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3 武道大会編

2-9 総師団長は狼狽える

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 バーーーーン

「オッサン、遊びに来てやったぞ」

「ギラギラ、チビッコからオッサンなんて呼ばれてんのねー」

 突然、扉が大きな音を立て、男女二人組というか、大人と子どもの二人組の声が聞こえてきた。

 俺は目を通していた書類を脇に置き、勝手に入室してきた二人に目を向ける。

 誰だ。

 この二人をセットで執務室に通したのは。
 面会を断れるような人物ではないが、せめて、別々にしてくれ。合わさると余計に厄介だ。

 とはいえ、この二人のことだ。

 執務室の扉の直前で、姿を見せて入ってきたに違いない。

 どちらも、そういった類のことができるから、なおさら、受付が応対不能になるんだよな。

「オッサン、機嫌悪そうだな。また四番目が何かやったか?」

「ギラギラのやつ、グランミスト総師団長って呼んでもらえないから、拗ねてるだけよー」

 自分たちのことを棚にあげて、好き勝手なことを言いだす。
 様子を見るからに、急ぎの用件ではなさそうだ。

 しかし。

 オッサンとかギラギラとか。
 俺のことまで、好き勝手に呼ぶ二人。

 これでも一応、組織のトップなんだがな。

「はぁ? オッサンがそんな小さいことで拗ねたりするかよ」

「カクシキってやつを気にするお年頃なんじゃないー?」

 俺をオッサン呼びしているのは、赤種の一番目。バーミリオン様だ。

 見た目は子どもだが、中身は赤種。
 我が国を見守り、何かと協力してくれる心強い味方。

 そして、俺をギラギラ呼びしているのは、第六師団長付き副官のエルヴェス。

 見た目は儚げな美女だが、中身には儚さの欠片もないくらい、ぶっとい神経が通っている。
 性格と性癖と、何より経歴がヤバすぎる要注意人物。

「はぁあ? オッサンだからオッサンって呼んでるだけだろ。
 君だって総師団長なんて呼んでないよな」

「口調だけはオトナシメなギラギラ顔だから、ギラギラって呼んであげてるわー」

 二人は言い合いながら、ずかずかと入ってきて、ソファーに陣取った。

 口を挟むとおそらく二倍になって、いろいろなものが返ってくる。余計な時間も増える。

 耐えて、黙って二人の話を聞き流す。そして話しかけるタイミングを窺う。
 それがここでできる最良だ。

 ふと、部屋の隅を見ると、俺付きの副官や補佐が隣の部屋に逃げ出しているのが見えた。

 戦略的撤退というやつだな。
 あいつらもよく分かっている。

「いいのか、それ。黒竜のことは、ちゃんと師団長って呼んでるじゃないか」

「アー、人前ではねー ふだんはブアイソウって呼んでるわー」

「悪口だろ、それ」

 悪口だよな、絶対。

 でも、あの黒竜でさえ変なあだ名で呼ばれてるんだな。

「悪意ないから、悪口じゃないわよー 愛称、みたいな?」

「愛称なわけないだろ。良くて、あだ名だ」

「マー、とにかく。ギラギラは総師団長って役職名で呼んでもらいたいのよー」

 別にそういう理由で機嫌、ではなく気分が悪い訳じゃない。

 この二人が揃って目の前にいること自体が、ストレスだ。
 次からは、絶対にこの二人は揃って通さないよう、入り口の警護に周知しておかないと。こっちの胃がもたない。

「そうか? 黒竜なんて、四番目が愛称を使わないと拗ねまくるぞ」

「ソーだった!」

 俺の胃の調子に構うことなく、二人の会話は進む。

「ほわほわちゃんが『師団長』って呼んだとたんに、『愛称で呼んでもらえない』って泣き崩れてタイヘンだったわー」

「はぁ。四番目も相変わらず大変だな」

 ゴホン

 ちょうど話の切れ目で、これ見よがしな咳払いをする。
 ジロッと二人が俺に注目した。

「で、いったい何の用だ? ここはお喋りするところじゃないんだが」

 まさか、お喋りするために来てはいないはず。
 この二人はそこまで暇じゃないし。暇だからと遊びに来るほど、俺も好かれてはいない。

「スヴェート皇女に対する鑑定報告」

「スヴェート皇女に関する調査報告」

 ゴホンゴホン

 思わずむせる。

 なぜ、それを先に言わない?
 最重要事項だろ。

 ムッとした俺に対して、からかうような、探るような目つきの二人。

「聞きたくないのか?」

「聞きたいわよねー」

「そういう話は先に言え。報告をお願いする」

「だよな」「ダヨネー」

 ウンウンと頷きあう二人。

「ならまず、」

 バーミリオン様が厳かな口調で宣言した。

「菓子だな!」

 ゴホゴホゴホゴホ

 本題、本題に入ってくれ!!

