精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

SA

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2 新人研修編

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 第一塔塔長室の一階下にそれはあった。

「言っておくけど、僕が生まれる前からあるから」

 上司の人が、目の前のソファーに座って、何やら言い訳をしている。

 やましいことがないなら、目は逸らさなければいいのに。

「僕の前の赤種もやってたんだ。まぁ、恒例行事みたいなもんだな」

 テラは一人掛けのソファーに座って、やっぱり言い訳がましいことを言っている。

 昔からの恒例行事だろうが、私にとっては、目の前のものがすべて。

「今日は、技能研修会じゃなかったんですか?」

 そう、二人の前のテーブルには、クッキーやチョコが山積みになっていたのだ。

 昨日の話を聞いてもらおうと、出勤してみたら、今日は特級補佐官の二人だけ。

 塔長は技能研修会に出席するので午後からの出勤、他の三人は非番と出張で一日不在。

 午後には戻るから、と二人も出かけてしまうと、私ひとり。

 うん、つまらない。

 暇を持て余した私は、つい、見つけてしまったのだ。秘密の階段を。

 床下収納のひとつが秘密の入り口で、そうして、階段を降りた先にあったのが、お菓子の山だ。

 周りを見ると、ちょっとした喫茶スペースが確保されている以外は、ごちゃごちゃしている。
 秘密の倉庫なのかな。

 上司の人とテラは、はーっとため息をついて、説明し始めた。

「つまり、赤種の一番目と第一塔長の情報交換会なんだ」

「前任者も、月一回、必ず実施していた重要任務なんだよ」

 視線を泳がせながら説明する二人。

 どう聞いてもお菓子を食べてダラダラするだけ、よくて茶話会だよね。

「あくまでも、赤種との情報交換会だと」

「あくまでも何も、事実そうだから」

 そうか。ならば…………

「なら、私の情報も交換していいんだ。私も赤種だし」

「へ? いや、まぁ、そうだけど」

 そうか。ならば、たっぷり聞いてもらおう。
 私は昨日の話をぜんぶ、ぶちまけた。

「というわけで、ラウがダメだって言うんだよね」

「…………はぁ、なら、やめとけよ」

 呆れた声でテラが答える。
 片手にはカップ、片手にはナッツ入りのクッキー。

 またこのバカ夫婦は、的なことを考えているに違いない。

「危険物じゃないんだし、ラウの許可って要らなくない?」

「クロエル補佐官の自作ってだけで、十分、破壊力あるよなぁ」

 呆れた声で上司の人も答える。
 片手にはカップ、片手にはナッツ入りのチョコ。

 こっちも、またこのパターンか、的なことを考えているに違いない。

「そういうわけで、テラ、材料の買い物よろしく」

「はぁあ? なんで、僕が」

 テラは赤い目を細め、額にシワ、口を曲げて、いかにも嫌そうだ。
 それでもナッツ入りクッキーは手放さない。

「他の人は、ラウにマークされてるから。ラウの邪魔が入る」

 ちなみに、ここは遮蔽魔法完備で、隠密技能超級のメモリアも入れない。資料保管室も同じ作りだそうだ。

 さすが情報を扱う第一塔の防御力。
 密談にはもってこい。

 まぁ、この二人は密談ではなく、お菓子食べて愚痴を言ってるだけだけどね。

「分かってるなら、やめとけよ。夫が嫌がってるんだろ。少しは夫を労ってやれ。
 君の就職だって、結局は認めてくれたんだ。いい夫じゃないか。なぁ」

 テラは見かけによらず、子どもっぽさがない。
 ラウの肩を持つときはとりわけ、そう感じて、本当に嫌になる。
 こういうときは、同類の肩を持つべきでしょうに。

「就職は元々の計画だったから」

「今回のは計画外だろ」

 テラはふーっとため息をつきながら、手に持ったクッキーを再び食べ始めた。
 上司の人が甲斐甲斐しくお茶を入れている。

 師弟関係、見た目は完全に逆転している。知らない人が見たら、不思議に思うだろうな。

「今まで自分の意見、言ってこなかったんだよね。
 どうせ、ダメって言われる、どうせ、やらなくていいって言われる。どうせ、期待してないって言われる。そう思って」

 テラの問に対して、昔の話を持ち出した。

「ああ」

「言われなくても、無視されたり、話を聞いてもらえなかったり。
 だから、自分の意見は言わなかった。最初から諦めてた」

「ああ」

 テラはクッキーをかじりながら、表情を動かさずに相槌を打つ。上司の人は無言のまま。

「今は話を聞いてくれる人がいるし、理由もなく、ダメって言われない」

「理由が、凄い理由だけどな」

 まぁ、ラウだからね。

 最近は大人しくしているとはいえ、愛情が重くて過保護で執着強めで変質者気味で距離感がおかしい、それが通常のラウだ。

「最初から諦めなくていいんだ、って思ったら、言いたいことが言えるようになったの」

「ああ」

 でも、私に大丈夫って言ってくれたのもラウだ。

「ダメな理由に納得できなかったら、諦めずに頑張ろうと思って」

「まぁ、そうだけどな」

 自信と安心をくれたのもラウだ。

「だから、自分で材料を調達して作ろうと思う」

「いや、そこは諦めろよ」

 突っ込みながらソファーから立ち上がるテラに対して、落ち着いて私は答えた。

「ラウの説得は諦めたわ」

「いや、そこは諦めるなって。絶対、面倒なことになるぞ。
 僕、言ったぞ。絶対、面倒なことになるからな!」

 テラは赤い目を釣り上げて、まくし立ててくる。しかも二回も繰り返した。

 上司の人は『面倒なこと』を想像しているのか、遠いどこかを見るような目をしながら、お茶を飲んでいる。

 私的には、暇すぎて退屈するよりは、面倒な方がいい。

「まぁ、いい」

 気を取り直したのか、テラがソファーに座り直した。

「それで、できあがったら黒竜にあげるんだろ?」

「ラウゼルトのやつ、なんだかんだ言って、喜びそうだよな」

 まくし立てていたと思ったら、今度は二人してニタリと笑った。

 親子か兄弟かと思ってしまうくらい、ニタリが似てる。不気味なので、ダブルニタリはやめてほしい。

 じゃなくて。

「なんで、ラウに?」

 私はコテンと首を傾げた。

「え? いや、だって、なぁ」

「あぁ、だって、その、あれだし」

 モゴモゴする二人。
 こういうところもソックリだ。

「ラウは必要ないって言ってたから」

 要らないって言ってる人に、あげなくていいよね?

「ええっ、でも、だって、なぁ」

「あぁ、だって、その、あれだよな」

 マゴマゴし始める二人。
 行動まで似ている。

「じゃあ、材料よろしく」

 シーーーンとなる室内。

 そして、ヒソヒソし始める二人。
 全部、聞こえてるんだけど。

「なぁ、マズくないか、これ」

「師匠、僕を巻き込まないでくれ」

「今の話、聞いた時点で共犯確定だぞ」

「だろうなぁ、マッズイなぁ」

 ふん。ラウになんて、作ってあげるものか。
 できあがりを見て、羨ましがればいいんだ。

「クロエル補佐官。お願いだから、ラウゼルト以外のやつにあげないでくれよ」

 ふん。要らないって言った方が悪いんでしょ。
 後で残念に思ったって知るものか。

 そう、この時の私は意固地になっていた。
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