精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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2 新人研修編

5-9 塔長という仕事

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 ここ、第四塔は医療塔です。

 医療魔法や技術、治療薬の研究、開発の他、難しい症例の診断や治療も行っています。

 第四塔は、今日も穏やかな日を迎えました。

 今日の来客予定は二件。
 一件目の来客は、すでにわたくしの目の前にいました。

「で、例のものは?」

「ちゃーーーんと、ココに!」

「間違いないでしょうね?」

「モチのロンよ!」

 目の前の人物が頼もしい返事を聞かせてくれます。

 コンコン

 どうやら、二件目の来客もやってきたようです。

「塔長、お約束のお客様です」

「こちらに通してちょうだい」

「かしこまりました」




「それで、診察の結果はどうだ?」

「とくに問題はないわ、身体の方は」

 私は二件目の来客、第一塔長のレクシルドに、診断内容と結果を書き留めた書類を手渡しました。

 突然、原因不明の恐慌状態に陥った精霊騎士。

 その診察と治療を任されたはいいものの、第四塔の総力をあげても原因は分からずじまい。

「外傷も内傷もない、病気もない、至って健康。身体機能に異常は見られないわ」

「何が問題なんだ?」

「強いて言えば、精神面かしら? 最近、何かすごく衝撃的な体験をしてない?」

「本人はどう言ってるんだ?」

「心当たりがまったくないそうよ」

「それが虚言の可能性は?」

「ないわね。記憶に異常も見られないわ」

「それで、診断は?」

「恐怖症性障害ね」

「具体的には?」

「先端恐怖症よ」

 診断は至って簡単でした。

 剣や槍、刃がついているものを中心に、異常なほどの症状を引き起こしますので。

「先が尖った物、刃がついている物を見ると、動悸、吐き気、冷や汗、めまいといった症状を起こすの。
 酷いときは恐慌状態に陥って失神するわ」

「で、あの状態か。騎士としては致命的だな」

 治療が難航していました。

 原因が分からないので、治療につながりません。

「精霊騎士だったんだから、精霊術士としてなら、」

「ダメね」

「はぁあ? 特級だっただろ?」

「精霊が怖がって寄り付かないのよ」

「はぁあ? なんだよ、それ」

「だから訊いたのよ。最近、何かすごく衝撃的な体験をしてないかって」

 おそらく、この衝撃的な体験が引き金となり、今の状態になっているはず。
 体験したことが分かれば、自ずと解決策が導き出せ、治療へとつながります。

 レクシルドは苦い表情を浮かべました。

 あまり好ましい内容ではなさそうですね。

「精霊魔法至上主義のやつでな。自分の主義を振りかざした行動が多かったんだ」

「そんなことくらい知ってるわよ。第四師団って、そういうのをまとめて管理しているところじゃないの」

 精霊魔法以外の技能は二の次。寄ってたかって、技能なしを見下す迷惑集団、ですね。

「最近、うちのナルフェブル補佐官に嫌がらせじみたことをやってる」

「ナルフェブル君、大人しいからね」

 わたくしは、第一塔のナルフェブル君を脳裏に思い浮かべました。

 魔力量が多くて魔導具に造詣の深いナルフェブル君。
 ちょっと臆病というか、怖がりなんですよね。

 悲鳴をあげたり、顔を青くしたり、それをおもしろがって、嫌がらせや脅しをするのって、どうなのかしら。

「異常を来した日は、そのことで会議でちょっとやり合ってな」

「じゃあ、原因はレクスね」

 レクシルドもこう見えて、裏で何をやっているか、分かりません。

 第一塔は、鑑定と情報を扱う塔。

 補佐官には三種類の人間がいます。
 文字通りの補佐官、技能通りの鑑定官。

「違うって。その時は何ともなかったんだよ。その後、第四師団に戻ってからおかしくなったんだ」

「レクスが闇討ちしたんじゃなくて?」

 そして、技能を駆使して情報を集める情報員。
 闇討ちくらいできますでしょう。

「やるかよ。とにかく、何かあったはずなんだが、こっちの調査でも何も出てこない」

「なら、発病原因はレクスと書いておくわ」

「書くなよ。だから本当に僕じゃないって。
 だいたい、恨みはあちこちで買ってるからな。心当たりを探したら、山のように出てくるぞ」

「分かったわよ」

 わたくしはペンを取って、診断書に考察を書き加えました。


 病名 先端恐怖症

 発症原因 不明

 考察 発症直前に重要会議あり。騎士としての先行き不安が引き金となり、いくつか複数の要因が重なった結果、今回の症状を引き起こしたと思われる。


 複写を取ってから、それもレクシルドに手渡します。

「こんなところでいいでしょう」

「あぁ、確かに受け取った」

 診断書と書類をカバンに仕舞い込むと、そそくさと帰ろうとするレクシルド。
 まだ、聞きたいことがあるんですけど。

「それでレクス、新人さんのこと、いつ紹介してくれるのかしら?」

「ラウゼルトがなぁ」

「黒竜なんて、どうでもいいでしょう?」

「おまえ、危ないこと考えてないか?」

「だって、破壊の赤種を間近で観察できるのよ! 匂いも嗅げるし、触ったりもできるんだから! ウフフフフフ」

 レクシルドのところの新人さん。
 破壊の赤種だって話なので、ぜひとも、貴重な観察体になってほしいと思いまして。

 なにしろ、赤種の資料は大多数が一番目と二番目のもの。
 三番目は少しある程度ですし、四番目以降は皆無なんです。

 資料、ほしくなりますよね?

「おまえ、エルヴェス化してるぞ」

「エルヴェスとは、いっしょにされたくないわ」

「目つきがほぼエルヴェスだぞ」

 あら、いやだ。気をつけないと。

「クロエル補佐官に何かあったら、ラウゼルトが暴走するだけじゃない。師匠にも怒られるんだ」

「まぁ、大変ね」

「おまえ、他人事だろ」

「えぇ、他人事だもの」




「それで、あなたの調査では?」

 レクシルドが帰った後、部屋の奥からひょっこり戻ってきた先客に尋ねました。

「あの嫌味顔、シタリ顔と会議でやりあった後、ビビリ顔を脅して、美少女ちゃんを連れたチビッコと会って嫌味を言って、第四師団に戻ってったわー」

 彼女はあまり名前で相手を呼ばないんですよね。だいたい、誰が誰だかは分かりますが。

「ソシテ、幹部会に出席、第四師団長に今回の件を注意されて、ソノ後、おかしくなったのよー」

「こちらに来ている報告より詳しいわね」

「アタシの報告だからねー」

「それで、エルヴェス、あなたの意見は?」

 彼女は今回の件、どう考えるんでしょう。

「黒竜録の新作はカンドウ作よ!」

 黒竜録? わたくし、今回の件について訊いているんですけれども?

「え? その意見ではなく」

「アー、氷雪祭編、見ないでいーの? 持ち出し禁止だから、持って帰らないとイケナイのよねー」

「「塔長、ご英断を」」

 え? 副官のあなたたち、いつからそこに?

「組み紐飾りを巡って、すれ違う二人のココロ! 倒れる美少女ちゃん! 必死に看病する熊! ソシテ、氷雪祭で感動のクライマックス!!」

 うっ!

「「塔長!」」

「み、たーーーーーーーーい! いますぐ!」

「ウヘヘ、ソウこなくっちゃ」




 第四塔は今日も穏やかな日でした。
 明日も穏やかな日でありますように。
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