精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

SA

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3 武道大会編

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「あなたが第六師団の師団長様ですわね」

「違います」

 武道大会まであと十日。

 ラウとの団体戦の練習を兼ねて、突撃部隊の訓練にお邪魔していたとき。

 レースとフリルたっぷりのピンク色のドレスを纏った、年齢不詳のお姫様?が、カーシェイさんとともに突然、現れた。

 鑑定眼で視ても、特別な何かがあるわけではない。普通のお姫様のように視えるんだけど。

 でもなんか、霞がかかってるような。なんだろう、この視え方。違和感がある。

 カーシェイさん、面倒なもの、持ってこないでくれる?

 しかも、訓練中だよ、ここ。

「女性みたいでかわいらしいわ」

「私、女性ですから」

 年齢不詳のピンクは怯まない。
 私も負けじと、踏みつける右足に力を入れながら返答する。

「竜種様は男性だけですよね?」

「私、竜種でも師団長でもありません」

 何、これ。

 ピンクを連れてきた責任者のカーシェイさんは、穏やかな顔で私たちのやりとりを見守っているだけ。

 第六師団を離れて間もないと言うのに、ずいぶん、緩やかな生活を送っているらしい。

 目つきまで穏やかだ。
 なんとなく、ラウに似ている。

「では、そちらが師団長様ですわね」

「え? いや、俺は、」

 今度は私のすぐ隣に立っているカーネリウスさんに声をかけるピンク。

「わたくし、アルタル・フロル・スヴェートと申しますの、師団長様ぁ」

 そして、ベタベタとカーネリウスさんに纏わりつく。

 なんだ、これ。

 すーっと気持ちが冷えていく。
 踏みつける右足にも力が入る。

 いちおう、カーシェイさんに訊いておくか。視線はピンクを捉えたままで。

「これ、壊していいよね」

「賓客です。止めてください」

 言葉とは裏腹に慌てたそぶりも見せず、穏やかに話すカーシェイさん。

 私は改めてカーシェイさんの方に顔を向けて、話しかけた。

「カーシェイさん、ずいぶんとストレスのないお仕事してますね」

「はい?」

「私、ストレス、溜まりまくってるんで。これで解消していいですね」

「ダメです。止めてください。俺がなんとかしますので」

 なら、連れてくるな。

 そこへ、エレバウトさんの甲高い声が被さる。

「カーネリウスさん、何をなさっていらっしゃるの!」

 視線をピンクとカーネリウスさんに戻すと、エレバウトさんがピンクをベリベリと引き剥がしているところだった。

 実力行使に出たな、エレバウトさん。

「訓練中ですわよ! そちらも、お約束のない訪問は規則違反ですわ!」

 頭ごなしに違反を突きつけるエレバウトさん。

「師団長様ではないの? こんなにステキな方なのに」

 はぁあ?

 ラウとカーネリウスさんを同列にしないでほしい。ラウの方が何倍も格好いい。

 本当、聞いててイライラする。
 思わず、右足をぐりぐりした。

 足元から呻き声が聞こえる。

「カーシェイさん、こちらを出口までお送りしてくださいませ!」

「アルタル様は師団の視察にいらっしゃったんです」

 相変わらず穏やかな眼差しで、ピンクを見つめるカーシェイさん。

 はぁあ? 視察? 第六師団に?

