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3 武道大会編
2-5
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選考会も無事に終わって、翌日は第一塔への出勤の日。
この日は変則的で、私は一度、師団長室と執務室に寄った。
今日さっそく、団体戦の選手登録をするからと、ラウに提出書類の確認を頼まれたのだ。
「昨日のうちに、確認できれば良かったんだけどな」
昨日の選考会終了後、一部の人だけ声をかけて、訓練場で居残りとなったラウたち。
けっきょく、そのまま訓練に突入してしまったようで。
直属部隊、突撃部隊、戦闘部隊による合同訓練が終業まで続いた。
「終わるの、ギリギリだったからね」
ラウが師団長室に戻ってきたのは、終業間際。
合同訓練が今ひとつだったのか、ラウはご機嫌斜め。
いっしょに訓練していた副師団長、突撃部隊長、戦闘部隊長の三人は、今にも吐きそうな感じの青黒い顔だった。
そして今日、さっと書類の確認をして、第一塔へ。
書類を提出がてら、昨日の続きをしにいくと行って、ラウはカーネリウスさんを引きずっていった。
ラウの凄んだ笑顔とカーネリウスさんの縋るような目つきが頭から離れない。
「ラウ、なんかまた、拗ねてるようだったよね」
「きっと、クロエルさんに蹴られたかったんですわ!」
違うと思うけど。
本当だとしても、さらにヤバい人になるから止めてほしい。
そう心の中で願う私に対して、エレバウトさんが、さらに突拍子もないことを言い出した。
「昨日、クロエルさんに蹴られた人ばかり、訓練場に連れて行かれてますもの! 羨ましかったに決まってますわ!」
羨ましがる基準!
「僕はそんな趣味ないぞ! 奥さんに蹴られて喜ぶなんて、ラウゼルトだけだろ!」
何も言ってないのに、塔長をチラッと見ただけで、返事が返ってくる。
ラウの扱い!
私と塔長のやり取りを見守りながら、エレバウトさんが、私の机の書類に手を伸ばした。
「今日はクロエルさんのお手伝いですわ!」
ラウとカーネリウスさんに置いていかれたエレバウトさんは、今日は一日、私の仕事を手伝ってくれるようだ。
「あら、偽造の護符の鑑定、クロエルさんがされたんですの?」
書類に集中していたら、隣からエレバウトさんの声が聞こえてきた。
エレバウトさんが仕事中に話し出すなんて、珍しい。
いつも隣の執務室から甲高い声が聞こえはするし、お茶会でもお喋り全開のエレバウトさんだけど。仕事中、無駄話はあまりしない。
「こらこら、エレバウト補佐官。重要書類を声に出して読むな」
エレバウトさんの言を聞き咎めて、塔長が部屋の奥から注意してきた。
「あら、ですのに、組み紐のお守り、クロエルさんは鑑定されてないんですのね!」
エレバウトさん、聞いちゃいないな。
別の書類も読み上げてるよ。
「組み紐のお守りは、最初から『効果なし』を謳ってるからな。って重要書類!」
律儀に回答する塔長。
私も気になったので、くるっと塔長の方に向き直り質問した。
「組み紐のお守りも鑑定したんですか?」
「念のためな」
塔長はいつものふんぞり返った姿勢で、書類整理をしている。
「出所がはっきりしないのが気になってな。でも、出所以外はとくに問題ないんだよな」
出所って。組み紐のお守りは王都の市場で露店売りをされているから、許可を受けたお店のはずだけど。
「スヴェートのお守りという噂がありましてよ」
「そうなんだよな」
エレバウトさんの発言に、おもしろくもなさそうに塔長が同意する。
「偽造の護符にもスヴェートの文字があっただろう。そしてこの噂だ」
「本当にスヴェートのお守りなんですか」
「いや、違うだろうな。そもそも、組み紐はメイ群島の伝統工芸だ」
なら、なんでそんな噂が?
「明日にはスヴェート皇女がやってくる。その関係で噂に尾ひれがついてるだけかもしれないし」
「警戒するのに越したことはないってことだね」
塔長の言葉を引き継いで、金短髪男のグリモさんがそう締めくくった。
「スヴェートにはおもしろい昔話がありましたわね!」
って、終わりにならなかった。
エレバウトさんがスヴェート関連情報をぶち込んでくる。
「名もなき混沌と感情の神と、その伴侶のお話ですわ!」
「神様に伴侶なんているのかい?」
金短髪男が身を乗り出して、質問してきた。余計な質問、要らないんだけど!
