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3 武道大会編
1-0 異動は苛立ちの始まり
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第六師団の執務室は、今日も朝から騒がしかった。
「またですか、カーネリウス」
私の配属先は第六師団、ではなく、第六師団長。
なので、仕事場は師団長専用の執務室だ。そこは師団長室とも呼ばれている。
師団長室は、三、四人で打ち合わせができる程度の広さの部屋。
以前は、師団長が執務を執り行う机と書棚、ソファーなどの応接セットがあるくらいだったそうだ。
私の転属に合わせて、師団長の机の隣に補佐官用にと私専用に机が設えられた。
でも。
なぜか、イスは共通。
師団長のラウと二人並んで、というかぴったりくっついて座る仕組みになっている。
うん? 位置、おかしくない?
ていうか、二人いるのにイスひとつ、って、どういうこと?
わざわざ特注で二人用のイス作るより、イス二つ持ってきた方が良くない?
私の至極まっとうな意見(だと思う)に対して第六師団の幹部は、
「これが一番効率がいい」
の一点張り。
力説に力説を重ねられ、けっきょく、前に向かえばラウの机、真横に向かえば自分の机、という状態で仕事をしている。
絶対に位置がおかしい。
そしてその力説した幹部たちの仕事場というのが、第六師団の執務室だ。
師団長室のすぐ隣にある。
事務室に小さな資料室と会議室が付け加えられたような仕様だ。
「何度言えば、分かるんですかね」
執務室は、幹部の仕事場であると同時に、各部隊長との打ち合わせも簡単にできるようになっている。
なにせ、第六師団は緊急事態専門で厄介事ばかり扱う集団。
緊急出動も少なくない。
短時間で現場に出向くために、効率の良い作りにしているそうだ。
「もう少し考えて、そして、相手に仕事をさせてください」
その執務室から、カーシェイさんの声が師団長室まで聞こえてくる。
また、カーネリウスさんが何かやったらしい。
この呼び名。
第一塔塔長室に仮配属になったときも、最初に決めてたけど。
第六師団は、家名で呼ぶか役職名で呼ぶのが慣例だそうで。
私もそれに倣って、カーシェイさん、カーネリウスさんと家名で呼ぶことにしている。
最初はちょっと抵抗があった。なんか、ちょっとね。
でも、家名ならラウもそれほど目くじらを立てないので、消される心配もないようで。
一週間経った今ではだいぶ慣れ、安心して使っている。
ちなみに私の呼び名は、とりあえず、クロエルさん、もしくは、クロエル補佐官に落ち着いた。
お相手様とか美少女ちゃんとか銀髪ねーちゃんとか、私のことを自由自在に呼んでくる一部を除いて。
「また、カーネリウスか」
私のすぐ横からは、ラウの呆れた声がする。
「みたいだね」
答えながら、私はラウに前日分の書類を手渡した。
カーネリウスさんは元総師団長付き副官だ。竜種でもある。
先月に起きた、自然公園のメダル事件。
第一塔の特級補佐官に出張中止の連絡が行き届かず、特級補佐官と第二師団の見張りが、あわや魔物の襲撃に巻き込まれるところだった。
連絡ミス自体は他の人が原因だけれど、責任を取る形で、カーネリウスさんが本部から異動となったのだ。
その配属先がまさかの第六師団。
「エルヴェスの目に狂いはないだろうが、あいつ、本当に大丈夫なのか?」
私から書類を受け取り、目を通しながらラウがつぶやく。
私のことを美少女ちゃんと呼ぶエルヴェスさんが、カーネリウスさんに目を付けて、引き取ったはいいものの…………。
すぐに使い物にならなさそうだから、と四月から異動になるところを一ヶ月早めて、三月から強制異動したそうで。
うん、カーネリウスさんの扱い、私と大差ないな。
ラウのそばに置いとけば大人しく仕事するだろう、という、とんでもなく失礼な理由で、私の異動、早まったもんな。
「でも、師団長付きの副官、三人いてもいいものなの?」
今日の分のスケジュールを確認しながら、ラウに尋ねた。
ラウ直属の副官はすでに二人いる。
カーシェイさんとエルヴェスさん。第六師団きっての切れ者だという。
エルヴェスさんは、有能だけど性格と性癖に問題がありすぎて、第六師団に異動になった伝説の人。
何をやったのか、聞いても誰も知らない。知っている人は皆、一様に口を噤む。
ラウと第一塔長も知っているみたいだけど、私に教えてくれない。
「もう少し刺激に慣れてからな」とラウ。
「世の中にはな、知らない方がいいこともあるんだぞ」と第一塔長。
ちなみに、カーシェイさんもエルヴェスさんの伝説を知らないらしい。
カーシェイさんは第六師団の戦略戦術担当。
ラウの側近中の側近と、周囲から目されている。
「いや、師団長付き副官は二名までだ」
私の質問にあっさり答えるラウ。
「カーネリウスは、今は師団長付き副官見習いだ。来月から正式に師団長付き副官になる」
あー、てことは……………
「そうだ。カーシェイが来月から総師団長付き副官に戻る」
「戻る?」
「あぁ、フィアは知らなかったな。カーシェイはもともと、総師団長付きの副官だったんだよ」
「え? ならなんで第六師団に?」
カーシェイさん、なんかやったの?