「そんな約束は受けていません。お引き取りください」

「ですから、こうしてお願いを」

 カーシェイさんは頭に手を当てて、申し訳なさそうな顔でとりすがる。
 さらに気持ちが冷えていく。

「カーシェイさん、私に壊されたいんですね」

「なんですの、あなた」

 私とカーシェイさんとの会話に、ピンクが割り込んできた。

「第六師団長専属の特級補佐官、クロスフィア・ドラグニールです。
 私の夫と第六師団に御用でしたら、所定の手順を踏んでからお越しください」

「夫? まぁ、こんな方が師団長様の奥様ですの? 物足りないのではなくて?」

 ゴスン

 右足を踏み込んで、さらに踏みしめる。

「ラウ、私じゃ物足りないの?」

 ピンクから目を離さず、私は足元に尋ねる。

「俺はフィア、一筋だ!」

「じゃ、何? この、ヤケに馴れ馴れしいお姫様は?」

「知るか、こんな物体! 本当だ、フィア!」

 私の足元、正確には私の右足に背中を踏みつけられた状態のラウが、なぜか悶えながら叫んだ。

「え、まさか、それが第六師団長様なんですの?」

 口を大きく開けて、お姫様らしからぬ表情のピンク。
 私の足元をじっと見た姿勢で固まっている。なんかヤバい物でも見るような目だ。

 視線は私の足元に固定したまま、恐る恐る、ピンクがカーシェイさんに尋ねると、

「はい、残念ながら」とカーシェイさん。

「嘘でしょう」

 両手を頬に添え、悲鳴じみた声をあげる。

 まったく大袈裟な。

「伴侶持ちの竜種は、伴侶一筋です。とくに上位竜種は伴侶に命をかけています」

 大騒ぎするピンクとは対照的に、真剣で悟ったような落ち着きを見せるカーシェイさん。

「攫って騙して結婚した伴侶以外の女性に、目を向けることは絶対にありません」

「攫うとか騙すとか誤解されるようなこと、言わないでくれる?」

 で、二人して、そこで私を見ないでくれる?

「ええ、まぁ、そうなんですのね」

 私と私の足元を交互に見ながら、何かを納得したようなピンク。

「上位竜種は皆様、その、このような感じですの?」

「上位竜種は基本的に大差ありませんね」

 さらっと告げるカーシェイさんの言葉に、顔がヒクヒクしてくるピンク。

「普通の竜種は、伴侶に踏まれて喜ぶ趣味はありませんよ」

 カーシェイさんの言葉を受けて、コクコクと高速で頷く、カーネリウスさんにドラグゼルンさん。

 普通竜種の二人、そこでどうして私とラウを見るかなー

 踏みつけるのを止めたものだから、ラウはラウで、私の太股あたりにベッタリとしがみついてるし。

「で、いったい、ドラグニール師団長は何を?」

「先日、団体戦の出場者を決めるっていうんで師団内選考会をやったんですよ」

 カーシェイさんのもっともな質問に対し、カーネリウスさんが説明を始める。

「そこでクロエル補佐官が、俺、ドラグゼルンさん、ベルンネーズさん、副師団長を蹴り飛ばして、優勝したんです。けど」

 カーネリウスさんはそこで気まずそうに言葉を止めた。

「けど?」

 カーシェイさんが続きを促すと、ドラグゼルンさんが説明を引き継ぐ。

「師団長、俺もお相手様に蹴られたい、踏まれたいって。
 蹴られた俺たちに、俺たちだけズルいって絡んできて、大変でな」

「………………はい」

 カーシェイさん、私の太股にしがみついてスリスリし始めたラウをチラ見した。

「それで、ラウの願いを叶えているだけですが、それが何か?」

「………………いいえ」

 なんとなく、すべてを悟ったようだ。

「しかも、スカート姿で蹴られたい、踏まれたいって言うんですよね」

「はぁ、困りましたね」

「俺はちっとも困らないぞ」

 私の太股から声があがる。
 周りが困るんだって。

「だから、取り込み中なんです。まだ、踏まれ足りないようなので」

「はぁ」

 脚にしがみついてスリスリしてるってことは、そういうことなんだろうな。と勝手に解釈しておく。

「お引き取りください」

「いえ、ですが、」

 ドスン ゴウッ

 私は破壊の大鎌をさっと顕現させて、カーシェイさんの足元に振り下ろした。

 突風が辺りに吹き荒れる。

 カーシェイさんが青くなった。
 慌てて、ピンクを自分の後ろに匿う。

 怒ったように聞こえるよう、私は努めて低い声ではっきり言い切った。

「帰れ」

「はい。すみませんでした」

 それから、カーシェイさんとピンクは、そのままどこかに去っていった。

 塔長が親善のためスヴェートの皇女が来るって言ってけど。あれか。あれがそうか。

 まったく、迷惑だな、あれ。

 国同士の親善なんて知るものか。
 赤種には国も国境も存在しない。

 私はふんすか鼻息を荒くしたが、それ以降、私とラウと第六師団のところにピンクが現れることはなかった。
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