「内容は知りませんわ! 昔話に興味ありませんもの!」
知らないなら、余計なぶち込み、するの止めようよ。
と、そのとき。
「スヴェートの昔話では、名もなき混沌と感情の神は、赤い瞳の娘を伴侶として迎えたことになっている」
今まで無言で作業をしていたナルフェブル補佐官が、突然、語り出す。
ヤバい。
「しかし、羽の生えた邪悪なトカゲによって伴侶が奪われてしまうんだ」
ナルフェブル補佐官の語りが止まらない。変なスイッチが入ってしまった。
「神は三日三晩嘆き悲しみ、姿が森へと変わってしまう。こうしてできたのが混沌の樹林だ」
なにそれ?! 違うよね?
名もなき混沌と感情の神は、破壊の赤種に壊され、終焉の赤種に終わりを与えられた。
そして、力を失った神が姿を変えた地が混沌の樹林。
これが大神殿で語られている通説だ。
大神殿は赤種に加護を与えた、始まりの三神の神殿なので、赤種視点の話になっているかもしれないけど。
ナルフェブル補佐官の故郷の話も、名もなき混沌と感情の神が、破壊と終焉の赤種によって力を失い、樹林に姿を変えたとしている。
なのに!
スヴェートの昔話はまったく違う。
これでは、伴侶を奪われたかわいそうな神様が、悲しみすぎて混沌の樹林になっちゃう話じゃないの!
どうして、そうなった?!
「神が吐き出した嘆きと悲しみは、あまりにも膨大だった」
ナルフェブル補佐官の話は続く。
「神の嘆きが積もってできた黒の樹林では、その嘆きを聞いた精霊が狂い、」
一息ついて、さらに話し続ける。
「神の悲しみが溜まってできた赤の樹林では、悲しみに耐えきれず、精霊が死に絶えた」
静まり返る塔長室。
「大神殿の話とも、ナルフェブル補佐官の故郷の昔話とも、まったく違いますね」
我慢しきれず、ナルフェブル補佐官に指摘すると、意外な答えが返ってきた。
「以前、僕の故郷の昔話と大神殿の話が違うと、君の護衛殿に指摘されただろ。
他にもないかと思って調べたら、出てきたのがスヴェートの昔話だ」
原因はメモリアの指摘か!
いや、だって違うからね!
メモリアは事実を指摘しただけだからね!
いやはや。
エレバウトさんの余計なぶち込みが、とんでもないところに着地してしまった。
にしても!
「名もなき混沌と感情の神と赤種との関係が、無茶苦茶です!」
なんか、ムカムカする!
名もなき混沌と感情の神を破壊した赤種と私は別人だけどね!
敵対している相手が伴侶って、そんなことないでしょ!
冗談じゃないわ!
「まぁ、破壊の赤種である君が不快感を覚えるのは当然だな」
と苦笑するナルフェブル補佐官。
「だから感情に振り回されるなって。プリプリして思いっきり嫌そうな顔してるよ、君」
と呆れた顔をする金短髪男。
そっちだって呆れた感情が顔に出てるのに。
「しかし、赤の樹林と黒の樹林の精霊力のおかしさは、この昔話がいちばん則しているんだよ。
だから、ただの作り話とも思えない」
そう言われてしまうと、私も何も言えない。
テラなら何か知っていそうだけど、テラは多くを語らないから。
「昔話にもエルメンティアとスヴェートでは、ズレがあるんだ」
ナルフェブル補佐官の話を受けて、塔長が付け加えるように話し出す。
「エルメンティアとスヴェートとで、ものの受け取り方、考え方、はたまた常識そのものが違っていても、おかしくない」
いったん話を止め、塔長は皆を見回す。
「過敏かもしれないが、スヴェートは警戒しておいた方がいい。皆、そのつもりで行動してくれ」
塔長がそう言って話を締めくくった。
*注*
大神殿の話は『鑑定の儀編 2-8』を、ナルフェブル補佐官の故郷の昔話は『新人研修編 2-3』を、それぞれ参照してください。
この日は変則的で、私は一度、師団長室と執務室に寄った。
今日さっそく、団体戦の選手登録をするからと、ラウに提出書類の確認を頼まれたのだ。
「昨日のうちに、確認できれば良かったんだけどな」
昨日の選考会終了後、一部の人だけ声をかけて、訓練場で居残りとなったラウたち。
けっきょく、そのまま訓練に突入してしまったようで。
直属部隊、突撃部隊、戦闘部隊による合同訓練が終業まで続いた。
「終わるの、ギリギリだったからね」
ラウが師団長室に戻ってきたのは、終業間際。
合同訓練が今ひとつだったのか、ラウはご機嫌斜め。
いっしょに訓練していた副師団長、突撃部隊長、戦闘部隊長の三人は、今にも吐きそうな感じの青黒い顔だった。
そして今日、さっと書類の確認をして、第一塔へ。
書類を提出がてら、昨日の続きをしにいくと行って、ラウはカーネリウスさんを引きずっていった。
ラウの凄んだ笑顔とカーネリウスさんの縋るような目つきが頭から離れない。
「ラウ、なんかまた、拗ねてるようだったよね」
「きっと、クロエルさんに蹴られたかったんですわ!」
違うと思うけど。
本当だとしても、さらにヤバい人になるから止めてほしい。
そう心の中で願う私に対して、エレバウトさんが、さらに突拍子もないことを言い出した。
「昨日、クロエルさんに蹴られた人ばかり、訓練場に連れて行かれてますもの! 羨ましかったに決まってますわ!」
羨ましがる基準!
「僕はそんな趣味ないぞ! 奥さんに蹴られて喜ぶなんて、ラウゼルトだけだろ!」
何も言ってないのに、塔長をチラッと見ただけで、返事が返ってくる。
ラウの扱い!
私と塔長のやり取りを見守りながら、エレバウトさんが、私の机の書類に手を伸ばした。
「今日はクロエルさんのお手伝いですわ!」
ラウとカーネリウスさんに置いていかれたエレバウトさんは、今日は一日、私の仕事を手伝ってくれるようだ。
「あら、偽造の護符の鑑定、クロエルさんがされたんですの?」
書類に集中していたら、隣からエレバウトさんの声が聞こえてきた。
エレバウトさんが仕事中に話し出すなんて、珍しい。
いつも隣の執務室から甲高い声が聞こえはするし、お茶会でもお喋り全開のエレバウトさんだけど。仕事中、無駄話はあまりしない。
「こらこら、エレバウト補佐官。重要書類を声に出して読むな」
エレバウトさんの言を聞き咎めて、塔長が部屋の奥から注意してきた。
「あら、ですのに、組み紐のお守り、クロエルさんは鑑定されてないんですのね!」
エレバウトさん、聞いちゃいないな。
別の書類も読み上げてるよ。
「組み紐のお守りは、最初から『効果なし』を謳ってるからな。って重要書類!」
律儀に回答する塔長。
私も気になったので、くるっと塔長の方に向き直り質問した。
「組み紐のお守りも鑑定したんですか?」
「念のためな」
塔長はいつものふんぞり返った姿勢で、書類整理をしている。
「出所がはっきりしないのが気になってな。でも、出所以外はとくに問題ないんだよな」
出所って。組み紐のお守りは王都の市場で露店売りをされているから、許可を受けたお店のはずだけど。
「スヴェートのお守りという噂がありましてよ」
「そうなんだよな」
エレバウトさんの発言に、おもしろくもなさそうに塔長が同意する。
「偽造の護符にもスヴェートの文字があっただろう。そしてこの噂だ」
「本当にスヴェートのお守りなんですか」
「いや、違うだろうな。そもそも、組み紐はメイ群島の伝統工芸だ」
なら、なんでそんな噂が?
「明日にはスヴェート皇女がやってくる。その関係で噂に尾ひれがついてるだけかもしれないし」
「警戒するのに越したことはないってことだね」
塔長の言葉を引き継いで、金短髪男のグリモさんがそう締めくくった。
「スヴェートにはおもしろい昔話がありましたわね!」
って、終わりにならなかった。
エレバウトさんがスヴェート関連情報をぶち込んでくる。
「名もなき混沌と感情の神と、その伴侶のお話ですわ!」
「神様に伴侶なんているのかい?」
金短髪男が身を乗り出して、質問してきた。余計な質問、要らないんだけど!