どうやら顔に出ていたらしく、ラウが笑って私の考えを否定した。
「あぁ、違う違う。カーシェイは新人幹部だった俺の補佐をするため、異動してきたんだ」
そう言って、ラウはカーシェイさんが異動してきた理由を話してくれた。
発端はラウの第六師団副師団長就任だそうだ。
上位竜種は十五で役付き、十六で師団長に就任となる。
ラウは竜種としての力の強さから、十五で第六師団副師団長に就任、翌年には師団長への昇格が決まっていた。
竜種としての力は強くても、成人仕立ての年齢。まだまだ青二才。
くせ者揃いの第六師団を纏め上げるには、経験があまりにも無さ過ぎた。
そこで、当時、総師団長付き副官として師団全体を纏めていたカーシェイさんが、ラウの補佐を買って出て、第六師団に異動してきたとのこと。
「そういうわけで、ようやく、俺のお守りが終わって、古巣に戻るってわけだ」
「そうだったんだね」
「いずれ、本部に戻ることにはなってたんだよ。
フィアが俺の補佐官になって、カーネリウスがヘマをして異動になったのは、タイミングとしてちょうど良かったんだ」
書類をめくる手を止めて、ラウはにっこりと笑った。
その笑顔がなんだか無理をしているようで、思わず、心配になる。
「ラウ、寂しくない?」
「いや、ぜんぜん。俺にはフィアがいるし。それに、」
再び、手元の書類に目を落とし、ラウは続ける。
「カーシェイが俺の補佐を離れるってことは、俺が一人前になったってことだ。喜ばしいことだろう?」
そう答えるラウの、穏やかな表情と声音が、私の心まで落ち着かせてくれた。
が、
「カーネリウス、これもですか?!」
どうやら隣は、まだまだ落ち着きそうもない。
私とラウは顔を見合わせ、ここからでは見えもしない執務室に顔を向けた。
カーシェイさんとカーネリウスさんのやり取りは、昨日今日の話ではない。
話は異動初日の三月一日に遡る。
「またですか、カーネリウス」
私の配属先は第六師団、ではなく、第六師団長。
なので、仕事場は師団長専用の執務室だ。そこは師団長室とも呼ばれている。
師団長室は、三、四人で打ち合わせができる程度の広さの部屋。
以前は、師団長が執務を執り行う机と書棚、ソファーなどの応接セットがあるくらいだったそうだ。
私の転属に合わせて、師団長の机の隣に補佐官用にと私専用に机が設えられた。
でも。
なぜか、イスは共通。
師団長のラウと二人並んで、というかぴったりくっついて座る仕組みになっている。
うん? 位置、おかしくない?
ていうか、二人いるのにイスひとつ、って、どういうこと?
わざわざ特注で二人用のイス作るより、イス二つ持ってきた方が良くない?
私の至極まっとうな意見(だと思う)に対して第六師団の幹部は、
「これが一番効率がいい」
の一点張り。
力説に力説を重ねられ、けっきょく、前に向かえばラウの机、真横に向かえば自分の机、という状態で仕事をしている。
絶対に位置がおかしい。
そしてその力説した幹部たちの仕事場というのが、第六師団の執務室だ。
師団長室のすぐ隣にある。
事務室に小さな資料室と会議室が付け加えられたような仕様だ。
「何度言えば、分かるんですかね」
執務室は、幹部の仕事場であると同時に、各部隊長との打ち合わせも簡単にできるようになっている。
なにせ、第六師団は緊急事態専門で厄介事ばかり扱う集団。
緊急出動も少なくない。
短時間で現場に出向くために、効率の良い作りにしているそうだ。
「もう少し考えて、そして、相手に仕事をさせてください」
その執務室から、カーシェイさんの声が師団長室まで聞こえてくる。
また、カーネリウスさんが何かやったらしい。
この呼び名。
第一塔塔長室に仮配属になったときも、最初に決めてたけど。
第六師団は、家名で呼ぶか役職名で呼ぶのが慣例だそうで。
私もそれに倣って、カーシェイさん、カーネリウスさんと家名で呼ぶことにしている。
最初はちょっと抵抗があった。なんか、ちょっとね。
でも、家名ならラウもそれほど目くじらを立てないので、消される心配もないようで。
一週間経った今ではだいぶ慣れ、安心して使っている。
ちなみに私の呼び名は、とりあえず、クロエルさん、もしくは、クロエル補佐官に落ち着いた。
お相手様とか美少女ちゃんとか銀髪ねーちゃんとか、私のことを自由自在に呼んでくる一部を除いて。
「また、カーネリウスか」
私のすぐ横からは、ラウの呆れた声がする。
