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3 武道大会編

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 武道大会まであと一週間を切った。
 第六師団の騎士たちも個人戦を控えているので、訓練に余念がない。

 なのに、ラウとの団体戦の練習は、ピンクに襲撃されて以来、できていない。

 というか、あの時もラウを踏んづけていただけなので、練習にはなってない。

「どうした? ニコニコしたり、額にシワ寄せたり。おもしろい顔の研究でもしてるのかい?」

「違います。ラウとの団体戦の練習ができてないなーと思って」

 静かに仕事したいのに。
 金短髪男のグリモさんが声をかけてくる。

「団体戦、クロエルさんも出るのねぇ。応援しに行かなきゃ」

 と、マル姉さん。応援か。嬉しいかも。

「私は補佐官なので、補佐官らしい戦い方をしようと思って。戦力把握と分析をしているんです」

「赤種らしい戦い方の言い間違いじゃないのかい?」

「はぁあ?!」

 うん、金短髪男はいちいちムカつく。

 私がいつも力業で戦っているみたいに言わないでほしい。

 神器だって、本当にムカついたときにしか、使ってないじゃないか。まったく。

「まぁまぁ、クロエルさん。それで戦力把握は終わったのぉ?」

「辺境騎士団の第七師団長だけ、まだ鑑定できていません」

「第七師団長は、ふだん、こっちにいないもんな」

 そうなんだよね。

 そのうえ、ラウが警戒して、なかなか他の師団長に会わせてくれない。

 戦力把握と分析だって言っているのに、フィアは俺以外の男に興味があるのか、みたいな感じに言い返された。

 ヤバい夫が完全に面倒くさい夫になっていて困る。

「あとは、各師団がどんなチームで来るかだわねぇ」

「それによって戦い方も変えてくるだろうね。師団長クラスはそんなものだ」

「いちおう、昨年までの映像記録はチェックしたんですけれど」

 という話から始まって、金短髪男とマル姉さんが、各師団長の戦い方をいろいろ教えてくれた。

 第六師団の執務室より、第一塔の塔長室の方がいろいろ詳しかった。

 まぁ、金短髪男もマル姉さんも、塔長室の外回り担当(=情報担当)だから、詳しくて当然なんだろうけど。

「まぁ、私も全開で行きますので」

「だから、クロエル補佐官の全開はダメだろ」

 突然、部屋の奥から、塔長が話に割り込んできた。

「もちろん、無翼ですよ」

 イスにふんぞり返って、書類を片手にパタパタやってる塔長に言い返す。

「当然だ。神器は使用可だったな」

「今回は魔法中心で行く予定です」

 選考会のことを考えると、魔法支援中心にした方が安全だと思う。

「そういう作戦なのかい?」

 安全を考えると、そういう作戦になるんだよね。
 と思いながら、グリモさんの質問に対して回答する。

「実は、師団内選考会で対戦相手を蹴り飛ばしたら、ラウが私に蹴られた人たちに絡んで大変で」

「「は?」」

「私に蹴られてズルいって。自分も蹴ってほしいって」

「それ、ヤバくないかい?」

「…………ラウゼルトらしいな」

 私に踏みつけられて、グリグリやられて喜んでいた、とはちょっと言えない。

「ですので、大会では魔法支援に徹しようかと」

「ラウゼルトとは、打ち合わせしてないのか?」

「私はラウの後ろに隠れていればいいって」

 ラウは私といっしょがいいだけで、いっしょに戦いたい訳ではないからね。

「…………ラウゼルトらしいな。他からは何か助言なかったのか?」

「そばで応援して、誉めまくって、ご褒美ちらつかせれば、師団長はどんな手を使ってでも勝つだろうって」

「だろうな」

 あっさり納得する塔長。

「そういえば塔長。ノルンガルスさん、今日は遅くないですかぁ?」

「ああそうだな」

 そういえば、もう出勤していないといけない時間だ。私は部屋の時計を見る。つられて他の人たちも時計を見る。
 十五分ほど、始業から過ぎていた。

「クロエル補佐官は、まだ会ってなかったよな、新人上級補佐官に」

「はい。フィールズさんから話は聞きました。連絡はないんですか? こちらから連絡してみては?」

 そういえばフィールズさんも来ていない。午前中は第八師団の方に勤務なのかな。

「あー、彼女、精霊魔法技能がないから連絡がなかなか取りづらくてな」

「あー」

 塔長が思い出したように教えてくれる。そうか。ノルンガルス補佐官も技能なしなんだ。

「ご家族がいるんだけど、ちょっと問題あってね」

「あ」

 精霊魔法至上主義、第四師団のノルンガルスさんか。

「そう。第四師団に所属している下の姉が、彼女に対して厳しいんだよ」

 そうか、だから、フィールズさんが気の毒そうな顔をしていたのか。

「前に食堂で、ナルフェブル補佐官に絡んで来たわよねぇ」

「まったく、あの連中は」

「そういえばグリモさんは、私を技能なしだとバカにしませんよね」

 金短髪男はムカつくけど、私を技能なしとバカにしない。
 それもあって、いちおう敬意を払ってグリモさんと呼んであげているんだ。

「そんなの当然だろう。君の場合、感情の制御に問題がある以外は優秀だしね」

「はぁあ?!」

 うん、やっぱりなんかムカつく。

「それだよ、それ。からかわれてムッとするところ」

「はい」

 ムカムカムカ。

「とにかく、何かあったかもしれないから。上の姉、第八師団のノルンガルスに連絡してくれ」

「上のお姉さんは、ノルンガルスさんを気遣ってるからねぇ。クロエルさんとも、よくお喋りしてるでしょぉ?」

 はい?? お喋り?

「えー、あれ、嫌われて絡まれてるんじゃなかったんですか?」

「彼女なりにあなたのこと、気にかけていたんだと思うわよぉ」

「はぁ」

 そうなの?! てっきり、嫌われてるのかと思ってたけど。

 第八師団のノルンガルスさんは、服装が、話し方が、マナーが、って事細かく指摘してくる。

 そういえば、こうした方が、ああした方がと助言らしきことも言ってたような気がしてきた。

「君はその辺の人間関係も経験積んだ方がいいな」

「仕方ないでしょう。元家族に疎まれて、家の隅に追いやられて生きてきましたから。悪意にも善意にも鈍感なんです」

「洒落にならない返しは、止めてくれないかなぁ」

 事実だし。

 でもそうか、そうなんだ。

 技能なしの私にあれこれ世話を焼く第八師団のノルンガルスさん。
 技能なしの私をバカにする第四師団のノルンガルスさん。

 私と同じ技能なしで鑑定能力を持つノルンガルスさんの妹さん。

 技能なしの妹を気遣う第八師団のノルンガルスさん。
 技能なしの妹を疎む第四師団のノルンガルスさん。

 私の頭の中で、いろいろなものが繋がった。

「とにかく、連絡を取ってくれ」

 考え込む私の耳に塔長の指示が飛び込んでくる。

 そのとき、入り口の扉がバーーーンと大きな音を立てて開いた。

「塔長、大変です! ノルンガルス補佐官が!」

 入ってきたのは真っ青な顔をしたフィールズさん。

 フィールズさんからは、いつもの冷静さが見られず。
 ただただ、真っ赤に染まった女性を傍らに抱えて狼狽えていた。
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