107 / 384
2 新人研修編
6-0 騒ぎの後に残るのは(新人研修編 終)
しおりを挟む
「これで最後だな」
「うん。これを運んだら、ぜんぶ終わりだね」
塔長室にある私の私物。
もともと、研修で仮配属ということだったので、なるべく、物は置かないようにしていた。
それでも、この二ヶ月弱。
いろいろな物が、いろいろな思い出とともに貯まっていた。
フィールズ補佐官やマル姉さんたちは、部署が換わっても、頼れる先輩であることに変わりはない。
いい研修だったと思う。
そして今、その最後の物をラウと二人で運んでいる。
第一塔がある研究部と第六師団がある軍部は少し離れていて、第六師団は軍部のさらに奥の方だ。
ラウは私の送り迎えのために、この距離を通ってくれていたんだ。
ちょっと、いや、かなりヤバい重めの夫だけど、その愛情が嬉しい。
散歩がてら並んで歩いていると、日差しが暖かくて気持ちいい。
ラウは私より頭ひとつ分以上、背が高い。
顔を見ようとすると、どうしても見上げるような形になってしまう。
ラウを見上げた拍子に、ラウの後ろにある木が目に留まった。
枝の節目が、ふっくらと膨らみ始めている。
ラウに最初に会ったときは秋だった。
次に会ったときは秋の終わり。
冬の寒い時期を二人でいっしょに過ごし、そして、芽吹きの春を迎えようとしている。
「暖かくなってきたな」
ラウの表情も穏やかだ。
ついこの前までの焦ったような、ジリジリとするものがなくなって、すっかり落ち着いたように見える。
もうすぐ春がやってくる。
寒がりのラウが穏やかに過ごせる季節はすぐそこだ。
「フ、フ、フ~ン」
楽しくなって鼻歌を歌う私を、ラウは微笑ましげに見つめていた。
第六師団に向かう通路の途中、何ヶ所かは広場のようになっていて、早咲きの春の花が咲いている。
これを目当てに、私たち以外にも散歩や見学する人がいるようだ。
人の流れに巻き込まれないよう、ラウが誘導してくれて、私たちはそこをそのまま通り過ぎていく。
「まぁ、素晴らしいところね!」
通り過ぎる私の耳に、見学者の、明るくてかわいらしい声が聞こえた。
「わたくし、騎士団て、もっと堅苦しいところだとばかり思っていたわ!」
「あまり勝手に動かれては困ります。思いつきで、散策はやめてください」
うん? 付き添いの人と揉めてるよ?
「それに、なかなか、オシャレなところもあるじゃないの!」
「申請しないといけませんし、入っていい場所が決まっているんです」
「そんな酷いことを言う人なんて、いるのかしら」
お嬢様相手に、付き添いの人も説得がたいへんそうだ。
「だって、わたくしは、グランフレイムなのよ」
聞き覚えのある声に、聞き慣れた家門名。
立ち止まり、こっそり窺えば、マリージュだった。
マリージュも相変わらずだな。
思わず、笑みがこぼれる。
そこへやってきた師団の職員が、マリージュを呼び止めた。
「こちらは職員以外立ち入り禁止です」
「わたくしはグランフレイムよ」
マリージュの隣には、寄り添うようにジンがいる。
「ご家族の方であっても、許可書が必要です」
「まぁ。ドゥアン卿、こちらはダメですって。あら、どうしたの?」
「いえ、しかし、そんな」
ジンも、元気そうで良かった。
「仕方ないわ、お兄さまのところへ戻りましょ」
「ラウ? どうしたの? 重いから早く行こう」
私は、私の隣で呆然として固まっているラウをつついた。
「あ、ああ、そうだな、そうしような」
「ラウが手伝ってくれたから、早く終わって良かったわ」
来月からは、私はラウの補佐官だ。
制服もできていて、この前、試着したときはピッタリだった。
採寸した覚えはないんだけど、なんで、ピッタリなのかは気にしないでおく。
ラウ専用補佐官の立ち位置がはっきりしないところが、ちょっと心配だ。
でも、このヤバい夫が大丈夫だと言っているんだから、信じてついていこう。
ラウはラウで、思考が別の方に向かっていた。
「じゃあ、手伝ったご褒美もらわないとな」
「うん、そうだね、何がいいかな」
ご褒美って言われても、いまさら何がいいんだろう。
「よし、風呂だな、風呂」
「え?」
ちょっと、こんな人目もあるところで、何、言い出すの?
「いっしょに風呂だ、決まりだな」
「ええ?」
いっしょって! そういうことは静かにしておいてもらいたいんだけど!
「さぁ、早く片付けて帰るぞ、フィア」
「あ、うん」
「楽しみだな、いっしょの風呂」
「もう、ラウ!」
だから、そういう恥ずかしいことは、外で言わないでくれないかなー?
