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2 新人研修編

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 食事から戻ってからは、ナルフェブル補佐官のデータ解析の手伝い。

 だいぶ解析が進んで、後はまとめにかかるだけ。この量をひとりでこなしていたのか。凄いな。

 と、そこへ、お昼に忽然と消えた上司の人が現れた。

「いやー、大変なことになったなー」

 白々しく、皆に聞こえるように、大きな声で独り言を言っている。
 どうやら、緊急案件でどこかに呼び出されていたらしい。

 隣の席にいたフィールズ補佐官が耳元で囁いた。

「クロエル補佐官、いいですか」

「はい?」

「塔長が面倒臭そうに話すときは、ろくな話ではありませんので」

「はい」

 私はそっと上司の人を盗み見た。
 あー、上司の人のあの雰囲気。面倒臭い案件なんだな。

 話に巻き込まれないよう、私は極力、仕事に集中だ。無言でナルフェブル補佐官の解析資料を仕分ける。

 上司の人の癖が分かっているようで、大きな独り言に、室内の誰も反応しない。

 あまりの静かさに、一瞬、無表情になった上司の人は、次の瞬間、

「ナルフェブル補佐官、ちょっと、いいか」

 山積みの書類に囲まれているナルフェブル補佐官に絡みにいった。
 勇気あるなぁ。私だったら絶対に近寄らない。

「何ですか? 今、赤の樹林のデータ解析が大詰めなんです」

 そして、この書類の山が目に入らないのかと、見るからに嫌そうな顔をして、返事をするナルフェブル補佐官。

「面倒なことになった」

 上司の人、自分から言ってる。

「自然公園を警邏していた第四師団が、例の小さいメダルを見つけたんだ」

 あー、食堂で絡んできたあの人たちかな。
 だから、あんな時間に塔の食堂でお昼だったのか。

 小さいメダルは、前にエレバウトさんが言ってたな。これの鑑定で忙しいって。

「は? 第四師団が自然公園?」

「来月、氷雪祭があるわねぇ。事前警邏だわねぇ」

 これはマル姉さん。

 噂に聞く、氷雪祭!
 絶対、ラウに連れて行ってもらおう。

 と、ウキウキしているのが顔に出ないように。無言で仕分けに集中、集中。でも、耳は会話に集中。

「それで、この前のと同じやつが見つかったんだ」

「では、鑑定室行きで」

「なんだが。今回のは魔法陣のような模様が刻まれている」

「では、詳しくは鑑定室で」

 ナルフェブル補佐官、にべもなく返す。
 対して、上司の人も引き下がらず会話を続ける。

「だから、その鑑定室が根を上げたんだ」

「職務放棄ですか?」

「違うだろ。鑑定できなかったんだよ」

「では、塔長どうぞ」

 ナルフェブル補佐官、取り付く島もない。
 対して、上司の人も負けずに会話を続ける。

「もっと違うだろ。まずは上級、次に特級だろ」

「では、まずは上級の皆さんで」

「なんだが。しばらく鑑定会議もやってなかったからな」

「そうですか。では、鑑定会議でどうぞ」

 うん、ナルフェブル補佐官、解析に集中したいんだろうな。
 上司の人と視線も会わせないよ。

「ああ、そういうわけで、これから鑑定会議だ。一時間後に第三塔の実験場でやるぞ」

「そうですか。って何で実験場?」

 ん? 話がいきなり、

「魔力暴走を起こしても対処しやすいからな。隣の塔は医療塔だし」

 物騒な話になった!

「鑑定会議ですよね?」

「ああ、昇格を懸けた鑑定会議だ」

「はあ?!」

「な、面倒だろ。じゃあ、皆、準備しておけよ」

 うん、上司の人、わざわざ回りくどく言ってたのは、ナルフェブル補佐官を油断させるための作戦か。
 きっと、これが言いたかったんだな。

 上司の人は、言いたいことを言うだけ言って、再び、消えた。

 でも、昇格を懸けたってなんだろう?

「鑑定会議は説明を受けたので分かりますけど、『昇格を懸けた』ってどういうことですか?」

 鑑定は、鑑定室→他の上級補佐官→特級補佐官→塔長の順番でおこなう。

 鑑定室で鑑定不能だったとき、他の上級補佐官以降の部分の鑑定を、集まって、まとめて行うのが鑑定会議だ。

 この方が時間短縮になるし、効率もいいからね。

「鑑定会議で見事、鑑定できた人にご褒美をあげるってことだな」

 私の質問に対して、額にシワを寄せ、やられたーという顔をしたナルフェブル補佐官が説明してくれる。

「で、そのご褒美が、グリモ補佐官の後任、つまり塔長室勤務になるってことだな」

 つなぎでここを手伝っていて、本業に戻らないといけないのに、なかなか後任が決まらない。

 グリモ補佐官が、そう愚痴っていたけど。

「塔長室勤務を希望する方は大勢いるんですが、皆さん、鑑定技能は大差ありません。
 決め手がなくて、どなたか一人を選びがたい状況と申しましょうか」

 そして、フィールズ補佐官が補足してくれる。

「それで、塔長室勤務を懸けた鑑定会議をやるってことですか?」

「どなたかが言い出したのでしょうね」

「塔長としては反対する理由もないからな」

 まぁ、いちおう、ルール通りの手順だしね。

「でも面倒って?」

「やったところで、決まらないだろうからな」

「え?!」

 どういうこと?

「鑑定室がダメだったんです。他の方で鑑定できるとは思えません」

「おそらく、特級もしくは超級案件だろうな」

「えー」

 ああ、そうか。

 昇格は塔長室以外の上級補佐官へのご褒美だから。
 特級補佐官の二人や超級の上司の人が鑑定することになったら、意味ないよね。

「そういうルールですから。でも、良いこともありますよ」

「ああ、他の補佐官の鑑定を見られるんだ。鑑定技術の向上にも役立つ」

「場合によっては、塔長の鑑定を見られるかもしれません」

「へー」

 他の人の鑑定には、私も興味がある。

 私が見たことのある鑑定は、フィールズ補佐官、大神殿の神官長、テラの三人。
 このうちテラは鑑定眼なので、見てもあまり役に立たない。実質、二人だけ。

 他の補佐官はどんな鑑定をするのかな。

 ナルフェブル補佐官は魔法陣が青紫でキレイだから、鑑定魔法もキレイなんだろうか。

 あの上司の人はどんな魔法陣を描くのだろう。

 私は他の人の鑑定に思いを馳せた。

「面白そうですね。行きましょう。第三塔の実験場!」

 勢いよく言ったものの、新人なので場所が分からない。

「で、実験場、どこにあるんですか?」

 その移動先で、私は、あのときのあれを再び目にすることになる。
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