「ハァ? これだからチビッコは」

「菓子食いながら報告するのが通例だぞ」

「ソレはアレでしょ、シタリ顔との報告会。ココは総師団長の執務室なのよ」

 訳知り顔でバーミリオン様に話すエルヴェス。
 一呼吸おいて、勝ち誇ったように宣言する。

「お茶のフルセットに決まってんじゃないの!」

 ゴホゴホゴホゴホ

 お前もか、エルヴェス。
 お前も本題に入らないのか?!

 菓子もお茶もどうでもいいだろ。

「なんだ、それ」

「ものを知らないチビッコに、アタシの本気を見せてあげましょー」

 ウヘヘヘヘヘと変な笑い声をあげるエルヴェス。

「補佐一号二号!」

 笑い声をあげたまま、自分の補佐を呼ぶ。

 って。本部総師団長室だぞ、ここは。

 管理も清掃も警備も万全な、この建物にこの部屋。
 人一人、ネズミ一匹ですら、忍び込める隙はない。
 それが例え、超級隠密だったとしてと、変わりはない。

「「了、解!!」」

 はずなんだが。

「おーーー、凄いな、これ!」

「な! いつ用意した?!」

 ざっと広げられたクロスの上に、キレイに並べられたティーセット。
 ケーキスタンドには、一口サイズのケーキやら菓子やらフルーツが盛りつけられている。

「ウヘヘヘヘヘ。アタシの本気はザッとコンナものねー」

 ケーキや菓子はどう見ても、レストランクオリティだ。
 エルヴェス、無駄に優秀なんだよな。

「エルヴェスが凄いのは分かった。それでは報告を、」

「まずは味見してからだよな!」

「ソウソウ。喉を潤してから!」

「おい!」

 豪勢なフルセットを目の前にして、俺の発言は完全に無視された。




「で、総師団長。俺がいない間に何をされてるんです?」

「いや、これはその、な」

 テーブルには菓子やフルーツが盛りつけられた皿が一枚。

 食べきれなかったからと、あの二人が置いていったものだ。

 副官や補佐にも勧めたが。
 こんな合間の時間に甘いものなど飲み食いできるはずもなく、ことごとく断られ、残ってしまった。

 仕方なく、作業の合間にひとりで食べていたところ、スヴェート皇女の同行から帰ってきたカーシェイに見咎められた。

「優雅にお茶なんて飲んでないで、仕事してくれませんかねぇ」

「エルヴェスが置いていったんだ! 他のやつにも勧めたんだが、誰も手をつけようとしないし」

 俺、悪くないよな。
 食べながらだけど、書類だって順調に捌いていってるしな。

「エルヴェスですか?」

「そうだ。あいつが用意して、食べ切れないからと置いていったんだ」

「エルヴェスが用意したものを、食べてしまったんですね?」

「なんだよ、その怖い言い方は」

 カーシェイが突然、真顔になった。
 そして、矢継ぎ早に質問を重ねる。

「他の人間はエルヴェスが用意したと知って、食べなかったと?」

「バーミリオン様は美味しそうに食ってたぞ」

「そりゃ、赤種ですからね」

 ハー、と目の前でため息をつかれた。

 何がなんだかさっぱり分からないんだが。勿体ぶっていないで、何かがあるなら説明してくれ。

「エルヴェスが用意するものは、口にしないのが通例です」

「なんだ、それは?」

「何が混ぜられているか、分かりませんからね」

「えっ……………………」

 いや、確かに昔、そういう事件を起こしたよな、あいつ。
 だが、カーシェイはあの事件を知らないはずだろ?

「第六師団でも、うっかり食べたやつが数日間寝込んでいましたよ」

 嘘だろ、冗談だろ。
 エルヴェスのやつ、今もやってるのか?!

 いやいやいや。

 あの時は飲み物だった。液体に混ぜるだけ。
 俺の目の前にあるものはどう見たって、

「いや、だって、レストランクオリティだろ、これ」

「皆、そう言うんですよ」

「何ーーー?!」




 翌日から二日間。
 俺は第四塔の世話になった。

 そして誓った。
 エルヴェスが用意したものは、二度と口にしないことを。
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