私は、大きな声で風呂風呂とはしゃぐ、夫の背中を押しながら、小走りで第六師団に向かったのだった。
さぁ、来月から、新しい生活が始まる。
「うん。これを運んだら、ぜんぶ終わりだね」
塔長室にある私の私物。
もともと、研修で仮配属ということだったので、なるべく、物は置かないようにしていた。
それでも、この二ヶ月弱。
いろいろな物が、いろいろな思い出とともに貯まっていた。
フィールズ補佐官やマル姉さんたちは、部署が換わっても、頼れる先輩であることに変わりはない。
いい研修だったと思う。
そして今、その最後の物をラウと二人で運んでいる。
第一塔がある研究部と第六師団がある軍部は少し離れていて、第六師団は軍部のさらに奥の方だ。
ラウは私の送り迎えのために、この距離を通ってくれていたんだ。
ちょっと、いや、かなりヤバい重めの夫だけど、その愛情が嬉しい。
散歩がてら並んで歩いていると、日差しが暖かくて気持ちいい。
ラウは私より頭ひとつ分以上、背が高い。
顔を見ようとすると、どうしても見上げるような形になってしまう。
ラウを見上げた拍子に、ラウの後ろにある木が目に留まった。
枝の節目が、ふっくらと膨らみ始めている。
ラウに最初に会ったときは秋だった。
次に会ったときは秋の終わり。
冬の寒い時期を二人でいっしょに過ごし、そして、芽吹きの春を迎えようとしている。
「暖かくなってきたな」
ラウの表情も穏やかだ。
ついこの前までの焦ったような、ジリジリとするものがなくなって、すっかり落ち着いたように見える。
もうすぐ春がやってくる。
寒がりのラウが穏やかに過ごせる季節はすぐそこだ。
「フ、フ、フ~ン」
楽しくなって鼻歌を歌う私を、ラウは微笑ましげに見つめていた。
第六師団に向かう通路の途中、何ヶ所かは広場のようになっていて、早咲きの春の花が咲いている。
これを目当てに、私たち以外にも散歩や見学する人がいるようだ。
人の流れに巻き込まれないよう、ラウが誘導してくれて、私たちはそこをそのまま通り過ぎていく。
「まぁ、素晴らしいところね!」
通り過ぎる私の耳に、見学者の、明るくてかわいらしい声が聞こえた。
「わたくし、騎士団て、もっと堅苦しいところだとばかり思っていたわ!」
「あまり勝手に動かれては困ります。思いつきで、散策はやめてください」
うん? 付き添いの人と揉めてるよ?
「それに、なかなか、オシャレなところもあるじゃないの!」
「申請しないといけませんし、入っていい場所が決まっているんです」
「そんな酷いことを言う人なんて、いるのかしら」
お嬢様相手に、付き添いの人も説得がたいへんそうだ。
「だって、わたくしは、グランフレイムなのよ」
聞き覚えのある声に、聞き慣れた家門名。
立ち止まり、こっそり窺えば、マリージュだった。
マリージュも相変わらずだな。
思わず、笑みがこぼれる。
そこへやってきた師団の職員が、マリージュを呼び止めた。
「こちらは職員以外立ち入り禁止です」
「わたくしはグランフレイムよ」
マリージュの隣には、寄り添うようにジンがいる。
「ご家族の方であっても、許可書が必要です」
「まぁ。ドゥアン卿、こちらはダメですって。あら、どうしたの?」
「いえ、しかし、そんな」
ジンも、元気そうで良かった。
「仕方ないわ、お兄さまのところへ戻りましょ」
「ラウ? どうしたの? 重いから早く行こう」
私は、私の隣で呆然として固まっているラウをつついた。
「あ、ああ、そうだな、そうしような」
「ラウが手伝ってくれたから、早く終わって良かったわ」
来月からは、私はラウの補佐官だ。
制服もできていて、この前、試着したときはピッタリだった。
採寸した覚えはないんだけど、なんで、ピッタリなのかは気にしないでおく。
ラウ専用補佐官の立ち位置がはっきりしないところが、ちょっと心配だ。
でも、このヤバい夫が大丈夫だと言っているんだから、信じてついていこう。
ラウはラウで、思考が別の方に向かっていた。
「じゃあ、手伝ったご褒美もらわないとな」
「うん、そうだね、何がいいかな」
ご褒美って言われても、いまさら何がいいんだろう。
「よし、風呂だな、風呂」
「え?」
ちょっと、こんな人目もあるところで、何、言い出すの?
「いっしょに風呂だ、決まりだな」
「ええ?」
いっしょって! そういうことは静かにしておいてもらいたいんだけど!
「さぁ、早く片付けて帰るぞ、フィア」
「あ、うん」
「楽しみだな、いっしょの風呂」
「もう、ラウ!」
だから、そういう恥ずかしいことは、外で言わないでくれないかなー?
私は、大きな声で風呂風呂とはしゃぐ、夫の背中を押しながら、小走りで第六師団に向かったのだった。
さぁ、来月から、新しい生活が始まる。
11
お気に入りに追加
235
あなたにおすすめの小説
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。
112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。
ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。
ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。
※完結しました。ありがとうございました。

【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。
完菜
恋愛
王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。
そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。
ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。
その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。
しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる