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2 新人研修編
6-0 騒ぎの後に残るのは(新人研修編 終)
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「これで最後だな」
「うん。これを運んだら、ぜんぶ終わりだね」
塔長室にある私の私物。
もともと、研修で仮配属ということだったので、なるべく、物は置かないようにしていた。
それでも、この二ヶ月弱。
いろいろな物が、いろいろな思い出とともに貯まっていた。
フィールズ補佐官やマル姉さんたちは、部署が換わっても、頼れる先輩であることに変わりはない。
いい研修だったと思う。
そして今、その最後の物をラウと二人で運んでいる。
第一塔がある研究部と第六師団がある軍部は少し離れていて、第六師団は軍部のさらに奥の方だ。
ラウは私の送り迎えのために、この距離を通ってくれていたんだ。
ちょっと、いや、かなりヤバい重めの夫だけど、その愛情が嬉しい。
散歩がてら並んで歩いていると、日差しが暖かくて気持ちいい。
ラウは私より頭ひとつ分以上、背が高い。
顔を見ようとすると、どうしても見上げるような形になってしまう。
ラウを見上げた拍子に、ラウの後ろにある木が目に留まった。
枝の節目が、ふっくらと膨らみ始めている。
ラウに最初に会ったときは秋だった。
次に会ったときは秋の終わり。
冬の寒い時期を二人でいっしょに過ごし、そして、芽吹きの春を迎えようとしている。
「暖かくなってきたな」
ラウの表情も穏やかだ。
ついこの前までの焦ったような、ジリジリとするものがなくなって、すっかり落ち着いたように見える。
もうすぐ春がやってくる。
寒がりのラウが穏やかに過ごせる季節はすぐそこだ。
「フ、フ、フ~ン」
楽しくなって鼻歌を歌う私を、ラウは微笑ましげに見つめていた。
第六師団に向かう通路の途中、何ヶ所かは広場のようになっていて、早咲きの春の花が咲いている。
これを目当てに、私たち以外にも散歩や見学する人がいるようだ。
人の流れに巻き込まれないよう、ラウが誘導してくれて、私たちはそこをそのまま通り過ぎていく。
「まぁ、素晴らしいところね!」
通り過ぎる私の耳に、見学者の、明るくてかわいらしい声が聞こえた。
「わたくし、騎士団て、もっと堅苦しいところだとばかり思っていたわ!」
「あまり勝手に動かれては困ります。思いつきで、散策はやめてください」
うん? 付き添いの人と揉めてるよ?
「それに、なかなか、オシャレなところもあるじゃないの!」
「申請しないといけませんし、入っていい場所が決まっているんです」
「そんな酷いことを言う人なんて、いるのかしら」
お嬢様相手に、付き添いの人も説得がたいへんそうだ。
「だって、わたくしは、グランフレイムなのよ」
聞き覚えのある声に、聞き慣れた家門名。
立ち止まり、こっそり窺えば、マリージュだった。
マリージュも相変わらずだな。
思わず、笑みがこぼれる。
そこへやってきた師団の職員が、マリージュを呼び止めた。
「こちらは職員以外立ち入り禁止です」
「わたくしはグランフレイムよ」
マリージュの隣には、寄り添うようにジンがいる。
「ご家族の方であっても、許可書が必要です」
「まぁ。ドゥアン卿、こちらはダメですって。あら、どうしたの?」
「いえ、しかし、そんな」
ジンも、元気そうで良かった。
「仕方ないわ、お兄さまのところへ戻りましょ」
「ラウ? どうしたの? 重いから早く行こう」
私は、私の隣で呆然として固まっているラウをつついた。
「あ、ああ、そうだな、そうしような」
「ラウが手伝ってくれたから、早く終わって良かったわ」
来月からは、私はラウの補佐官だ。
制服もできていて、この前、試着したときはピッタリだった。
採寸した覚えはないんだけど、なんで、ピッタリなのかは気にしないでおく。
ラウ専用補佐官の立ち位置がはっきりしないところが、ちょっと心配だ。
でも、このヤバい夫が大丈夫だと言っているんだから、信じてついていこう。
ラウはラウで、思考が別の方に向かっていた。
「じゃあ、手伝ったご褒美もらわないとな」
「うん、そうだね、何がいいかな」
ご褒美って言われても、いまさら何がいいんだろう。
「よし、風呂だな、風呂」
「え?」
ちょっと、こんな人目もあるところで、何、言い出すの?
「いっしょに風呂だ、決まりだな」
「ええ?」
いっしょって! そういうことは静かにしておいてもらいたいんだけど!
「さぁ、早く片付けて帰るぞ、フィア」
「あ、うん」
「楽しみだな、いっしょの風呂」
「もう、ラウ!」
だから、そういう恥ずかしいことは、外で言わないでくれないかなー?