「内容は知りませんわ! 昔話に興味ありませんもの!」
知らないなら、余計なぶち込み、するの止めようよ。
と、そのとき。
「スヴェートの昔話では、名もなき混沌と感情の神は、赤い瞳の娘を伴侶として迎えたことになっている」
今まで無言で作業をしていたナルフェブル補佐官が、突然、語り出す。
ヤバい。
「しかし、羽の生えた邪悪なトカゲによって伴侶が奪われてしまうんだ」
ナルフェブル補佐官の語りが止まらない。変なスイッチが入ってしまった。
「神は三日三晩嘆き悲しみ、姿が森へと変わってしまう。こうしてできたのが混沌の樹林だ」
なにそれ?! 違うよね?
名もなき混沌と感情の神は、破壊の赤種に壊され、終焉の赤種に終わりを与えられた。
そして、力を失った神が姿を変えた地が混沌の樹林。
これが大神殿で語られている通説だ。
大神殿は赤種に加護を与えた、始まりの三神の神殿なので、赤種視点の話になっているかもしれないけど。
ナルフェブル補佐官の故郷の話も、名もなき混沌と感情の神が、破壊と終焉の赤種によって力を失い、樹林に姿を変えたとしている。
なのに!
スヴェートの昔話はまったく違う。
これでは、伴侶を奪われたかわいそうな神様が、悲しみすぎて混沌の樹林になっちゃう話じゃないの!
どうして、そうなった?!
「神が吐き出した嘆きと悲しみは、あまりにも膨大だった」
ナルフェブル補佐官の話は続く。
「神の嘆きが積もってできた黒の樹林では、その嘆きを聞いた精霊が狂い、」
一息ついて、さらに話し続ける。
「神の悲しみが溜まってできた赤の樹林では、悲しみに耐えきれず、精霊が死に絶えた」
静まり返る塔長室。
「大神殿の話とも、ナルフェブル補佐官の故郷の昔話とも、まったく違いますね」
我慢しきれず、ナルフェブル補佐官に指摘すると、意外な答えが返ってきた。
「以前、僕の故郷の昔話と大神殿の話が違うと、君の護衛殿に指摘されただろ。
他にもないかと思って調べたら、出てきたのがスヴェートの昔話だ」
原因はメモリアの指摘か!
いや、だって違うからね!
メモリアは事実を指摘しただけだからね!
いやはや。
エレバウトさんの余計なぶち込みが、とんでもないところに着地してしまった。
にしても!
「名もなき混沌と感情の神と赤種との関係が、無茶苦茶です!」
なんか、ムカムカする!
名もなき混沌と感情の神を破壊した赤種と私は別人だけどね!
敵対している相手が伴侶って、そんなことないでしょ!
冗談じゃないわ!
「まぁ、破壊の赤種である君が不快感を覚えるのは当然だな」
と苦笑するナルフェブル補佐官。
「だから感情に振り回されるなって。プリプリして思いっきり嫌そうな顔してるよ、君」
と呆れた顔をする金短髪男。
そっちだって呆れた感情が顔に出てるのに。
「しかし、赤の樹林と黒の樹林の精霊力のおかしさは、この昔話がいちばん則しているんだよ。
だから、ただの作り話とも思えない」
そう言われてしまうと、私も何も言えない。
テラなら何か知っていそうだけど、テラは多くを語らないから。
「昔話にもエルメンティアとスヴェートでは、ズレがあるんだ」
ナルフェブル補佐官の話を受けて、塔長が付け加えるように話し出す。
「エルメンティアとスヴェートとで、ものの受け取り方、考え方、はたまた常識そのものが違っていても、おかしくない」
いったん話を止め、塔長は皆を見回す。
「過敏かもしれないが、スヴェートは警戒しておいた方がいい。皆、そのつもりで行動してくれ」
塔長がそう言って話を締めくくった。
*注*
大神殿の話は『鑑定の儀編 2-8』を、ナルフェブル補佐官の故郷の昔話は『新人研修編 2-3』を、それぞれ参照してください。
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