるような場所を作り、そこにマル姉さんが鑑定するときに使っている布を敷く。

 グリモさんとフィールズさんが二人がかりで、ノルンガルスさんを運び、静かに横たえた。

 私は皆に向かって、無言でコクリと頷くと魔法陣を展開し、いくつか発動させる。

 じわじわと広がっていた血の染みが、ピタリと止まった。
 とりあえずはこれでいい。

 はー

 それを見て安心したのか、フィールズ補佐官が息を吐いた。

「良かった。血が止まった」

「医療塔から人を呼んでください」

 うん、血を止めた訳じゃない。

 私は魔法陣を維持したまま、塔長に、というより私の周りにいる人に伝える。

「治したんじゃないのか?」

「時間を止めて、血を止めました。でも、長くは持ちません。その間に処置をしてもらわないと」

 赤種が時と空の神の加護を得ているといっても、時間に関わる魔法は難しい。

 けっきょく、時間を止める魔法陣を維持するので、いっぱいいっぱいで、他の魔法陣は解除した。

「分かったわぁ。すぐ連れてくるから、それまで、クロエルさん、頑張って」

「クロエルさんでも治せない、ということですか?」

 安心したのもつかの間、時間を止めただけと聞いて、フィールズ補佐官がすがりつくように尋ねてくる。

「ごめんなさい。私の権能は破壊なんです」

 私は壊すのが専門だ。
 赤種で桁外れの魔力はあるけど、できることとできないことがある。

 目の前がにじんで目が痛くなってくるけど、魔法陣を維持するべく耐える。

「そうだったよな」

「私が破壊したものなら、元に戻せるんですけど。これは。時間を止めるのが精一杯で」

 これが自分の身体であったなら、私が壊してなくても治せる。
 でも、他人はそうもいかない。

「わたくしの方こそ、ごめんなさい。実験場や自然公園を直したから、つい、何でもできると思ってしまって」

 私は、出血部分とみられる部分に手をかざしたまま、魔法陣を維持していた。

 右肩から鎖骨部分にかけて、出血するような傷があるはずだ。

 でも、普通にぶつけたとか、転んでできたものではない。
 制服には穴も何もないのだから。

 ケガの原因は、魔法かもしくは剣技や体技といったもの。

「ノルンガルス補佐官はどうしてこんなことに?」

「わたくしが通りかかったときには、ノルンガルスさんが肩を押さえて、ふらついていただけで」

「ケガをするところは見てないのか」

「はい、申し訳ありません」

「で、その場には他に誰が?」

「第一塔の目の前で、ノルンガルスさんの他に三人いました」

 どうやら出勤途中でトラブルがあったようだ。

「第四師団のノルンガルスさんと、例のスヴェート皇女、そして皇女の監視役のカーシェイさんです」

 あのピンクか。
 なんか、嫌な感じがする。

 私は魔法陣を維持しながら、鑑定眼に力を込めた。

「そんな、朝早くに?」

「第四師団の彼女は、ノルンガルスさんとともに出勤していたみたいです」

 ノルンガルスさんの右肩から、ゆらゆらと魔力の残滓が立ち上っている。

 私は周りの会話を聞きながら、さらに力を込める。

「皇女とカーシェイは?」

「皇女の散策にカーシェイ副官が付き従っていました。まるで護衛のように」

 ゆらゆらとした残滓は、空気に溶けるようにゆっくりと消えていった。

 でも、この魔力は間違いない。

「皇女に朝の散策なんて予定にないぞ。
 それに皇女の護衛は別にいる。こっちの監視役もカーシェイひとりではないはずだ」

「ですが、辺りにいたのは間違いなく三人だけでした」

「いったい、どういうことだ?」

 スヴェート皇女の予定外の行動に、塔長は苛ついた様子を見せる。

 そこへ、

「レクス! 急患ですって?!」

 第四塔長が息を切らせながら、塔長室に入ってきた。

「止血をお願いします」

 私は迷うことなく頭を下げる。

 まずはケガの手当てだ。
 意識が戻れば、ノルンガルスさん本人からも話が聞けるし。

「今、どういう状態かしら」

「時間を止めています」

 第四塔長は医療塔の最高責任者だ。
 医療魔法にも長けていると聞く。
 彼女に任せれば、ひとまず、安心だろう。

 男性陣を部屋の外に追いやって、第四塔長は、ノルンガルスさんの制服を丁寧に切り開いた。
 血で張り付いた制服はなかなか剥がれない。

 うん、そろそろ私もヤバい。

 塔長室の外が騒がしくなって、集中も切れそうになる。

 あともう少し。頑張れ、私。

 ようやく制服を取り除き、第四塔長がノルンガルスさんの傷口を露出させた。

「うぁっ」

「酷いわね」

 傷そのものは直径約三センチ程度。大きくはない。

 硬いもので突かれて抉れたようになっていた。切れているというよりは、肉が割れているような状態だ。

 骨も砕けているし、傷の周りは肌が青黒くなっている。

 思わず、顔をしかめたくなるほど。

 第四塔長は、傷口に手を当て、素早く魔法陣を展開させる。
 白銀色の魔力が、傷口に染み渡るように入り込んでいった。

 あと少し。あと少し。

 傷口の周りの肌が、元の色を取り戻していく。

「よし。出血部分は塞いだわ。時間を動かして大丈夫よ」

「はぁぁぁぁ」

 すぐさま、魔法陣を解除して、息を吐いた。

 わずか五分ほどの応急処置が、ものすごく長く感じて、私はくたっと手を膝の上に下ろした。

「ありがとうございます。第四塔長、クロエルさん」

「まだ安心するのは早いわ。出血を止めただけ。第四塔に運んで治療をしないと」

 第四塔長の一言で、ノルンガルスさんの治療も決まる。第四塔なら安心だろう。

「よろしく頼む。フィールズ補佐官、同行してくれ」

「承知しました」

 フィールズさんは、ホッとした様子を見せたものの、まだ、顔色が冴えない。

 そんな状態のフィールズさんが、ノルンガルスさんに付き添うことになった。

 状況が状況なので、ノルンガルスさんのご両親や、第四師団と第八師団のノルンガルスさんにも連絡が回った。

 第八師団のお姉さんは、手が空き次第、第四塔に駆けつけるそうだ。

 ノルンガルスさんの移動が終わり、塔長室メンバー以外の人たちが退室したところで、私は声をかけた。

「塔長、グリモさん、話があります」
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