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3 武道大会編

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 毎月一日は師団全体集会が行われる。

 出張中の者、休みの者を除いて師団員は全員参加する決まりだ。

 ところが三月一日の全体集会は異例の大集会となった。

 出張でどうしても帰ってこれない者を除き、すべての団員が集まったのだ。

 第一塔塔長室仮配属のときは、わずか五人、第一塔の鑑定会議も五十人程度だった。
 ここ第六師団はいったい何人いるんだろう?

 壇上に立って見下ろしているにも関わらず、人数の多さに気圧される。

 けど、そうも言ってられない。
 私はラウの隣に立っているんだ。

「本日付けで、第六師団に異動になった者を紹介します」

 カーシェイさんがざわつく団員を一声で制した。

「マディアス・カーネリウス。
 本部より第六師団へ異動。前役職は総師団長付き副官。
 第六師団では、ドラグニール師団長付きの副官となる予定です」

 まずは、カーネリウスさんが紹介された。

 揺るぎを見せないカーシェイさんとは反対に、おどおどした様子のカーネリウスさん。

「マディアス・カーネリウスです。若輩者ですが、皆さん、よろしくお願いします」

 一歩前に出て挨拶し、ペコリと頭を下げる。

「あぁ、それと」

 カーシェイさんが思い出したように付け加えた。

「カーネリウスは、本来は四月一日付けで異動予定だったんですが、エルヴェス判断で前倒しになりました」

 事もなげにさらっと。

「第六師団の副官として使えるようにするため、一ヶ月で、俺とエルヴェスで扱きあげますので」

 これで紹介が終わってしまった。

「あれ? 私の紹介は?」

 ないの?

「クロエル補佐官は、第六師団に異動になっていないので」

 やっぱり事もなげにさらっと言うカーシェイさん。

「あ」

 私は第六師団長に異動だったっけ。

 私の紹介がなかったのを受けて、団員たちが騒ぎ出した。

「おい、その銀髪ねーちゃん、紹介しろよ」

「銀髪ねーちゃん、彼氏はいる? それともフリー?」

「銀髪ねーちゃん、胸でかいな」

「いい尻してるな」

「今晩、俺とどう?」

 お世辞にも上品とは言い難い声がかかり、私の隣から冷気が漏れ出した。

 うん、これはマズい、かも。

「静まれぇぇぇ!」

 一瞬で大集団が凍りついた。寒い。

「彼女は俺に配属になった俺の補佐官だ。よって紹介はしない。以上」

 え?

「ラウ、私の紹介、してくれないの?」

 チラッと目線を上げてラウを見つめると、ラウが小さく、うっ、と唸って横を向いた。

「仕方ありませんね」

 やれやれと言わんばかりに頭を振りながら、カーシェイさんが話に加わってくる。

「おい、カーシェイ」

「紹介はしておかないと、手を出すバカが出てきますよ。いいんですか?」

「チッ」

 どうやら無事に紹介してもらえるようだ。ちょっとホッとする。

「カーシェイさん、ありがとう」

「いえいえ。面倒なことになったら、それこそ後々、大変ですから」

 カーシェイさんはクルリと大集団を前にして、再び声をあげた。

「はいはい、静かに!」

 一瞬で、静まる。

「こちらは、クロスフィア・クロエル・ドラグニール特級補佐官です」

 シーーーーンと静まり返った後に、ざわめきが起きる。

「家名から分かるように、ドラグニール師団長の奥様です」

 ざわめきはさらに大きくなった。

「本日付けで、ドラグニール師団長配属となりましたので、命が惜しい人は絶対に近付かないように」

 カーシェイさんの声は通って、皆に行き届いてはいるものの、ざわめきは収まらない。

「銀髪ねーちゃん呼びも絶対にしないように」

 ざわめきが続く中、私は一歩前に出た。

「クロスフィア・クロエル・ドラグニールです。
 本日付けで、ドラグニール師団長専属になりました、特級補佐官です。どうぞよろしくお願いします」

 一気にお腹から声を出し、ペコリと頭を下げた。

「クロエル補佐官と呼ばれています。ドラグニール補佐官だと、ドラグニール師団長と重なるので」

 呼び名もとりあえず付け加えておく。

「フィアをフィアと呼んでいいのは、俺だけだ。いいな、分かったな」

 そこへラウがさらに付け加えた。

 あぁ、第一塔の塔長室では、ラウ以外がフィア呼びしたら命の危険があるかも、と念のため言ったけど。
 ここでも、確実に命の危険がありそうだ。

「それと、さっき、フィアを銀髪ねーちゃん呼ばわりしたやつら、後で特別訓練な」

「では、解散」

 カーシェイさんの一言で全体集会が終了した。無事に紹介してもらえて良かった。

 ラウについて師団長室に戻ろうとした矢先、ラウがピタッと止まる。
 周りには第六師団の騎士が幾重にもなっていた。

「師団長、自分だけズルくねぇか!」

「そうだそうだ、自分だけデカ胸独り占めして!」

「師団長の嫁さん、そんなにかわいいなんて聞いてないぞ」

 えへ。

 ラウ、結婚したから独身の人たちから羨ましがられてるんだ。

 さっきまでの気圧される感じがすっかりなくなり、ちょっとくすぐったいような気持ちになった。

 嬉しくなった私とは反対に、ラウはあまり機嫌が良さそうではない。

 私を隠すようにしながら怒鳴る。

「お前ら、まとめて今すぐ特訓な!」

 今すぐの言葉に反応した騎士たちは、心が狭いとか、浮かれやがって、みたいなことを言いながら散り散りになって、帰っていった。

 うん、ラウに後で、お疲れさまって言っておこう。
 ラウの頭もナデナデしてあげよう。

 でないと、なんか、大変なことになりそうな気がする。

「お相手様。ご無沙汰しております」

 機嫌が悪そうなラウと、ラウナデナデ計画を構想中の私に対して、また声がかかった。

 今度は礼儀正しくずらっと並んで、ビシッとしている。さっきの集団とは雲泥の差だ。

「あ、突撃部隊の」

 そう、突撃部隊長のドラグゼルンさん。

 メダル事件で凹んだ自然公園を直すときに、護衛をしてくれた隊の隊長さんだ。

 第六師団一の荒くれ者部隊と言われている割に、突撃部隊は礼儀正しい。
 今日も私とラウが部屋に戻る際の、誘導と護衛をしてくれるようだ。

 ドラグゼルンさんと突撃部隊の行動を見て、ラウの機嫌も少し落ち着いてきた。

 ラウはドラグゼルンさんに対し、無言でコクリと頷くと、私を連れて颯爽と歩き出した。

 その横を歩く私。後に続く幹部たち。
 うん、私の夫が一番かっこいい。

「第六師団て賑やかだね」

 こうして、最初の全体集会が終わった。
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