「みたいだね」
答えながら、私はラウに前日分の書類を手渡した。
カーネリウスさんは元総師団長付き副官だ。竜種でもある。
先月に起きた、自然公園のメダル事件。
第一塔の特級補佐官に出張中止の連絡が行き届かず、特級補佐官と第二師団の見張りが、あわや魔物の襲撃に巻き込まれるところだった。
連絡ミス自体は他の人が原因だけれど、責任を取る形で、カーネリウスさんが本部から異動となったのだ。
その配属先がまさかの第六師団。
「エルヴェスの目に狂いはないだろうが、あいつ、本当に大丈夫なのか?」
私から書類を受け取り、目を通しながらラウがつぶやく。
私のことを美少女ちゃんと呼ぶエルヴェスさんが、カーネリウスさんに目を付けて、引き取ったはいいものの…………。
すぐに使い物にならなさそうだから、と四月から異動になるところを一ヶ月早めて、三月から強制異動したそうで。
うん、カーネリウスさんの扱い、私と大差ないな。
ラウのそばに置いとけば大人しく仕事するだろう、という、とんでもなく失礼な理由で、私の異動、早まったもんな。
「でも、師団長付きの副官、三人いてもいいものなの?」
今日の分のスケジュールを確認しながら、ラウに尋ねた。
ラウ直属の副官はすでに二人いる。
カーシェイさんとエルヴェスさん。第六師団きっての切れ者だという。
エルヴェスさんは、有能だけど性格と性癖に問題がありすぎて、第六師団に異動になった伝説の人。
何をやったのか、聞いても誰も知らない。知っている人は皆、一様に口を噤む。
ラウと第一塔長も知っているみたいだけど、私に教えてくれない。
「もう少し刺激に慣れてからな」とラウ。
「世の中にはな、知らない方がいいこともあるんだぞ」と第一塔長。
ちなみに、カーシェイさんもエルヴェスさんの伝説を知らないらしい。
カーシェイさんは第六師団の戦略戦術担当。
ラウの側近中の側近と、周囲から目されている。
「いや、師団長付き副官は二名までだ」
私の質問にあっさり答えるラウ。
「カーネリウスは、今は師団長付き副官見習いだ。来月から正式に師団長付き副官になる」
あー、てことは……………
「そうだ。カーシェイが来月から総師団長付き副官に戻る」
「戻る?」
「あぁ、フィアは知らなかったな。カーシェイはもともと、総師団長付きの副官だったんだよ」
「え? ならなんで第六師団に?」
カーシェイさん、なんかやったの?
どうやら顔に出ていたらしく、ラウが笑って私の考えを否定した。
「あぁ、違う違う。カーシェイは新人幹部だった俺の補佐をするため、異動してきたんだ」
そう言って、ラウはカーシェイさんが異動してきた理由を話してくれた。
発端はラウの第六師団副師団長就任だそうだ。
上位竜種は十五で役付き、十六で師団長に就任となる。
ラウは竜種としての力の強さから、十五で第六師団副師団長に就任、翌年には師団長への昇格が決まっていた。
竜種としての力は強くても、成人仕立ての年齢。まだまだ青二才。
くせ者揃いの第六師団を纏め上げるには、経験があまりにも無さ過ぎた。
そこで、当時、総師団長付き副官として師団全体を纏めていたカーシェイさんが、ラウの補佐を買って出て、第六師団に異動してきたとのこと。
「そういうわけで、ようやく、俺のお守りが終わって、古巣に戻るってわけだ」
「そうだったんだね」
「いずれ、本部に戻ることにはなってたんだよ。
フィアが俺の補佐官になって、カーネリウスがヘマをして異動になったのは、タイミングとしてちょうど良かったんだ」
書類をめくる手を止めて、ラウはにっこりと笑った。
その笑顔がなんだか無理をしているようで、思わず、心配になる。
「ラウ、寂しくない?」
「いや、ぜんぜん。俺にはフィアがいるし。それに、」
再び、手元の書類に目を落とし、ラウは続ける。
「カーシェイが俺の補佐を離れるってことは、俺が一人前になったってことだ。喜ばしいことだろう?」
そう答えるラウの、穏やかな表情と声音が、私の心まで落ち着かせてくれた。
が、
「カーネリウス、これもですか?!」
どうやら隣は、まだまだ落ち着きそうもない。
私とラウは顔を見合わせ、ここからでは見えもしない執務室に顔を向けた。
カーシェイさんとカーネリウスさんのやり取りは、昨日今日の話ではない。
話は異動初日の三月一日に遡る。
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