私は、大きな声で風呂風呂とはしゃぐ、夫の背中を押しながら、小走りで第六師団に向かったのだった。
さぁ、来月から、新しい生活が始まる。
「うん。これを運んだら、ぜんぶ終わりだね」
塔長室にある私の私物。
もともと、研修で仮配属ということだったので、なるべく、物は置かないようにしていた。
それでも、この二ヶ月弱。
いろいろな物が、いろいろな思い出とともに貯まっていた。
フィールズ補佐官やマル姉さんたちは、部署が換わっても、頼れる先輩であることに変わりはない。
いい研修だったと思う。
そして今、その最後の物をラウと二人で運んでいる。
第一塔がある研究部と第六師団がある軍部は少し離れていて、第六師団は軍部のさらに奥の方だ。
ラウは私の送り迎えのために、この距離を通ってくれていたんだ。
ちょっと、いや、かなりヤバい重めの夫だけど、その愛情が嬉しい。
散歩がてら並んで歩いていると、日差しが暖かくて気持ちいい。
ラウは私より頭ひとつ分以上、背が高い。
顔を見ようとすると、どうしても見上げるような形になってしまう。
ラウを見上げた拍子に、ラウの後ろにある木が目に留まった。
枝の節目が、ふっくらと膨らみ始めている。
ラウに最初に会ったときは秋だった。
次に会ったときは秋の終わり。
冬の寒い時期を二人でいっしょに過ごし、そして、芽吹きの春を迎えようとしている。
「暖かくなってきたな」
ラウの表情も穏やかだ。
ついこの前までの焦ったような、ジリジリとするものがなくなって、すっかり落ち着いたように見える。
もうすぐ春がやってくる。
寒がりのラウが穏やかに過ごせる季節はすぐそこだ。
「フ、フ、フ~ン」
楽しくなって鼻歌を歌う私を、ラウは微笑ましげに見つめていた。
第六師団に向かう通路の途中、何ヶ所かは広場のようになっていて、早咲きの春の花が咲いている。
これを目当てに、私たち以外にも散歩や見学する人がいるようだ。
人の流れに巻き込まれないよう、ラウが誘導してくれて、私たちはそこをそのまま通り過ぎていく。
「まぁ、素晴らしいところね!」
通り過ぎる私の耳に、見学者の、明るくてかわいらしい声が聞こえた。
「わたくし、騎士団て、もっと堅苦しいところだとばかり思っていたわ!」
「あまり勝手に動かれては困ります。思いつきで、散策はやめてください」
うん? 付き添いの人と揉めてるよ?
「それに、なかなか、オシャレなところもあるじゃないの!」
「申請しないといけませんし、入っていい場所が決まっているんです」
「そんな酷いことを言う人なんて、いるのかしら」
お嬢様相手に、付き添いの人も説得がたいへんそうだ。
「だって、わたくしは、グランフレイムなのよ」
聞き覚えのある声に、聞き慣れた家門名。
立ち止まり、こっそり窺えば、マリージュだった。
マリージュも相変わらずだな。
思わず、笑みがこぼれる。
そこへやってきた師団の職員が、マリージュを呼び止めた。
「こちらは職員以外立ち入り禁止です」
「わたくしはグランフレイムよ」
マリージュの隣には、寄り添うようにジンがいる。
「ご家族の方であっても、許可書が必要です」
「まぁ。ドゥアン卿、こちらはダメですって。あら、どうしたの?」
「いえ、しかし、そんな」
ジンも、元気そうで良かった。
「仕方ないわ、お兄さまのところへ戻りましょ」
「ラウ? どうしたの? 重いから早く行こう」
私は、私の隣で呆然として固まっているラウをつついた。
「あ、ああ、そうだな、そうしような」
「ラウが手伝ってくれたから、早く終わって良かったわ」
来月からは、私はラウの補佐官だ。
制服もできていて、この前、試着したときはピッタリだった。
採寸した覚えはないんだけど、なんで、ピッタリなのかは気にしないでおく。
ラウ専用補佐官の立ち位置がはっきりしないところが、ちょっと心配だ。
でも、このヤバい夫が大丈夫だと言っているんだから、信じてついていこう。
ラウはラウで、思考が別の方に向かっていた。
「じゃあ、手伝ったご褒美もらわないとな」
「うん、そうだね、何がいいかな」
ご褒美って言われても、いまさら何がいいんだろう。
「よし、風呂だな、風呂」
「え?」
ちょっと、こんな人目もあるところで、何、言い出すの?
「いっしょに風呂だ、決まりだな」
「ええ?」
いっしょって! そういうことは静かにしておいてもらいたいんだけど!
「さぁ、早く片付けて帰るぞ、フィア」
「あ、うん」
「楽しみだな、いっしょの風呂」
「もう、ラウ!」
だから、そういう恥ずかしいことは、外で言わないでくれないかなー?
私は、大きな声で風呂風呂とはしゃぐ、夫の背中を押しながら、小走りで第六師団に向かったのだった。
さぁ、来月から、新しい生活が始まる。
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